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第一章『放り込まれてきた堕天使』
15 すれ違い
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琥太郎が寮室を出て行った。
同部屋を解消されたわけじゃない。
琥太郎は朝ひとりでカフェテリアへ行き、ジョエルは監督生の朝礼があったのでどちらにせよ別行動になっていたのだが、朝食後寮室へ戻らず授業に直行したのかと思えば教室に現れない。
無断で欠席し、寝る時間になっても姿を見せなかった。その翌日に大怪我をして医務室に運ばれたとジョエルは聞かされた。
真っ青になり、医務室に駆けつけると、琥太郎はベッドに横たえられて眠っていた。
手首を負傷したようで包帯を巻かれ、体のいたる箇所にすり傷がある。
「何をしていたんでしょうね、彼は」
ジョエルは声に驚いた。
後ろからハワードが現れたのだ。
「敷地を取り囲む塀近辺の木立の中で発見されたそうです。一番背が高く近い木に登って、外を見ようとしていたのでしょうかね。もしくは外に出ようとしていたのでしょうか?」
どきりとした。心臓が冷える。
「ハワード様、コタローは・・・あの」
多分、言われたことは当たっている。ジョエルは誤魔化してあげないとと懸命に頭を悩ませた。だが、上手い言いわけが見つからない。
「僕がいたらなくて、些細なことで喧嘩を。寮の部屋に戻ると僕がいるので、行くところがなく敷地内を歩いているうち迷ってしまったのだと思います」
「そうでしたか」
「申しわけありません。罰則なら僕が受けます」
「この時期に罰則を一度でも受ければ来年度の寮長の話は白紙になりますよ」
「致し方ありません」
ここで必死に琥太郎を庇ったってジョエルに得などない。琥太郎が犯した罪なのだから、彼自身に罰則を受けさせるのが当然で、別にそうしたってジョエルに非はない。
わかっているが、ジョエルは琥太郎を庇う気持ちを撤回しなかった。
ハワードの瞳がこちらの心中を見極めるよう細められ、ふっと和らいだ。
「処罰の決定はコタローさんの証言を聞いてからにします」
「ハワード様っ、待ってください」
「大丈夫です、公正に決定を下しますから。よろしいですね?」
「承知しました。でも、あの!」
ジョエルは尋問を終えて出て行くハワードを呼び止め、意を決した。あの真実を訊ねてみる。
「ハワード様は、ヒートが来ないオメガはいると思いますか?」
「奇病でという理由ならば」
「違うんです、病気じゃなくて、そのっ、えーと」
「いったい何を訊ねられているのか意味不明ですよ」
「ぁ、ですよね・・・すみません忘れてください」
握った手を汗びっしょりにしながらジョエルは後悔する。何を馬鹿やってるんだ。
「アルトリアさんも疲れているのでしょう。ヒート明けだと聞いてますよ。あなたもしっかり休んで、今日は当番を代行させます」
できませんと遠慮する前にハワードが有無を言わさず微笑み、ジョエルはそのとおりに頷いた。
医務室で眠った琥太郎と二人きりになる。
ジョエルは小さく「わかってあげられなくてごめんね」と呟いて、ベッドのそばからしばらく動けなかった。
大切なことを見落としていたのかもしれない。
それに、自分でも気づいていなかったが、琥太郎を思いやる動機がジョエル自身の進路よりも琥太郎が気持ちよく楽しく生活できるように、というふうに変化していた。
ヒートを寮室で過ごそうと決めたのだって、そうだった。結果的に失敗だったのだろうけれど、でも、琥太郎のために努力したってことが伝わってほしい。
「僕はね、きっと君に頼ってほしいんだよ?」
眠った琥太郎に話しかける。
一番親しいルームメイトとして、友だちとして、仲間として、言い方は何でもいいけれど、監督生としてじゃなく琥太郎とちゃんと話がしたいんだ。
しばらくそのようにして手を握っていると、かすかに指に力が通った。
「コタロー!」
弾けたように名前を呼んだが、慌てて手を離して距離を取る。二日前の朝の二の舞になってはいけない。
目覚めた瞬間に琥太郎が顔をくしゃりと歪ませる。
表情を手で覆い隠そうとしたのだと思うが、腕を動かすと痛みが走ったのだろう、ため息を吐いてうつろな瞳を天井に向けた。何処を見つめているのかわからない散漫な視線。
「ごめんねコタロー、すぐ出て行くから」
彼の前から立ち去ろうとすると、琥太郎は痛みを堪えながらジョエルの制服の裾を摘んだ。
「怖かったんだ」
「うん、木の上から落ちたんでしょ、怖かったよね」
彼の手をそっとシーツに戻してやり、ジョエルはしかし目を合わせられなかった。また拒絶されたらと思うと、頬がこわばる。
「シスターには僕たちの喧嘩が原因だと証言した。コタローも話を合わせてくれたら、君が咎められる心配はないから。よろしくね」
「はぁ? よろしくって何だよ。誰も庇ってくれなんて頼んでないだろ」
「わかってるよ。でも僕にできることは他にないんだ!」
二人はまた喧嘩になった。
この数分後に言い合いが激しくなって決別する同じ結果が目に見えている。それは嫌だ。ジョエルは奥歯を噛んで、ひとつ大きく深呼吸した。
「どうしたら君は僕たちの世界で笑って過ごせるのかな」
琥太郎が目を見開く。
「ジョエル・・・お前、なんで」
