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第3章 ダオ編・弐
47 ふたたびの地獄——訪問客②
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「もう行って、ここには二度と来ちゃ駄目」
せっかく逃げおおせた命を守りたかった。ぼくに優しくしてくれた小さな温もり。ぼくはシャオルの手のなかから、指を引きます。
名残惜しむように指先を握り締められ、ぼくは唇を噛みました。
「———ダオ」
記憶にあったシャオルの声よりもずっと低い声に、ハッとします。
唖然としている間に、ぽすんと敷布になにかが落ちました。
頭の処理が追いつきません。声と、落ちたものと、どちらを先に拾うか思考が固まってしまう。
(あ、待って・・・・・・)
通気口のむこうの気配が遠ざかっていきます。
完全に行ってしまったあとに、ぼくはへたり込みました。かなり遅れて、胸の動悸がやってきます。そして、そこからさらに遅れて、「あの声を知っている」ということが思い出されました。
それも最近の出来事だった覚えがあります。
「そうだ。なにを落としたんだろう」
ぼくはものが落ちたあたりを手で探ってみました。そこにあったのは巾着袋です。小さな小さな袋。きゅっと窄まった口から不恰好に飛び出た細長い・・・・・・筆。大切な、シャオルに貰った大切な宝物。
シャオルとぼくの付き合いを知って届けてくれたのだとしたら、通気口の向こうにいた彼は信用してよい人なのでしょう。
(あれはシャオルではなかったけれど、シャオルもきっと生きている)
なにをやっているんだ頑張れって、ぼくを叱ってくれているんだと、そう思えました。
「手紙を書かなきゃ」
ぼくのなかで薄れはじめていたことが蘇ります。なにを書いていたのか忘れてしまったけれど、続きを書かなきゃと突き動かされる。開けた巾着袋を逆さにし中身をだすと、シャオルが言っていた気つけの薬草と、墨汁の小瓶、ご丁寧に紙が入れてありました。
無理やり格子の隙間に押し込まれたせいで、紙はくしゃくしゃ。乾燥した葉は見事にちぎれている。
入っていた紙は自分が書いていたものでしょうか。失敗作の汚い文字だと思われて、新しい紙と入れ替えられてしまったでしょうか。そこまでは、わかりません。しかし書いていたことを忘れてしまったのだから、また最初から考えて書いてみればいい。
ぼくは気つけの薬草を口に含み、奥歯で噛み締めてつぶしました。とても苦くて、涙と笑いが同時にこぼれます。
「はは・・・・・・。シャオル、これってただの雑草じゃない?」
ぼくの空腹の胃に、土っぽい苦味が沁みます。
薬草の残りと筆を巾着袋のなかに戻し、リュウホンさまに見つけられない場所を探すために、ぼくはしっかりと頭を稼働させました。
その日以降、不思議なことが続きました。ぼくへの冷遇が突然改善されたのです。依然、窓なしの監禁部屋の生活ですが、リュウホンさまはぼくに季節に見合った服を与え、食事は侍女が毎食運んできてくれます。
鬱憤を晴らすかのように玩具のごとく犯されることもなくなりました。
しかしリュウホンさまのご機嫌を取り、びくびくしてしまうのに変わりはありません。ぼくがひとたび至らない行動を取れば、地獄の生活は容易に繰り返される。二度あることはなんとやらです。平穏な日々が続くなんて期待できないのです。
ぼくは知恵を絞りました。リュウホンさまの機嫌を損ねずに、監禁生活から抜け出す方法を模索します。
四方の壁、上下の床と天井、唯一の出入り口である一枚のとびら。そのすべてが剥き出しの岩を撫でているような頑丈な造りをしていた。
くる日もくる日も同じことを考えます。もちろん、そう簡単に突破口が見つかるわけがありません。予想してはいましたが、何もしないで横になっていると、不意に落胆がやってくる。
その波を押しかえすために、ぼくは安定剤代わりの筆を握ったのでした。
そんなある日、突破口が開かれました。ほしかった機会は、向こうからやってきたのです。ぼくがやる気を取り戻してから数えて八十一回目の食事を終えたとき、日にちでいえばおそらく、二十八日目を迎えた日のことでした。
