30 / 57
29.訪問
しおりを挟む
一度帰宅することを決めたミリアムは、パンのところへ行き「帰る」というような趣旨のことを一言告げておく。そして、その足で帰路についた。唯一幸運だったのは、誰にも会わぬまま帰ることができたことだろう。
天気は悪くなかった。
けれど、晴れやかな空を目にしていても、心の中のもやが晴れることはない。
こんな時は明るいものを見れば見るほど辛くなる。それは天気にも言えることだ。見上げた空が晴れやかであればあるほど、苦しさと虚しさに襲われてしまうものである。
晴れた空が、穏やかに降り注ぐ日差しが、元気づけてくれる。
そんなのはただの幻想でしかないのかもしれない。
夜になるまではまだ時間がある。
それでも寄り道をする気にはなれず、ミリアムは真っ直ぐ家に向かう。
扉を開けて敷地内に入ると、ミリアムはすぐに扉を閉め鍵をかけた。
そのまま地面に座り込む。
靴を脱ぐことすら今は面倒臭い。何をする気にもなれない。今の状態では、戸締りをするのが限界だ。
「……はぁ」
溜め息なんてつくものじゃないと思いはするのに、小さな溜め息をこぼさずにはいられなかった。
重しを乗せられたみたい——ミリアムは漠然と思う。
結局男性に謝れなかった。ハプニングの中でのこととはいえ手を出してしまったのだから、謝罪するべきだったのに。後悔は時が経つにつれ大きくなっていってしまう。
それから数分が経過して、ミリアムはようやく立ち上がる力を得る。
靴を脱ぎ、リビングへ向かった。
◆
チャイムが鳴ったのは、陽が沈んだ後のことだった。
通信販売を頼んだ覚えもないのにいきなりチャイムが鳴ったものだから、ミリアムは一瞬飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。
「……何かしら」
カップを適当なところに置き、ソファから立ち上がる。怪訝な顔をしたまま、玄関へと向かった。
扉の前に到着。
しかしすぐには開けない。
一人暮らしをするにあたって親に言われていた注意事項の中に、「チャイムが鳴ってもすぐには出ないこと」というものがあった。
それを忘れているミリアムではない。
玄関の明かりを落とし、足音が響かないよう注意しながら、まだ閉まっている扉に接近。それから、扉の半分より上の辺りに空いた小さな穴へと顔を近づける。扉の向こう側を確認するために。
「っ……!」
覗き穴から外を確認して、ミリアムは思わず息をこぼしてしまう。
サラダとロゼットが並んで立っているのが見えたからだ。
ロゼットは一度ミリアムの家へ来ている。それゆえ、彼がその場所を知っているのは何もおかしな話ではない。
だが、ミリアムにとっては、それは驚くようなことだった。
ロゼットがサラダまで連れてこの家へやって来るなんて、想像していなかったことだ。
ミリアムは暗い玄関で葛藤する。戸を開けるべきか否かを。
これまでミリアムはこの家のことを黙っていた。誰も招き入れなかったし、来たそうにされても極力断ってきた。
親に忠告されていたからというのもあるが、ミリアム自身もそれに納得していたのだ。一人になれる場所は少しでも多い方が良いから。
と、昔話はそこまでにするとして。
ただ、ミリアムは今、開けるか否かの大きな岐路に立たされている。
これまで守ってきたものをまたしてもなかったこととする。それが正しいことなのか、すぐには判断できなくて。扉の前でミリアムは悩む。
その時、もう一度チャイムが鳴った。
出なければこのまま鳴り続けるだろうか? 二人は私が出ていくまでそこにいるだろうか? それか、放っておいたらそのうち帰るのか?