「やっぱり、モーリッツ先生の予想は的中してたってことなんだ」
琥太郎は「モーリッツ?」と魔術史学の教師の名を呟き、首を傾げてアッと声に出す。
同部屋を解消されたわけじゃない。
琥太郎は朝ひとりでカフェテリアへ行き、ジョエルは監督生の朝礼があったのでどちらにせよ別行動になっていたのだが、朝食後寮室へ戻らず授業に直行したのかと思えば教室に現れない。
無断で欠席し、寝る時間になっても姿を見せなかった。その翌日に大怪我をして医務室に運ばれたとジョエルは聞かされた。
真っ青になり、医務室に駆けつけると、琥太郎はベッドに横たえられて眠っていた。
手首を負傷したようで包帯を巻かれ、体のいたる箇所にすり傷がある。
「何をしていたんでしょうね、彼は」
ジョエルは声に驚いた。
後ろからハワードが現れたのだ。
「敷地を取り囲む塀近辺の木立の中で発見されたそうです。一番背が高く近い木に登って、外を見ようとしていたのでしょうかね。もしくは外に出ようとしていたのでしょうか?」
どきりとした。心臓が冷える。
「ハワード様、コタローは・・・あの」
多分、言われたことは当たっている。ジョエルは誤魔化してあげないとと懸命に頭を悩ませた。だが、上手い言いわけが見つからない。
「僕がいたらなくて、些細なことで喧嘩を。寮の部屋に戻ると僕がいるので、行くところがなく敷地内を歩いているうち迷ってしまったのだと思います」
「そうでしたか」
「申しわけありません。罰則なら僕が受けます」
「この時期に罰則を一度でも受ければ来年度の寮長の話は白紙になりますよ」
「致し方ありません」
ここで必死に琥太郎を庇ったってジョエルに得などない。琥太郎が犯した罪なのだから、彼自身に罰則を受けさせるのが当然で、別にそうしたってジョエルに非はない。
わかっているが、ジョエルは琥太郎を庇う気持ちを撤回しなかった。
ハワードの瞳がこちらの心中を見極めるよう細められ、ふっと和らいだ。
「処罰の決定はコタローさんの証言を聞いてからにします」
「ハワード様っ、待ってください」
「大丈夫です、公正に決定を下しますから。よろしいですね?」
「承知しました。でも、あの!」
ジョエルは尋問を終えて出て行くハワードを呼び止め、意を決した。あの真実を訊ねてみる。
「ハワード様は、ヒートが来ないオメガはいると思いますか?」
「奇病でという理由ならば」
「違うんです、病気じゃなくて、そのっ、えーと」
「いったい何を訊ねられているのか意味不明ですよ」
「ぁ、ですよね・・・すみません忘れてください」
握った手を汗びっしょりにしながらジョエルは後悔する。何を馬鹿やってるんだ。
「アルトリアさんも疲れているのでしょう。ヒート明けだと聞いてますよ。あなたもしっかり休んで、今日は当番を代行させます」
できませんと遠慮する前にハワードが有無を言わさず微笑み、ジョエルはそのとおりに頷いた。
医務室で眠った琥太郎と二人きりになる。
ジョエルは小さく「わかってあげられなくてごめんね」と呟いて、ベッドのそばからしばらく動けなかった。
大切なことを見落としていたのかもしれない。
それに、自分でも気づいていなかったが、琥太郎を思いやる動機がジョエル自身の進路よりも琥太郎が気持ちよく楽しく生活できるように、というふうに変化していた。
ヒートを寮室で過ごそうと決めたのだって、そうだった。結果的に失敗だったのだろうけれど、でも、琥太郎のために努力したってことが伝わってほしい。
「僕はね、きっと君に頼ってほしいんだよ?」
眠った琥太郎に話しかける。
一番親しいルームメイトとして、友だちとして、仲間として、言い方は何でもいいけれど、監督生としてじゃなく琥太郎とちゃんと話がしたいんだ。
しばらくそのようにして手を握っていると、かすかに指に力が通った。
「コタロー!」
弾けたように名前を呼んだが、慌てて手を離して距離を取る。二日前の朝の二の舞になってはいけない。
目覚めた瞬間に琥太郎が顔をくしゃりと歪ませる。
表情を手で覆い隠そうとしたのだと思うが、腕を動かすと痛みが走ったのだろう、ため息を吐いてうつろな瞳を天井に向けた。何処を見つめているのかわからない散漫な視線。
「ごめんねコタロー、すぐ出て行くから」
彼の前から立ち去ろうとすると、琥太郎は痛みを堪えながらジョエルの制服の裾を摘んだ。
「怖かったんだ」
「うん、木の上から落ちたんでしょ、怖かったよね」
彼の手をそっとシーツに戻してやり、ジョエルはしかし目を合わせられなかった。また拒絶されたらと思うと、頬がこわばる。
「シスターには僕たちの喧嘩が原因だと証言した。コタローも話を合わせてくれたら、君が咎められる心配はないから。よろしくね」
「はぁ? よろしくって何だよ。誰も庇ってくれなんて頼んでないだろ」
「わかってるよ。でも僕にできることは他にないんだ!」
二人はまた喧嘩になった。
この数分後に言い合いが激しくなって決別する同じ結果が目に見えている。それは嫌だ。ジョエルは奥歯を噛んで、ひとつ大きく深呼吸した。
「どうしたら君は僕たちの世界で笑って過ごせるのかな」
琥太郎が目を見開く。
「ジョエル・・・お前、なんで」
「やっぱり、モーリッツ先生の予想は的中してたってことなんだ」
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