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59 正しい行動
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病院に着く頃に雨が降り出した。空を覆った雨雲のせいで日暮れを早く感じる。入院フロアにあがると、病院食の匂いに腹がキュウと音を立てた。
「涼くん、お腹空かない?」
「頭使ってないから別に」
「そっか」
南雲はタクシーに乗ってから電源をオフしたみたいに大人しい。虚無というんだろうか。移動中はずっと目を閉じていた。
ナースステーションの前に誰でも使える歓談スペースが設けられている。テーブルと椅子、給水機、電子レンジなどがあり、ありがたいことに自販機では水以外の飲み物と軽食が売っていた。
空腹を我慢しようと思ったが目にしてしまったからにはつらい。
「俺はシリアルバーでも買ってこようかな」
小腹どころじゃなく腹の虫は今すぐ胃にメシをよこせと大暴れしている。胃のあたりをさすりながら、軽食の自販機の前に立った。品定めをしている最中、邪魔が入る。
嫌な感じのポケットの振動。もはや直感でわかる。兄貴からの着信だ。
談話スペースに通話可エリアが併設されていて助かった。南雲に座って待つよう告げて電話に出た。
「うげぇ」
「第一声から小学生なのかお前は」
ピッカピカの三十代だが?
「なんだよ兄貴」
「デートごっこは楽しかったかい」
「ちっ、どうせ部下に監視させてんだろ」
「わかってるならすぐに病院を出ろ。今なら多めにみてやるから」
「言うとおりにすると思うわけ?」
「彼をここまで自由にしてやっただけありがたいと思ってほしいね。入院中の克己に会わせる気なんだろうが、彼と関わり合いになればこの先のリスクを多少なりとも背負うってことなんだぞ」
この意味を理解しているのかと、実際の言葉以上に圧のある声質で冬次に凄む。
冬次はほんの少し打ちのめされたが、耳にあてたスマホを握りしめて答えた。
「兄貴が決めることじゃない」
苛ついた兄貴のため息が聞こえる。
「冬次が決めることでもないだろ」
「俺の意思じゃなかったら問題ないだろ」
次の応答に間があいた。
「・・・・・・克己に何を話したんだ?」
「気にするのそっちなんだ」
「あいつの同情を誘うことを言ったのか」
「想像に任せるよ。涼くん待たせてるから切るね」
「駄目だ。頼む冬次」
兄貴の声には憤りの中に懇願が含まれている。そりゃバース性抹消薬に対する兄貴の情熱を理解しないわけじゃないが大事にしたいことは人それぞれなのだ。
「慎重にやるよ。身元は明かさない。ひと目会ってそれで終わり」
南雲が強い抑制剤を飲んでいようとも運命の番のフェロモンを嗅ぎ逃すはずはない。お互いに。もし気づかなかったら・・・・・・その時は神の気まぐれに感謝しよう。
「せめて目的を話してくれないか」
「教えない」
「そうか。待機してる見張りに今すぐ確保させる」
「もう遅いかもね」
冬次はスマホをおろし、通話可能エリアを仕切るガラス扉から談話スペースを見つめる。
一秒もいらない。
たった一度すれ違うだけで惹かれ合ってしまう強制力があるらしい。冬次の視線の先で、入院着姿の藤井と気だるそうに自動販売機を眺める南雲が出逢っていた。
藤井に話しかけられた南雲はおそらく欲しいものを指さしていて、面倒見の良さを発揮した藤井は南雲の指さしたジュースを買ってやる。でもその表情に焦りや困惑の色が浮かんでいた。さりげなく鼻をこする仕草が藤井がフェロモンを嗅ぎつけたということを裏づけた。
