夜が明けるまで

遠間千早

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優しい時間

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 結局、その日は学校には行かなかった。
 母親が休みを取っていたこともあり、久しぶりにゆっくり二人で過ごすことにした。
 せっかく晴れ晴れとした気分になったのに、学校に行ったら昨日の感情がぶり返すんじゃないかと少し怖かった。
 人の多い場所が苦手な倫人を気遣って昼食を家で作ることになり、倫人は母親と一緒に台所に立った。今まで自分一人である程度のものは作ってはいたけれど、ちゃんと味付けを教わるのはこれが初めてだったから、それも面白かった。
 隣に立つリラックスした母の表情に倫人も癒されて、家の中にはほんわかした空気が漂っていた。

 夕方が近づいてくると早くペリステリに行きたくてそわそわする。自分の部屋で宿題を終わらせると、倫人はいそいそと出かける準備をした。

「じゃあ、俺友達のとこに行ってくるね」
「ええ、気を付けてね」
「あまり遅くならないうちに帰るから」
「気を使わなくていいのよ?楽しんでらっしゃい」

 にこにこと手を振る母親に笑って、倫人は駅へと出発した。駅は歩くと少し遠いあるが、倫人にとっては慣れた距離である。まだ別れて数時間しか経っていないのに、早く嵐に会いたいと思う。
 嵐やみんなのことを考えていると、周囲の人の色も気にならないような気がして、少し不思議な気持ちだった。
 駅に着くと、約束した場所に立っている嵐を見つけた。ただ立っているだけなのに、なんだかモデルみたいに様になっていて周囲の目を引いている。
 周りが通り過ぎながら嵐に注目しているのを見て、やっぱり世間的に見ても嵐は端正な部類に入るんだな、と再確認した。
 倫人が駆け寄って行くと、嵐が気付いて相貌を崩す。その優しい笑みを見て心臓がとくりと跳ねた気がした。

「ごめん!遅かった?」
「いや、俺が早かっただけだ」

 さっそく倫人の頭を撫でる嵐に、倫人もふにゃと笑う。

「じゃあ行くか」
「うん」

 台風が過ぎた日の夕方は、綺麗な夕焼けが空を覆っていて綺麗だった。
 ペリステリのガラスの扉を開けるなり、中にいた全員が入り口に注目した。店内を見た倫人は、珍しく全員が揃っていることに驚く。

「みさきちゃん!」

 拓海が一番に声をあげながら奥のソファから駆け寄ってくる。そのまま飛びついてくるのを、後ろにいた嵐が止めようと手を伸ばした。

「大丈夫」

 小声で言ってそれを制して、倫人は拓海を受け止めた。ぎゅっと腕に抱え込まれると同時に、拓海らしい明るい感情がいっぱいに伝わって嬉しくなる。

「みさきちゃん大丈夫だった?ずっと顔見なかったから寂しかったよ~」

 ぐりぐりと顔を肩に押し付けられて、髪が首筋に当たるのがくすぐったい。

「うん。俺も寂しかった」
「えっ?!みさきちゃんがデレた!なにこれ可愛い!」

 倫人をぎゅうぎゅうに抱きしめる拓海の頭を嵐が掴み、べりっと引き剥がした。

「なんだよ嵐、邪魔しないで」
「うるせぇ、さっさと奥行くぞ」

 むすっとした顔で嵐が奥に歩いていくから、不思議に思いつつ素直についていく。

「みさきー!元気だったか!」

 ソファでうずうずと倫人の方を見ていた章吾が、身を乗り出しながら倫人に話しかける。倫人は半円の真ん中に座る章吾の隣に腰掛けた。

「うん。章吾は?」
「俺は学校の方のいざこざに巻き込まれてマジ大変だったんだよ!!毎日喧嘩に明け暮れてた」
「え?!そうだったの?!」
「大丈夫だ。全員叩きのめした」
「えっそれは大丈夫なのかな……」

 章吾を挟んだ反対の位置に座っていた凌も、倫人と目が合うと「よう」と口角を上げた。

「凌は試合終わったの?」
「まあな。これでしばらくはサボっても大丈夫だ」
「いやサボんなよ」

 凌にツッコミながら嵐が倫人の隣に陣取る。拓海は残った凌の隣に落ち着いた。
 三人の明るい色に癒されて、自分を案じていてくれたことがその色から感じ取れてほっこりした。
 ふと、端から別の気配がしてそちらを見ると、キッチンからカップを乗せたトレーを持った羽鳥がこちらに歩いてくるところだった。

「羽鳥さん、こんにちは」
「こんにちはみさき君。一週間ぶりくらいだね」

 倫人と目が合うとにっこりと微笑んで、羽鳥はテーブルにコーヒーのカップを並べていく。

「ここ一週間、嵐が心配していたから。また顔が見れて安心したよ」

 羽鳥がそう言って安堵の色を強めたので、倫人はぺこっと頭を下げた。

「ちょっと色々あって……」

 そう言葉を濁すと、拓海達も心配そうに倫人に注目する。実はここまで来る道のりの間に、嵐とどこまでみんなに話すかを相談していた。

「みんなにも聞いてもらいたいことがあるんだけど、話してもいいかな」

 うかがうように皆を見ると、拓海達は当然、という顔で頷いてくれる。

「もちろん。俺達で良かったら」

 拓海が珍しく神妙な顔をするのが面白くて、倫人は少し表情を緩めた。

「実は最近、母さんが再婚することになって、ごたごたしてたんだ」

 暗い雰囲気にならないように、あえてあっさりした調子で倫人は話し出す。

「もともと俺が小さい時に両親が離婚してて、今はおじいちゃんとおばあちゃんもいないから家に母さんと二人で住んでるんだけど」
「そうだったんだぁ。そういえばみさきちゃん、前うちに居づらいみたいなこと言ってたよね」

 拓海が眉尻を下げながら相槌を打ってくれる。
 その言葉に頷いて、説明を続けた。

「もともと、母さんとは別の事情で微妙に距離があって。再婚するかもって雰囲気を感じてから、俺が一方的に気まずくなって顔を合わさないようにしてたんだ。この前、再婚するって言われてから、俺は邪魔者なんじゃないかってずっと思ってて。同じ時に学校でも周りから色々言われてかなりへこんでて……」

 あまり詳しく言うことが憚られて最後の方は言葉を濁した倫人に、章吾が眉を寄せて反応する。

「学校で何言われたんだ?」
「ええっと……」

 しまった。この辺りはうまく濁すつもりだったのに。
 学校で虐められてるなんて情けないからあまり言いたくない。
 曖昧な顔で流そうとする倫人に隣の嵐が反応した。

「そういえば、そこのところは俺も詳しくは聞いてないな」

 嵐が隣から追い打ちをかけるように促してきたので、苦笑いした。流せる雰囲気ではなくなってしまったので、仕方なく口を開く。

「うーん、あんまり聞いても楽しくない話だからなぁ。ええと、もともと、俺自身の問題で学校では上手くやれてなかったんだけど、その……俺がいると周りが不幸になるとか、学校来んなとか言われて……」
「なにそれ!!ひどい!そんな奴ら俺絞めてくる!」
「ちょっ拓海!」

 真っ赤な色を出してソファから立ち上がる拓海を慌てて止める。

「マジありえねぇ。拓海、俺も行く」
「章吾もいいから!座って!」

 隣で章吾もテーブルをガタガタし始めたので、隣の嵐に視線で助けを求めた。

「待て、お前ら」

 制止する嵐にほっとしたが、よく見るとなんだか目付きがいつもよりも鋭い。

「やるなら徹底的にやれ。一人も逃すな」
「嵐?!」
「当たり前だ。お前にふざけた真似した奴らを許すわけねぇだろ」
「……」

 剣呑な目をした嵐に顔を引きつらせていると、向かいから凌が冷静に三人を制止した。

「とりあえず、みさきの話最後まで聞けば」

 そう言いつつも、凌の色にも怒りが滲んでいる。

「うん、みさきちゃん話途中だね、ごめんね遮って」

 拓海がはっとした顔になって、赤い空気を少し緩めた。

「ううん、なんか、ありがとう。怒ってくれて」

 章吾も少し冷静になったようで座り直している。ちらっと隣を見ると、嵐は何も言わずに倫人に頷いたが、顔は怖い。
 みんなが自分のために怒ってくれるのがなんだか嬉しくて、倫人は相貌が崩れそうになるのを引き締めた。

「あの、ここからが本題なんだけど、そもそも俺が学校で上手くやれないのも、家に居づらかったのも、俺の体質が原因なんだ」
「体質?」

 全員が注目したのを感じて、倫人はゆっくりと話し始めたけれど、自分のことを人に話すのはまだ勇気がいる。同級生達の冷たい態度を思い出して、もし拓海達が自分の体質を知ってそうなったりしたらと思うと少し怖い。
 言葉を止めて、皆には見えないようにテーブルの下で手をぎゅっと握ったら、左側から暖かい手が拳を包み込んだ。ぱっと隣の嵐を見ると、倫人を見ている黒い瞳と目が合う。
 左手を包んだ手に少し力が込められて、倫人が不安そうな目で嵐を見上げると、大丈夫だ、と頷いてくれた。
 それに励まされて、倫人はまた前を向いた。

「皆には、言ってなかったんだけど、俺、生まれつき人には見えないものが見えるんだよ」

 なんとかそこまで言うと、章吾達は少し怪訝そうな顔をする。

「人に見えないもの?それって、もしかしてお化けとか……?」

 若干青い顔で言った拓海は、もしかしなくても幽霊が怖いのか、纏う空気が少し怯んだ色になる。
 倫人は小さく笑って、首を横に振った。寧ろ、そっちだったらよっぽど良かったのにと思う。

「お化けじゃないの?」
「うん。見えるのは生きてる人のものだから。ええと、俺、人の周りに色がついてるように見えるんだ」
「「「?」」」

 三人は頭の上にクエスチョンマークがついたような顔をしている。わからない、という色を見て、倫人は自分でもどう説明したものか考えながら話を続ける。

「ええと、普通、人の周りって当然だけど何も見えないんだよね?それが当たり前だと思うんだけど……俺は、人の周りに色んな色が付いてるように見えるというか、うっすら色のついた雲みたいなものが漂ってるように見えるんだ。うーんと……」

 周りに見えていないものをどう説明すればいいのか悩んでいると、黙っていた凌が口を挟んだ。

「オーラみたいなもんか」
「ああオーラか!テレビで聞いたことあるな!」

 その言葉に章吾がうんうんと頷いて、倫人もそう言われればイメージはそれに近いのかもしれないと思った。

「うん。イメージはそんな感じ、かな。でも、俺が見えるのは人の前世とか運勢とかそういうものじゃなくて、その人がどんな感情でいるのかが大体わかる」
「感情…?」

 驚いた拓海を見て、少し緊張しながら頷く。

「小さい頃から、人の周りに色が見えるんだ。その色でその人が今楽しいのか、悲しいのか、怒ってるのか、話してなくても俺にはわかる」

 そう言いながら、三人を見るのが怖くて、倫人はじっとテーブルの上から視線を動かさなかった。

「それって、考えてることまではわからないけど、おおよその感情は見ただけで把握できるってこと?」

 拓海の少し硬い声に、視線を落としたまま小さく頷く。

「もちろん、考えてる具体的な内容はわからないし、人によって色味の違いとか、濃い薄いもあるから俺の今までの経験から推測してってことになるんだけど……気持ちが高ぶってるときとか、その時々で色の量も勢いも変わるから。でもなんとなく、今どんな気持ちでいるのかはわかるっていうか……」
「そうなんだ」
「なんか、ごめん。こんな話いきなり信じられないと思う」

 気持ち悪がられても、それは仕方のないことだ。
 当然、急にこんな話をされたら普通は頭がおかしいと思うだろう。
 無意識のうちに、拳に添えられた嵐の手をぎゅっと握りしめていた。するとすぐに握り返されて、強張った自分の顔が少し緩むのを感じた。

 ──大丈夫。

 思い切って、顔をあげて三人を見ようと思った。そこにどんな色が現れていても、受け止めようと心を決めた。
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