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本編
前哨戦③
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本格的な冬が訪れようとするころ、各砦の完成が近づいてきた。
信長と広正は、善照寺砦で仕上げの作業を進めていた。休憩の間に、広正は、先日噂に聞いたことを質問した。
「駿河で山口親子が処刑されたと聞きました。信長様のご計略によるものでしょうか?」
鳴海城主、山口教継とその息子教吉は、今川義元に呼び出され、信長に通じているとの疑いで切腹を命じられた。信長は、裏切り者に対し、自分の手を煩わせることなく制裁を与えたことになる。
「すこし噂を流した程度だ。義元にしても、いつ裏切るか分からん厄介者を処分する良い口実になっただろう」
「しかし、義元は、こちらの内情や土地勘を持つものを、始末してしまったことになりますが…」
「必要な情報は、とうに得ているはずだ。大した話ではない。いずれにせよ、戦はすでに始まっているということだ」
信長は、さも当たり前のことのように淡々と答えると、広正へ逆に質問した。
「お前のところにも、今川の使いが来たろう?」
「は…お見通しで…」
広正は、気まずそうに答えた。恐らく、今川と接触し、何かしら取引をしている家臣も多くいるのだろうが、信長は気にも留めない様子だった。
「それくらいは普通のことだ。それよりも、あそこに登らんか」
信長は話を変え、できたばかりの物見櫓を指さした。
善照寺砦は、鳴海城の付城である。本来なら城を監視するのが役目だが、物見櫓は、城とは反対の桶狭間山の方を向いて建てられていた。
2人が櫓の最上部へ登ると、桶狭間山を中心に、辺り一帯を一望できる風景が目に飛び込んで来た。明らかに、鳴海城ではなく、戦場全体を把握するために建てられたものだった。
信長は、遠くを見るような目つきで、正面を見つめながら言った。
「義元は、沓掛城に入った後、あの桶狭間山に陣取るだろう」
広正は、以前から気になっていた重要な疑問を聞かずにはいられなかった。
「慎重なあの義元が、沓掛から出てくるでしょうか」
「出てこなければ、それに応じた作戦を取るまで…」
そう言いかけた信長は、語気を強めて言い直した。
「いや、必ず出てくる! 儂にはわかる。儂と奴は、似た者同士なのだ」
しかし、広正はまだ納得できていないようだった。それを感じ取った信長は、ゆっくりと説明し始めた。
「義元はな、頂点に立つものとして必要なものを、すべて持っている。周りの大名は目先の領土を広げることしか考えておらんが、義元は天下を見据えておる。恐らく、儂の生涯において、最初にして最大の敵となるだろう」
義元の話をする信長を見て、広正は信じられない気持ちになった。
『あの信長様が、明らかに畏怖の念を抱いている…今川義元とは、それ程の男なのか…』
驚きの表情を隠しきれない広正に、信長は軽く笑って質問した。
「広正、今川仮名目録追加を読んだことがあるか?」
今川仮名目録とは、義元の父、今川氏親が制定した独自の国法である。義元はさらに、21箇条を追加した。
その内容は国内を掌握するための、細かな法が定められていた。中には現代の制度に通じる程のものもあった。しかも、室町幕府の権力を完全に排除する内容も含められていた。
義元は、他の大名に先駆け、幕府からの独立を公に宣言した、はじめての大名なのである。その意味では、日本で最初の戦国大名とも言われている。
幕府にすれば、完全な反逆行為であるが、それが許されるほど、義元の国力は強大だったのである。
当然、広正も敵を知るため、また後学のため、熟読していた。
「はい。以前、読みました」
「どう思う?」
「大胆不敵なれど、実に理にかなっていると感じました」
そう言いながら、広正は、はっとした。確かに信長と似ているのかも知れない。
「そうだ! だからこそ、城なんぞに閉じこもってはおらんのだ」
信長が、そこまで確信している。それだけで広正は疑う必要など無かった。ただ義元が、わざわざ城を出て戦う目的については見当がつかなかった。
