脇役ほいほい

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④昔の話

三年前‥‥学院にて

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サントレイル学院。
知識を学び、魔術を学ぶ場所。

実際は、十~十五歳の五年間在学することが基本であるが、ヒロ達施設から来た子供達は、あの一件により初の例外であった。
ヒロは七歳の時にこの学院に入ることとなる。
ーーそれに、施設の子供達は講師が知識を何も教えなかった為、年齢に相応しい知識を持ち合わせていなかった。

ヒロが学院で知識や日常の生き方を学んで六年。彼女は十三歳になった。
施設では作らなかった友人というものも、この学院では作ることができた。

三限目の授業が終わり、昼休みになる時刻。生徒達が食堂や寮に戻る時に、

「ヒロちゃん、今日は王様が社会見学に来るんだって」

一つ年上の少女、ソラが言った。
ショートカットの茶の髪にパーマをあてた、少しだけ大人びた風貌をした少女である。

「王様が?そういえば、国王が昨年、病で亡くなって、今はその息子が王様なのよね?」

ヒロが言い、

「らしいな、俺も見たことないけど、今の王様は俺達より若いとか」

ヒロと同じ歳の黒髪の少年、タカサが続け、

「ふーん。私達より若いって‥‥凄いのね」

感心するようにヒロは言った。

‘自分達より若い’ということは、十三歳以下のはずである。

◆◆◆◆◆

背の低い幼い顔立ちの少年は、学院内の光景を無表情に見つめながら廊下を歩いていた。
彼は、僅か十一歳の幼きサントレイル王ーージルクである。

「ジルク様、あちらが授業部屋ですが、今は授業時間ではないようです」

付き人の兵士がそう説明し、ジルクは「そうか」と返事を返す。
それから兵士はこの学院内での教育方針や校内の施設の説明等をジルクにしていた。ジルクはそれをぼんやり聞きながら、

(‥‥学校、か)

呟くように思う。

「ぎゃっ!?」
「!?」

いきなり背後から野太い男の悲鳴のような声がして、慌ててジルクが振り返れば、そこには片手にナイフを持った男が立っていて、学院の生徒であろう女の子がその男の腕を取り押さえていた。

