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第一章『放り込まれてきた堕天使』
6 意思疎通を取りたい
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しかし呆気なく根を上げた。ジョエルは彼と二人きりでいなければならないことに耐えられず部屋から退散する。
廊下に出るとふつふつと怒りが湧いてくる。そして困惑した。
(何故、なんで僕が睨まれないといけなかったんだ)
戸惑いと憤りを募らせたまま医務室に報告に行くと、医務官と話をしているハワードがいた。
「おや、どうしましたか?」
波のない水面を感じさせるような凪いだ声で問われ、ジョエルはありったけの不満を全て吐露してしまった。
「いつもは温厚なアルトリアさんが腹を立てているなんて、彼は少々面白い子のようですね」
「面白くなんてありませんよ・・・!」
ジョエルは涙まじりの声を上げる。
嫌な態度を取られたことはむしろどうでもいい。大きな声で吐き出せてすっきりしたし、侮辱を受けるのは慣れている。どちらかといえば目指している進路の頭上に怪しい雲が漂ってきたことに慄いていた。
「僕は自信がなくなってしまいました」
肩を丸めて消沈したジョエル。ハワードが微笑んだ。
「そう言わずに、私はあなたに期待しているんですから。私の言うことは信用してもらえませんか?」
「いえ、まさか。そのようなことはありません」
「彼はきっと緊張しているのでしょう。洗礼の直後ですから心も体も疲れきっているはずです。大目に見てあげましょうね」
「わかりました」
こう見えてジョエルも打算的だ。憧れのシスターからの激励にわずかに自信が戻り頷いた。
確かに思えば彼が睨みつけてきた時の目。真っ黒な瞳は怯えているようにも見えた。後から取ってつけた思い込みかもしれないが、初対面の人間にあのような目線を向けるのには深刻な理由がありそうだ。心に何かしら問題を抱えているのは本当だろう。
「部屋に帰ります、まだ全快したのではありませんから見守っていてあげないといけませんね」
「その調子ですよ。応援しています」
医務室を出る前に替え用の包帯と軟膏を受け取り、途中で厨房に寄って簡単につまめそうな菓子と果物を分けてもらい、両手にたくさんの土産を抱えた。
(あ・・・果実水も持ってきてあげれば良かったな)
なんだかんだでお節介にする自分に悪い気はしない。ジョエルはすっかり気を取り戻して、寮室のドアを開けた。
「ただいま。ひとりにしてごめんなさい」
相変わらず返事はない。
そおっと枕のほうへを寄ってみると、毛布から顔を出して寝息を立てていた。
「寝てる」
嫌味のないサラッとした寝顔に、つい悪態が喉までせり上がる。
(だめだめ、優しくしなくちゃ)
彼には安静と時間が必要なのだ。ジョエルは抱えていたものを置いて、休んでしまった今日のぶんの授業の自主学習を始めた。
× × ×
「あ・・・・・・」
後ろで声があり、ジョエルはノートから顔を上げる。勉強に没頭していて日が暮れていたのに気がつかなかった。
後方を振り返れば、新入生の少年が起き上がっている。
「ごめんね、僕集中しちゃうといつもこうなんだ。気分は?」
笑顔を作って話しかけると、目の前の彼はこれ以上なく目を見開き、お化けに遭遇したかのような顔を見せた。
ジョエルの心は折れそうだったが、ニコニコと笑顔を貼り付けて話題を変えてみる。
「喉渇いてない? 好きな食べ物があれば持ってくるよ」
彼は瞬きの仕方を忘れてしまったみたいだ。ただ黙ってジョエルを凝視した。
「ねぇ、聞こえてるかな?」
何度か適当な話題をふってみたが彼の口は頑なに閉ざされている。ジョエルはかすかに焦燥が翳り、単刀直入に本題を問うことにした。
「君はこの辺りの国だと見かけない顔立ちだけど、何処から来たの? もしかしてずっと遠くの国から渡ってきたのかな?」
すると彫像のようだった物言わぬ口が開いた。
「・・・だとしたら、なん・・・で、言葉・・・わかる・・・?」
まるでとても恐ろしいことを話しているかのそぶりに、ジョエルは眉をひそめずにいられない。
「君はどうしてそんなに怖がっているのかな?」
だがそう訊ねた後に思い直す。大勢の学園生の前に引っ張り出され、背中に荊の鞭で深い傷を負わされたのだから怯えるのは自然な感情だ。
「ごめんね、今の質問は取り消すよ。何処から来たのって質問に戻ってもいいかな」
優しく訊ねたつもりだが、新入生はベッドの上で唇を噛んだ。
失敗したと落胆する。
しかしその時、返答があった。
「とう、いいや、なんでもない・・・教えてもわからないだろうし、・・・・・・忘れた、知らない」
「待って、トってなに? それだけだとそりゃ意味がわからないよ」
新入生は再びだんまりを決め込んでいる。
「じゃあ・・・せめて何て呼べばいいかだけでも教えて? 君の名前は?」
返事がないので、ジョエルは諦めて明日にしようかと断念した。
「はぁ」
ため息を吐く。聞こえていたのか、新入生は毛布に包まりながら答えてくれる。
「・・・・・・ 鳥橋琥太郎」
「トリ?」
早口でさらに聞き慣れない名前にまごついてしまうと、名前だけを復唱された。
「こたろう」
