18 / 91
第1章 ダオ編・壱
17 牢獄のなかで①
しおりを挟む
今日は、リュウホンさまは来なかった。
何事もなく今日が終わったことに、平和な一日に感謝します。
就寝前の清めと身支度をした侍女の手が震えていたのを、ぼくは申し訳なく思った。
彼女たちの心も疲弊している。終わりの見えない生活に、暗い影が落ちます。
沈んだ気持ちのまま身体を休めていると、窓をコツコツと叩く音がしました。
「シャオル、来てくれたんだ。でも今度から夜は気をつけて、リュウホンさまがいるときもあるから」
ぼくを愛しにと、今はもう言えないけれど。
「大丈夫。しばらくは戦に出かけていて、ここに来られないはずだよ」
窓のさっしからトンと降り立ち、シャオルは明るく答えます。
「どうして、知ってるの?」
「へへ、ちょっとね。調べたんだ」
「ぼくに会いにくるために? ・・・・・・ありがとう。嬉しい」
シャオルの優しさが胸に沁みます。
「あとさ・・・・・・あー、いいや。その前にハイ、これやるよ」
「なに?」
言いかけたことが気になりますが、何かを差し出してくれているようなので、手を伸ばしました。シャオルはぼくの手を導き、手のひらに箸に似た形状の細長いものを握らせます。
「これが筆だよ」
「わあっ、先が柔らかい。フサフサしてる」
指先で撫でると、馬の尻尾がついているみたいだ。
「そこに黒い墨をつけて白い紙に字を書くんだぜ? けど墨を使うにはまだ早いだろ? まずは筆だけで練習したらいいと思って」
「うん、うん、ありがとう」
「おう、へへっ」
気を利かせてくれたシャオルのおかげで鬱蒼としていた心が晴れていく。たまらなくなってぎゅうっと抱きつくと、シャオルが身体を硬くしました。
「・・・・・・なあ、ダオ。手紙を書きたいっていう相手はダオにとってどんなひとだったんだ?」
「それはわからないんだ。大切だったという気持ちだけが留まっていて、身体はどこかに流されてしまったみたい。とっても不思議なことなんだけど」
「故郷のことも?」
「うん」
何度思い返そうとしても同じでした。こぼれ落ちてしまった記憶はもう戻らないのか、完全に消えてしまったのか、蓋をされているだけなら蓋をはずす方法はあるのか・・・・・・。なまじ暇であるため、悩む時間は膨大です。
「フーハン村」
「え?」
「ダオはこの村の名に何か感じる?」
そう言われたので頭で復唱し、ぼくは首を振りました。
「ごめん・・・・・・わからない。もしかしてぼくの故郷なの? それも調べてくれたの?」
「んー、いや、ちょっと小耳に挟んだだけだ」
気になって追求しようとしますが、できませんでした。ぼくの背中をすぅと走るものがあったからです。
「ひゃっ!」
「な、はっは、ほれ、練習すんだろ」
「う・・・・・・そうだけど、なんだったの?」
背中を手で確認しながら眉をひそめると、反対の手を取られ、背中と同じようにすぅとした感覚を与えられました。
「わっ」
「指だよ、ゆび! 背中に文字を書いてやるから真似してみろ」
「・・・・・・くすぐったい」
「それは我慢してよ」
呆れたような声。せっかく協力してくれると言っているのに、ぼくがこのような態度ではなりません。
「わかった。がんばる。よろしくおねがいします」
そう言って口をきゅっと引き結びます。けれど慣れるまでが大変でした。背中をなぞられるたびに、くすぐったさに腹を抱え、ぼくは何度も肩を震わせてしまった。
何事もなく今日が終わったことに、平和な一日に感謝します。
就寝前の清めと身支度をした侍女の手が震えていたのを、ぼくは申し訳なく思った。
彼女たちの心も疲弊している。終わりの見えない生活に、暗い影が落ちます。
沈んだ気持ちのまま身体を休めていると、窓をコツコツと叩く音がしました。
「シャオル、来てくれたんだ。でも今度から夜は気をつけて、リュウホンさまがいるときもあるから」
ぼくを愛しにと、今はもう言えないけれど。
「大丈夫。しばらくは戦に出かけていて、ここに来られないはずだよ」
窓のさっしからトンと降り立ち、シャオルは明るく答えます。
「どうして、知ってるの?」
「へへ、ちょっとね。調べたんだ」
「ぼくに会いにくるために? ・・・・・・ありがとう。嬉しい」
シャオルの優しさが胸に沁みます。
「あとさ・・・・・・あー、いいや。その前にハイ、これやるよ」
「なに?」
言いかけたことが気になりますが、何かを差し出してくれているようなので、手を伸ばしました。シャオルはぼくの手を導き、手のひらに箸に似た形状の細長いものを握らせます。
「これが筆だよ」
「わあっ、先が柔らかい。フサフサしてる」
指先で撫でると、馬の尻尾がついているみたいだ。
「そこに黒い墨をつけて白い紙に字を書くんだぜ? けど墨を使うにはまだ早いだろ? まずは筆だけで練習したらいいと思って」
「うん、うん、ありがとう」
「おう、へへっ」
気を利かせてくれたシャオルのおかげで鬱蒼としていた心が晴れていく。たまらなくなってぎゅうっと抱きつくと、シャオルが身体を硬くしました。