「君、大丈夫?と言うより、君が狙われてたのかしら?」
「このガキ‥‥!?離しやがれ!!」

ジタバタと、ナイフを持った腕を男はばたつかせる。

「これでも私達学生は、魔術に体術にと習ってるのよ、抵抗はやめなさい‥‥っ」

だがしかし女の子。男の腕を掴んでいるのも力に限界がある。
ほんの少し、ジルクの傍から離れてしまっていた付き人の兵士が慌てて駆け寄り、

「もっ、申し訳ありませんジルク様!私が少し目を放した隙に‥‥!さあ、危険ですのでこちらに」

兵士はジルクに謝罪の言葉を掛けた後、女の子が取り押さえていた男を代わりに押さえ、握られていたナイフを床に振り落とす。

ようやく兵士と交代してもらえて、今の出来事でほんの少しの汗が流れ出た女の子はそれを拭いながら、

「‥‥え?ジルク‥‥様‥‥?」

女の子ーーヒロはジルクと呼ばれた少年を目を丸くして見つめ、

「あ‥‥はい。危ない所を‥‥あの?」

ジルクはヒロに礼を言おうとしたが、ヒロが口をパクパクと閉口して驚いた表情をしていた為、ジルクは首を傾げる。

「こっ、この度は!王様とは露知らず!無礼な態度で接してしまいすみませんでしたーー!!」

ヒロはまるで土下座をする勢いで謝った。

◆◆◆◆◆

一日の授業も終わり、三人は学院の中庭にあるテラスでお菓子を摘まみながら話をしていた。

「でも本当に、王様若かったのね」

ソラが言い、

「ええ。ビックリしたわよ。まさかあの子が王様だったなんて‥‥普通の態度で助けてしまったわ」

ヒロは深くため息を吐く。

「でもお手柄じゃん?もしかしたら、先程はありがとうございましたーって、お礼に来たり?」

タカサが冗談混じりに言って、ヒロとソラが「ないない」と、苦笑しながら否定すれば、

「先程はありがとうございました」

‥‥と。
三人の背後から幼い声がして‥‥
『まさか』と、恐る恐る三人が声の方に振り向けば、

「おっ、王様ぁあああーー!?」

その姿を見て、三人は同時に叫ぶ。
タカサの言った通り、ジルクが本当に礼の言葉と共に、ここに居たのだ。

「学院の者から名を伺ったが、ヒロ、と言うんだね。さっきは本当にありがとう」
「はっ‥‥え、いえ?!め、滅相もありません!」

子供とはいえ、目の前に居るのは一国の王。その王が自分に向けて礼を言うものだから、ヒロはどぎまぎする。

「おっ、王様!あの、その、お付きの人とかは?!」

そんなヒロの隣でタカサも緊張しながら聞けば、確かにジルクの側には特に誰も居なくて‥‥

「ああ、勝手にここまで来たんだ。部下が居たら時間も制限されてしまうしね」
「でっ、でも王様!先ほど命が狙われて‥‥」

次にソラが慌てるように言えば、

「私のような子供が王であることに反感を持つ人々は多いから、よくあることなんだ。それに、どうしても一人でお礼を言いに行きたくて‥‥」

そう、ジルクは悪気なく答えた。
三人は『どうしよう』と言う風に顔を見合わせる。


ーーそれからと言うものの、王様だというのに、ジルクは一週間に一度はヒロ達に会いに来た。
時刻は決まって深夜。
見張りの兵達もうつらうつらしており、全ての人間が完全に寝静まっている時刻。
ジルクが言うには、自分だけが知っている抜け道があるとかなんだとか‥‥

ジルクは一国の王であり、まだ十一の子供だ。
身を案じて、ヒロ達は最初は来るのをやめるよう言っていたが、王族と言う身分故、学校にも通えず、友人も出来ず、全てのことを城の中で学ぶしかない。
そう、ジルクが子供の面持ちをして悲しそうに訴えてくる為、ヒロ達は次第に何も言えなくなってきたし‥‥
いけないことではあるが、いつの間にか、彼が訪れることが当たり前にもなっていた。

他愛のない会話をしたり、トランプ等のゲームをしてはしゃいだり、夜食を食べたり‥‥

そんな経験を、僅かな時間を、ジルクはとても楽しそうに、幸せそうに過ごしていった。
勿論、ヒロもソラもタカサも、その一時の間だけは、ジルクのことを王と忘れ、対等な友人関係を築いていた‥‥

そんな日々が続いて、二ヶ月目の夜。

「ねえ、ジルク様。近い内にオルラド国が攻めてくるって本当?」

ソラが聞いた。
オルラド国とは、サントレイル国より南東に位置する国で、以前より両国には意見が食い違いがあった。
サントレイル国は平和主義国であり、オルラド国は戦闘主義国である。
その為、オルラド国では日々、未知の武器や機械が開発されており、今は亡きジルクの父、前サントレイル国王は度々、武具開発を停止するようオルラド国に訴えていた。

しかし、前サントレイル国王が昨年病で倒れてから、オルラド国は更に活発な戦闘主義国となっていき、目の敵にしていたサントレイル国の現王がただの子供である今、いつ戦争を仕掛けてきてもおかしくない状況だ、と言う話が密かに広まっている。

