夜が明けるまで

遠間千早

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「みさきー」
「章吾」

 背後から呼び掛けられて、振り返った倫人は後ろから章吾が駆けてくるのを見つける。

「一緒に行こーぜ」
「うん。今日は早いね」
「まぁな。中間テストってやつだな」
「勉強は?」
「俺がやってると思うか?」
「思わない」

 下を向いて笑いを堪える倫人を見て、章吾がケラケラ笑う。
 あれから倫人は最初こそ間隔をおいて様子をうかがうようにペリステリに顔を出していたが、一ヶ月も経つと毎日のように入り浸るようになっていた。みんなともすっかり打ち解けて、今では敬語も取れて素の状態である。
 倫人にとって、自分のことを何も知らず、構えられることもなく、まるで普通の友人同士のように付き合える彼らの存在はかなり甘い蜜で、家に居づらいなんて理由に突っ込むこともなく、何も聞いてこない彼らの立ち位置は居心地がいい。
 相変わらず名前はみさきだと思われたままではあるが、倫人は寧ろそれでいいと思い始めていた。彼らにみさきと呼ばれている時は、学校や家のことを忘れて、ただの普通の中学生みたいな気持ちになれる。

「今度はボーリングとか行きたいよなー。暑くなってきたし外は辛いわ」
「ボーリングって、面白いの?」
「なに、みさきまたやったことないとか言い出す?」
「うん……」
「まじかよ。これは行かないとだな。大丈夫だ。最初はガーターレーン塞いで貰おうな」
「??」

 章吾が哀れんだ顔をしながら倫人を見るが、面白がっているような企んでいるような色が滲んでいて倫人は半目で怪しむ。

「なんだよ、べ、別に何もやましいことなんてないぞ」

 明後日の方を見る章吾は、色がどうのと言う以前に態度からして怪しい。
 そうこうしている間にペリステリに着いて、扉を開けると今日は珍しく既に全員が揃っていた。

「なんだよ早いなお前ら」

 店内に入ると定位置になった奥のソファーにみんな揃って座っている。いつも通り他に客の姿はないが、本当に経営は大丈夫なんだろうかと少し心配になった。

「章吾にみさきちゃんヤッホー。まあみんな試験期間中だからね」
「お前らもかー。まじ不真面目だよなー俺ら」
「章吾と一緒にしないでくれる?俺は普段からちゃんとしてるから今更勉強なんて必要ないのー」

 章吾と拓海がいつも通りのやり取りを始めるのを横目に見ながら、倫人は嵐の隣に腰を下ろした。それが最近の倫人の定位置になっている。

「みさきのところは試験じゃないのか?」
「もう終わったよ、先週」
「……の割にお前先週もここに来てたよな?」
「うん」
「試験は大丈夫だったのか?」
「うん」

 嵐の若干心配気な問いに、倫人は首を傾げながら頷く。同じ学校の同級生に比べてこの四人は感情の制御がうまいのか、最初の頃からあまり色に影響を受けることはない。が、やはり嵐は別格である。普通に感じ取れる人の体温や気配が心地良いものだと知ってからは、くっつきすぎなくらい嵐の隣にいる気もする。

「そうか、ならいいか」

 と言いながら、嵐は倫人が隣に座ると相変わらず挨拶代わりに頭を撫でる。流石に固まることはもうないし、むしろ頭に優しく触れる手が心地よくて倫人は微かに目を細めた。そんな倫人を見下ろす嵐の目が柔らかくすがめられるのを見て、拓海が生暖かい目になっているのも最近ではいつもの光景である。

「そういえば、さっきみさきがボーリング行ったことないって言っててさー、今週末みんなで行こうぜ」
「ボーリング?みさきちゃんやったことないの?」
「うん」
「まじかー。じゃあ今週末デビューしちゃう?ピンを倒す快感に目覚めちゃう?」
「変な言い方すんな」