「コタロー? わかった、ありがとう」
もう声は返ってこない。
ジョエルはもう一度ため息を吐いて、「シスターに報告してくるね」と椅子から立ち上がった。
廊下に出るとふつふつと怒りが湧いてくる。そして困惑した。
(何故、なんで僕が睨まれないといけなかったんだ)
戸惑いと憤りを募らせたまま医務室に報告に行くと、医務官と話をしているハワードがいた。
「おや、どうしましたか?」
波のない水面を感じさせるような凪いだ声で問われ、ジョエルはありったけの不満を全て吐露してしまった。
「いつもは温厚なアルトリアさんが腹を立てているなんて、彼は少々面白い子のようですね」
「面白くなんてありませんよ・・・!」
ジョエルは涙まじりの声を上げる。
嫌な態度を取られたことはむしろどうでもいい。大きな声で吐き出せてすっきりしたし、侮辱を受けるのは慣れている。どちらかといえば目指している進路の頭上に怪しい雲が漂ってきたことに慄いていた。
「僕は自信がなくなってしまいました」
肩を丸めて消沈したジョエル。ハワードが微笑んだ。
「そう言わずに、私はあなたに期待しているんですから。私の言うことは信用してもらえませんか?」
「いえ、まさか。そのようなことはありません」
「彼はきっと緊張しているのでしょう。洗礼の直後ですから心も体も疲れきっているはずです。大目に見てあげましょうね」
「わかりました」
こう見えてジョエルも打算的だ。憧れのシスターからの激励にわずかに自信が戻り頷いた。
確かに思えば彼が睨みつけてきた時の目。真っ黒な瞳は怯えているようにも見えた。後から取ってつけた思い込みかもしれないが、初対面の人間にあのような目線を向けるのには深刻な理由がありそうだ。心に何かしら問題を抱えているのは本当だろう。
「部屋に帰ります、まだ全快したのではありませんから見守っていてあげないといけませんね」
「その調子ですよ。応援しています」
医務室を出る前に替え用の包帯と軟膏を受け取り、途中で厨房に寄って簡単につまめそうな菓子と果物を分けてもらい、両手にたくさんの土産を抱えた。
(あ・・・果実水も持ってきてあげれば良かったな)
なんだかんだでお節介にする自分に悪い気はしない。ジョエルはすっかり気を取り戻して、寮室のドアを開けた。
「ただいま。ひとりにしてごめんなさい」
相変わらず返事はない。
そおっと枕のほうへを寄ってみると、毛布から顔を出して寝息を立てていた。
「寝てる」
嫌味のないサラッとした寝顔に、つい悪態が喉までせり上がる。
(だめだめ、優しくしなくちゃ)
彼には安静と時間が必要なのだ。ジョエルは抱えていたものを置いて、休んでしまった今日のぶんの授業の自主学習を始めた。
× × ×
「あ・・・・・・」
後ろで声があり、ジョエルはノートから顔を上げる。勉強に没頭していて日が暮れていたのに気がつかなかった。
後方を振り返れば、新入生の少年が起き上がっている。
「ごめんね、僕集中しちゃうといつもこうなんだ。気分は?」
笑顔を作って話しかけると、目の前の彼はこれ以上なく目を見開き、お化けに遭遇したかのような顔を見せた。
ジョエルの心は折れそうだったが、ニコニコと笑顔を貼り付けて話題を変えてみる。
「喉渇いてない? 好きな食べ物があれば持ってくるよ」
彼は瞬きの仕方を忘れてしまったみたいだ。ただ黙ってジョエルを凝視した。
「ねぇ、聞こえてるかな?」
何度か適当な話題をふってみたが彼の口は頑なに閉ざされている。ジョエルはかすかに焦燥が翳り、単刀直入に本題を問うことにした。
「君はこの辺りの国だと見かけない顔立ちだけど、何処から来たの? もしかしてずっと遠くの国から渡ってきたのかな?」
すると彫像のようだった物言わぬ口が開いた。
「・・・だとしたら、なん・・・で、言葉・・・わかる・・・?」
まるでとても恐ろしいことを話しているかのそぶりに、ジョエルは眉をひそめずにいられない。
「君はどうしてそんなに怖がっているのかな?」
だがそう訊ねた後に思い直す。大勢の学園生の前に引っ張り出され、背中に荊の鞭で深い傷を負わされたのだから怯えるのは自然な感情だ。
「ごめんね、今の質問は取り消すよ。何処から来たのって質問に戻ってもいいかな」
優しく訊ねたつもりだが、新入生はベッドの上で唇を噛んだ。
失敗したと落胆する。
しかしその時、返答があった。
「とう、いいや、なんでもない・・・教えてもわからないだろうし、・・・・・・忘れた、知らない」
「待って、トってなに? それだけだとそりゃ意味がわからないよ」
新入生は再びだんまりを決め込んでいる。
「じゃあ・・・せめて何て呼べばいいかだけでも教えて? 君の名前は?」
返事がないので、ジョエルは諦めて明日にしようかと断念した。
「はぁ」
ため息を吐く。聞こえていたのか、新入生は毛布に包まりながら答えてくれる。
「・・・・・・ 鳥橋琥太郎」
「トリ?」
早口でさらに聞き慣れない名前にまごついてしまうと、名前だけを復唱された。
「こたろう」
「コタロー? わかった、ありがとう」
もう声は返ってこない。
ジョエルはもう一度ため息を吐いて、「シスターに報告してくるね」と椅子から立ち上がった。
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