「‥‥ああ。最近、ますますオルラド国は不穏な動きをしているようだ。だから、この国の兵士達がいつでも対抗できるよう、戦に備えてはあるが‥‥」

ジルクは深刻な顔をしてそう言った。

「そっか。だったら安心だな」

タカサは笑い、

「そうね」

ヒロも頷く。

「世の中から戦争なんてものがなくなって、いつまでもこうして四人で集まれたらいいよね」

ソラは優しく微笑んで言い、

「学院を卒業して、大人になっても、皆でジルク様と会えたらいいわよね」

ヒロが続けた。

「お前は個人的にジルク様とお付き合いしたいだけだろー」

からかうようにタカサに言われ「ちっ、違うわよ!」と、ヒロは顔を真っ赤にして叫ぶ。

そんな光景にジルクは微笑み、

「大人になっても、皆で‥‥」

小さく、嬉しそうに呟いた。


ーーそれが、四人が揃った最後の夜であった。

翌朝、サントレイル国は業火と悲鳴に包まれる。

「そっ、ソラ‥‥タカ、サ‥‥」

残った右手で、ヒロは友人二人に手を伸ばした。


ーーいつも通りの朝。
ヒロ達学生は学院へ通っていた。
だが、授業の最中‥‥大きな爆発音や悲鳴が外から響いてきて…
生徒や教師が窓の外に目を遣れば、そこにはオルラド兵達が国で独自に開発したのであろう、見たこともない爆薬や武器を所持し、大砲のついた鉄の機械に乗って、サントレイル国に攻め入って来たのだ。
すぐにサントレイル国の兵達が迎え撃つ準備を始め、前触れも無い戦争が始まる。

「きっ‥‥きゃあぁああ!!」

学院内でも悲鳴が響き渡った。
学院内にまで、すでにオルラド兵が侵入していたのである。

爆発音に銃声、鉄の臭いに焼けるような臭い‥‥

目の前で次々に生徒や教師が銃で貫かれ、剣で斬り裂かれ倒れていく。

「ひっ‥‥!!」

言葉にならない悲鳴。
とうとう、ヒロの眼前にも悪魔のようなオルラド兵が立ちはだかった。
まるで、彼らは機械だ。
表情が、ない。
血に塗れた顔、体ーー無機質な目で、生きている人間を見下ろす姿。

その手から剣が振り上げられた時、ヒロの体に二人分の体重が覆い被さった。
それは、二人の、友人のーー‥‥

「ーーーー」

悲鳴が、響いた。


ーー‥‥意識を失っていたのであろう。
ヒロが目を覚ました時には、もう戦争は終わっていたのか、オルラド兵の姿はなかった。

(生き、て‥‥?)

恐らく、ヒロも死んだものだと認識されたのであろう。

静まり返った真っ赤な教室。
自分の上に覆い被さるタカサとソラの体。
のし掛かる、冷たい重み。
ヒロは手を伸ばした、伸ばそうとした。

だが、届かない。左腕が、斬り落とされていた。

「あ‥‥ぁ?!」

ヒロは目を見開かせる。
タカサとソラは自分を守ってくれたのだ。
自分は、左腕を失っただけなのだ。

二人は、出会った頃からよく言っていた。

『ヒロは私(俺)たちと違って、施設育ちで人生損してきたから、今から人生幸せに過ごしていかないと』

今更、二人のそんな言葉がヒロの中を駆け巡る。
二人は、そんな理由で、きっと‥‥

でも、自分だけじゃない。
人生損してきたのは、ヒロだけじゃない。
他にもヒロと同じ施設から学院に引き取られた子供は多く居た。

だが、タカサとソラが友人になったのはヒロ。
ヒロが友人になったのはタカサとソラ。

タカサとソラは近所同士で、幼なじみだったそうだ。
ヒロは二人とたまたま同じ教室で出会い、たまたま仲良くなっていっただけだ。

「そっ、ソラ‥‥タカ、サ‥‥」

残った右手でヒロは友人二人に手を伸ばす。体を揺すっても、二人から返事は返ってこない。
目を、背けたくなる。
二人の背中は、酷く深く斬りつけられていた。

そんな、たまたま出会った友人二人は、自分を守り死んでしまった‥‥冷たく、なってしまった。

◆◆◆◆◆

ーー数多の武器を持ったオルラド兵が圧倒的に有利だったが、訓練されたサントレイル兵はなんとか戦い抜き、オルラド兵を撤退させることに成功したという。

サントレイル国。
国自体には大した被害は無かったが、国民は何十、何百人も命を落とした。
ヒロの通っていた学院内でも、大半の生徒と教師が死に、学院再開はしばらく困難である。

それから数週間が経った日のことだ。あの戦争で命を落とした者達の為の墓が建てられた。

自分を守り、死んでしまった友人二人の墓は隣同士である。ヒロが無理を言い、国に頼んだのだ。

きっと、タカサとソラは将来結婚していたのだろう。幼なじみであり、とても仲が良かった。「結婚式には呼んでね」と、冗談混じりに言っては、照れた二人に怒られた記憶が甦る。

