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プロローグ
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長い坂を登るタクシーが、山道を走り抜けていく。
山奥にもかかわらず綺麗に舗装された道路は一本道で、両側には樹木の他に何もない。
スマホの画面を見下ろして、倫人は小さくため息を吐いた。
「まずいなぁ……」
思わず口から漏れた言葉を聞いたタクシーの運転手の男性が、ミラーごしにちらりと視線をよこす。
「急ぎでしたか?」
その問いに頷いた。
「はい。今日入学式で……」
「ああ、入学式は今日でしたか。星条学園までということは、ご入学ですか?」
「はい。本当は昨日には着くはずだったんですけど、天候のせいで飛行機が飛ばなくて……」
「それは災難でしたねぇ。学園にはご連絡は?」
「もうしてあります。だから大丈夫なんですけど、入学式に間に合わないのはちょっと残念だなぁと」
「そうですねぇ。なるべく急ぎますけど、間に合わなくても勘弁して下さいね」
「あ、全然大丈夫ですから。お気遣いありがとうございます」
慌てて微笑むと、バックミラーごしに運転手が瞬きして苦笑した。
「お客さんみたいに別嬪な方がいらっしゃると、学園の生徒さん達も大騒ぎでしょうね」
「……別嬪? いや、あの……男子校ですよ?」
「ああ、まだご存知ないですか。私は休暇中よく帰省する星条学園の生徒さんを乗せるんですが、なんでも見目麗しい学生はアイドル並みに人気が出るそうで」
「へえ……」
「特に生徒会の方々は本当に人気があるようですよ。この前乗せた生徒さんもまたお会いするのが楽しみだとおっしゃってました」
「そうなんですか……不思議な学校なんですね」
両親が見つけてきた山奥の全寮制の学校は、なんだか普通の高校と違うかもしれない。少し不安になってきた。いたって普通の公立中学に通い、その後オーストラリアで過ごしていた自分に馴染めるだろうか。
窓の外を眺めて、先の見えない木々の隙間をぼんやりと見つめた。ガラスに反射して映る自分の顔は、緊張して強張っている。普段から表情を作るのは苦手なのに、これでは辛気臭いと思われるかも。
色素の抜けやすい髪と明るい茶色の目。日本に帰ってきたら集まってくる視線が増えた。注目されるのは苦手だ。中学のときは、悪目立ちしてしまって上手く学校に馴染めなかった。
本当なら、昔住んでいた地元の高校に入学したかった。
そこで彼を探して、みんなにも会いたかった。
──嵐は、どうしているだろう。
一年半も連絡を取らなかったから、きっと怒っている。
それとも、突然姿を消した薄情な友人のことなんて、彼はとっくに忘れてしまっただろうか。
胸に込み上げた切ない感情が顔に出たのか、運転手は気遣うような声をかけてきた。
「きっとすぐに馴染めますよ。お客さんは高校部からの編入なんですか?」
「はい。両親がまだ海外にいるので。俺だけ無理言って帰って来たんです」
「成るほど。それじゃあ慣れるまではやっぱり少し大変かもしれないですねぇ。星条の学生さんはほとんどが中学部から持ち上がりだそうですから」
「そう聞いてます。でも、寮がある学校じゃないと両親が許さなかったので」
窓ごしに差し込む日差しが眩しくて目を細める。
倫人のことを一番に考えてくれる両親の気持ちは嬉しい。けれど。
「本当は、昔いた街に戻れたらよかったなと……」
「以前は日本に住んでいらしたんですか?」
「はい。一年半前までは。会いたい人も、いたんですけど……」
そう言って、言葉に詰まり黙った。
会いたい。
そう口に出してしまったら、このまま山奥の学校に向かうのが余計に億劫になる。
「また休暇の時にお会いできたらいいですねえ」
「はい」
短く答えて、じっと空を眺める。
長い坂道を登った車はそのうち山を抜けて、広い敷地の学園の塀が見えてきた。
星条学園のことは、パンフレットで見ただけで中の様子はほとんど知らない。父が会社の上司から勧められたと聞いている。なんでも、日本の有名企業や財閥に属する富裕層の子供が通う学校だとか。
ますます、自分には向いていない気がする。
嵐と、みんなに会いたい。
