夜が明けるまで

遠間千早

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第2章

これからのこと

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 拓海と凌とは以前のように話が出来るのに、同じ場所にいるのに、嵐とはもう前みたいに会う事も話す事もできない。
 そう思って、また裂かれるような痛みが胸に走った。

「倫ちゃん、大丈夫?」
「うん……」

 拓海の心配そうな声に、無理矢理平気な顔をした。
 涙が止まって少し落ち着いてから、倫人は拓海を見た。

「ごめん、大丈夫。今嵐は元気なの?」

 ずっと気になっていた、この一年半の嵐の様子。
 倫人の顔を見て、拓海はいくらか表情を和らげて頷いた。

「うん。嵐は中三の後半から白鶯嵐として星条に編入したんだ。高校部からは俺と一緒に生徒会やってるよ。今年も生徒会長になったからあんまり遊べなくなっちゃったけど。家柄もあって周りの生徒からは一目置かれてるし、生徒会も真面目にやってるから人望もあるし」
「今年もってことは、去年も嵐が会長なの?」
「そう。この学園、生徒の投票と家柄で生徒会のメンバーが決まるっていうちょっと不思議な仕組みがあって。まぁ、大体みんな気を遣って家柄がいい生徒に票が集まるんだけど。あと容姿がいい子も人気があるかな。嵐はどっちの票も集めてて一年から生徒会長やってるんだよね」

 きょとんとしている倫人に、拓海が苦笑しながら説明してくれる。

「白鶯の直系はもう嵐だけっていうのも周知の事実だから、みんな嵐に票を入れたんだよね。もちろん、嵐自身の人気もあるけど」
「そうなんだ、無理してなければいいけど……」
「時期によっては結構忙しいよ。嵐は学校代表として他校に出掛けたりもしてるから、大変そうな時はあるかなぁ。そういえば、凌は高等部来てから嵐に会った?」

 思い出したように拓海が隣の凌を見た。
 凌は表情を変えずに首を横に振る。

「拓海とは連絡取り合ってるけど、嵐とはほとんどねーな。そもそも俺は拓海ほど嵐と付き合い長いわけじゃねぇし」
「そっか。そうだよね」
「あの、章吾には入院した後また会えたの?」

 章吾のその後の事が気になった。
 無事に退院できたんだろうか。
 その問いかけには、凌が微妙な顔をして答えた。

「いや……あいつには、あの夏以降会ってない」
「え?!なんで?!」

 拓海も隣で渋い顔をしている。
 まさか章吾にも何か悪い事が起きたのかと、不安な気持ちで二人を見つめた。
 凌がため息を吐いて肩をすくめる。

「あいつも、もともとは結構良いとこの育ちだったから、大怪我した事で親がめっちゃキレたらしい。それまで章吾の事は放任気味だったのが、地元の友人と縁を切らせるって言って転校させて、東北の祖父母の家に強制送還したって聞いた」
「えええ?!」
「携帯も解約されて、東北の学校に転校したって、俺も親の筋から伝え聞いただけだから詳しくは知らないんだが」
「嵐が倒れた後に凌と一緒に一度病院に行ったけど、それっきり章吾には連絡取れなくなっちゃんだんだよねぇ。そのうち会えるといいんだけど……」

 拓海がしゅんと眉尻を下げる。
 章吾の行方がしれないと知って、倫人も心配になった。章吾を狙っていた不良達からは遠く離れたから大丈夫とはいえ、連絡が取れないというのは気がかりだ。

「嵐は、その事知ってるの?」

 気になって尋ねてみると、拓海はまた気まずい顔で答えた。

「それがね、嵐には半年間の記憶がないって言ったでしょ?」
「うん」
「実は俺たちが章吾と知り合いになったのって、実は四月とかその辺りの話だったんだ。だから嵐は章吾の事も覚えてないんだよ」

