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雪が降っていた。

私は道を行く。

私はどうして生まれてきて良かったのだろうか。
ふと、こんな事を落ちていく雪を見つめながら私は考える。

辺りをさまよっては大きな人達に追い回され、迷惑な目で見られた。


お父さんも知らない。お母さんも知らない。

ああ⋯、なんだか前が見えなくなってきた⋯⋯。

ずっともう何も食べていないから、体は言うことを聞いてくれなくなっていた。

と、その時だった。
大きな光と共に、大きな何かが向かってくるのが見えた。

ああ⋯⋯
私はようやく死ぬのだろうか。
走馬灯で浮かんだのは、騒がしい音と見たことの無い景色、場所。
不安でいっぱいだった日々。


その時、横から大きな人影が飛び込んできた。
「⋯⋯!?」
私はびっくりして、思わずその人影を引っ掻いてしまった。
でも、その人影は私の体を大きな手でしっかりと掴んで、道脇に飛び退いた。
その手は、感じたことのないような暖かさだった。


そして道の方から、
キキキィィーーー!!とけたたましい音がなる。

ドアが開く音がすると、1人の赤い顔をした男の人が飛び出してきた。
「おいお前!危ねぇじゃねか!!」
という怒号もセットだ。

「す、すいません!!」
と、私の耳元でよく透き通った声で返事をしたのは、さっき感じた暖かい手をした若い男の人だった。

「ふん!気をつけろよ!!」
怒声と共に、無造作にバタンと閉まる音がすると、大きな何かの正体、トラックに乗って走り去って行った。

「やれやれ⋯⋯」
と男の人がつぶやくと、地面に飛び込んだせいであちこち雪だらけになった服を少し払った。
そして私の方を見て、また地面に座り込む。

すると、優しく彼は言った。
「大丈夫かい?」
「⋯⋯」
私は黙り込むしかなかった。

今感じている暖かさの正体が、体の肌から来ているものでは無い何かが、一体なんなのか考えていた。

「良かった、怪我してないね。」
彼は私の体を念入りに見て、安心したように言った。
「⋯⋯」
そういう彼は私が引っ掻いてしまったせいで頬に薄い傷ができてしまって、赤い血が出てるのに⋯⋯。
謝りたいのに⋯⋯。
助けてもらったのに⋯⋯。
お礼が言いたいのに⋯⋯⋯!
「あはは、君ってきれいな白色なんだね」
彼は含み笑い、言う。
「⋯⋯」
私は、ただ彼のきれいな瞳を見つめていた。
そして、引っ掻いてしまった彼の頬を私はできる限り赤い舌で優しく舐めた。
フラフラして目の前が暗くなったりしたけど、それでも舐めた。
「く、くすぐったいよ!」
彼は悲鳴に近い声で、でも笑顔で言ったんだ。
「君は優しいんだね。いいよ、もう痛くないから。」
彼の優しい声で、私は舐めるのをやめた。 

「君、おうちは?」
彼は首を傾げて、私に訊く。 
「⋯⋯」
私にそんなものなんてない。
「お名前は?」
「⋯⋯」
分からない。
私は誰なんだろ。
「僕は、かえでって言うんだ!」
「⋯⋯?」
かえで。
彼はかえでくんだ。
「君の名前ねえ⋯⋯。」
かえでは黙り込む。
「⋯⋯」

すると、かえでは突然立ち上がった。
「⋯⋯!?」
かえでがいなくなってしまうのかと怖くなった私は、思わずビクッとした。
「シュガー!!」
かえでは突然叫んだ。
「⋯⋯?」
「君の名前!」
「⋯⋯」
かえでは私の名前をつけてくれた。
なんだか、暖かさがもっとずっといっぱいになった。
「よし、シュガー!ついておいで!!」
「⋯⋯!」


















いつもかえでは、休みの日に決まって白い壁にもたれてはただ本を読む。
そして私はただかえでの傍に寄って、横にうずくまる。
すると、決まってかえでは私を撫でてくれる。

