上 下
2 / 2

後編

しおりを挟む
 俺は、一応男性の説明を聞いたが、まったくもって意味が分からなかった。日程を聞けば少しは何か掴めるかもしれないと考えていたのだが、それは甘い考えだったようだ。

「ここまでよろしいでしょうか?」
「……いや、まったく」
「では続けさせていただきます。正午よりマルメクリータ嬢とのチェス十番勝負、午後二時三十一分よりマルメクリーテ嬢とのお見合い、午後二時三十九分よりアルメクリリータ将軍とのお見合い、午後四時よりタタタタタターテ嬢とのチェス八十六番勝負になります。覚えていただけましたでしょうか」

 段々頭が痛くなってきた。

 もちろん、環境が悪いわけではないのだ。
 鳥のさえずりが聞こえ、豪華な家具が並んでいる、そんな部屋にいるのが嫌なわけがない。

 ただ、目の前のメイド服の男性が話すことがまったく理解できず、そのせいで頭痛が発症してしまっているのである。

「午後四時三十五分より、サルサルタンタン嬢とのチェス稽古。午後四時五十九分からはマルメクリータ嬢とのダーツ勝負、午後五時三分からはアルメクリリータ将軍とのお見合いになり、午後十一時に就寝でございます」

 恐る恐る口にしたクァラスティーは美味しかった。良い香りとほのかな甘みが魅力の茶には惚れたし、浮かんでいる若干溶けたマシュマロも絶妙な甘さで嫌いではなかった。

 ただ、この時の俺は知らなかったんだ。
 今俺がいる世界が、とても歪な世界だということを。


 なんにせよ、この世界は俺が思っていたのとはまったく別物だったのだ。


 アンドレシアーノ嬢は全身を機械改造している少女で、人体改造を生業とする夢ばかりを語る。

 マルメクリータ嬢は『チェス界の悪魔』と呼ばれているほどのチェスの名人で、五十八歳の淑女だったし、マルメクリーテ嬢は婚期を逃した小鬼族のお嬢様で非常に毒舌だった。

 アルメクリリータ将軍は、軍服を着た美青年だが、異性には関心がない。

 タタタタタターテ嬢は一手ごとに十五分ほど考えるためチェスをしてもまったく試合にならない女性。

 床につくほど長い金髪と青い瞳を持つサルサルタンタン嬢は手伸族出身で、稽古中ずっとうなじをこそばしてくる。

 坊主頭の美女マルメクリータ嬢は、サルサルタンタン嬢と遠い親戚らしいが、勝負の間、常に俺の顔に向かって咳をしてくる。それも、全力の咳。


 関わる人たちがこんな人たちだから、たった一日だが物凄く疲れてしまった。


 これから毎日このようなことが続くと思うと、絶望しそうだ。辛すぎて、生きることを止めたくなるかもしれない。

 でも、今はまだ生きてみる気でいる。
 生きていれば良いこともあるかもしれないから。


 こうして、この妙な世界での俺の人生が幕開けたのだった。

◆終わり◆
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...