しかし信長だけは、義元と似ているからこそ、義元の真の狙いに気付いていたのだった。
信長と広正は、善照寺砦で仕上げの作業を進めていた。休憩の間に、広正は、先日噂に聞いたことを質問した。
「駿河で山口親子が処刑されたと聞きました。信長様のご計略によるものでしょうか?」
鳴海城主、山口教継とその息子教吉は、今川義元に呼び出され、信長に通じているとの疑いで切腹を命じられた。信長は、裏切り者に対し、自分の手を煩わせることなく制裁を与えたことになる。
「すこし噂を流した程度だ。義元にしても、いつ裏切るか分からん厄介者を処分する良い口実になっただろう」
「しかし、義元は、こちらの内情や土地勘を持つものを、始末してしまったことになりますが…」
「必要な情報は、とうに得ているはずだ。大した話ではない。いずれにせよ、戦はすでに始まっているということだ」
信長は、さも当たり前のことのように淡々と答えると、広正へ逆に質問した。
「お前のところにも、今川の使いが来たろう?」
「は…お見通しで…」
広正は、気まずそうに答えた。恐らく、今川と接触し、何かしら取引をしている家臣も多くいるのだろうが、信長は気にも留めない様子だった。
「それくらいは普通のことだ。それよりも、あそこに登らんか」
信長は話を変え、できたばかりの物見櫓を指さした。
善照寺砦は、鳴海城の付城である。本来なら城を監視するのが役目だが、物見櫓は、城とは反対の桶狭間山の方を向いて建てられていた。
2人が櫓の最上部へ登ると、桶狭間山を中心に、辺り一帯を一望できる風景が目に飛び込んで来た。明らかに、鳴海城ではなく、戦場全体を把握するために建てられたものだった。
信長は、遠くを見るような目つきで、正面を見つめながら言った。
「義元は、沓掛城に入った後、あの桶狭間山に陣取るだろう」
広正は、以前から気になっていた重要な疑問を聞かずにはいられなかった。
「慎重なあの義元が、沓掛から出てくるでしょうか」
「出てこなければ、それに応じた作戦を取るまで…」
そう言いかけた信長は、語気を強めて言い直した。
「いや、必ず出てくる! 儂にはわかる。儂と奴は、似た者同士なのだ」
しかし、広正はまだ納得できていないようだった。それを感じ取った信長は、ゆっくりと説明し始めた。
「義元はな、頂点に立つものとして必要なものを、すべて持っている。周りの大名は目先の領土を広げることしか考えておらんが、義元は天下を見据えておる。恐らく、儂の生涯において、最初にして最大の敵となるだろう」
義元の話をする信長を見て、広正は信じられない気持ちになった。
『あの信長様が、明らかに畏怖の念を抱いている…今川義元とは、それ程の男なのか…』
驚きの表情を隠しきれない広正に、信長は軽く笑って質問した。
「広正、今川仮名目録追加を読んだことがあるか?」
今川仮名目録とは、義元の父、今川氏親が制定した独自の国法である。義元はさらに、21箇条を追加した。
その内容は国内を掌握するための、細かな法が定められていた。中には現代の制度に通じる程のものもあった。しかも、室町幕府の権力を完全に排除する内容も含められていた。
義元は、他の大名に先駆け、幕府からの独立を公に宣言した、はじめての大名なのである。その意味では、日本で最初の戦国大名とも言われている。
幕府にすれば、完全な反逆行為であるが、それが許されるほど、義元の国力は強大だったのである。
当然、広正も敵を知るため、また後学のため、熟読していた。
「はい。以前、読みました」
「どう思う?」
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「そうだ! だからこそ、城なんぞに閉じこもってはおらんのだ」
信長が、そこまで確信している。それだけで広正は疑う必要など無かった。ただ義元が、わざわざ城を出て戦う目的については見当がつかなかった。
しかし信長だけは、義元と似ているからこそ、義元の真の狙いに気付いていたのだった。
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