夜が明けるまで

遠間千早

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最終章

伝えたい想い

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 目が覚めたら、知らない部屋だった。

 天井は白い。周りを見回すと自分が寝ているのは病院にあるような安全柵がついたベッドの上だった。左側には白いカーテンがひかれていて、右側の壁には窓はない。
 左手に暖かい温もりがあって、視線を落とすと嵐が倫人の手を握ってベッドの上に突っ伏して寝ていた。知らない場所にいて一瞬混乱したが、嵐の寝顔を見てほっとする。

 寝ている嵐を起こしたくなくてじっと寝顔を眺めていたら、そのうちカーテンの向こうに人の気配がした。
 常葉か拓海かと思って足音を追っていると、カーテンの端に手がかかり、顔を覗かせたのが知らない男性だったのでびっくりした。

「あ、起きたね。よかった。気分はどう?」

 目を丸くして固まっている倫人を見て、柔和な顔をした壮年の男性は微笑んだ。四十代くらいだろうか、清潔そうな印象の穏やかな声をしていた。

「常葉の方ですか」

 彼には色がなかった。
 そうであるなら、常葉一族の関係者以外には考えられない。
 倫人の驚いた顔を見て男性は「そうだよ」と頷いてゆっくりカーテンを開いた。部屋は病室のような作りでガラス扉の棚や冷蔵庫が隅にあり、そこまで広くない。カーテンの向こうには窓があって、その下に背もたれのある二人掛けのソファが置かれていた。窓の外は木々の幹でよく見渡せないが、明るい光が見えるから多分まだ昼間だろう。
 カーテンが引かれる気配で嵐がぴくりと反応した。うっすらと目を開けた嵐は倫人が目を覚ましているのに気づいてがばっと上体を起こした。

「みさき、大丈夫か」

 心配そうな顔で倫人を覗き込んでくる嵐の勢いに気圧されながら、瞬きして頷いた。

「うん。ごめん、寝ちゃった。今何時?」

 そう聞くと嵐はほっとしたように息を吐いて倫人の左手をぎゅっと握った。

「お前は丸二日寝てた。このまま目覚めないかと思った。驚かせんな」
「え?!」

 思いもしない言葉にぎょっとして嵐をまじまじと見た。
 確かに身体にはまだ倦怠感があるが、倉庫の中から出た時のような全身の疲労はなくなっている。試しに布団の中で足の先を動かしてみたら、ちゃんと動いた。右手を自分の顔の前に持ち上げると、それもちゃんと動く。

「鈴宮くんはだいぶ消耗してたからね。力の使いすぎだよ。萩一に聞いた話だと、干渉の力を何度も使ったらしいから無理もない。迷わずに帰って来られて幸運だったね」

 カーテンを纏めて閉じ、倫人の方に近づいてきた男性は首から聴診器を下げていた。
 ぼんやりしていて真剣に聞いていなかったが、確か常葉が医者を呼ぶと言っていた。彼が常葉の家から呼び出された医師なのだろう。

「起きられるかな? 無理はしなくていいよ」

 男性が近くにあったスツールを持ってきて嵐の横に座る。
 倫人は嵐に支えられて上体を起こした。まだ少しふらつく気もするが、一人でも身体を起こして座っていられる。よく見たら嵐は黒いパーカーを着ていた。倫人自身も制服のシャツではなくて、凌が部屋から探してくれたのか部屋着のTシャツを着ている。気づいたら胸には電極が繋がったシールがいくつか貼られていた。首から下げていたペンダントはスマホと一緒にちゃんと枕の横に置かれていた。
 
 倫人が寝ている間に常葉の力のことは聞いているのか、嵐は特に口を挟むことなく後ろに椅子を下げて場所をあけた。
 医者らしい男性が倫人に近づいて、一通り触診してからベッドの側にあった台から機械を取り出して血圧を測り始める。

「あの、あなたは……?」

 今まで色が見えない大人には会ったことがない。
 触られる時も少し緊張したが、本当に何も感じなかったので驚いた。彼が常葉の能力者であることは間違いない。
 数値を確認しているのか真剣な顔で台の上のタブレットを眺めていた彼は、倫人の声に顔を上げた。