心の中で願いながらそっと目を閉じて、目蓋の内側に懐かしい思い出を呼び起こした。
山奥にもかかわらず綺麗に舗装された道路は一本道で、両側には樹木の他に何もない。
スマホの画面を見下ろして、倫人は小さくため息を吐いた。
「まずいなぁ……」
思わず口から漏れた言葉を聞いたタクシーの運転手の男性が、ミラーごしにちらりと視線をよこす。
「急ぎでしたか?」
その問いに頷いた。
「はい。今日入学式で……」
「ああ、入学式は今日でしたか。星条学園までということは、ご入学ですか?」
「はい。本当は昨日には着くはずだったんですけど、天候のせいで飛行機が飛ばなくて……」
「それは災難でしたねぇ。学園にはご連絡は?」
「もうしてあります。だから大丈夫なんですけど、入学式に間に合わないのはちょっと残念だなぁと」
「そうですねぇ。なるべく急ぎますけど、間に合わなくても勘弁して下さいね」
「あ、全然大丈夫ですから。お気遣いありがとうございます」
慌てて微笑むと、バックミラーごしに運転手が瞬きして苦笑した。
「お客さんみたいに別嬪な方がいらっしゃると、学園の生徒さん達も大騒ぎでしょうね」
「……別嬪? いや、あの……男子校ですよ?」
「ああ、まだご存知ないですか。私は休暇中よく帰省する星条学園の生徒さんを乗せるんですが、なんでも見目麗しい学生はアイドル並みに人気が出るそうで」
「へえ……」
「特に生徒会の方々は本当に人気があるようですよ。この前乗せた生徒さんもまたお会いするのが楽しみだとおっしゃってました」
「そうなんですか……不思議な学校なんですね」
両親が見つけてきた山奥の全寮制の学校は、なんだか普通の高校と違うかもしれない。少し不安になってきた。いたって普通の公立中学に通い、その後オーストラリアで過ごしていた自分に馴染めるだろうか。
窓の外を眺めて、先の見えない木々の隙間をぼんやりと見つめた。ガラスに反射して映る自分の顔は、緊張して強張っている。普段から表情を作るのは苦手なのに、これでは辛気臭いと思われるかも。
色素の抜けやすい髪と明るい茶色の目。日本に帰ってきたら集まってくる視線が増えた。注目されるのは苦手だ。中学のときは、悪目立ちしてしまって上手く学校に馴染めなかった。
本当なら、昔住んでいた地元の高校に入学したかった。
そこで彼を探して、みんなにも会いたかった。
──嵐は、どうしているだろう。
一年半も連絡を取らなかったから、きっと怒っている。
それとも、突然姿を消した薄情な友人のことなんて、彼はとっくに忘れてしまっただろうか。
胸に込み上げた切ない感情が顔に出たのか、運転手は気遣うような声をかけてきた。
「きっとすぐに馴染めますよ。お客さんは高校部からの編入なんですか?」
「はい。両親がまだ海外にいるので。俺だけ無理言って帰って来たんです」
「成るほど。それじゃあ慣れるまではやっぱり少し大変かもしれないですねぇ。星条の学生さんはほとんどが中学部から持ち上がりだそうですから」
「そう聞いてます。でも、寮がある学校じゃないと両親が許さなかったので」
窓ごしに差し込む日差しが眩しくて目を細める。
倫人のことを一番に考えてくれる両親の気持ちは嬉しい。けれど。
「本当は、昔いた街に戻れたらよかったなと……」
「以前は日本に住んでいらしたんですか?」
「はい。一年半前までは。会いたい人も、いたんですけど……」
そう言って、言葉に詰まり黙った。
会いたい。
そう口に出してしまったら、このまま山奥の学校に向かうのが余計に億劫になる。
「また休暇の時にお会いできたらいいですねえ」
「はい」
短く答えて、じっと空を眺める。
長い坂道を登った車はそのうち山を抜けて、広い敷地の学園の塀が見えてきた。
星条学園のことは、パンフレットで見ただけで中の様子はほとんど知らない。父が会社の上司から勧められたと聞いている。なんでも、日本の有名企業や財閥に属する富裕層の子供が通う学校だとか。
ますます、自分には向いていない気がする。
嵐と、みんなに会いたい。
心の中で願いながらそっと目を閉じて、目蓋の内側に懐かしい思い出を呼び起こした。
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