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第一章 幼少期

月の帷に夜の花は眠る 後編ーグライハイム視点

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アルセイヌはキョトンとしている様子に覚えてはいないのか? と安心したのだがグライハイムの気持ちとは裏腹に少し考えこむ仕草を見せ、沈黙の後にオッドアイの瞳はグライハイムをとらえるかの如く真っ直ぐに見つめてくる。

「お父様は......私が、何かした...とお考えなのですか?」
「どういう意味だい?」
「いえ...ただ、私は覚えてないんです...あの儀式の後に何があったのかを。」

モヤモヤしているんです心がと付け加えるように胸を押さえているアルセイヌに、グライハイムの気持ちは複雑であった。

まだ幼い我が子があの司祭や他者に危害を加えたなど誰が言えるものだろうか?

畏怖のそうちょうを見せつけているようなものだからだ。

どうするべきかと考えていたグライハイムだったが、アルセイヌはゆっくりと口を開くも閉じて言いたいことを飲み込むように唇を噛み締めている。

何故に言い淀むと思ったときだ。

アルセイヌはぎゅっと上布団を握り締める。

「教えてください、私は知りたいんです! この事件に私がしたことを見逃しておきたくない...から。」

小さな手がふるふると震えて、顔を見ればどうしてか悲しみを感じつつも揺るぎない決意を秘めた瞳がグライハイムの心を傾ける。

「アルセイヌ。本当に聞きたいにだな?」

こくりと頷く我が子にふうーと息を吐き、言わないでおこうかと思っていた出来事を教えることにした。
ただし黒蝶の原因をふせて。

黙ってあの時のことを話し終えると頭を押さえて苦しげになるアルセイヌに横になりなさいと促し寝かせる。
するとアルセイヌはぎゅっとグライハイムの服の袖を掴んできた。

「どうした? きついなら寝ておきなさい。」
「......お父様...私、その...寂しいので...側にいて欲しい...です。」

ちょっと苦しげなのに突発的な発言と赤面しながらの態度にグライハイムは呆気に取られてフリーズしてしまう。

我が娘からのおねだりにじわじわとくる嬉しい気持ちが来て口元が緩みそうになるが執事から馬鹿にされそうな気配に気持ちを引き締め、我に返りつつアルセイヌの頷くき手を握ってやれば嬉しそうに笑みを浮かべる。

「しばらく側にいてやるから寝なさい。」
「......はい。おやすみなさいお父様。」
「おやすみ。」

瞼が閉じて寝息が聞こえるまで、アルセイヌの頭を撫でてやっていると、ゲルフィンから聞かされていた現象が起きていた。

赤と青の蝶がゆっくりとアルセイヌの周囲に舞い消える。

まるで祝福をあげているかのように。


暖かい空気の中に惹かれる蝶と我が愛しい娘の花。
月明かりに灯されるように帷は周囲を静寂へと包む。

月の帷は夜の花に眠るようにな。

「いまはゆっくり寝ておきなさい、今後のためにも。」

事件の真相を知りたいと思うのならば思い出す何かのきっかけであればいい。
だが心が壊れる何かを見つけたりしても気づくのが遅くなりたくはないのだ、けしてな。


****

星の煌めきが夜を照らすものなれば、太陽の光はどう映るものだろうか?

グライハイムは昨日の夜のこと事件のことを考え憂鬱になっていた。
城の応接間で物思いにふけっているときだ、往々しく扉が開くなり荒々しい足音が辺りに響く。
振り返れば国王が偉そうな髭を触りながらドッシリと中央のソファーに座り足を組んでいる。

客室には国王とグライハイム、そして他の重鎮や騎士団長などが勢揃いで並び立つ。

何故にこんな応接間に集まる羽目になったのか?

そんなのは決まっている【聖女】誕生が一番の原因にある。

あの教会で見つかった少女、あの子が光の聖女の称号を持つものとして教会預かりのもと世話しているのだ。【保護】という意味でな。

よりにもよってこんな時期にと頭が痛くなる案件にため息が出るが今は我慢せざるおえないだろう。
もっと頭痛くなりえる国王からの質疑応答があるのだろうからな。

左右の足を組み直し、静寂は国王が口を開くことで壊れる。

「さて、それぞれに聞きたい。あの教会襲撃、誰のさしがねのもと荒事となったのか?そして何よりグライハイムよ、お前の娘であるアルセイヌと言ったか、あの娘....狂災ではないのか?」

ニタリと笑む腐れ国王の問答に、やはり速攻来たかと思いつつ冷静に落ちた回答を述べてやる。

「国王のもと違うと発言させて頂きます。アルセイヌのスキルは光と闇と詳細など資料として提出したものと偽りない内容であり、決して国に害あるものではありませんこと心留めていただきたく存じます。」

一歩先に物事を発言するグライハイムに国王は顎を撫でつつも、面白げにクククと笑う。

何がおかしいと思うが、国王の目は笑ってはいないのは気づいているぶん気味が悪い。

警戒レベルを上げる必要があるかもしれんな。
これからも何が起きてこの国王に隙を与えることのないように。

グライハイムの回答以降は追求してこないぶん気味悪い気分だったが、他の騎士からの事件の詳細などや情報。
重鎮達などの貴族共の論争や言い訳などが繰り広げられて、アルセイヌの話題が書き消えるように盛り上がっていた。

夕刻近くまでの話しあいのあと、城の廊下に出たグライハイムは肩をコキコキ鳴らしぐったりしていた。

事件の真相はやはり思っていた相手だったことが大きく、心底嫌な気分にさせられてしまう。

処罰対象の末路など目に見えて胸糞悪いからだ。

「アルセイヌやライナリアを狙ってきたのも許せんしな。」

小さく呟いたときだった、黒いフードを被った人物がグライハイムは捉え反射神経か? それともゲルフィンが報告していた少年かと追いかけるが!
近づいた時には消えていた。

だが次の瞬間に気配を感じ剣を握ろうとした矢先、グライハイムの背中越しに人の存在が現れ掴んでいる剣を抑え込まれる。

力を入れているのに動かないことが気味が悪い。

「へえーあんたが、あの子の親ねえー。いいとこであえて嬉しいよ僕は。」
「...何者だ、お前は?」
「ふふ、今は内緒! 今回あんたに助言しに来たんだよね~。」
「助言...だと?」
「そー助言。グライハイム、アルセイヌは近々心の試練が訪れる、きっかけがもうすぐ...。チッ制限かよ! じゃあー頼んだぜーアルセイヌの父君!」
「お、おい!お前はアルセイヌの何を!!」

急に身体自体が軽くなって振り向くも少年は消えていた。

「何者なんだ、あの者は? それにあの言葉は?」

不可解な謎を残して消えた少年と意味深な言葉、この出来事がなければ、グライハイムはアルセイヌの危機を救えなかっただろうと後に思うのである。

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