Ω×Ω/弱虫だったオメガが異世界からきた後天性オメガに恋して好きな人のために世界を変えちゃうかもしれないっていう話。

豆ぱんダ

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第三章『悪魔と天使のはざま』

99 自分

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「ミリー・ソルトか。噂をすればだ。ジョエルは大人気だね」

 俺は退散しようかとジェイコブが訊くので、ミリーの反応を見る。ここまでお喋りをしていただけで目的を達成していない。

(でも、・・・うん、こういうところが駄目なんだよね)

 ジョエルは判断をあおるのをやめた。

「僕はジェイコブとまだ話してる」

 ミリーが顔を強張らせる。ややあってくるりと背を向けた。

「今日は寄り道しないで帰ってきてくださいね」

 教会に寄って時間を潰すなということだ。

「じゃあ」
「図書棟もいけませんよ。どうせ学年末テストなんてあってないようなものになるんですからね」

 先回りして言われてしまう。

「了解」

 と答える選択しかなくため息が出るが、この時間が許されたので結果オーライだ。

「何しに来たんだろうな。あっさり去って行ったが」

 ジョエルはジェイコブに同意する。

「うん。けど僕の勝ち」

 一度成功すると自信がつく。胸のつかえが折りたようで体が軽くなった。一歩ずつでも自分を取り戻せれば、自分の力で琥太郎にも会いにいけるだろうか。ただ・・・。

「僕はこの状況が百パーセント崩壊に向かっているとは思わないんだ」
「ジョエルの考えを聞かせてくれ」
「ほんのちょっとの力を得ることで辛いことから解放された子がたくさんいる。言えなかったことが言えるようになった子がたくさんいる。でもね、僕は魔法術を使ってオメガを優位に立たせたかったんじゃなくて、平等に、普通に生活できるようにしてあげたかっただけなんだ」

 願いの根本にいるのは琥太郎だ。琥太郎が、この世界をいい場所だと思えるような、琥太郎にとってやさしい世界にしたかった。
 身勝手な願いだとわかっているけれど、ジョエルは琥太郎にこの世界で生きてほしいのだ。これからもずっと。トーキョーに帰らないでほしい。
 ジョエルはジェイコブに想いの丈を話した。言葉にして話していると、自分の気持ちが整理される。

「それは否定しない。俺も自分の信念みたいなものを見つけられた」

 ジェイコブのいつもの声音に泣きそうになった。

「また君の馬に乗せてくれる?」
「今からか? ミリーにどやされるぞ」
「平気。教会でも図書棟でもないし、文句を言われてもビシッと言い返すよ。僕の時間を僕がどう使おうがミリーの決めることじゃない」
「そりゃあいいな。見ものだ」

 明朗に笑ったジェイコブが自前の厩舎に向かったので、ジョエルは足取り軽く彼の背中を追った。



 × × ×



 ジョエルの小さな反乱は良くも悪くも効を奏した。 
 上の空で人形のようだった天使に意思が通った。自分の言葉で話すと、ジョエルの声を聞いてくれる信者たちが増えていく。
 身近にいる者たちに限られたが、学園生たちは以前のような穏やかを取り戻していった。

「ジョエル!」

 乱暴な力でドアが開く。一方こちらはかつてに比べて荒々しい。
 ジョエルはすらすらと走らせていたペンを止めて振り返った。

「何やってんの」

 ミリーは不機嫌極まりない顔だ。お供を二人、フィルとジーンを連れている。

「下級生の子たちに頼まれたテストノートを作ってる」
「君のすることじゃないっ」
「僕がやりたくてやってることだよ。口を出さないで」
「な・・・君は救いの白翼の天使様だ。テスト勉強なんかしてオメガの未来は改善されるのか」
「される。良くなるよ」

 ジョエルはペンを置き、机の端にあった可愛らしいサイズの籠に指を入れた。そうして、わなわなと震えるミリーの大きく開いた口に、丸い宝石を模したキャンディをコロンと入れてやった。

「甘くておいしいでしょ」
「こんなふうにみんなを騙して誤魔化しているのか。現実の怒りは口の中で舐めても甘い砂糖みたいに溶けてくれない。学園生たちが抱えている鬱憤はありのままに表現させなきゃ伝わらない!」
「そんなことない。怒ってるだけなんて悲しい。それに誰かにぶつけた怒りは必ず返ってくる。僕はシーレハウス学園がその中心になってしまうのを避けたい」
「テストの点が何になる。優等生でも劣等生でも卒業後にやらされることは変わらないんだ」
「ねぇ、ミリー。君はわかってないね。この学園で友人たちと同じ時を過ごしたってことが大切なんじゃないかな」

 未だに傀儡のままのフィルとジーンと目が合う。手強そうなフィルの横でジーンが涙ぐんだ。

「ここは大人になる前のオメガたちの神聖な場所だ。たとえどんな崇高な志があろうとも壊しちゃいけないんだよ」

 ジョエルがそう言うと、ミリーはぎりっと爪を噛んだ。

「後悔するぞ。行こう」

 お供のフィルとジーンに声をかける。連れ立って消える間際にジーンが「もういやだ」と口を動かしてこちらを見たが、ジョエルはまだフィルのそばにいるようジーンに頷いた。ひとまずはそこが一番安全だと思ったからだった。 
 ジョエルは馬鹿じゃない。ミリー、すなわちモーリッツの得体の知らなさをいつまでも放っておく脳なしでもない。
 アルファの彼がシーレハウス学園で望むものはなんなのか。思い描いているだろう今後の展望を探るために、ジェイコブが馬を走らせていた。

(ミリーは拘束した魔術師グレッツェルがいなくなっていることにそろそろ気づくだろうか)

 忘れていたわけではないが、ようやく本来の問題について頭が働き出し、悪魔の予言が気がかりだった。
 ギュンターはこちら側にいてはいけない。ハワードの側にいるべきだとジョエルは考える。根拠はないが、とにかくそうしたほうがいいと直感が訴えてきたのだ。ミリーが企てた作戦の一部でギュンターは捕まった。よほどきな臭くて堪らない。馬を操るジェイコブに託して急がせている———。
 ジェイコブが戻ってくるのが早いか。救いの白翼の集会場所となっている寮長部屋に立ち寄ったミリーが不信感をぶら下げた顔で乗り込んでくるのが早いか。
 しかし、その両方のあてが外れた。
 やって来たのは、近頃はめっきり萎縮してしまったシスターだ。シスターはジョエルに客が来ていると言い、面談などで使っている個室部屋に連れて行く。
 どうぞお入りなさいと、シスターはドアの前で立ち止まった。一緒に中へ入ろうとしないシスターを不審に思いつつ、ドアを開けて、ジョエルは顔色を失った。

「お父様」

 そこで待っていたのは父親のオスカーだった。
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