夜が明けるまで

遠間千早

文字の大きさ
79 / 101
最終章

文化祭

◇◇◇


 倫人は朝から凌と校内を見回っていた。
 予定通り章吾と環も一緒である。校舎からは様子がわからないが、体育館やグラウンドには外部から続々と他校の運動部が集まってきているらしい。
 選手達が校舎内に迷い込んでくることはないが、念のためということで午前中の校内の見回ることにしていた。
 廊下には人影もまばらで、この分なら明日の準備に来る生徒も昼過ぎに少し増える程度だろう。拓海も嵐も生徒会からの代表挨拶や他校との顔つなぎで朝からバタバタしているらしい。

「特に問題なさそうですね」

 後ろを歩いていた環がひょこりと倫人を覗き込んで言う。人気のない一階の廊下を見回して倫人も頷いた。

「そうですね。たま先輩は、今日は試合とか出ないんですか?」

 以前空手の話を聞いたことを思い出して尋ねると、環は首を振ってふんわりと笑う。

「出ませんよ。部活に所属するのは中学でやめてますから」
「あ、そうなんですね」
「へーあんた空手出来んの?意外だな」

 欠伸をしながら倫人の隣を歩いていた章吾が横から口を挟んだ。環は章吾を見て眉を寄せる。

「君よりは強いよ」
「へー?じゃあ今度手合わせしようぜ」
「嫌」

 冷たく答えた環の声を聞いて、凌が噴き出した。

「おい、凌なに笑ってんだ」
「倫人の親衛隊長がお前の扱い心得ててウケる」
「あ?」

 章吾と凌のやり取りを聞きながら苦笑して、隣の校舎の建物に続く渡り廊下にさしかかったときだった。

「鈴宮!」

 後ろから呼びかけられて振り向いた。
 廊下の先から松野が走ってくる。

「松野くん。どうしたの?」

 確か松野は運動部ではないから、今日は外に出てくる用事はないはずである。
 駆けてきた松野の色がいつもの明るい色でないのが気にかかり、倫人は声が届く距離に近づいた彼に声をかけた。
 弾んだ息を呑み込んだ松野が眉を寄せる。

「悪い、東が校舎にいるってクラスの奴から聞いたから、鈴宮も一緒にいると思って。あのさ、今日千尋から連絡あったか?さっきから連絡とろうとしても返事こないんだ」

 一息に話した松野の勢いに少し驚き、倫人はポケットからスマホを取り出した。

「千尋から?昨日の夕方連絡取れたけど、そういえば今日はまだ……」

 そう言いながらスマホのメッセージを確認するが、やはり何も連絡は入っていない。
 松野が自分のスマホの画面を倫人達に向けた。そこに表示されたトーク画面をみんなで覗き込み、内容を確認する。

『松野君連絡ありがとう。今日は体調が良くないから部屋にいることにするね』

「朝一でこれが来てから、連絡取れないんだ」

 松野の言葉を聞いて、倫人はすぐに自分のメッセージアプリの通話ボタンを押してみた。
 もう時間は昼に近い。もしかしたら高熱が出て寝こんでいるのかもしれない。昨日連絡をとった時は元気そうなメッセージが返ってきたから安心していたけれど、千尋に何かあったのではないかと心配になってきた。
 呼び出し音が鳴ったまま、通話は繋がる様子はない。

「繋がらないね。寝込んでるのかも」
「鈴宮も同じか。部屋まで様子見に行こうと思うんだけど、迷惑だと思うか?」

 うかがうような松野の視線に倫人は瞬きしてから微笑んだ。彼の心配を浮かべる色を見ると心から千尋を案じているのがわかる。
 ここは松野にお願いしてみよう、と柄にもないお節介な気持ちで頷く。

「松野君なら大丈夫だよ。もし千尋の様子が変だったら俺も呼んでくれる?」
「わかった。鈴宮の番号聞いといていいか?」
「うん」

 松野と番号を交換し、メッセージアプリにも登録する。千尋の部屋番号を伝えると、松野は頷いて踵を返した。

「よろしくね、松野君」
「ああ。また連絡する」

 松野を見送った直後、手に持ったままだったスマホが震えた。
 千尋かと思い驚いて画面を見ると、常葉からの電話だった。すぐに通話をタップして電話にでる。

「萩先輩?どうしたの」
『倫人、今凌と一緒か?』
「そうだけど」
『悪いが、凌に今すぐ体育館に来るように伝えてくれ』

 心なしか焦った声に瞬きして、倫人は凌に視線を投げる。凌が何かあったのか、と言う顔をしてくるので、スマホを耳から話してスピーカーのボタンをタップした。

「何かあったの?」
『怪我人が続出してる。こっちの人員だけで対応できない』
「怪我?」
『バスケの試合で負傷者が続いてんだよ。特に悪質なファールはないようなんだが、とにかく試合ごとに怪我人が出続けて生徒会からも応援を頼まれた。凌、来れるか?立花と宝生もそこにいるよな?』