そんな二人の未来は、

(私のせいで‥‥奪われてしまった)

グッと拳を握り締め、もはや何日も泣き明かし、やがて、涙はもう出なくなった。
失われた左腕には義手が宛てがわれることとなり、肘の辺りに繋ぎ目があって、隠すように包帯が巻かれている。
見た目は本当に、人の腕や手と全く変わらないもので、馴染むように動かすことが出来た。
ただ、左腕の肘から下は義手の為、感覚が失われている。


「ヒロ‥‥」

よく知った声が背後から掛けられて、振り返ればジルクが立っていた。

「ジルク様‥‥」
「‥‥ヒロ‥‥その‥‥」

疲れ切った顔をして、きっとジルクは謝ろうとしている。
一国の王なのに、国を立派に護りきることが出来なかったことを‥‥
それを察して、

「ジルク様のせいじゃありません‥‥」

ヒロは言った。

「‥‥でも、私は約束を破ってしまった。四人でまた集まろうと、約束したのに‥‥私に、力がなかったばかりに‥‥」

ジルクの肩が震える。

「私は、私はこれからもっと学ぶよ。王としての在り方を、もう二度と、この国でこんなことが起きないように‥‥!だから‥‥ヒロ、どうだろう?私の部下として、働かないか?いや、働くというか‥‥その‥‥手伝って、くれないだろうか?」

そんなジルクの誘いに、ヒロは柔らかく微笑んで、

「ありがとう、ございます。ジルク様。でも私は、この国を出ようと思うんです‥‥」
「え‥‥?!でっ、でも、生活は‥‥どうするんだ?」
「学院から支給されていた補助金で、しばらくはなんとかなる、かと」

確信なさげにヒロが言う為、

「どうして?サントレイルが‥‥いや、私が不甲斐ないからか?この惨事のせいで、君は国を?」
「‥‥いいえ!違います。ジルク様のせいじゃない。それだけは、事実です」

そう言ったヒロを見て「理由を言っておくれよ」と 、彼は震えた声音で言い、彼は自分より少しだけ背の高いヒロの胸に飛び込むようにして抱き付いた。

「私は、ヒロと、タカサと、ソラと、ずっとずっと、一緒に居たかった。出会ってたった二ヶ月なのに、皆みんな、私のせいで‥‥」

普通の子供のようにえんえんと泣くジルク。
まるで、彼は王として逃れられない自責の念に呪われているようで‥‥

ヒロはもう、何も言わなかった。何を言っても今は、目の前の王を苦しめるだけだから。

そっとジルクの肩に手を置き、その肩を軽く押して自分から離す。

「ジルク様、兵士達の姿が遠くに見えました。貴方を捜してる」

にこりと笑って言い、ヒロは泣きじゃくったままの少年の顔を見つめ、それからくるりと背を向けて歩き出した。

「私は‥‥ジルク様をこれからも信じています」
「ヒロ‥‥」

ジルクが呼んだが、もう振り向かなかった。彼も追い掛けては来なかった。

(冷たく思われるかもしれないけど心配ない。ジルク様には部下達が居る、きっと大丈夫)

一国の王様と、なんの取り柄もない自分。一緒に居たって足手まといになるだけなのだ。
それに、今まではお忍びだったから。
しかし、これからは変わってしまうだろうから。
自分の存在はきっと、国民に王への不信感を与えてしまうかもしれない。

個人的な感情としては‥‥
ジルクは友人であり、しかしヒロは少しだけ彼に好意を抱いていた。
でもそんなものは王様への憧れというだけかもしれないし、普通に考えて報われることもない。
離れてみた時に、きっとわかるだろう。好意だったのか、憧れだったのか。


ーー自分を守ってくれた、タカサとソラ。
何も言葉を交わせぬままの最期だった。
タカサとソラが守ってくれた命を無駄にしてはけないのであろうとヒロは思う。
奪ってしまった二人の未来を‥‥憂いながら。

そして、ジルクには秘密にしている、ヒロとタカサとソラだけの、三人の約束があった。

ヒロは深く深く息を吐き、失った左腕を、義手を見つめる。
ジルクには、左腕を失ったことを言わなかった。
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