未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

文字の大きさ
57 / 139

57 思い出

しおりを挟む
 二人は藤井家から歩いて地元の公立小学校敷を訪れた。目的は体育館でやってる子供スポーツ教室。

「ここが楽しい場所?」

 言うだろうと思っていた不平不満な感想だ。騙したなと顔に書いてある。

「付き合いでたまにボランティアを頼まれるんだ。楽しいぞ。マスクするか?」

 漏れ聞こえる子供たちの大声量におののく南雲に顔を隠すためのマスクを渡してやった。南雲は受け取りながらまだ文句を言おうとする。

「僕はオメガなんだけど」
「子供ばかりだよ。それに君は匂いを薬で完璧に封じ込めてるじゃないか」
「匂いがしなくて見た目で気づくやつもいる。嫌なんだよ、そういう目でジロジロ見られるの」
「だったらこうしようか」

 冬次は南雲の肩に腕をまわした。もちろん冗談でだが、南雲は仰天して声を出せないでいる。がっちり肩を組んだので絡まれた中学生とヤンキーみたいな構図になってしまった。

「手を繋ぐのとどっちがいいですか?」

 かしこまって訊ねると、南雲がハッと我にかえる。

「余計なことすんな!」

 冬次を力いっぱい突きはなした。

「オーケー。その意気でいこう」

 笑顔で返し、体育館の中に連れ込む。今日のコースはバレーボールだ。低めに張られたネットのまわりで小学生たちがトス練習をしている。

「挨拶してくるから」

 コートの外で子供達の様子を監督している男は高校の同級生。部活の助っ人をしてやったことがある顔見知りだ。

「おお、奈良林。久しぶりじゃん」
「俺はね、忙しいんだよ。今日はお手伝いをひとり連れてきた」
「あのひょろっこい子だな。バレー経験者?」
「いや、経験はないよ。俺の知り合いなんだけど運動不足が心配でさ。混ぜてもらってもいいかな」
「最年少のチームに入ってボールに慣れることからだな。奈良林に任せるから怪我は注意で」
「わかった。サンキューな」

 関係者用の腕章を貰って戻ると、南雲は壁の花と化し、チラチラ興味を示してくる子供たちから目を逸らして話しかけられまいとしていた。

「ねぇ、遅いよ」

 わざとのんびり戻ってきたのがバレたか。

「そうでもないでしょ。生徒を集めて試合をしよう」
「勝手にやれば」
「涼くんもやろう」
「やらないに決まってんだろ」

 南雲が体育館を出て行く。冬次はその背中に声をかけた。

「校内をうろつくなら腕章はつけないとな!」
「はぁ?」
「ほら」

 腕章を投げて渡す。

「面倒くさいな。持ってればいーんでしょ」
「一時間後に迎えにいくから」

 奇跡を刺激する作戦パート2といこうじゃないか。小学校、中学校、高校。校舎が異なっても学生でいる時間と空間は限りある独特なものだ。そのどれも経験したことがない南雲はタイムスリップした時に初めて学校という場所に足を踏み入れた。そして運命の番に対面したんだろう?
 大事な場所のはずだ。君にとって。俺たちにとって。


  ◆


 冬次はクラブの手伝いを終えると南雲を探した。はじめは廊下を歩いていたが、駆け足になる。音楽室の前を通りかかった時、口角が自然と上がった。

「驚いた。ピアノ弾けるんだ」
「昔、見て覚えた」
「誰のを」

 南雲の指が止まる。

「おっさんが職員室に礼を言っといて」
「えっ、おしまい? もっと弾いてよ。聞きたい」
「無理」

 それならもう少し音楽室の外で聞いていればよかった。南雲が奏でた音色はイメージどおりと意外の両方に当てはまる。儚く大人びた横顔に呑み込まれそうだった。
 しかしひとたびピアノを弾くのをやめてしまうと、南雲からその雰囲気は消える。

「もう帰りたい。学校はあまり好きじゃない」
「え、そう・・・・・・だった?」

 たった今まで穏やかな顔でいたのに?
 腕章を返却してから昇降口へ向かうと、先に外へ出ていた南雲がぼんやり佇んでいた。やっと奇跡のお出ましかと喜んだが、ただ門を見ているだけだ。
 門には車が停まっている。もう居場所を見つけられたのか。

