Ω×Ω/弱虫だったオメガが異世界からきた後天性オメガに恋して好きな人のために世界を変えちゃうかもしれないっていう話。

豆ぱんダ

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第一章『放り込まれてきた堕天使』

20 琥太郎の気持ち

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「はぁ? さっき自分の耳でウラノス寮生たちの会話を聞いてたくせによ。刺繍とか楽器とか、仕事にならない教養ごとをやらされるよりずっと役に立つと思うね!」
「さっきの討論は不真面目とは少し違うのかもしれない。でもね、よく聞いてねコタロー、あの話はしちゃいけない規律違反行為だよ?」

 ジョエルは落ち着きを取り戻すために、深呼吸をしてから穏やかな目で琥太郎を見つめ直した。

「僕らは己れの命が罪であると自覚しなければならない。与えられたものをありがたく享受し、学園を卒業した後にオメガの義務を果たして国に貢献する。それが罪を贖うということなの。与えられないものをむやみに享受しようとするのは傲慢な証拠。罪の意識が足りないとされてしまう」
「んで・・・んなことに従わなきゃいけないんだよ」
「この話をするのは久しぶりだねコタロー。何度も言うようだけど、それは僕たちが堕天使に生まれてしまったからだよ。だから、まだバース性が未確定なコタローはそうならなければいいなと思う。でもとりあえずは学園の方針に従ってもらわないと困る」

 多少の軽口は聞き流せても、国や学園に背くのとはわけが違う。
 これはジョエルが監督生だからシスターを目指しているからという理由以前の問題。オメガと判明した時から刷り込まれてきた固定概念と強迫観念が心の奥底に植えつけられているのだ。

「コタローには理解できないかもしれないけど、ごめんね。ごめんなさい。今は大人しくテストに備えて勉強してください」

 ジョエルが手製のノートを差し出すと、琥太郎は受け取ろうと腕を伸ばし、だが直前で躊躇する。

「・・・・・・コタロー?」

 ここまで下手したてに出て頼んでも駄目なのか。怒りや悲しみを通り越して、呆れる。自分に対してだ。
 ———本当に何もできない。生まれてこなければ良かったゴミ屑だ。
 心でそう思った瞬間、ぽたぽたと頬を伝って雫が落ちた。気づかぬうちにまた目に涙を溜めてしまっていたらしい。
 琥太郎がハッとして、表情をぐしゃりと歪める。

「わかったから、言うこときくから泣くなよ」

 やっと望んでいた結果になったのに、慰められているようで素直に頷けない。もういいと突き放してしまいたくなる。

「貸せよ、ノート。貸してくれんだろ?」

 琥太郎は無言のジョエルからノートをひったくり、乱暴に椅子を下げると机に向かった。
 立ち尽くすジョエルの耳には彼がページをめくる音がかすかに響く。もう自分がつきっきりでいなくても、彼はちゃんとやってくれる。ジョエルはそう感じ、「僕は」と口を開いた。

「僕はカフェテリアで勉強してくるね。まだ時間はあるから頑張って」

 琥太郎が振り返る。

「待って、ん」
「なに?」
「その顔で行くのか」

 彼の手元を見れば、タオルが握られていた。

「泣きっつらを晒したら下級生たちが動揺するんじゃないのか? 皆の憧れるアルトリア様なんだろ?」
「そうありたいけど、僕には情けない顔がお似合いなのかもしれない」
「弱気になるなよ」
「誰のせいで」
「そうだな、わかってる俺のせいだ」

 琥太郎は椅子から立ち上がり、ジョエルの頬にタオルを当てる。薄い布ごしに彼の手のひらの体温をじわりと感じ、ジョエルは怖気づくような感覚を覚えた。
 無意識に、片足を一歩後ろに下げる。
 これまでべたべたと頬や頭に触れていたのはどちらかといえばジョエルの方なのに、『何か』ものすごくいけないことをしているような気がしてならない。

「ありがとう、途中で顔を洗っていくから」

 ジョエルはパッとタオルを奪い去る。

「待て」

 逃げ出そうとした手首を掴まれた。

「机に戻って琥太郎。時間なくなるよ?」
「でもこれだけ言わせて」

 琥太郎がジョエルの手首を引き寄せ、ぽすんと腕の中に閉じ込められる。琥太郎の肩にジョエルの額が触れるくらいに近くて、後頭部に手のひらが乗せられ、ぽんぽんと痛くない力で二回叩かれた。

「へ・・・・・・?」
「俺お前に泣かれるの勘弁だわ」
「ごっ、ごめん」
「や、なんつーかな? 落ち着かなくなるつーか、胸がざわざわしてやべーってなる」

 ジョエルは心臓の高鳴りにごくりと唾を飲み込んだ。

「意味がわからないよ。やべー・・・じゃなくてちゃんと話して。落ち着かないから僕から離れてたの? 僕が嫌だから、あえてわざと反発してたの?」
「反対だよ反対、嫌なもんか、ぜんぜん逆!」

 琥太郎は咳き込むように言い募り、抑え気味にうなじをかりかりと掻く。

「勉強したくなくて反発してたのは、テストでいい点を取りたくないからだ。だって俺が普通どおりに進級できちゃったら、あと一年で卒業になるんだろ? そうしたら俺はここを出て行かなきゃいけなくなる。俺だけな」

 俺だけと、最後を強調して言われ、ジョエルの胸が激しくときめいた。言葉の真意を読み取りかねる。

「それって、僕と離れ離れになりたくないって意味であってるかな?」

 こわごわしながら問うと、「だって困るだろ」と拗ねた口調で返答がかえってきた。

「ただでさえ俺はこの世界を知らないのに、ここから放り出されたらどう生きればいい。オメガになるのかどうかも不明な体で偉い立場の男のところに行かなきゃならないんだろ? そんなの無理だ、俺だけじゃ学園の外では生きていけない」
「あっ、ああ、そ・・・だね、困る、うん」

 彼自身の身を案じる琥太郎の主張はごもっともだ。
 だがジョエルは頭がぐるぐるした。何を考えているのか自分で理解できず口にできない。

(あれ? 僕は今の答えを聞いて少し残念に思ってる?)

 まさかな・・・と、思う。しかしジョエルは確かにがっかりしていた。

(なんでかな、僕はコタローになんて言ってほしかったんだろ)

 もやもやするこの感覚は初めてで、自分の気持ちすら図れない。

「俺はジョエルがいないと困るんだよ。シスターになっても俺の世話してくれるって、あれは嘘じゃないよな?」
「うん! もちろん。コタローが学園生でいる限りずっと見守ってる」
「それを聞いて安心した」

 今度は目まぐるしく胸が華やいだ。
 胸のうちが騒がしくて、心だけがひとりで突っ走っていく。思考が追いつけない。
 胸がぎゅううと絞られ、ジョエルは痛みを体現させるように手でブラウスの胸もとを握りしめていた。

「コタローは僕のこと嫌いじゃないよね?」
「だからそう言ってんだろ。嫌いなやつに世話を頼んだりしない」
「うん・・・・・・」

 胸の痛みから甘い匂いがする。
 いったいこれは何だろう。
 今ジョエルに確実にわかるのは、一緒にいたいと望んでくれた琥太郎の気持ちが嬉しかったということ。
 それと、学園の塀の外に出れば二人は一緒にはいられないという、わかりきっていた残酷な将来を突きつけられたことだった。
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