山中の出会い

四季

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後編

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「逃げてっ!」

 あたしは思わず叫んだ。
 本当は守ってほしいくせに。

 でも、あたしが叫んだ時には、既に手遅れだった。一匹の牙が青年の右腕に噛み付いていたのだ。腕からミシミシという軋むような音が聞こえてくる。噛み付かれているのはあたしの腕ではないけれど、それでも怖かった。

 もしこのまま青年が食べられたら?
 もし彼が殺されたら、次はあたしが狙われる?

 一秒がたまらなく長い。信じられないくらい、時間が過ぎていかなかった。それに、逃げようと思っても、足が動かないから逃げられない。それもまた、恐怖感を高める。

 だが青年は眉一つ動かさない。

「爆!」

 発した瞬間、腕が入っているであろう辺りから爆発が起こった。青年の腕をくわえていた猪のような生き物は、一瞬にして吹き飛ぶ。あっという間に消滅した。

 直後、青年は軽やかに身を返す。
 そして赤黒い紙切れを数枚貼り付け、敵を一掃した。

 暗闇に静けさが戻る。獣の姿は消え去り、微かな風が時折肌を撫でるだけ。耳を澄ませば草の擦れ合う音も聞こえるけれど、生物の存在を思わせるような音ではない。

「ちょ……ちょっと、アンタ……大丈夫?」

 あたしは恐る恐る声をかけてみた。
 すると青年は素早く振り返る。

「これでもう問題なし! だよ」

 青年の右腕には赤いものが滲んでいるようだった。青系の色の長めの手袋をはめているから、さほど目立たないけれど。もしかしたら、と思いもしたけれど、怪我していないというわけではなかったみたいだ。

「いや、そうじゃなくて」

 あたしが心配しすぎなだけなのだろうか。

「え? 違うのかい?」
「腕! 怪我してるでしょ!」
「あぁこれ? 大丈夫。何でもないよ」
「何でもなくない!」

 青年は元気そうだ。噛み付かれたことも何とも思っていないみたい。だが、あれだけ噛み付かれたのだから、痛くも何ともないということはさすがにないだろう。

 ようやく立ち上がれるようになってきたので、気をつけつつ腰を上げ、彼の右腕を掴む。

「え。これは一体……?」
「じっとして! 傷を治すから!」
「そ、そう……」
「何よそれ。変な目で見ないで。これはただの気まぐれだから!」

 ◆

「器用だね、君は」
「褒めても喜ばないから!」

 あたしには『癒の薄印』がある。濃印を持つ人よりかは弱い力だけれど、それでも、ある程度は回復させる力がある。傷口に手のひらを当てて印の力を発動すれば、傷を癒やすことができるのだ。

 もっとも、弱そうで好きでないから、あまり使いたくないのだけれど。

「ふふ。君の気が強そうなところ、嫌いじゃないよ」
「口説くとか止めて! 恥ずかしくないの」
「恥ずかしい? まさか。好みは好みだからね、僕は堂々と言うよ」

 あたしの印の力では、彼の腕の傷を完治させることはできなかった。ただ、深い傷がある程度埋まるくらいには治すことができた。

「僕は気が強そうな女性が好きなんだ」
「は? 何それ。何の話?」
「君みたいな痛めつけてくれそうな女性を見ると、堪らなくなるんだ」

 その後、あたしは青年と話をした。

 彼の名はミーシャ・フラスコスというらしい。そして、この国の国防軍に所属している呪術師だそうだ。本人の話によれば、紙切れを使う術が得意だとか。

「フェンリルシア、君はどうして一人で?」
「嫌だったの。家にいるのが」

 夜の闇の中、青年ーーミーシャと語り合う。
 なぜだろう。今はとても生き生きした気分になっている。家にいた時には感じなかった気持ちを、今は強く感じている。自分の足で未来へ歩み出したいような気持ちが溢れてくる。

「ふっ。なるほどね。そんな感じがするよ」
「笑わないで!」
「怒らないでよ、褒めているんだからさ。そうだ、君、呪術師部隊に入らない?」
「えっ……」

 異性に誘われたのは生まれて初めて。
 恥ずかしいことかもしれないけれど、正直、浮かれてしまいそう。

「条件が一つあるんだけど、ね?」
「まぁ、助けてもらったから仕方ないし、聞くだけなら良いけど」
「僕を痛めつけてよ!」
「……は?」

 想像の範囲から遥かに飛び出た条件を提示され、あたしの心の高鳴りは一気に消え去った。

「君は得意そうだよね、そういうの」
「待って! 何それ!? 何なのよ、そのイメージは!?」

 こうして知り合いになったあたしとミーシャは、後に師弟の関係になるのだが、それはまた少し先の話。


◆終◆
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