「ああ、ごめんね。名乗ってなかったな。私は常葉大志たいし。ご覧のとおり常葉の力を持ってる医者で、志麻の父です」
「えっ」

 驚きで思わず声が出た。穏やかな顔で笑った医師は、確かによくよく観察してみると志麻に少し似ているような気もする。

「能力者といっても、私の力はかなり弱いからね。志麻と萩一と同じで聴覚を持ってはいるけれど、普通に社会生活できるから医師免許も取れたんだよ。力が強いのは妻の方で、幼い頃から苦しんでいた彼女のために私は医者になった。だから君たちの苦労も、ある程度は理解できているつもりだ」

 倫人の体温や酸素濃度を測りながら彼はそう語った。だいぶ前に常葉の中でも力の強い者は減ってきたと聞いたことがあるが、それでも医師になれるとは驚いた。不特定多数との接触が必要な仕事なら倫人には想像もできないが、確かに能力者でありながら医師という存在はかなり貴重だろう。
 情報を整理しながら倫人がぱちぱちと瞬きしていると、大志は微笑んでから嵐を振り向いた。

「白紙の白鶯くんの方が、よほど珍しいよ。君は大丈夫? ずっとここに泊まり込んでるからそろそろ疲れてるだろう」

 それを聞いて倫人は嵐の顔を見た。
 嵐は大志が倫人を診察する様子を注意深く見守っていたが、その問いにはさらりと頷いた。

「大丈夫です。離れてる方が心配なんで」
「嵐、もしかしてずっと側にいてくれたの?」

 目を丸くして聞くと、嵐は僅かに眉尻を下げて倫人をじっと見つめた。

「当たり前だろう。急に眠り続けて目を覚さないお前をほっとけるか」
「……ありがとう」

 ふわと暖かな気持ちが湧いて、倫人は顔を綻ばせた。
 
「拓海も凌達も心配してた。後で呼んでやるよ」
「うん。章吾やたま先輩は大丈夫?」
「ああ。二人とももう帰ってきてる。章吾は頑丈だから怪我のわりにケロッとしてるし、宝生先輩はまだ部屋で休んでるが、桐山先輩がついてるから問題ない」
「そっか。よかった。志麻くんも大丈夫ですか」

 ほっと安心して大志を見ると、冷蔵庫から水を取り出してきた彼はそれを倫人に手渡しながら頷いた。

「だいぶ音に当てられたみたいだけど、大丈夫だよ。あの子は自分の対処に慣れてるからね。鈴宮くんのことを心配していた。君が目を覚ましたことを知らせておくよ」
 
 渡された水に口をつけて一口飲んだ。冷えた水が喉の奥に通っていく感覚が心地いい。

「一昨日のことはまた後日萩一や白鶯くんに詳しく聞いたらいい。牧田くんと、松野くんも大丈夫だから。とにかく君は今心を穏やかに保つ必要がある。余計な心配や不安なことは考えずになるべくリラックスして、身体を休めなくてはならない。夜には何か食べられるものを用意しておくから、今はもう少し休んで」

 スツールに座った大志が真剣な顔で言い聞かせてくる。身体の倦怠感がまだ消えていないことは確かなので、倫人は素直に頷いて促されるままにもう一度横になった。
 嵐の顔を見て、みんなが無事だとわかったら安心してまた眠くなってきた。
 倫人の顔を確認してから大志は立ち上がって嵐に場所を譲った。もう一度椅子を倫人の側に戻した嵐が手を伸ばしてそっと頭を撫でてくれる。

「あいつらにも声をかけておくから、もう少し寝ろ」
「うん……。ずっといてくれてるのにごめん。なんだか、まだ眠たくて……」

 話したいことがたくさんある。
 嵐の記憶が全部戻ったのかも聞きたいし、二年前自分がどうして嵐の側を離れたのか、ちゃんと自分の言葉で説明して謝りたい。それにまだ告白もできていない。
 胸の中にはいろんな想いが溢れていたが、頭の奥がまだ疲弊しているようでぼんやりと眠たいのも事実だった。

「俺はいたくているんだから、気にしないで寝てろ。側にいるから」

 柔らかく頭を撫でてくれる手が気持ちいい。
 心の内側がじんわりと暖かくて、優しい眼差しをした嵐を見たら幸せすぎて泣きたいような気持ちになった。

「うん……俺、あとで……嵐に、いいたいことが」

 半分眠りの中に誘われながら、なんとかそう口に出すと、倫人を見守っている嵐がふ、と笑う気配がした。

「ちゃんと聞くから、今は寝てろ」

 そう言って倫人の頭に屈んで顔を寄せた嵐が額に軽く唇を落としてくる。

 ──すき。

 反射的にそう言ってしまいたかったけれど、意識がふわっと微睡んでしまって、もう唇が動かなかった。
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