 その事実に驚いて、まじまじと拓海を見つめた。

「章吾はそれ知ってるの……?」
「うん。嵐が倒れた後に病院に行って、そこで嵐の事は全部話したよ。章吾の事も覚えてないって」
「章吾はなんて?」

 恐る恐る聞くと、拓海は苦笑いした。

「凄く怒ってた」
「……うん」
「嵐にね」
「え?」

 倫人は瞬きする。

「勿論、塔子さんが亡くなった事に関しては章吾も嵐のことすごく心配してたけど。俺たちに何も言わずに白鶯家に入ったことも、何より倫ちゃんを忘れた事に対しては、すんごい怒ってたよ」
「章吾……」
「嵐にはキツかった事がたくさんあって、すごく苦しかったと思う。でもよりによって倫ちゃんを忘れちゃうなんて……って、俺もほんのちょっとは思ってる」
「嵐は何も悪くない」
「うん」

 拓海が柔らかく笑った。

「俺達、倫ちゃんの気持ちも、嵐の気持ちも知ってたつもりだったから。多分、怒ってるのは自分に対してなんだよね。もっと早く、嵐を焚きつけておけばよかったって」
「拓海……。え……というか、みんな俺が嵐のこと好きだって気づいてたの?」

 拓海の言葉に内心焦った。
 嵐への気持ちは上手く隠していたつもりだったのに、と顔が赤くなる。
 凌にちらりと視線を送ると、何を今更、という目で見返された。拓海はいつか見たようなにやにやした顔でこちらを見てくる。

「そりゃ、俺達は男子校歴長いからね~。恋する男の子は見慣れてるから?」
「……あの、男子校、なんだよね?」
「あれ?倫ちゃんもしかしてまだ知らない?ここ男同士で付き合ってる子、結構いるよ?」
「ええ?!」

 拓海がさらっと言ったことにぎょっとして、つい大きな声が出た。

「思春期に周りが男ばっかりだと、偏見とか薄まるみたいでねぇ、かっこいい男子とかかわいい男子にぐらっと来るんだよ。アイドルを応援するみたいに好きって感じなのと、恋愛感情で好きになるのと、両方いるよ。まぁ、こんな山奥の閉鎖空間だし、外部との接触ないからみんな自由に生きてるって感じ」

 拓海の説明に呆気に取られた。
 やっぱり、ちょっと変わった学校だ。
 しかし、嵐に人気があるということは、恋愛感情で嵐が好きだという生徒も多いんだろうか。
 それはそれで複雑な気持ちになる。

「あの、嵐には、そういう人は……?」

 少し不安になって、拓海をうかがう。
 この一年半の間、嵐に彼女ができていても仕方がないと思っていた。とはいえ、それが同じ男だったらと思うと、物凄く複雑な感情が込み上げる。

「ああ、嵐はもともと共学出身だし、ノンケだって知られてるからあんまり表立ってアタックかける子はいないかなぁ。ノンケっていうのは、恋愛対象が女の子ってことね。周りに対しても超クールだし、男に興味ないって言ってたよ」
「そ、そっかぁ」

 なぜだろう。それはそれで別のショックが……
 倫人がぐるぐる考えていると、拓海が目を閉じてうーんと首を傾げる。

「まぁ、今は倫ちゃんを覚えてないしね。見た感じ男と付き合いそうな雰囲気はないねぇ。最近どんどん社畜のリーマンみたいになってきてるし、あんなに倫ちゃんを大事にしてたけど、今はそんな子もいないし」
「大事にっていうか……嵐は、俺の事ペットとか弟みたいに思ってただけだよ」

 多分、そういう対象としては全然意識されていなかった。
 しゅんとして俯向くと、拓海はやれやれと肩をすくめた。その呆れたような仕草も随分懐かしく感じる。

「お互いにぶにぶだなぁ。こんな事になってなければ、にやにやして見守ってたんだけどねぇ」

 拓海がため息をついて、困ったように笑った。

「もう一回言うけどさ、きっと嵐は思い出すから、倫ちゃんも嵐の事見捨てないでやって」
「見捨てるなんて……俺が嵐を嫌いになるなんて絶対にないよ」
「そっか。うん。安心した。あ、そうだ。倫ちゃんも気を付けてね。さっき言ったみたいに、この学校にいると急に男から告白されるから。最近は強行手段に出る奴滅多にいないけど、新入生も入って来て雰囲気変わったし、また少し荒れるかもしれない」

