Ω×Ω/弱虫だったオメガが異世界からきた後天性オメガに恋して好きな人のために世界を変えちゃうかもしれないっていう話。

豆ぱんダ

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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

74 sideハワード 危ない橋(3)

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 王宮の回廊をしずしずと早足で進む。火事の騒動があり、立ち入りを制限されているハワードが現れても咎めようとする目はなかった。急ぎ一件を伝えに参ったのだと見逃されていた。
 第五王宮はそれほど大きな棟ではない。以前人見知りの王子のために追加で作られた隔離棟で、第四王宮に付随する扱いである。
 王族たちの散歩道となる庭園と人工池を潰して第五王宮の小さな棟が建ち、母屋となる第四王宮が抱きかかえるようにして周りを固めている。位置関係を頭に入れておかなければ見過ごしてしまう場所かもしれない。

「中に入ると面倒です、外からまわります」

 ハワードは指示した。
 第四王宮を中盤まで追い越し、棟と棟の間に細道を見つける。通り抜けるとそこは洗濯場だった。歳若い女官が洗濯たらいを持って仰天している。

「失礼しますよ。すみませんね」

 洗濯場を抜ければ第五王宮の控えめな屋根が見えた。木立に隠れて立つ棟の前には入り口を守る衛兵がいる。

「さすがに通るにはそれなりの理由がいりますね。誰も通さぬよう通達がなされていることでしょう」

 セスが眉をひそめると、すらりと剣を抜いた。

「何をしているのです?」
「私が正面から突破をはかりあの場を混乱させますので、その隙に侵入してください」

 ハワードは眉を吊り上げる。

「何を言うか」
「私が命をかけて殿下と皆を逃します」
「セス、あなたも行くのですよ」

 一緒に行くのですと繰り返すと、あろうことかセスは狼狽えた。

「もう置いてはいきません」
「殿下・・・・・・」

 セスは俯いて声を震わせる。

「私たちは間に合ったと思いますよ。魔法術とは、そう都合の良いものではないのです。他人のフェロモンを浴び続けている状態の兄が平気なはずありません」

 ハワードは王族らしい優美な笑みをたたえたまま、第五王宮の入り口に向かった。「止まりなさい」という制止の声を無視して衛兵の真正面まで歩くと、フェロモンを放つ。たちまち衛兵は鼻血を出してふらついた。ハワードはその腰を支え、

「大丈夫ですか」

 と訊ねた時には、衛兵は気を失っていた。

「少しばかり強いフェロモンを嗅がせました」

 駆け寄ってきたセスとジョエル、琥太郎、ギュンターに説明する。
 フェロモンはこんなふうにも作用する。酒を飲みすぎたら倒れるように、極楽の香気は強い毒となり、失神させるのは難しくない。放出する側にも負担はある。毒となるような香りを体内で生成するのだからひどく疲れ、慣れぬ体でやれば動けなくなるのは放った側だ。
 涼しい顔をしたが、ハワードの顔をよく見ている従者には気づかれてしまった。ハワードが支えていた衛兵を無言で受け取り、壁にもたせて座らせると、さりげなく主人のやや後ろの位置にぴたりと寄り添う。

「国王陛下様も毒されているということでしょうか」

 セスがハワードに耳打ちした。

「ええ。普段は動くのもままならなかったとしたらどうなるでしょう」

 微量でじわじわと毒漬けにされた体を無理に動かそうとしたならば?
 その時、洋の悲鳴が聞こえた。
 血相を変えて駆け出す寸前の琥太郎とジョエルを止める。
 耳を澄ませてみると、「助けて」の後に続く叫び声はこうだった。

「助けて! スティーブ様が死んでしまう・・・・・・!」

 これには、琥太郎とジョエルはわけがわからない顔をしていた。しかしながらギュンターはわかったのだ。もちろんセスとは今話していたところなので、理解しただろう。

「助けに参りましょうか」

 ハワードはこの時を待っていたと動いた。第五王宮の中を進むと、啜り泣きが聞こえてくる部屋があった。部屋を覗けば、倒れたスティーブの頭を膝に乗せて洋が泣いている。
 誰も立ち入るなと王自身で命じたことが仇になったようだ。助けにきてくれる味方もおらず、ぐずぐずと涙を流しているだけの洋は役に立ちそうにない。

「芥屋」

 琥太郎が声をかける。洋はハッとして顔を上げ、唇を噛んだ。ぎりっと歯の音をさせ、スティーブが腰に佩いていた剣を取った。
 果敢にも刃をこちらに向け、スティーブの頭を胸に寄せて抱きしめる。

「スティーブ様を殺さないで」

 足を前に出せなくなった琥太郎の肩を叩いて退けさせ、ハワードは静かに説いた。

「お願いがあって来たのです。聞いてくださるのならば国王陛下を助けましょう」
「信用できないよ!」

 ぶるぶると震える刃の先で立ち向かえるとは到底思えないが、大きく見開いた両目でハワードを見据える。目線がハワードの肩の方へ映った。目の動きは上から下へ、ある一点で止まる。恐怖にひきつく喉。

「セス、剣を離して手を下ろしなさい」

 ハワードが告げると、洋の表情はいくぶんか和らいだ。

「失礼しました。心配症で困った騎士です。あなたに対してもお小言が多かったのでは?」
「そんな話しても油断なんてしないから」
「わかりました。では我々を信用しなくても良いので聞いてください。あなたの腕の中にいる国王陛下から手記を預かりましたね? それを持って身を隠すよう言われたのではありませんか?」
「だったら何」

 ハワードは安堵する。洋の反応はイエスと取れる。

「国王陛下の体から離れたのなら安心です」

 耳を傾けていた洋が眉を寄せたので、ハワードはわけを教える。

「手記から放たれるフェロモンが国王陛下を弱らせている元凶ですよ」

 洋は弾かれたように膝の上のスティーブを見た。

「ヨウさん、我々と来てください。あなたといると兄は、国王陛下は、命を落とすかもしれません」
「なっ」
「でもまだ生きている。息があるうちに離れるのです」

 無意識のうちにハワードは懇願していた。理不尽な仕打ちを受けてきたが、兄を失いたくなかった。
 ハワードの私情だけでなく、国王を失ってしまえばロンダール王国が立ち行かなくなる。居るのかいないのか微妙な王だとしても、王国に王がいなくては国内が乱れ、政権をめぐった争いが起こる。

「さぁ、ヨウさん」

 ハワードは手を差し伸べた。洋は視線を落としてスティーブの顔を見つめている。とっくに剣先は明後日の方向を向いていたので、抵抗する意力はないとみえる。
 しかしゆっくり説得している時間はなさそうだ。
 今にもこの場所へ駆けつけようとする足音で外が騒がしい。
 入り口でぐったりしている衛兵が見つかったのだろう。
 ハワードはギュンターを呼んだ。ギュンターはジョエルに目配せする。

「はい、先生」

 ジョエルがしぶしぶ返事をしたのが聞こえた。
 洋が怯えた目をしたのは一瞬だ。ギュンターが洋の顔の前に突き出した霧吹きからシュッとした直後に瞼は閉じられた。ハワードがスティーブの上に重なった体を抱き起こし頷くと、セスが横抱きにして運ぶ手筈を整える。
 その後は王族しか知らないいくつかの抜け道の一つを通り、城壁を抜けると、黒兎に手配させていた馬車に乗り込んだ。
 直ちに馬車を出発させ、城壁が遠くなったことを確かめると、ジョエルが蔓と草のベッドを作り、洋を大切にそこへ寝かせた。
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