 常葉の言葉を聞いて四人で顔を見合わせた。
 怪我人が出るのはスポーツの試合ならばあり得ることだと思うが、それにしても出続けていると表現されるのは不思議な気がする。

「常葉委員長、それは何者かの故意を疑ってるってこと?」

 環が身を乗り出して、確認するように問いかけた。

『宝生か。いや、まだそこまで特定出来ていない。審判もいるし、フェアな試合のように見える。特定のチームだけということでもないしな。ただ、聞いてるかぎり胡散臭いチームがいくつかあるから、審判に頼んで厳重注意させてる』
「ふうん。確かに変だね。東君だけでそっちは大丈夫?」
『ああ。一旦落ち着いた。救護室への搬送で何人か風紀と教員が抜けて手薄になるから、とりあえず凌だけよこしてくれ。他にも何人か校舎から呼んでるから大丈夫だ』
「わかった。凌、気をつけてね」

 話の内容に少し不可解な印象を感じながらも、倫人は凌に声をかける。
 了解、と頷いて凌は渡り廊下の窓から直接外に出て、体育館の方へ走っていった。

『そっちは宝生と立花がいるから大丈夫だな?朝から志麻が体調崩してて校内の音をよく聞けてないらしい。気をつけろよ』
「わかった。萩先輩も気をつけてね」

 環のいる手前、あまり力のことを話せない。志麻のことは気になったが、急いだ様子の常葉に了承を伝えて通話を切った。
 とりあえず、引き続き見回りを続けるため廊下を先に進むことにする。

「何か起こっているんでしょうか。うちの学園の生徒が巻き込まれてなければいいんですが……」

 首を傾げる環に頷いて、西棟の廊下を進みながら倫人も意味もなく窓の外を見た。窓から見える中庭には相変わらず人影はない。

 ──俺が行けば、色を確認して誰が原因かわかるんだけど……。

 しかし、自ら首を突っ込むのも憚られる。悩んでいると、西棟の玄関から扉を開ける音がした。
 明日の準備に来た生徒だろうか、と思って通り過ぎ様開いた扉の先を見ると、姿を現したのは疲れた顔をした嵐だった。
 突然の登場に驚いて、思わず足を止める。まともに顔を見るのはこの間嵐が倒れたとき以来だ。
 嵐も倫人達を見つけて眉を上げた。

「あれ、白鶯様」

 何と声をかけようか考えあぐねていると、環が代わりに声をかけていた。

「体育館の方、今大変なことになってるらしいですよ」
「ああ。今行ってきたところで。とりあえず教員と常葉が収めてくれたから一旦生徒会室に戻ろうと……」

 環に答えながら、嵐が倫人達の方にやってくる。
 章吾がひょいと倫人の前に出た。

「拓海は?一緒じゃねーのか」

 章吾のくだけた口調を気にせず嵐は頷く。

「拓海は生徒会室で待機してる。何か用があったか?」
「いや、特にねーけど」

 ふうんと頷いて章吾がちらと倫人を見た。
 気を遣われている事に気づいて倫人は苦笑いする。大丈夫だと章吾に頷いて嵐を見た。突然の遭遇で驚いたが、落ち着いてきた。

「鈴宮達は何を?明日の準備か?」

 そういえば、嵐は倫人が風紀だと知らない。凌がいないから付き添いとも見えないだろうし、不思議に思っているのか首を捻っていた。この面子で特に相応しい理由も思いつかないので、曖昧に頷いておく。

「はい。そんなかんじです」

 実際はクラスも学年も違うが、嵐はほかに気になる事でもあるのか特に突っ込んでこなかった。
 何か考えているような顔で倫人を見てくるので、小さく首を傾げる。

「鈴宮……ちょっといいか」
「え?」
「少し、話したいことがあるんだ」

 思いがけず真面目な顔をした嵐からそう言われて瞬きする。困惑して固まっていると、ずい、と後ろから環が倫人の背中を押した。

「りん様、僕達はあっちで待ってますから、行ってきてください」
「え?」

 倫人が振り向いて環を見ると、環は嵐に見えないように小さくウインクした。

「じゃ、白鶯様。りん様のことよろしくお願いしますね」

 そう言った環に背を押されて、倫人は嵐に歩み寄る。緊張して嵐を見上げると、嵐も普段よりも少し硬い表情をしているように見えた。

「すいません宝生先輩、すぐ済ませるので。鈴宮、ちょっとこっちいいか?」
「あ、はい」

 困惑したまま、廊下の先に歩いて行く嵐を慌てて追いかけた。
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。