南雲は顔面蒼白となり次に赤らんだ。頬に血色が、憎々しいほどの生命力あふれる血色が浮かび、聡い南雲は藤井と距離を取った。
忙しく動く頭の向き。迷子みたいにオロオロ視線を彷徨わせ、冬次を探している。
いけないと思っていても心がギュッとなる。助けてやらなければ。
冬次を見つけると、南雲の顔に安堵とふてぶてしさが復活した。
「おい! 遅い!」
「はいはいごめんね。そんなに慌ててどうしたの」
能天気な冬次の態度に南雲の顔が険しくなる。だがすぐ持ち直した。運命の当事者にしかわからないフェロモンを冬次が感知できたはずがないと南雲ならそう考える。
「冬次じゃないか?」
冬次は、藤井の声にふり返った。にっこり満面の笑みで挨拶する。
「急にごめん、見舞いにきたよ。調子どうかな」
「まぁまぁ。まだかろうじて寝たきりは免れてるよ。そこの彼は冬次の知りあい?」
「そう。出かけるついでに付き合ってもらったんだ」
笑えないジョークに肩をすくめ、南雲の背中を藤井の方へ押した。南雲は足を踏ん張って拒否する。押しやるのをやめ緊張した肩を撫でても怒らなかった。むしろ冬次に体を寄せてくる。
「紹介するね。こちらが俺の恩人の藤井克己さん。そしてこちらが南雲涼くん」
冬次が順番に二人を紹介すると、藤井は目を合わせない南雲に頷いた。
「こんばんは。こんなおじさんのお見舞いに付き合わせてしまって申しわけなかったね」
礼儀正しく初対面のふるまいをする。フェロモンの影響を顔にも口にも出さない胆力はさすがだった。
「さぁもう今日は帰りなさい。今度は冬次が一人の時においで」
「いいじゃんせっかく来たんだし。お茶でも飲ませてよ」
病室に誘ってくれるよう促したが、藤井は首を縦には振らない。残念そうに困って見せながら、南雲を気づかうように冬次をいさめた。
「冬次、ちょっとこい」
冬次の腕を引っ張って離れ、南雲の耳に入らないひそひそ声で話す。
「俺は時間をかけて折り合いをつけた。冬次の気持ちはありがたいが今なら勘違いだったで済ませられる」
「折り合いなんかつけなくていいだろ。また出逢えたのに。今度はどこが駄目なんだよ。二人が一緒になることに俺は賛成する」
「いいや帰ってくれ。悪いけど彼も俺を拒絶してる。さ、迎えがきてるぞ」
藤井が顎を向けた方向に部下を引き連れた兄貴の姿があった。
「克己さんのお見舞いかも」
「ないね。冬次を怖い顔で見てる」
目に怒りを滾らせて兄貴がこちらに突進してきている。あれは恐ろしくて膝が笑いだしそう。怯える入院患者たちが通報してくれないだろうか。
兄貴に気を取られているすきに藤井はいなくなっていた。なんて足がはやい。素晴らしい危機管理だ。
「涼くん、お腹空かない?」
「頭使ってないから別に」
「そっか」
南雲はタクシーに乗ってから電源をオフしたみたいに大人しい。虚無というんだろうか。移動中はずっと目を閉じていた。
ナースステーションの前に誰でも使える歓談スペースが設けられている。テーブルと椅子、給水機、電子レンジなどがあり、ありがたいことに自販機では水以外の飲み物と軽食が売っていた。
空腹を我慢しようと思ったが目にしてしまったからにはつらい。
「俺はシリアルバーでも買ってこようかな」
小腹どころじゃなく腹の虫は今すぐ胃にメシをよこせと大暴れしている。胃のあたりをさすりながら、軽食の自販機の前に立った。品定めをしている最中、邪魔が入る。
嫌な感じのポケットの振動。もはや直感でわかる。兄貴からの着信だ。
談話スペースに通話可エリアが併設されていて助かった。南雲に座って待つよう告げて電話に出た。
「うげぇ」
「第一声から小学生なのかお前は」
ピッカピカの三十代だが?