「・・・・・・なあ、ダオ。手紙を書きたいっていう相手はダオにとってどんなひとだったんだ?」
「それはわからないんだ。大切だったという気持ちだけが留まっていて、身体はどこかに流されてしまったみたい。とっても不思議なことなんだけど」
「故郷のことも?」
「うん」
何度思い返そうとしても同じでした。こぼれ落ちてしまった記憶はもう戻らないのか、完全に消えてしまったのか、蓋をされているだけなら蓋をはずす方法はあるのか・・・・・・。なまじ暇であるため、悩む時間は膨大です。
「フーハン村」
「え?」
「ダオはこの村の名に何か感じる?」
そう言われたので頭で復唱し、ぼくは首を振りました。
「ごめん・・・・・・わからない。もしかしてぼくの故郷なの? それも調べてくれたの?」
「んー、いや、ちょっと小耳に挟んだだけだ」
気になって追求しようとしますが、できませんでした。ぼくの背中をすぅと走るものがあったからです。
「ひゃっ!」
「な、はっは、ほれ、練習すんだろ」
「う・・・・・・そうだけど、なんだったの?」
背中を手で確認しながら眉をひそめると、反対の手を取られ、背中と同じようにすぅとした感覚を与えられました。
「わっ」
「指だよ、ゆび! 背中に文字を書いてやるから真似してみろ」
「・・・・・・くすぐったい」
「それは我慢してよ」
呆れたような声。せっかく協力してくれると言っているのに、ぼくがこのような態度ではなりません。
「わかった。がんばる。よろしくおねがいします」
そう言って口をきゅっと引き結びます。けれど慣れるまでが大変でした。背中をなぞられるたびに、くすぐったさに腹を抱え、ぼくは何度も肩を震わせてしまった。
0
あなたにおすすめの小説
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
愛しているかもしれない 傷心富豪アルファ×ずぶ濡れ家出オメガ ~君の心に降る雨も、いつかは必ず上がる~
大波小波
BL
第二性がアルファの平 雅貴(たいら まさき)は、30代の若さで名門・平家の当主だ。
ある日、車で移動中に、雨の中ずぶ濡れでうずくまっている少年を拾う。
白沢 藍(しらさわ あい)と名乗るオメガの少年は、やつれてみすぼらしい。
雅貴は藍を屋敷に招き、健康を取り戻すまで滞在するよう勧める。
藍は雅貴をミステリアスと感じ、雅貴は藍を訳ありと思う。
心に深い傷を負った雅貴と、悲惨な身の上の藍。
少しずつ距離を縮めていく、二人の生活が始まる……。
塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】
蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。
けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。
そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。
自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。
2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。
今日は少し、遠回りして帰ろう【完】
新羽梅衣
BL
「どうしようもない」
そんな言葉がお似合いの、この感情。
捨ててしまいたいと何度も思って、
結局それができずに、
大事にだいじにしまいこんでいる。
だからどうかせめて、バレないで。
君さえも、気づかないでいてほしい。
・
・
真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。
愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
【完結】エデンの住処
社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。
それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。
ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。
『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。
「兄さん、僕のオメガになって」
由利とYURI、義兄と義弟。
重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は――
執着系義弟α×不憫系義兄α
義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか?
◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる