Ω×Ω/弱虫だったオメガが異世界からきた後天性オメガに恋して好きな人のために世界を変えちゃうかもしれないっていう話。

豆ぱんダ

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第一章『放り込まれてきた堕天使』

2 楽園の朝

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 スヴェア王国は、大陸を四つに分けたうちのひとつの国だ。
 太陽が沈む側に位置して、夕方の漁港はとても美しい黄昏に染まる。橙から紺色に移ろう空はやがて星々を孕んだ夜闇に姿を変え、どこまでも続いているように見えた。
 しかしそれも遠き幼き頃の出来事。一度きりの景色を忘れる日はないが、焦がれる気持ちもない。
 十歳で家を追い出され、八年近くも家族と離れて暮らしているジョエルは、今の生活に満足していた。

「セラス寮の皆さん。起床のお時間です」

 廊下を歩くシスターの声。手に持った可愛らしいベルをちりんちりんと鳴らしながら、朝五時の廊下を歩いてまわる。
 ジョエルはシーツを直してベッドを降りると、身だしなみを整えるために洗面台に向かった。
 規則正しく、品行方正に、いかなる時にも清くありなさい。
 オメガの花園とも呼ばれるシーレハウス学園は全寮制のスクール。
 高い塀に囲まれた敷地内の寮は六つ。極小国くらいなら収まりそうな広さを女子寮と男子寮で区域分けし、それぞれ三つずつ寮が作られている。ひとつの寮には五十人前後、十歳から二十歳までの男女のオメガが暮らす。
 寮分けの基準は第一の性の他に身分が考慮され、上流階級と平民は厳格に区別されていた。
 そのため学園生は家の地位が変動しない限り、入寮してから卒業まで同じ寮で過ごすことになる。
 そして十年間の学園生活を終えて卒業するまで塀の外には出られない。
 第一の性とは生まれついた男女の性別を、第二の性とは一定の年齢で発現する性別のことを言い、現れる特徴に応じて、大多数のベータと希少なアルファとオメガに分類される。
 アルファは非常に優秀で恵まれた能力をもって生まれてくるが、一方でオメガは劣等種とされていた。
 ここシーレハウス学園にはスヴェア王国中のオメガが集められている。全国民は十歳の時に第二性検査を義務づけられており、オメガと診断された子どもたちはシーレハウス学園への入学が決定する。国の法律でそう決まっていた。
 スヴェア王国内ではオメガに関するある定説が根づいているのだ。
 それはオメガが定期的に悪魔に心を許し、人間を惑わすフェロモンを放つ・・・と云われていること。
 その実、オメガは一定の間隔で野生動物のように発情する。これをヒート期間と呼ぶ。この期間は獣が子孫繁栄のために番う相手を求めるのと同じように肉体が疼いてたまらず、涎を垂らして苦しみ続けるオメガを見て、昔の人々はオメガの気が触れて頭がおかしくなったのだと思ってしまった。
 言い伝えは様々な尾鰭をつけて変化を遂げ、オメガは悪魔に身を許した咎で地上に堕とされた天使の成れの果ての姿なのだという説が定着したのである。
 堕天使であるオメガが悪魔に乗っ取られている間、つまりはヒート中のことだが、オメガのフェロモンに充てられた人間は同様に悪魔にされると恐れられている。特にそうなったアルファは凶暴化して我を失くしてしまい、どういうわけかオメガを襲うことだけしか考えられなくなる。
 オメガの外見は美しく浮世離れしているが、人間を誘惑するための姿であるとされ、これもまたオメガが堕天使と揶揄される由縁となっていた。
 こうまで云われていればオメガが忌み嫌われる理由としては充分に成立する。しかし天罰を恐れて虐げるわけにもいかず、王は国中に散らばっている腫れ物を一箇所に集め、国の管理下のもと大切に育てることにした。そうしてシーレハウス学園は創設されたのだ。 
 ジョエルの外見はまさにオメガそのもので、顔立ちは人形めいている。金髪碧眼に雪のように白い肌、青年期に近づき華奢な体躯は改善されたほうだが、肉をたくさん食べて鍛錬をしても、すぐに筋肉が落ちてしまうのが目下の悩みだった。
 
「おはようございます、アルトリアさん」

 ジョエルが身支度を終えて共同の洗面室から出ると、純白の聖職服をまとった人物から声をかけられた。禁欲を重んじるシスターの制服である。余計な装飾を全て削ぎ落とし、肌の露出を控えた簡素な服だが、とてもこの世の人間とは思えない造形美をたたえた美青年にジョエルは胸をときめかせる。
 ジョエルが所属するセラス寮のシスターを務める、ハワード・クラークは、ゆるく癖のあるグレイの髪と、透き通った琥珀の瞳が、一度見たら忘れられなくなるほど綺麗なひとだった。
 オメガらしく痩躯ですらりとした立ち姿まで完璧で、寮生名簿を小脇に抱えた何気ない格好でさえ見惚れてしまう。

「ハワード様、おはようございます」
「良い返事ですね。そういえば聞きましたよ、卒業を迎えた後はシスターになることを希望しているそうですね」
「はい、もちろん・・・なれるならですが」

 するとハワードはツバキの花びらのような薄紅色の唇をふわりとほころばせる。

「ふふ、常に成績上位のアルトリアさんなら大丈夫でしょう。私が保証します。監督生に選ばれるという点はクリアしていますし、例年どおりなら間違いなく次年度の寮長に推薦されますよ」
「ありがとうございます。ハワード様にそのように言っていただけて自信がもてました」
「頑張ってくださいね。けれどまだまだ油断は禁物ですからね。最上級生に上がるまで、もちろん上がってからも気を抜かないように」
「はい、毎日気を引き締めて過ごします」

 ジョエルがそう返事をすると、ハワードはにっこりと頷き、去っていった。彼の後ろ姿まで凛と美しかった。ジョエルも見習って背筋を伸ばしてみる。
 そこに隣室の友人ジーン・ブラウンが通りかかり、ジョエルに挨拶をくれた。ジーンは羊雲のようなふわふわくるくるの明るい頭に、そばかすの散らばった顔をした小柄な学園生。同じく九年生で、愛嬌のあるジーンがジョエルは大好きだ。

「おはよ、今日も早いなジョエル」
「おはよう、ジーン。でも全然早くないよ。とっくにシスターの起床ベルが鳴らされてた時間だった」
「だけど、俺と同室のこいつはまだ夢の中だよ?」

 ジーンの肩にはルームメイトのフィル・ワトソンの頭が乗っている。肩と腰を掴んで無理やり連れて来られた感じだった。
 フィルはひょろりとのっぽの男の子。無造作に結えた栗毛が寝癖でぼさぼさだが、むにゃむにゃと気持ちよさそうに夢うつつの顔をしているのは憎めない。

「本当、フィルは今日も寝坊すけだね」
「毎日毎日重たいんだよなぁ、ジョエルの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ。そういや、さっきシスターに話しかけられていたのジョエルでしょ?」
「うん」
「いいよなぁ、シスターの中でもダントツで人気のあるハワード様。直接口を利いたことあるのなんてジョエルくらいだって」
「ええ? そんなことないさ」

 ジョエルは肩をすくめる。
 シスターは学園生全員の憧れだ。シスターは各寮に少数ずつ在籍し、男子の寮を担当するのは男オメガが、女子寮は女オメガが担当する。彼、彼女たちの存在意義は麗しいというだけでなく、寮監とは別に各寮でオメガの子どもたちを見守っている。時に学園生の相談にのり、時には厳しく懲罰を与える権限をもっており、オメガとしての在り方の模範となるべくしている。
 シスターになると、スヴェア王国におけるオメガの責務を免除される。
 ジョエルがシスターを目指している理由はそれなのだ。責務とは将来決められた家に嫁いでアルファの子どもを生むこと。学園生最後の年では卒業に向けたカリキュラムを受ける。だがジョエルは知らないアルファの子を身ごもるのが嫌なのではなく、塀の外に出るのが嫌なのである。
 シーレハウスは額縁どおりの意味なら学園、他人が喩えるなら花園。けれど、ジョエルにとって親しく話せる友人がいて、あたたかくて穏やかな生活を送ることのできるこの場所は『楽園』に思えた。
 ジョエルと家族の間には、辛く悲しい思い出しかなかったからだ。
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