「あれに乗って帰りますか」

 冬次は隣に並んだ。

「他に・・・・・・ないの」

 答える南雲の声は小さい。

「なんて?」
「僕を連れて行きたい場所はもうないのかよ」
「乗り気だったとは思わなかった」
「で、あるんだろ。あるって答えろ」

 期待する眼差しと視線がぶつかった。
 冬次は頷いた。直後、南雲の手を握って駆け出す。

「逃げるぞ!」
 
 小学校からじゅうぶん離れたところで立ち止まり、冬次は潰れたように痛む胸に深く息を吸いこんだ。運動神経に衰えはないと思っていたが、学生時代に比べると体力が落ちている。それから若い南雲が三十路の冬次より呼吸を喘がせているとは。

「座って休もうか?」

 そう声をかけると南雲は無言で脇道にしゃがみこむ。いよいよ運動不足ぶりが心配になってきた。

「・・・・・・さっきの車は?」

 ゼェゼェと喉を鳴らしながら訊ねられ、冬次は大通りを覗いた。車両の侵入が厳しい細道に逃げ込めたので時間稼ぎになっているはずだ。

「追ってきてない」

 そう返すと、南雲が蒼白な顔で見上げてきた。

「あのさ。あれ多分大丈夫なやつじゃない?」

 言われている意味がさっぱりわからない。
「だってさ、あいつら動かなかった。多分、見張れって命令」

 ああなるほど。走り損だったと責められているのだとやっと理解できた。

「走る前に教えてくれたら・・・・・・」
「言う前に走ってた!」

 意固地になって言い返してくるので、冬次は笑ってしまった。

「ごめんね」

 頭を撫でたら怒るだろうか。上げかけた手のやり場に困った。しかしそれも含めて冬次の胸を騒がせる。ソワソワ浮き足立つ感じだ。

「じゃここからはゆっくり行こうか」
「次はどこ行くの」
「うん。そろそろ気になってるんじゃないかなって思って病院に」
「病院?」
「まぁ付き合ってよ」

 今日の仕上げのためにことを急ぎたかった。見張りがあとどれだけのあいだ動かずにいてくれるのか安心はできない。
 誰に命じられて見張りをしているのかも考えておかなければならなかった。くそっ。冬次の頭に兄貴の顔が浮かぶ。連れ戻すならさっさと連れ戻せば済むものを、借りを作られているようでムカついた。もし実行されたら困るんだが、冬次は心の中で舌打ちする。

「おい、おっさん」

 横柄な物言いをしながら袖をクンと引かれる。
 南雲が怪訝な顔つきで見ていた。

「タクシーを呼ぼう」
「歩かなくていいってこと? ラッキー」

 喜んだ南雲は肩まわりをコキコキ鳴らす。若いのにおじさん臭いのはどっちだ全く。綺麗な顔に無頓着な性格はあの頃の南雲と同じだ。

「あっ、だったらさ」
「うん?」
「寄ってほしいとこがあるんだけど」

 冬次は耳にあてようとしたスマホを浮かした。

「どこに?」

 南雲の瞳が活きいきと大きくなり、冬次の目を捉えた。
 魅力的であると共に嫌な予感を覚える表情だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

久しぶりの発情期に大好きな番と一緒にいるΩ

いち
BL
Ωの丞(たすく)は、自分の番であるαの かじとのことが大好き。 いつものように晩御飯を作りながら、かじとを待っていたある日、丞にヒートの症状が…周期をかじとに把握されているため、万全の用意をされるが恥ずかしさから否定的にな。しかし丞の症状は止まらなくなってしまう。Ωがよしよしされる短編です。 ※pixivにも同様の作品を掲載しています

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。

水凪しおん
BL
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。 過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。 「君はもう、頑張らなくていい」 ――それは、運命の番との出会い。 圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。 理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!

学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました

こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。

再会した男は、彼女と結婚したと言った

拓海のり
BL
高校時代、森と園部は部活も一緒で仲が良かったが、副部長の菜南子と園部の噂が立ち、森は二人から遠ざかった。大学を卒業して森は園部と再会するが、その指には結婚指輪があった。 昔書いたお話です。ほとんど直していません。お読みになる際はタグをご確認の上ご覧ください。一万五千字くらいの短編です。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

君と運命になっていく

やらぎはら響
BL
母親から冷遇されている町田伊織(まちだいおり)は病気だから薬を欠かさず飲むことを厳命されていた。 ある日倒れて伊織はオメガであり今まで飲むように言われていたのは強い抑制剤だと教えられる。 体調を整えるためにも世界バース保護機関にアルファとのマッチングをするよう言われてしまった。 マッチング相手は外国人のリルトで、大きくて大人の男なのに何だか子犬のように可愛く見えてしまい絆されていく。

処理中です...