花にまみれて、血を隠す

倉藤

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後編

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 僕がこの瞬間を選んだのにはワケがある。

 僕たちの性生活はしごく良好でした。
 同性同士だからといって遠慮することもなく、互いに気持ちがいいようにやって発散している。

 共に裸体を晒し肌を密着させて愛し合っているうちは、より相手に対して心が開放的になり、話しやすくなると思ったのである。

「恭太郎、事件の真相を聞かせてほしい。それと君が女性を嫌うのと何か関係してる? もちろん、どういう真相であろうとも、僕は君を愛している。警察に突き出そうなんて気は毛頭ないよ」

 もっと狼狽するかと思ったが、彼はあの時と同じように動じなかった。
 僕の下で頬を紅潮させたまま、僕の首に腕を絡めてくる。

「どうしても気になるの?」
「気になるよ。愛する君のことだ」

 熱く口づけながら告げると、恭太郎は「そうだね」と小首を傾げて目を細めた。

「じゃあ、あの場所に行こう。話をするならあの花畑がいい」

 そして僕は恭太郎にいざなわれ、夜がすっかり更けた時間に離れを抜け出し、彼岸の花畑に足を運んだ。

 背筋が冷えて、どきどきする時間だった。
 お化けが出るかもしれない。

 しかし着いてみると景色は圧巻で、夜に彩られた情景美に息が止まってしまいそうだった。
 
 恐怖なんてものはとっくに吹き飛んでいる。

 真紅の花に囲われて月明かりに照らされた恭太郎はいつも以上に美しくて、青白く輝く頬に思わずキスをした。
 後ろから抱きしめながら、僕は改めて問うた。

「教えてくれるかい? 恭太郎」
「じつはね、私は吸血鬼なんだよ。この花の下には私が捕食した死体が山のように埋まっているんだ」
「エッ」
「嘘、冗談」
「なんだ・・・よかった。心臓が止まるかと思ったよ」

 恭太郎は愉しげにくすくすと笑う。

「でもね、本当に一人だけは埋まってる。私の母親が」
「エエッ!」

 僕は弾けたように飛びのき、花畑の上から退けようとした。

「大丈夫だよ。ここのすぐ下には埋まってないから。母が寂しくならないように、私が埋めてあげたんだ」
「そう・・・。まさか、恭太郎が着ているワンピースはお母様の遺品?」
「うん。私が女性の姿でいるのはね、竹城家への見せ占め」
「君のお母様を忘れるなっていう見せ占めかい?」

 僕からの問いに、恭太郎は頷いて目を伏せた。

「私の母は愛人として竹城の家に入って、私は妾の子として生を受けた。ありふれた話だけれど周りの人間の目は厳しく、私と母はあのだだっ広い家で身を寄せ合うようにして生きていた。辛く悲しいこともあったけれど、私にとっては優しく守ってくれる母だけが救いで、母がいれば何もいらないと思った」
「そんなお母様が亡くなったんだね」
「ああ、母は」
「いいや、いい。辛いことを君の口から言わせたくない。すまなかった」

 理由は聞かなくても、寸劇のワンシーンのように脳裏に浮かんで流れていく。

「あの日に殺した人間は、竹城の家の中でも特に母を虐げていた人たちだ。使用人らには悪いことをしたが、あの日に働いていたのはどちらかといえば死んだ奴らの肩をもつ人間ばかりだったから仕方ないと目をつぶった」 

 残酷で切ない彼の本音。許される内容じゃないのは確かでも、苦渋の選択だったのだろうと胸が痛んだ。

「これからは前を向こう。僕が恭太郎と一緒に生きていく」

 痒くなるようなクサイ台詞がすらすらと出る。
 僕は恭太郎の肩を優しく抱いた。

「ありがとう。あとは、もうひとつの質問についてなんだけど、私が離れから出ない理由・・・。女の人の目を直視してしまった夜は、母が悪夢に出てくるからなんだ。きっと怒ってるんだね」
「ん? どうしてお母様が君に怒るんだ?」
「母を殺したのも私だからだよ」
「・・・・・・なんて・・・・・・?」

 なぜだろうか、冷や汗が出る。たまらず聞き返すと、同じ言葉が鼓膜を揺らす。

「私が母を殺した。だって母さんは、妾のくせに、息子よりも男を選ぼうとした。私との幸せな暮らしよりも、愛人の憂き目に遭い続けることを選んだ」

 だから殺したんだと、恭太郎は僕の顎をつぅと撫でた。
 彼の手にそのまま首を締め上げられてしまう、苛烈な妄想で脳が焼かれ、ほんの一瞬、僕の呼吸は止まっていた。

 今思えば、愛人であった母親の服に身を包んだ彼自身のことを「父の趣味」だと言った恭太郎の発言はまるきり嘘ではなかったわけだ。

 先ほどの見せ占め・・・・とは、母が受けた苦しみを忘れるなという意味ではなくて、彼への待遇次第ではお前たちも同様の刑に処するぞという脅し。
 それは僕自身に対しても例外ではないのだと震撼させられたようだった。


 +++++
 

 後から義嗣に聞いた話なのだが。

 あの事件の当初、僕が隠蔽工作の依頼をしていなくても、同じ解決方法が取られていたかもしれないという。

 莫大な富と強い影響力を持った竹城家の内輪揉めには、警察組織の力はゴミ屑同然なのだ。

 上からの御達しで、これまた強い強い、得体の知れない国家の力が働くらしい。

 つまりは、恭太郎が今後僕に何をしでかそうと、誰にも気づかれずに闇に葬り去られるということ。

 どんなに理不尽な最期でも。
 たとえ、死をもって彼の愛に応えろという、心底無茶苦茶な最期を要求されたとしてもなのだ。



 +・・・end+
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