夜が明けるまで

遠間千早

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別れの朝

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 明るい日差しを目蓋に感じて、うっすらと目を開けた。

 昨日、嵐を見つめながらいつのまにか寝てしまったようで、壁にかかった時計を見ると起きるにはまだ少し早い時間だった。
 ぼやっとした頭で隣を見ると、毎度の事ながら倫人を抱き枕だと認識しているのか、嵐は倫人の胴に腕を巻き付けて気持ち良さそうに眠っている。身動きが取れないままじっと側にある嵐の顔を見つめ、このまま時間が止まればいいと思った。
 温もりに擦り寄って微睡んでいると、倫人を抱え直す嵐の腕にぎゅっと力が入る。たまらなく幸せな気持ちになって、嵐の胸元に額を擦り付けた。

「ん……」

 という掠れた声がして、薄っすらと開いた嵐の目と視線が合う。寝ぼけているのか、ぼーっとしたまま倫人を見つめた後、背中に回した腕に更に力を込めてぎゅっと抱き込まれた。
 そのまま倫人の頭に顎を乗せてまた微睡み始めたので、少し呆れる。

 嵐は、倫人のことを絶対にペットか何かだと思っている。普通なら、もっと照れたり慌てたりするはずだ。
 そういう意味で意識すらされていない。ちょっと落ち込んだ。

「……はぁ」
「ん……?」

 倫人のため息で意識が覚醒したようで、嵐が背中に回した腕を上にずらして頭を撫でてくる。

「はよ」

 色気のある少し掠れた声がすぐ側で聞こえて、顔が赤くなった気がしたけれど意識して普通の声で返した。

「おはよ」

 嵐はいつも通り腕を離してのそっと起き上がり、ベットの上で伸びをする。倫人は寝転がったままそれを観察したあと、自分も起きようとして眉をしかめた。

「どうした?」
「何か、筋肉痛……?腕が痛い……」
「ふっ、運動不足だったんじゃねぇの」
「失礼な。昨日泳いだ上にバレーしたからだもん」

 笑われてむっとすると、笑った顔をそのままに髪の毛を掻き混ぜられた。

「飯どうする?」
「食べなくて大丈夫。用意出来たら帰るよ」
「おう。じゃあ俺も用事あるし一緒に出るわ」

 一緒にいられる時間は残り僅かだ。
 じわじわと焦燥感が込み上げる。今からでも、オーストラリアに行くのを辞めて、嵐の隣に残っていたい。こんなに好きなのに、離れるなんて嫌だ。
 心の中から聞こえる声を無理やり押さえつけたら、胸が潰れるように痛んだ。

 世間話をしながら支度をした。
 もたもたと時間をかけたつもりでも、あっという間に準備は終わってしまって、どくどくと音を立てる心臓の音だけが始終煩かった。

 もう、時間になってしまう。

 ──どうしよう、まだ一緒にいたいのに。

 狼狽るけれど、別れの時間はすぐそこまで近付いていた。




「お邪魔しました……」

 パタンと扉が無機質な音を立てて目の前で閉まった。鍵をかける嵐をぼんやり見つめて、また来られるのかなと思ったら切なさが込み上げてきた。

「よし、じゃあ行くか」
「……ん」

 目を伏せると、嵐が少し首を傾げた。しかし特に何も言わずに通路を歩いていく。エレベーターに向かって行く嵐の背中を見つめた。

 この背中に、次はいつ触れられるんだろう。

 嵐はマンションの前で立ち止まって、倫人を振り向いた。

「俺こっちだから、今日はここで解散だな。忘れ物ないか?」
「うん、ないよ」
「まあ、あってもまたすぐ取りに来ればいいんだけどな」
「……そうだね」

 無理に笑った顔に、嵐は気付いただろうか。

「取り敢えず、今日はお互い用があるからまた明日以降だな」
「うん。また、連絡するから」

 そう言ってから、それはいつになるのかと思った。声に張りがない倫人に、嵐は不思議そうな顔をする。

「どうした。体調悪いのか?」
「大丈夫」
「そうか?無理すんなよ」
「大丈夫だよ。ありがとう」

 すぐ帰ってくる。

 ──だから俺の事、嫌いにならないで。

 何も言わないで、ごめん。
 ごめんね。許して。

 そんな虫のいい事を思って、息苦しさで喉の奥が引きつった。

「気をつけて帰れよ。何かあったらすぐ連絡しろ」
「うん……」

 頭をふわりと撫でられて、心臓がぎゅうと縮んだ。

「じゃ、またな」
「うん。また……」

 優しく目を細めた嵐の顔を見て、無理に口角を上げる。

 ──離れないで。

 言葉に出そうな気持ちを押し込んだ。
 さらりと頬を撫でて離れていく手を追いかけてしまいそうになって、爪が食い込む位に両手をぎゅっと握った。
手を振って背を向けて歩いていく嵐の背中に、今度こそ顔がくしゃりと歪む。
 涙がこぼれる前に、倫人も背を向けて反対方向に歩き出した。

 嵐だけだった。

 ぽろぽろと頬を伝う涙を拭わずに歩いた。
 早朝の駅前はまだ人もまばらで、アスファルトに差し込んだ朝日が皮肉なほど綺麗だった。

 この日、倫人は住み慣れた街から海の向こうへ旅立った。
 三ヶ月なんてあっという間に過ぎ去ると思っていた。またみんなとすぐに会えると思っていた。
 まさか、一年以上経っても日本に戻れなくなるなんて、この時の倫人は予想もしていなかった。
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