私は、この時間が世界で2番目に好きだった。

「相変わらず、お前はかわいいな」
そう言ってかえでは突然読書をやめて、私をじっと眺めた。

私は、かえでの目を見つめる。

「ふふ、そんなの分かってるって?」
かえではいたずらっぽい目で、私に言う。
「⋯⋯」
そう、そんなの分かってるよ。

「そっか!もう、お前かわいすぎ!!」
そう言ってかえでは私の頬を指でくすぐった。
「⋯⋯」
ふにゃ⋯、くすぐったい⋯⋯。
「大好き、シュガー」
かえではそう私に呟くように言うと、目をつぶって私を撫で続けた。
「⋯⋯」
私も大好きだよ。




私はかえでが世界で1番好きだよ。












ある日の事。
な、なんとかえでが女の人を連れてきた⋯⋯。

いつもよりもっとかっこいい服を着たかえでの横に、かえでよりもずっと小さいその女の人は、部屋を見渡している。
そして最後、私と目が合った。
「あ、瑞穂、紹介するよ。」
かえでの声。
「僕の大事な家族、シュガーちゃんです」
そして、私を手のひらで指して言う。

すると、みずほ、と呼ばれた女の人はしゃがんで私に言う。

ちょっと悔しいけど、その人はとてもかわいいかった。
「ふふふ、かわいいね。よろしくね、シュガーちゃん」
「⋯⋯。」
ふん!
かえでは、私の事が1番好きだもんねーだ!

「ほら、シュガーも挨拶。」
かえでが言う。
なんかめっちゃ笑ってる。
ふん、何よ、浮気しちゃって!
「⋯⋯。」
プイッ、と私はそっぽを向いて逃げ出した。

「あ、お~い!」
かえでのまぬけな声。
「ふふふ、楓、ヤキモチ妬かせちゃったかな?」
「はは、あいつが妬くなんてなー」
















「あなたー、夜ごはん何がいい?」
女の人の声。
みずほだ。
「うーん」
かえでは迷っている。
そして、いつも最後に言うのだ。
「なんでもいいよ~。」

「もー、それが1番困るんだから!」
みずほは怒ったように言う。
「ごめんごめん」
かえでは笑いながら言う。
「じゃあ、シュガーちゃんに聞こうかしら」
「⋯⋯」 
聞いてくれても私、言えないしなー。

あ、そうそう。
2人はあれからずーっと仲良しで、ついこの前に式を挙げました。

ちょっと納得いかなかった。
それでも⋯⋯みずほは私のお母さんみたいで⋯⋯。
優しくて、かわいくて、時々怖くて、めっちゃくちゃ元気で⋯⋯⋯⋯



大好きだから。

みずほがかえでの奥さんで良かった。

「シュガーちゃんは、私たちのかわいい、かわいい小さな赤ちゃんね。」
そう言ってくれたから。

そして、私たちは世界で1番幸せな家族になった。


私は幸せいっぱいだった。




















私は⋯あれから⋯立派な大人になった。

かえでとみずほのたくさんの愛情を受けて。
かえでとみずほのたくさんのおひさまみたいな優しさを浴びて。


私はとっくに気づいていた。
あの日感じた暖かさ。
あれはココロの温もりだったんだ。


私は幸せだった。
だけど、今悲しくて仕方がないのだ。

もう2人とお別れしなくてはならない。

2人には、私よりずっとかわいい子供ができた。

そんな幸せいっぱいになった2人、いや3人と、もっとずっと過ごしていたかったけれど⋯⋯




私は⋯⋯もうおばあさんだから⋯⋯。
もうお迎えが来たみたい⋯⋯。

あの日ように走馬灯が見えた⋯⋯。
でも、あの日の物とは違う。

どの浮かんだ光景も、暖かった。
幸せいっぱいだった。
私は生きていて良かった。
私は生まれてきて良かったんだ。




「シュガーー!!」
耳元で、かえでとみずほの声がする。
「死ぬな!おい!頼むよぉ!」
「いや、そんなの⋯⋯いや⋯⋯」


ありがとう⋯⋯。
2人とも⋯⋯。
私がいなくなっても⋯⋯
忘れないでね⋯⋯
子育て、頑張ってね⋯⋯
かえで⋯⋯私を⋯⋯救ってくれてありがとう⋯⋯
みずほ⋯⋯私を⋯⋯子供にしてくれてありがとう⋯⋯
ありがとう⋯⋯

私を⋯⋯⋯⋯

愛してくれて⋯⋯ありがとう⋯⋯


「シュガぁぁーーーーーーーー!!」























雪が降っていた。



 





おしまい
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