雨の日に君が踊れば

星本きらり

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熱情

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「そこを開けなさい」
「しかし奥様……」
「よいから開けるのです!」

 シドルフ王がベルウ国へ旅立った朝、妻の王妃ベルーナは東の塔へと足を運んでいた。
 立ったのはレインの居る最上階の煌びやかな扉の前。
 二人の兵は突然のベルーナの訪問に戸惑いを隠せずにいた。
 四人の妾を囲っている事を周知の上でベルーナは自分が一番の妻だとの自信があった。ゆえに、妾の存在を知りつつも自ら足を運ぶ事などなかったのだが―。この豪華な部屋の扉の前に立つ女の目はまさに鬼のように吊り上がっている。その自信が相当揺らいでいる事を表していた。
 その気迫に兵は仕方なくその扉を開けた。

 ベルーナがそのワイン色のベルベットのドレスを引きずりながら部屋に足を踏み入れると、広い大理石の床の上にある美しく彫刻されたテーブルや椅子の向うの、大きな窓の前に立っているレインの姿がすぐに目に入ってきた。
 レインは何事かと思い扉の方を振り向いた。
 ベルーナは部屋の中を見渡しながら、ゆっくりと歩いてレインの側まで歩く。

「あらまあ、汚らわしい奴隷に似使わない美しい部屋だこと」

 そう言って、黒と白の羽でできた扇を出し顔を仰いだ。

「豚小屋の臭いがするわ」

 レインは目の前のきつい顔の女性が誰なのか、すぐに察しがついた。
 シドルフ国王の妻―。
 その妻が、今目の前に立ち自分を見下ろしている。
 そして、レインの顎を長い爪で持ち上げ、まじまじと顔を見た。

「なるほど、あの人の今までのどの女より美しい顔をしているわ。その顔と……夜の仕事が達者なのね。けど覚えておく事よ。あなたはどの妾よりも身分が低く下劣で浅ましい家畜同然。飽きたらその首をいとも簡単に切られるということを」

 レインは目を背けたまま、何も言葉を発さなかった。
 それにますます腹を立てたベルーナは、その長い爪を胸元に滑らせ、レインの着ている薄い白いレースを引き裂いた。

「!!」

 レインは驚き体を咄嗟に隠す。

「まあ!!なんて事なの、あなた男だったのね!!」

 てっきり女だと思っていたベルーナは心底驚いた。
 あるべきものが、胸元になかったのだ。
 そして、更に嫌悪感を露に怒鳴った。

「しかも男の分際で……!!あんなにあの人を腑抜けにしたっていうの……?!なんという恐ろしい!!悪魔……!!悪魔を連れて来てしまったのよ!!」

 青ざめたベルーナは、近頃妾のもとへ出かけることも自分のもとへ来る事もなく部屋に入り浸り新しい女に相当入れ込んでいる事に腹を立てていたのだが、今それが男……少年と知り、その場に倒れそうなほどふらふらと立ち眩んだ。
 レインは破けた着物で体を隠し、その場にうずくまった。

「本当ならば、今すぐその身を焼いてしまいたい。けれどあなたを傷つけたことが……いいえ、ここに私が来たことが知れれば、今のあの人ならば私を焼いてしまうでしょう。けれど覚えておきなさい、いつか必ず、その身は十字架にかけられ骨すら残ることなく業火に焼かれるのだということを!!」

 ベルーナは鬼の形相でそう吐いたが、レインはその顔も見ずただうずくまるばかりだった。

「奴隷の分際で……、ご自分の身分をわきまえて頂くために今日はここへ来たのです。せいぜい飽きられないように頑張りなさる事ね」

 最後にそう言って、ベルーナは部屋を出て行った。
「私がここに来た事をシドルフに言うんじゃありませんよ!」と、兵に言う声が聞こえた。

 レインはずっと冷たい床の上にうずくまったままだったが、はっとしたように窓の外に齧りつく。
 -晴天―今日は晴天だ。
 
「シド……。逢いたい……」

 レインはそう呟き、窓のサンに頭を伏せ、涙を流した。 



 
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