夜が明けるまで

遠間千早

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最終章

覚悟

 嵐が倒れた日、目を覚ました後も不安は晴れなかった。
 けろりとした嵐を見ても動揺が収まらず、よほど酷い顔色をしていたのか拓海達にも心配された。
 校医に自室で休むようにと言われた指示に従って、あの後すぐに嵐も拓海も帰っていった。倫人は自分の部屋に戻り、ベットに横臥して考えた。 

 もしかしたら、嵐はまた忘れてしまうかもしれない。

 嵐が倒れたとき、そう何度も思った。
 そしたら、側で目覚めるのを待つのが怖くなった。目を開けた嵐が倫人を見て、またあの何の感情も浮かばない漆黒の瞳と目があってしまったら。倫人を忘れてしまっていたら。

 もう言ってしまえばよかった。

 後になってから後悔することになるのなら、臆病なまま隠れたりせずに、言えばよかった。
 思い出してもらえなくても、自分がみさきだと言いに行けばよかった。

 好きだと、言えばよかった。

 そう思って、恐怖と後悔で押しつぶされそうだった。
 嵐の顔を見守りながら、いつまでも意気地がなかったことを後悔した。何が最善かなんてぐずぐず考えたりせずに、自分の思うことを素直に言えばよかった。

 だから、嵐が目覚めてちゃんと自分の名前を呼んでくれた時、心の底から安堵して、泣きたくなるくらい嬉しかった。
 でも、次はどうかわからない。また突然嵐は記憶をなくしてしまうかもしれない。そう思ったら、今度は後悔する前に言わなければならないと思った。

 そう決心したことを寮の部屋でもう一度考えた。
 ワイシャツのボタンを上から外し、首から下げた鎖を引っ張ってペンダントをそっと取り出して握る。

 嵐に、思い出してもらえなくてもいい。

 今、好きだと思うこの気持ちをそのまま嵐に伝えたい。昔も今も変わらずに嵐を好きだということを。
 そして、あの夏に自分勝手に逃げ出したことを心から謝りたい。

「嵐も文化祭はきっと忙しいから……言うなら次に会ったときかな」

 そう小さく呟いて、クローゼットの扉を開ける。
 扉の内側についた鏡には相変わらず少し不安そうな顔をした自分が映っていて、初めてこの学園に来た日のことを思い出してなんだか笑えてしまった。


◇◆◇???side


 その生徒は目が覚めて、気分が優れないまま寝ていた自分の部屋から出た。
 扉を開いて暗いリビングに入ると、誰もいないはずの部屋に人の気配がする。
 わけあって同室者がいない部屋は無人のはずだった。息をつめて暗闇を見つめると、確かに部屋の中からこちらを見ている人の気配を感じる。ざわりと鳥肌が立った。どきどきと早鐘を撃つ自分の心臓の音が耳につく。息を短く吸った。

「誰……?」

 思い切ってそう口に出しながら、恐る恐る電気のパネルに近づく。暗闇の中、ソファが置かれたあたりから小さく笑い声が聞こえた。
 その微かな声が耳に届いた途端、緊張していた肩の力が一気に抜けた。

「ちか……。来るなら連絡してよ」

 息をついて、そう呼びかけると楽しそうに笑う声が大きくなる。

「驚かせようと思ったのに。気づかれちゃった」

 悪戯をとがめられた子供のような声に苦笑して、暗闇の中を声の方に顔を向けた。

「どうしたの?来るなら明後日にするって言ってたのに」
「なんだか待ちきれなくなっちゃって。迷惑だった?」

 答える声が弱気になったように小さくなったから、柔らかく笑って首を振った。

「そんなことないよ。来てくれて嬉しい。でも、明日は運動部の練習試合だから、校舎に行ってもガラガラだと思うけど」
「うん。わかってる。だから来たの」
「え?」

 返答の意味がわからなくて瞬きした。

「だから?」
「そう。邪魔な人はいない方がいいかなって」

 返ってきた答えもわからない。なんとなく部屋の中の雰囲気がおかしいような気がして、止まっていた足を動かして電気のパネルに近づいた。

「ちか、電気つけるね」

 早足に壁際に歩いて、パネルに触れた。

「ねぇ」

 呼びかけられて咄嗟に振り返る。
 同時に点灯した部屋の明かりが眩しくて思わず瞬きをした。目をすがめて部屋の中央にいる人物に焦点を合わせる。
 こちらを見て笑う見慣れた顔。
 口元は笑っているのに目だけが暗く濁って見えた。
 何か得体の知れないものに背筋を撫でられたような感覚がして、ぞっとした。
 こちらに笑みを向ける小さな口から、囁くような声が届く。

「本当に僕が白鶯様に憧れてると思う?」

 その言葉の意味を考える前に、後頭部に強い衝撃が走った。
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