エトランジェの女神

四季

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7.裏切り

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 さすがのミリアムも諦めかけた。

 もう無理だと。

 彼女はしゃがみ込んだ体勢のまま顔を下向ける。
 だから彼女には気づけていなかったのだろう——その時ロゼットが動いていたことは。

 それまで傍観していたロゼットは、氷塊がミリアムに向かって飛ぶ瞬間に、右手にはめていた手袋を外した。そして、氷塊とミリアムの間に入る。直後、その右手から放たれたのは水流。放たれた太い水の帯が、氷塊を削っていく。

「お前! どういうつもりか!」

 ミリアムが顔を上げたのは、セシリアの刺々しい声が聞こえたから。

 そして、ミリアムは見た。
 ロゼットの手から放たれる水流と、削られていく氷塊を。

「邪魔をするつもりか!?」

 自身の側の人間であったはずのロゼットがミリアムを護ろうとする。それが、セシリアには信じられないことだったようだ。だがそれも抜きんでておかしな反応ではない。そんなことになれば、味方と思っていた人間が敵を護ったりすれば、誰だって取り乱すだろう。

「ロゼット……? どう、して……」

 ミリアムは信じられない思いで目の前のロゼットを凝視する。
 声をかけても返事はない。だが、氷塊は着実に削られていっている。

「邪魔をするなら容赦はせんぞ! 恩知らずめ!」

 刹那、大きな氷塊の向こう側から弧を描くように氷の矢が飛んできた。それはロゼットの腕に突き刺さり、赤いものを滴らす。ミリアムは咄嗟に電撃を発生させていくつかの矢を弾き返した。それでもすべてを弾き返すことはできず。気づいた時には、ロゼットの右腕に矢が数本刺さってしまっていた。

 だが、巨大な氷塊は完全に散った。

 当て続けた水流が、それを見事に破壊したのだった。

 ミリアムはすぐには何も言えない。ロゼットの想定外の動きに、ただただ呆然としていた。瞳を震わせながら、理解できないというような目でロゼットの背中を見つめている。

 氷解は水に崩され散った。
 辺りにはまだ、冷たい空気だけが残っている。

「ロゼット……。お前、裏切る気か……?」
「すみません」
「存在価値のない男がふざけたことを!!」

 セシリアは本気で怒っていた。眉間にしわを寄せ、目じりをつり上げ、口角を下げる。今の彼女には躊躇など欠片も存在していないようだ。彼女は怒りをそのまま露わにしている。まるで鬼のよう。

「……この時を待っていました」

 ロゼットはどことなく寂しげな目をしながら呟く。
 セシリアはわざと大きめの足音を立てながらロゼットの近くまで歩く。そして、ロゼットの垂らしている前髪を片手で掴んだ。

「貴女にはもう従わない」

 前髪を掴まれたロゼットは、慌てず、静かな目をしたまま述べた。

 セシリアは鬼のような形相で睨みつける。だがロゼットは圧されてはいなかった。

 やがて、怒りの熱が冷めたのかほんの少しだけ目力を弱めたセシリアは、突き飛ばすようにしつつロゼットの前髪から手を離した。ロゼットは突き飛ばされた勢いで数歩後退。セシリアはわざとらしく大きな溜め息をつき、それからくるりと身を回転させる。そして、後ろで控えている者たちに「一旦退く!」と告げた。

 能力者の集団は引き揚げていく。
 ようやく、ミリアムの目に希望が見えてくる。

 その頃になって、パンと仲間の男数名が駆けてきた。皆、真四角の鉄板を持っている。それで入り口を塞ごうと考えてのことなのだろう。

 だが、敵は既に撤退し始めている。
 さすがに遅すぎである。

「ミリアムさん! 来たぞ!」

 鉄板一枚を両手で持ちつつ一番前を走ってきていたパンが叫ぶ。

「これでオレらも戦えるヨゥ!」
「いっくぜー」

 パンの後ろからも男が駆けてきていた。彼らもまた、パンと同じように鉄板を持っている。

「……用はもう済んでいるわ」

 やる気満々。戦う気に満ちている彼らだが、今さらやって来ては無意味だ。なんせ敵は撤退を開始しているのだから。

「な! もう済んだってのか!?」
「えぇそうよ。見てちょうだい、既に引き揚げ始めているでしょう」
「やれやれ。さすがだな」

 敵は撤退し、パンたちと合流できた。その安堵によって気が抜けたからか、ミリアムは急にふらつく。近くにいたロゼットが即座に腕を伸ばし、転倒しそうになっていたミリアムの体を支える。

「悪いわね、ロゼット……」
「背中を刺されていましたね。出血が多かったのでしょうか?」
「いえ、このくらいべつに……ただ、ホッとしたら疲れてきて……」

 ミリアムの頭にはロゼットに対して言いたいことが色々あったはずだ。けれど、今のミリアムは、言いたいことを言う気力さえほとんど残っていなかった。

「なっ……! もしかしてミリアムさん、体調悪いのか!?」

 パンがミリアムの様子のおかしさに気づいた時には、既に、ミリアムは気を失いかけていた。

「彼女は怪我をしています。パンさん、どうか、手当てを」

 ミリアムの体から力が抜けていくのを感じたロゼットは、視線をパンの方へ向け、落ち着きつつも素早く述べる。

「お、おう。そうだな。鉄板に乗せていくか?」
「背負って運びましょう」
「よっしゃ! お前ら! ミリアムさんを運ぶぞ!」

 鉄板を持ってきていてパン以外の男たちは、パンの指示に速やかに従う。

 皆の鉄板は数人の手の内に集め、ミリアムの体はパンが背負う。万が一の時の交代要員として付き添うのが一人。そして、ロゼットもまた、ミリアムをおんぶしたパンに付き添う。

 そんな者たちを、建物の陰から見つめる人物がいたのだが——それには誰も気づいていなかった。

 その時は、まだ。
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