 真面目な顔をした拓海が忠告してくる。
 隣で凌もうんうんと頷いていたが、倫人はきょとんとした。

「えっと、気をつけるって、なにを……?」
「あー……倫ちゃんのそういうにぶにぶなところ可愛いんだけど超心配。倫ちゃん、君は自分で思ってるより美人さんなんだから、変なのに絡まれないようにちゃんと周りに気を付けてねってこと」
「え?ん?いや、ないと思うけど」
「まぁいいや……俺もなるべく気をつけて様子見るから。まぁ、倫ちゃんの力があればそのうち嫌でもわかると思うよ」
「うん……?」

 虐め目的以外で、自分に絡んでくる人がいるとは思えない。そんな物好きはいないと思う。
 と、腑に落ちなかったが、拓海は困惑する倫人を見てやれやれとため息を吐いている。

「あ、あとね、この機会についでに説明するけど、人気のある生徒には親衛隊っていうファンクラブがあるから気をつけて。人気のある生徒に馴れ馴れしくすると、目を付けられたりするからね。凌、後でそこのところも教えといて」
「おう」
「ファンクラブ?それって、拓海にもあるの?」

 生徒会のメンバーはアイドル並みに人気があると聞いたし、拓海や嵐にもあるのかもしれない。
 首を傾げて聞いてみると、拓海はげっそりした顔になった。

「僭越ながら」

 嫌そうな色ではないが、喜んでいる色でもないので、人気者は大変なんだなと他人事のように思った。そんな倫人をじろりと見て、拓海が釘をさしてくる。

「倫ちゃんにもそのうちできるから、そうなったら代表やりたいって子が来ても迂闊に頷いちゃ駄目だよ。ちゃんと素性を調べてから許可すること。じゃないとストーカーされたりして危険だから」
「うーん??みんな俺なんかに興味ないと思うよ」
「この自覚のなさ……。俺がしっかりしなきゃ。倫ちゃんに何かあったら嵐が思い出した時に俺がしばかれる」

 ぶつぶつと呟いている拓海は頭を抱え始めた。
 変な目で見ていると、凌が横から口を出してきた。

「そういえば、お前同室誰だ?」
「えーと、さっき三浦先生に聞いたよ。確か、東くん」
「まじか」

 名前を出すと凌が目を見開く。

「知ってる人?」
「俺だ」
「へっ?!」
「俺、東凌」

 ぎょっとして凌を見ると、凌も驚いていた。
 拓海が凌に対して呆れた顔をする。

「今まで同室の人の名前知らなかったの?」
「聞いたはずだけど、ずっと入寮しないから忘れてた。部屋の手違いかなんかだと思ってたけど、そういえば荷物運び込んでたな」
「凌、相変わらず周りに興味ないよね」

 拓海のツッコミを聞きながら、倫人は心からほっとする。力のことがあるから、同室者の存在はかなりネックだった。それが凌だとわかって肩の力が抜ける。

「凌が同じ部屋でよかった。俺、力のこともあるからちょっと不安だったんだ」
「おう。ま、これからもよろしく」

 倫人達のやり取りを見て、拓海が安心したようにうんうんと頷いた。

「同室が凌なら安心だし、そのうち風紀が新入生の対応するだろうし、とりあえず大丈夫そうだね」

 その時、拓海の制服のポケットから音がして、スマホが鳴った。

「げ。嵐だ」

 どうやら相手は嵐だったようで、拓海は顔を顰めながらソファから立ち上がる。

「ごめんね、もう生徒会室に戻らなきゃ。木下先生に言っとくから、またこの部屋か倫ちゃん達の部屋で会おう」
「うん。拓海、色々ありがとう」
「こちらこそ。また会えて本当によかった。嵐のことも心配だと思うけど、とりあえず倫ちゃんが元気でいるのが大事だからね」
「うん、ありがとう」

 にっこり笑った拓海と連絡先を交換した。
 投げキスをしながら慌ただしく去っていく拓海に、思わず笑みが零れる。
 自分は幸せ者だと思う。
 こんなに心配してくれて、優しい友人が側にいてくれる。
 思えば、自分の事情を打ち明けられる友達ができたのも、みんな嵐のおかげだった。
 ここでこうしていられるのも、本当は全部嵐が隣にいてくれて、背中を押してくれたから。

 ──それなら俺は、嵐のために何ができるんだろう。

 胸の切なさはずっと変わらない。
 けれど、それでも自分に何ができるのか、これからのことを考えようと思った。
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