「なんだよ兄貴」
「デートごっこは楽しかったかい」
「ちっ、どうせ部下に監視させてんだろ」
「わかってるならすぐに病院を出ろ。今なら多めにみてやるから」
「言うとおりにすると思うわけ?」
「彼をここまで自由にしてやっただけありがたいと思ってほしいね。入院中の克己に会わせる気なんだろうが、彼と関わり合いになればこの先のリスクを多少なりとも背負うってことなんだぞ」
この意味を理解しているのかと、実際の言葉以上に圧のある声質で冬次に凄む。
冬次はほんの少し打ちのめされたが、耳にあてたスマホを握りしめて答えた。
「兄貴が決めることじゃない」
苛ついた兄貴のため息が聞こえる。
「冬次が決めることでもないだろ」
「俺の意思じゃなかったら問題ないだろ」
次の応答に間があいた。
「・・・・・・克己に何を話したんだ?」
「気にするのそっちなんだ」
「あいつの同情を誘うことを言ったのか」
「想像に任せるよ。涼くん待たせてるから切るね」
「駄目だ。頼む冬次」
兄貴の声には憤りの中に懇願が含まれている。そりゃバース性抹消薬に対する兄貴の情熱を理解しないわけじゃないが大事にしたいことは人それぞれなのだ。
「慎重にやるよ。身元は明かさない。ひと目会ってそれで終わり」
南雲が強い抑制剤を飲んでいようとも運命の番のフェロモンを嗅ぎ逃すはずはない。お互いに。もし気づかなかったら・・・・・・その時は神の気まぐれに感謝しよう。
「せめて目的を話してくれないか」
「教えない」
「そうか。待機してる見張りに今すぐ確保させる」
「もう遅いかもね」
冬次はスマホをおろし、通話可能エリアを仕切るガラス扉から談話スペースを見つめる。
一秒もいらない。
たった一度すれ違うだけで惹かれ合ってしまう強制力があるらしい。冬次の視線の先で、入院着姿の藤井と気だるそうに自動販売機を眺める南雲が出逢っていた。
藤井に話しかけられた南雲はおそらく欲しいものを指さしていて、面倒見の良さを発揮した藤井は南雲の指さしたジュースを買ってやる。でもその表情に焦りや困惑の色が浮かんでいた。さりげなく鼻をこする仕草が藤井がフェロモンを嗅ぎつけたということを裏づけた。
南雲は顔面蒼白となり次に赤らんだ。頬に血色が、憎々しいほどの生命力あふれる血色が浮かび、聡い南雲は藤井と距離を取った。
忙しく動く頭の向き。迷子みたいにオロオロ視線を彷徨わせ、冬次を探している。
いけないと思っていても心がギュッとなる。助けてやらなければ。
冬次を見つけると、南雲の顔に安堵とふてぶてしさが復活した。
「おい! 遅い!」
「はいはいごめんね。そんなに慌ててどうしたの」
能天気な冬次の態度に南雲の顔が険しくなる。だがすぐ持ち直した。運命の当事者にしかわからないフェロモンを冬次が感知できたはずがないと南雲ならそう考える。
「冬次じゃないか?」
冬次は、藤井の声にふり返った。にっこり満面の笑みで挨拶する。
「急にごめん、見舞いにきたよ。調子どうかな」
「まぁまぁ。まだかろうじて寝たきりは免れてるよ。そこの彼は冬次の知りあい?」
「そう。出かけるついでに付き合ってもらったんだ」
笑えないジョークに肩をすくめ、南雲の背中を藤井の方へ押した。南雲は足を踏ん張って拒否する。押しやるのをやめ緊張した肩を撫でても怒らなかった。むしろ冬次に体を寄せてくる。
「紹介するね。こちらが俺の恩人の藤井克己さん。そしてこちらが南雲涼くん」
冬次が順番に二人を紹介すると、藤井は目を合わせない南雲に頷いた。
「こんばんは。こんなおじさんのお見舞いに付き合わせてしまって申しわけなかったね」
礼儀正しく初対面のふるまいをする。フェロモンの影響を顔にも口にも出さない胆力はさすがだった。
「さぁもう今日は帰りなさい。今度は冬次が一人の時においで」
「いいじゃんせっかく来たんだし。お茶でも飲ませてよ」
病室に誘ってくれるよう促したが、藤井は首を縦には振らない。残念そうに困って見せながら、南雲を気づかうように冬次をいさめた。
「冬次、ちょっとこい」
冬次の腕を引っ張って離れ、南雲の耳に入らないひそひそ声で話す。
「俺は時間をかけて折り合いをつけた。冬次の気持ちはありがたいが今なら勘違いだったで済ませられる」
「折り合いなんかつけなくていいだろ。また出逢えたのに。今度はどこが駄目なんだよ。二人が一緒になることに俺は賛成する」
「いいや帰ってくれ。悪いけど彼も俺を拒絶してる。さ、迎えがきてるぞ」
藤井が顎を向けた方向に部下を引き連れた兄貴の姿があった。
「克己さんのお見舞いかも」
「ないね。冬次を怖い顔で見てる」
目に怒りを滾らせて兄貴がこちらに突進してきている。あれは恐ろしくて膝が笑いだしそう。怯える入院患者たちが通報してくれないだろうか。
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