せっかく逃げおおせた命を守りたかった。ぼくに優しくしてくれた小さな温もり。ぼくはシャオルの手のなかから、指を引きます。
名残惜しむように指先を握り締められ、ぼくは唇を噛みました。
「———ダオ」
記憶にあったシャオルの声よりもずっと低い声に、ハッとします。
唖然としている間に、ぽすんと敷布になにかが落ちました。
頭の処理が追いつきません。声と、落ちたものと、どちらを先に拾うか思考が固まってしまう。
(あ、待って・・・・・・)
通気口のむこうの気配が遠ざかっていきます。
完全に行ってしまったあとに、ぼくはへたり込みました。かなり遅れて、胸の動悸がやってきます。そして、そこからさらに遅れて、「あの声を知っている」ということが思い出されました。
それも最近の出来事だった覚えがあります。
「そうだ。なにを落としたんだろう」
ぼくはものが落ちたあたりを手で探ってみました。そこにあったのは巾着袋です。小さな小さな袋。きゅっと窄まった口から不恰好に飛び出た細長い・・・・・・筆。大切な、シャオルに貰った大切な宝物。
シャオルとぼくの付き合いを知って届けてくれたのだとしたら、通気口の向こうにいた彼は信用してよい人なのでしょう。
(あれはシャオルではなかったけれど、シャオルもきっと生きている)
なにをやっているんだ頑張れって、ぼくを叱ってくれているんだと、そう思えました。
「手紙を書かなきゃ」
ぼくのなかで薄れはじめていたことが蘇ります。なにを書いていたのか忘れてしまったけれど、続きを書かなきゃと突き動かされる。開けた巾着袋を逆さにし中身をだすと、シャオルが言っていた気つけの薬草と、墨汁の小瓶、ご丁寧に紙が入れてありました。
無理やり格子の隙間に押し込まれたせいで、紙はくしゃくしゃ。乾燥した葉は見事にちぎれている。
入っていた紙は自分が書いていたものでしょうか。失敗作の汚い文字だと思われて、新しい紙と入れ替えられてしまったでしょうか。そこまでは、わかりません。しかし書いていたことを忘れてしまったのだから、また最初から考えて書いてみればいい。
ぼくは気つけの薬草を口に含み、奥歯で噛み締めてつぶしました。とても苦くて、涙と笑いが同時にこぼれます。
「はは・・・・・・。シャオル、これってただの雑草じゃない?」
ぼくの空腹の胃に、土っぽい苦味が沁みます。
薬草の残りと筆を巾着袋のなかに戻し、リュウホンさまに見つけられない場所を探すために、ぼくはしっかりと頭を稼働させました。
その日以降、不思議なことが続きました。ぼくへの冷遇が突然改善されたのです。依然、窓なしの監禁部屋の生活ですが、リュウホンさまはぼくに季節に見合った服を与え、食事は侍女が毎食運んできてくれます。
鬱憤を晴らすかのように玩具のごとく犯されることもなくなりました。
しかしリュウホンさまのご機嫌を取り、びくびくしてしまうのに変わりはありません。ぼくがひとたび至らない行動を取れば、地獄の生活は容易に繰り返される。二度あることはなんとやらです。平穏な日々が続くなんて期待できないのです。
ぼくは知恵を絞りました。リュウホンさまの機嫌を損ねずに、監禁生活から抜け出す方法を模索します。
四方の壁、上下の床と天井、唯一の出入り口である一枚のとびら。そのすべてが剥き出しの岩を撫でているような頑丈な造りをしていた。
くる日もくる日も同じことを考えます。もちろん、そう簡単に突破口が見つかるわけがありません。予想してはいましたが、何もしないで横になっていると、不意に落胆がやってくる。
その波を押しかえすために、ぼくは安定剤代わりの筆を握ったのでした。
そんなある日、突破口が開かれました。ほしかった機会は、向こうからやってきたのです。ぼくがやる気を取り戻してから数えて八十一回目の食事を終えたとき、日にちでいえばおそらく、二十八日目を迎えた日のことでした。
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