ミリアムの脳内を巡るのはそんなものばかり。
「……仕方、ないわね」
ミリアムは誰にも聞こえぬように呟いて、初めて声を発する。
「はい! どなたかしら!」
戸一枚越しだ、声は届いたであろう。
「あ、あのぅ。サラダ、なんですけど」
「ミリアムさんはいらっしゃいますか」
先にサラダが、それからロゼットが、それぞれ言葉を放ってきた。
もはや逃げられない。留守のふりもできない。
「えっ、そうなの? ちょっと待って。今から開けるわ」
ミリアムは、訪問者の正体を知らなかったかのように振る舞いつつ、解錠。それからもう一度外の様子を確認し、ゆっくりと扉を開けていく。扉の向こう側に立っているサラダたちに当たらないよう注意しながら。
「こんばんは! ミリアムさんっ」
黒髪の少女サラダは満面の笑みで挨拶してきた。
「サラダ……どうしてここに……」
「ロゼットさんに教えてもらいました!」
やはり一人でも招き入れるべきではなかったか、と、ミリアムは僅かに後悔する。
サラダが悪人でないことは知っているので、厳密には、彼女にこの家を知られるのは問題ない。が、同じように少しずつ広がって多くの人たちにここを知られるとなると、ミリアムとしては嬉しくない。多くの非能力者にこの家を知られること、それはなるべく避けたいことだ。
「実はですね、先日、ロゼットさんがミリアムさんと一緒に帰っているところを見たんです! それで、駄目元で尋ねてみたら、教えていただけました!」
ロゼットを家に招いたことをパンに知られていたのはそのせいか、と、ミリアムは静かに思う。
「教えたのね、ロゼット……」
「すみません。ただ、偶然僕も訪ねようと思っていたところでして」
「それはどういうことかしら」
「ミリアムさんが落ち込んでられるようでしたので……気になって」
最初はロゼットに「ちょっと、何てことしてくれるの?」などと思ってしまっている部分もあった。しかし、彼が自身を心配してくれていたことが判明すると、その思いは少々変化して。ロゼットを責める気にはならなくなった。
「そ、そうだったのね……。まぁ、取り敢えず入って?」
「ありがとうございます」
このまま追い返すのも忍びないので、ミリアムは二人を家の中に入れることにした。
「わたしは……」
「サラダも入って構わないわよ」
「は、はい!」
何も、やましいことがあるわけではない。
入れること自体に大きな問題はないだろう。
天気は悪くなかった。
けれど、晴れやかな空を目にしていても、心の中のもやが晴れることはない。
こんな時は明るいものを見れば見るほど辛くなる。それは天気にも言えることだ。見上げた空が晴れやかであればあるほど、苦しさと虚しさに襲われてしまうものである。
晴れた空が、穏やかに降り注ぐ日差しが、元気づけてくれる。
そんなのはただの幻想でしかないのかもしれない。
夜になるまではまだ時間がある。
それでも寄り道をする気にはなれず、ミリアムは真っ直ぐ家に向かう。
扉を開けて敷地内に入ると、ミリアムはすぐに扉を閉め鍵をかけた。
そのまま地面に座り込む。
靴を脱ぐことすら今は面倒臭い。何をする気にもなれない。今の状態では、戸締りをするのが限界だ。
「……はぁ」
溜め息なんてつくものじゃないと思いはするのに、小さな溜め息をこぼさずにはいられなかった。
重しを乗せられたみたい——ミリアムは漠然と思う。
結局男性に謝れなかった。ハプニングの中でのこととはいえ手を出してしまったのだから、謝罪するべきだったのに。後悔は時が経つにつれ大きくなっていってしまう。
それから数分が経過して、ミリアムはようやく立ち上がる力を得る。
靴を脱ぎ、リビングへ向かった。
◆
チャイムが鳴ったのは、陽が沈んだ後のことだった。
通信販売を頼んだ覚えもないのにいきなりチャイムが鳴ったものだから、ミリアムは一瞬飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。
「……何かしら」
カップを適当なところに置き、ソファから立ち上がる。怪訝な顔をしたまま、玄関へと向かった。
扉の前に到着。
しかしすぐには開けない。
一人暮らしをするにあたって親に言われていた注意事項の中に、「チャイムが鳴ってもすぐには出ないこと」というものがあった。
それを忘れているミリアムではない。
玄関の明かりを落とし、足音が響かないよう注意しながら、まだ閉まっている扉に接近。それから、扉の半分より上の辺りに空いた小さな穴へと顔を近づける。扉の向こう側を確認するために。
「っ……!」
覗き穴から外を確認して、ミリアムは思わず息をこぼしてしまう。
サラダとロゼットが並んで立っているのが見えたからだ。
ロゼットは一度ミリアムの家へ来ている。それゆえ、彼がその場所を知っているのは何もおかしな話ではない。
だが、ミリアムにとっては、それは驚くようなことだった。
ロゼットがサラダまで連れてこの家へやって来るなんて、想像していなかったことだ。
ミリアムは暗い玄関で葛藤する。戸を開けるべきか否かを。
これまでミリアムはこの家のことを黙っていた。誰も招き入れなかったし、来たそうにされても極力断ってきた。
親に忠告されていたからというのもあるが、ミリアム自身もそれに納得していたのだ。一人になれる場所は少しでも多い方が良いから。
と、昔話はそこまでにするとして。
ただ、ミリアムは今、開けるか否かの大きな岐路に立たされている。
これまで守ってきたものをまたしてもなかったこととする。それが正しいことなのか、すぐには判断できなくて。扉の前でミリアムは悩む。
その時、もう一度チャイムが鳴った。
出なければこのまま鳴り続けるだろうか? 二人は私が出ていくまでそこにいるだろうか? それか、放っておいたらそのうち帰るのか?
ミリアムの脳内を巡るのはそんなものばかり。
「……仕方、ないわね」
ミリアムは誰にも聞こえぬように呟いて、初めて声を発する。
「はい! どなたかしら!」
戸一枚越しだ、声は届いたであろう。
「あ、あのぅ。サラダ、なんですけど」
「ミリアムさんはいらっしゃいますか」
先にサラダが、それからロゼットが、それぞれ言葉を放ってきた。
もはや逃げられない。留守のふりもできない。
「えっ、そうなの? ちょっと待って。今から開けるわ」
ミリアムは、訪問者の正体を知らなかったかのように振る舞いつつ、解錠。それからもう一度外の様子を確認し、ゆっくりと扉を開けていく。扉の向こう側に立っているサラダたちに当たらないよう注意しながら。
「こんばんは! ミリアムさんっ」
黒髪の少女サラダは満面の笑みで挨拶してきた。
「サラダ……どうしてここに……」
「ロゼットさんに教えてもらいました!」
やはり一人でも招き入れるべきではなかったか、と、ミリアムは僅かに後悔する。
サラダが悪人でないことは知っているので、厳密には、彼女にこの家を知られるのは問題ない。が、同じように少しずつ広がって多くの人たちにここを知られるとなると、ミリアムとしては嬉しくない。多くの非能力者にこの家を知られること、それはなるべく避けたいことだ。
「実はですね、先日、ロゼットさんがミリアムさんと一緒に帰っているところを見たんです! それで、駄目元で尋ねてみたら、教えていただけました!」
ロゼットを家に招いたことをパンに知られていたのはそのせいか、と、ミリアムは静かに思う。
「教えたのね、ロゼット……」
「すみません。ただ、偶然僕も訪ねようと思っていたところでして」
「それはどういうことかしら」
「ミリアムさんが落ち込んでられるようでしたので……気になって」
最初はロゼットに「ちょっと、何てことしてくれるの?」などと思ってしまっている部分もあった。しかし、彼が自身を心配してくれていたことが判明すると、その思いは少々変化して。ロゼットを責める気にはならなくなった。
「そ、そうだったのね……。まぁ、取り敢えず入って?」
「ありがとうございます」
このまま追い返すのも忍びないので、ミリアムは二人を家の中に入れることにした。
「わたしは……」
「サラダも入って構わないわよ」
「は、はい!」
何も、やましいことがあるわけではない。
入れること自体に大きな問題はないだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる