夜が明けるまで

遠間千早

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 男を蹴り飛ばした嵐は、倫人の目から零れた涙を見て、怒りを孕んだ目をすっと細めた。倫人を押さえつけている不良達を表情のない顔で順番に見る。

「殺す」

 地を這うような声が響き、不良達がびくりと震えた。本能的な恐怖を感じたのか、倫人から手を離すと嵐から距離を取って後退していく。

「みさきちゃん!」
「みさき!」

 バタバタと足音がして、拓海達が境内に駆けつけてきた。

「てめぇらふざけんなよ!ダチに手ぇ出しやがって!」
「チッ立花か。おいやっちまえ!」

 男達に殴りかかっていく章吾を追って、拓海と凌も走っていく。

「拓海、凌。そっちは任せる」
「了解!」

 拓海と凌にそう言うと嵐はすぐに膝をついた。険しい表情で倫人の顔を覗き込んできて、肩の下に腕を回されて抱き起こされた。

「みさき」

 小刻みに震える身体をぎゅっと抱き締められる。広い胸に触れてほっとして、震える手で嵐の服を掴んだ。
 安心して大きく息を吸いこんだ途端、思うように肺に空気が入らず身体が痙攣した。驚いてもう一度息をしようとするが思う通りにならない。
 浅い呼吸を繰り返して怖くなり、嵐の背中に腕を回してしがみついた。

「はっ……らし……」
「大丈夫だ。みさき、もう大丈夫だから」

 言葉を返そうとするも声が出ず、頷いて何とか意思を伝えようと試みる。今更恐怖がキャパを振り切ったのか身体が震えるのも止められなかった。涙までぼろぼろと溢れてきて頬を伝っていく。嵐にしがみ付いた腕にぎゅっと力を入れた。

「大丈夫だ。みさき、落ち着け」
「はっ……ぅん、」
「ゆっくりでいい。ゆっくり息しろ」
「……っ、ごめ……触られ、て」
「わかった、大丈夫だから、喋らなくていい。ゆっくりでいいから」

 震える倫人をしっかり抱き締めたまま、背中をゆっくりと撫でて嵐が耳元で囁く。
 倫人は呼吸を落ち着かせようと、必死に息を吐いてぎゅっと目を閉じた。

「チッ、面倒だな。一旦引こうぜ」
「もっと人数集めよう」
「だな、行くぞ」

 章吾達を相手にしていた不良達は分が悪いとわかったのか、次々と石段の方に走っていく。

「おいてめぇら!待てよクソ!」
「章吾!もういいって!」

 逃げていく相手を章吾が追おうとするのを、拓海が鋭い声を出して止めた。

「みさき!大丈夫か?!」

 すぐに倫人達に駆け寄ってきた三人は、嵐に抱えられた倫人を目にしてぎょっとして足を止めた。
 身体を震わせながら嵐にしがみつく倫人の様子は明らかに普通の状態とは言い難い。何か言わなければと思うが、まだ喉が上手く動かなかった。
 言葉を失っている章吾達に気付いて、嵐が倫人から視線を外して顔を上げた。

「嵐、みさきちゃんは……?」

 青い顔の拓海に嵐は頷く。

「あいつらの感情に当てられてる。俺も実際に見るのは初めてなんだが……みさき大丈夫か?」

 聞かれて倫人がこくこくと頷くと、嵐は安心したように息をついた。

「感情に当てられてって、いつもみたいに酔っちゃってるってこと?」
「いや……お前らにはまだ言ってなかったことがある。みさき、俺から説明していいな?」

 そっと頭を撫でながら嵐に聞かれて、倫人は額を嵐の肩に擦り付けて頷いた。
 それを確認して、嵐は三人に視線を戻す。

「普通に触られる分にはそうでもないらしいんだが、変に興奮したやつらとか、悪意のあるやつに触られるとこうなるらしい。俺も実際にこんな状態を見るのは初めてだから正確にはわからんが」

 嵐の説明を聞いた拓海達は目を見開いた。

「大丈夫なの?」
「さっきより落ち着いてきたから、多分しばらくすれば……」

 倫人の震えが段々と収まってきたのを確認して嵐が言う。しがみ付いていたおかげで暖かい体温に包まれた倫人の呼吸が落ち着いてきた。
 嵐の肩に頭を伏せて深く息を吐くと、拓海達の方に顔を上げた。

「みんな、心配かけてごめ……」
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう嵐」

 顔を覗き込んで倫人の様子をうかがう嵐に、服を掴んだまま息を吐いて小さく頷く。すると背中に回された手が倫人の無事を確認するようにあちこち触れてきた。

「怪我は?」
「ない、と思う。少し頭打ったけど……」

 そっと後頭部に触れてきた手にぴくっと反応すると、嵐はすぐに手を離して心配そうな顔になった。

「腫れてるな。後で冷やそう」

 倫人が頷くと、浴衣の背中についたままだった葉っぱや砂利を軽く叩いて取ってくれた。くっ付いていた身体が一度離されて、引っ張られた時に崩れた襟元も整えてくれる。

「ありがとう」

 少しだけ震える手を隠すようにぎゅっと握って言うと、またすぐにぽすんと引き寄せられて嵐の体温に包まれた。それに安心して、ようやく呼吸も震えも落ち着いてくる。

「みさき、何があったか説明出来るか?」
「……うん」

 耳元でそっと囁かれ、倫人は頷いて顔を上げた。
 見守っていた拓海達の方をもう一度見て、倫人はたどたどしくここまでの状況を説明した。
 ゆっくり説明しながら、段々と自分も冷静になってきて落ち着いてくる。

「俺も、掴まれただけでここまで酷い状態になるなんて初めてで……。みんな驚かせてごめん」

 倫人が眉尻を下げると拓海が声を出した。

「みさきちゃんは悪くないよ、絡んできたあいつらが全部悪いんでしょ」
「みさき、ごめん!」

 章吾が強張った顔で勢いよく頭を下げた。

「俺のせいだ、あいつら俺がこの前喧嘩した奴らだったんだろ?標的は俺だったはずなのに、巻き込んで怖い思いさせてごめんな」

 唇を噛みしめた章吾の顔を見て、倫人はふるふると首を横に振った。

「俺が上手く逃げればよかったんだ」
「みさき」

 途中で嵐に言葉を遮られて、倫人は嵐の顔を見上げた。いつになく真面目な顔をした嵐がじっと倫人を見下ろして言う。

「ちゃんと謝らせてやれ。章吾のせいでとばっちり食らったのは事実なんだからな。中途半端にしたらお互いに負い目が残るだろ」

 黒い瞳が真剣さを帯びていて、倫人は言われた言葉に瞬きした。
 章吾を見ると嵐の言葉に大きく頷いていて、倫人は自分の間違いを悟る。嵐に頷いてからもう一度章吾を見た。

「遮ってごめん章吾」
「いや、本当にごめんな、怖い思いさせて。俺がきっちり決着つけておけば良かったんだ。絶対にもうみさきに突っ掛かるような事はさせないから。今日の事はまじでごめん」
「大丈夫。ちょっと怖かったけど、みんなすぐ来てくれたから。章吾も拓海も、凌もありがとう」

 しっかり章吾の顔を見てそう言うと、章吾がほっとしたように肩から力を抜いた。それを見て倫人もほっとする。嵐が褒めるように腫れている部分を避けて頭を撫でてくれた。くすぐったくて、思わず笑みが零れる。

「みさきちゃん俺もごめんね」
「拓海?」
「俺がお祭り行こうなんて言ったから」

 肩を落として落ち込んでいる拓海を目にして倫人は慌てた。

「こんな人混みに来るの負担が大きいのに。無理させちゃったよね、ごめんね」
「そんなことない!」

 しょぼんとした拓海に倫人はつい大きな声を出した。

「俺、すごく楽しかったよ。今までこんなふうに友達と遊ぶことなかったから、誘ってくれて嬉しかった。俺の体質のことは全部言ってなかった俺が悪かったんだ。多分大丈夫だろうなって甘く見てて、驚かせてごめん。でも、本当に俺、今日楽しかったから。そんな事言わないでほしい」

 みんなといられる時間はいつも心から楽しい。だからそんなこと言ってほしくない。
 そんな思いを込めて強い口調で言うと、拓海は瞬きして、眉尻を下げたまま笑って頷く。ほっとしたような、嬉しい感情の色が現れたのを見て倫人も安心した。

「うん。そうだよね。俺も楽しかったよ、みさきちゃん。また今度仕切り直して別のお祭りも行こうね」

 明るい口調に戻った拓海にほっとした。
 拓海の隣に立っている凌にも、もう一度お礼を言う。

「凌も、ありがとう。怪我してない?」
「問題ない。みさきはもう大丈夫か?」

 凌はいつも通りの仏頂面に見えるけれど、心配そうに揺れる色が背後に見える。

「大丈夫。もう平気」
「そか。ならいい」

 倫人が完全に落ち着いたところで嵐が「そろそろ帰るぞ」と声をかけた。

「みさき立てるか?」
「ん」

 背中に回した手を離した嵐が先に立ち上がって、倫人の腕を引く。少しよろけながらもちゃんと立ち上がることができた。

「お前、今日うちに泊まりだからな」

 ゆっくり石段の方に歩き出しながら隣を歩く嵐が言う。

「え?! 悪いし、いいよ。大丈夫」
「駄目だ。頭の手当てもしてないし、いいからうち来い」
「う、うん……」

 有無を言わせない嵐に押される形で頷いた。

 心配してくれているんだろう。
 一緒に居られるから自分は嬉しいけど、甘えてしまっていいんだろうか。

 そっと隣の嵐を見上げると、「そんな目をしても駄目だ」とよく分からないことを言われて戸惑った。
 とりあえず、気にせず来ていいということがわかって嬉しくなる。
 今日のことを理由にして優しくしてもらうのは何かずるいような気もするが、思い切って甘えてしまおうと思った。
 石段を下りていくと、夜店にはまだ人はいるものの宴もたけなわといった雰囲気だった。まだ賑わいはあるが、何となく人も疎らになった気がして、祭りの終わりを感じて少し寂しくなる。
 夜店から離れて夜道をみんなで帰りながら、前を歩いていた拓海が急に立ち止まって大きく伸びをした。

「よし!切り替えよ!次は花火だね!はと兄に海が綺麗に見えるとこ連れてってもらお!!ね!」

 くるりと振り返って満面の笑みで言った拓海に、倫人は大きく頷いた。
 にっこり笑う拓海の顔に、稀に見る年上の気遣いを感じて心が温かくなる。
 一旦ペリステリの前まで全員で戻ってから解散することになった。

「じゃあ皆またね~」
「またなー」
「お疲れさん」
「また明日」
「章吾真っ直ぐ家帰れよ」
「俺は小学生か!」

 ビルの前で拓海達と別れた後、嵐が倫人を呼ぶ。

「じゃ行くか。うちでまた家に電話しろよ」
「うん」

 弾む足で嵐を追いかけて、マンションに向かって嵐と一緒に歩き出した。
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