 章吾が振った話題に拓海が続き、凌がツッコミを入れる一連の流れを見ていた嵐が倫人の方に顔を向けた。

「ボーリングは大丈夫なのか?お前騒がしいところ駄目だろ」

 ここ最近、倫人がゲーセンに行ったこともなければファミレスでご飯を食べたこともないと知った拓海達は、面白がって倫人を色んな場所に連れて行こうとする。今まで友人がいなかった倫人にとってそれは夢に見たような体験で、五人で一緒に行くところはどこであってもとにかく楽しかった。
 ただゲームセンターだけは人が多く感情が淀んだような雰囲気があって、少し気分が悪そうにしていたところを嵐にはばっちり気づかれていたらしい。皆にはバレていないと思っていたのに。

「え、そうだったの?みさきちゃん言ってくれれば良かったのに」

 すまなそうな顔をして後悔の色を滲ませる拓海に気づいて、倫人は慌てて首を振った。

「大丈夫。ちょっと人が多くて酔っただけだから。ボーリング行ってみたい」
「ほんとー?みさきちゃんが行きたいなら行こう。じゃあまた対決だね」

 拓海がにやりと笑って言った言葉に章吾が食い付いた。

「この前の水切りは俺の圧勝だったからな!また腕を使うゲームだし今度も凌は出番なしかもなー」
「お前調子に乗んなよ、ボーリングなんて腕力ゴリラの嵐が勝つに決まってんだろ」
「凌、そこは自分じゃないんだ……」
「足技じゃないから無理」
「腕力ゴリラってなんだよ」

 凌の言葉に反応した嵐が足を蹴ったらしく、凌が「いてっ」と声を漏らす。
 そんなやり取りに思わず笑いを零して、倫人は先週みんなで土手を歩いていた時に急に始まった水切り大会を思い出した。
 例のごとく、倫人が水切り何それ?という反応をした結果、盛り上がった章吾と拓海が水切り大会を発案し、それは唐突に始まった。

「俺小学生のときめっちゃやった!超得意!」

 という章吾の言葉の通り、彼はかなりの上級者で軽快に石を投げていく。呆れながら凌と嵐も参加して、倫人も四人に教わりながら石を投げたのだが、なかなかコツが掴めずワンバウンドもしなかった。章吾と拓海が白熱している横で飽きて見守る冷静な三人、という若干シュールな絵になったが、そのうちそもそもの目的を思い出した拓海が、倫人に水切りを達成させる為に自分たちの方に引き入れて、今時河原で水切りをする学生、という端から見たらなんとも健全な光景が出来上がっていた。

「あーあの石の形すげぇ良かったのに!失敗したー!取り行ったらまだ拾えっかなあ」

 川の中に消えた石を惜しそうに見た章吾が川の端まで寄っていくと、拓海がちょっと慌てたようにそれを制止した。

「章吾この川途中で急に深くなるから入らない方がいいよ、流れはあんまりないから大丈夫かもしれないけど……」
「え、そうなのか?じゃあやめとく」

 最終的に手頃な石がなくなったため水切りは終了し、結局倫人は一度も成功しないまま終わったのだが、初めての川遊びは楽しかった。
 多分ボーリングなら投げるだけだし出来るはず、と先週のことを思い出しながら考える。その後いつものようにキッチンから出てきた羽鳥も混ざって週末の予定を立てたのだった。
 因みに当日のボーリングの結果は、当初の凌の予想通りになった。

 そうして倫人の日々は穏やかに過ぎていった。学校が終わるのが毎日待ち遠しく感じられるほどに、倫人は嵐たち四人と過ごす時間を大切に感じていた。





 六月も終わる頃、倫人は相変わらずペリステリに顔を出していた。いつもの路地裏を歩いていると、前方に見慣れた長身の後ろ姿を見つける。何やら数人の不良に絡まれて揉めているいるようだ。不良の周りにどす黒い赤色が漂っている。

 なんか、あいつら前にも見たような……。

 この前も絡まれてた奴らじゃないだろうか、仕返しに来たんだろうか。と思って倫人が後ろからそろそろと近づくと、こちらを向いている三人の中の一人が倫人に気付いて大声を出した。

「おいお前!!てめぇもこの前のヤツだろ!」

 やはり一度絡まれて返り討ちにした奴らだったようで、倫人は嵐の方に駆け寄った。

「よう」

 嵐は倫人の方を振り向いて、不良に絡まれているにもかかわらず緊張感もなく挨拶した。

「この前の?」
「そうみたいだな」
「へぇ、わざわざ喧嘩売りに探しに来るなんて暇なんだね」
「だな。まぁ暇なのは俺らもだけどな」

 ほのぼのした会話を始める二人に不良達は怒りを爆発させてブチ切れる。

「てめぇらバカにしてんのか!ふざけんなよクソが!」

 一斉に殴りかかってくる不良達を目にして、倫人は一歩下がって嵐の後方に控えた。

「嵐、右」

 倫人の声に即座に反応した嵐が右からの拳をかわしてカウンターを入れる。

「左足、顔!」

 相手の身体に強い色が乗ると瞬時にそれを嵐に伝え、自分も殴りかかられるのを身軽にかわしていく。最近では嵐も倫人の指示にすっかり慣れて、声が聞こえるやそれに条件反射のように反応するため、かなり効率よく相手をのしていく。
 三人を片付けるのに大して時間はかからず、相手の戦意が削がれると嵐も倫人もそれ以上は手を出さない。

「くそっ覚えてろよ!!」

 今時どんな捨てゼリフだと突っ込みたくなるセリフを吐いて、不良達は舌打ちしながら去っていった。嵐と倫人は時代錯誤のそれに微妙な顔をして顔を見合わせてからその場を離れる。

「みさきはほんとに目がいいよな」
「うーん。そうなのかな」
「相手が手出してくるとすぐ気づくだろう。お前がいるとすげぇ楽」
「そ、そう?」

 嵐がしみじみと倫人を見ながら言うのを聞いて、複雑な気持ちになりながらも少し嬉しい。

「今日はみんな来るかな?」
「いや、多分今日も俺とみさきだけだろ。あいつらこの時期忙しそうだしな」
「そっかぁ……」
「そもそも、みさきが来るようになってからはよく集まってた方だぞ」
「そうなの?」

 歩きながら話して、ここ数日拓海達に会えないことに気を落としていたら、嵐が頭を撫でてくる。

「拓海はこの時期学校の方が忙しそうだしな。凌はテコンドーの大会が近いから道場通ってんだろうし、章吾はあれでツレが多いから色んなとこでフラついてんだろ」
「そっか。そうだよね」

 当たり前だけど、皆それぞれの生活がある。
 ちょっと寂しそうな顔をしてしまったのか、嵐に髪を強めにかき混ぜられた。

「嵐は?いつも放課後ペリステリかこの辺で会う気がするけど……」
「俺は最近ちょっと野暮用でな」
「それって、この前ボーリングの時電話してたことと関係してる?」
「……お前ほんとによく見てるな」

 皆でボーリングをしていた時、嵐が皆から離れて電話に出ていたのを思い出す。
 嵐を視界に入れていると落ち着くということもあって倫人はよく嵐を見ているけれど、彼が少し険しい顔をして電話に出ていたのが印象に残っていた。

「まぁ、そうだな。あの電話も関係あるにはあるけどな、それとは別でも少し用事があるからな」
「そうなんだ」

 嵐が言葉を濁したから、倫人はそれ以上深くつっこむことをやめた。本人が言わないことをわざわざ詮索しないのが暗黙のルールだった。

「夏休みは皆遊んでくれるかな」
「ああ、あいつら暇そうだし、色々計画立てるだろ」

 話がそれた事にちょっと安心した顔の嵐を見ながら、なんだか倫人は少しだけ心がざわついた。

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