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第三章【破滅へと至る者】

3―13 破滅へ

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エクスとヨミは玉座の間へと続く扉の前に立っていた。

(ソートゥ‥‥)

この先に、妹はいるのだろうか。八ヶ月振りになる再会に、エクスは息を飲む。

「エクス、開きますよ」

ヨミは扉に手を当て、金や宝石の埋め込まれた重たい扉を開いた。
エクスは大きく息を吸い、正面を見つめる。

父と母が座っていた、二つ並ぶ玉座。王である父が座っていた場所に、ソートゥの姿があった。

「‥‥ソートゥ」

エクスは泣きそうになる。彼女が生きていたから。無事だったから。ゆっくりと、絨毯を踏みしめて前へと進む。

青い髪を結うことなく腰まで伸ばし、紫色のドレスに身を包み、顔はベールに包まれて見えない。彼女はその手に一本の剣を抱えていた。それは、ウィシェの愛剣。王殺しに使われた剣だ。すると、

「お兄さま‥‥!」

と、ソートゥは剣を置いて立ち上がり、そう呼ぶ声は以前となんら変わりなかった。

「ソートゥ‥‥無事で、良かった‥‥すまなかった。八ヶ月もお前を一人にして‥‥助けに来れなくて‥‥」
「いいえ!私はお兄さまはいつか必ず来てくれると信じておりました。だから、こうして来てくれた。私は今、喜びに溢れています」

そう言いながら彼女は玉座へと続く階段をゆっくりと降り、兄の前まで行くと、その体を抱きしめた。エクスは妹の体を抱きしめ返す。

「ああ‥‥お兄さま。お兄さま。せっかくあなたを手に入れたと思ったのに、あなたは何処かへ行ってしまった。けれど、これでやっと、お兄さまは私のもの‥‥」

愛しい者に囁くような声で話すソートゥの異様な言葉に、エクスは驚きはしなかった。金の目を僅かに細め、

「ソートゥ‥‥やはり、お前なのか?お前が、元凶なのか‥‥?」

そう聞いた。


◆◆◆◆◆

玉座の間を目指しながら、アリアはリダから聞いた情報を思い返す。

「シックスギアなんて寄せ集めはソートゥ・ロンギングが作ったもんだ。更に、王殺し、ウィシェの拷問も奴が仕組んだ」
「ソートゥ様が‥‥?嘘でしょう?」
「嘘言うかよ。あの小娘は兄を愛してるんだとよ」
「愛?まあ、家族ですし‥‥愛してるなら、なぜそんな?」

リダは呆れるような顔をし、

「家族愛を越した愛だ。奴はウィシェを異性として愛してるんだとよ」
「!」
「両親を殺し、王殺しの罪を被せ、拷問で生きる意思をなくした兄を、自分なしでは生きれないよう、独り占めにする予定だったらしい。だが、ウィシェは連れ出されてしまった。そっかやらソートゥは荒れ狂ったそうだ。ヨミとマジャから聞いた話だがな」
「‥‥」

意味がわからないとアリアは口を押さえる。兄を異性として愛したから、両親を殺した?罪を被せ、拷問した?

「ソートゥは最初にヨミを呼び寄せ、次にマジャを牢獄から出した。マータとルヴィリは自分からソートゥに手を貸したいと現れたらしい。パンプキン、奴は謎だ」
「あなたは?」
「俺はボウズ‥‥マータが頭を下げに来てよぉ。ソートゥに頼まれたとか言って。さっき言ったように世界を面白くするから俺の力を貸せってな」
「‥‥男の人達を連れ去るのも、ソートゥ、様の‥‥命令ですか?」
「ああ。自分と兄の理想の世界を作る為、誰にも邪魔されないよう、永遠に自分達を守る兵士を作るって気持ち悪ぃ考えだ。兵士作りはボウズがやってるみたいだがなァ。おいおい、大丈夫かよ。顔が真っ青だぜ?」
「‥‥」

ここまで聞いて、普通でいられるはずがない。

「いっ、異常だ‥‥そんなことの為に、お前達にシェリーや子供達は、巻き込まれたのか‥‥?」
「‥‥」
「‥‥」

真実を知ったアリアは額を抑え、犯され、命を奪われたシェリーを想う。

「まあ、そこんとこはソートゥは関係ねーだろ。俺の生き方は何も変わっちゃいねーからな。まあ、たまたま教会でガキを手に入れろって指示があっただけだ。その指示さえなけりゃ、行くことはなかっただろうがな」
「‥‥」

頭が痛くなる。しかし、アリアは唇を噛み締め、今は個人的な怒りに身を任せている場合ではないと判断した。ここで怒り狂って復讐なんてものに囚われても、何も戻ってこない。
だから、今はこの情報とリダの協力に感謝しよう。

だから「ありがとう」と言った。それを言った後、リダは何も言わず部屋を出て行き、替えの服を持って来てくれた。

復讐は何も生まない。ならば、この男を利用してやろう。でなければ、ここで生き残れない。
ソートゥの異常さを聞いたアリアはそう思った。

そして後に、アリアはその情報をノルマルとウェザにも共有する。
シーカーはソートゥのことは想定の内の一つだったと言った。


◆◆◆◆◆

「ソートゥ‥‥お前が俺に罪を被せ、幽閉したのか?」
「‥‥」

兄の胸に顔を埋めたままの彼女は頷き、

「だって、お父さまとお母さま、お兄さまの婚約者を作ろうとしたんですよ?パーティーを開き、お兄さまに見合う女性を見つけるなんて‥‥ありえないじゃないですか。だって、お兄さまは私と結ばれる運命なのに」

エクスは‥‥冗談だと思っていた。

『私は将来、お兄さまと結婚するんです!』

何度もそう言ってきた妹。幼さから出てくる言葉だと思い込んでいた。

「‥‥父と母を殺めたのも‥‥お前、なのか?」
「そうですよ」

否定もせず、彼女はあっさり肯定し、

「お兄さまの格好をし、お兄さまの剣を盗み出し、マジャの魔術でその場に集まる兵達に幻術を掛けてもらいました。殺めたのは、ウィシェ・ロンギングだと。ふふ‥‥お父さまとお母さまの恐怖に歪んだ顔が今も頭から離れません。マジャが二人に致命傷を負わせ、私は何度も何度も二人に剣を突き立てた‥‥ふふふ、私からお兄さまを奪おうとした罰です!」
「‥‥っ」
「そうそう。格好は真似ても顔は私です。二人は叫んでいましたよ。‘ウィシェ、逃げるんだーー!’ってね」
「ーー!!!!」

ドンッーーと、エクスはとうとうソートゥの体を突き放した。それを合図にヨミは羽ばたき、エクスを守るように二人の間に立つ。

「はあ‥‥ヨミ。お父さまに恋した哀れな天使。今度はお兄さまに近づくの?」

ベールで顔の見えないソートゥは、少しだけ苛立つような口調で言い、

「ソートゥ様。ルベリア様とリーシェル様を思い、騙されて呼び出されたとはいえ、私はあなたのお側におりました。しかし‥‥あなたのしていることは異常だ。あなたは多くを奪いすぎた」
「私は何も奪っていないわ。奪ったのはマジャ達じゃない。ねえ、パンプキン」

あくまで自分は手は下していないとソートゥは言い張り、彼の名前を呼んだ。

「そうだね、ソートゥ」

玉座の後ろから、パンプキンは姿を現す。しかし、

「うっーー!?」

エクスとヨミは同時に吐き気を感じた。パンプキンが両手に持っているものに、だ。

右手には男の首、左手には女の首。両者とも目と口を大きく開かせ、硬直している‥‥

「あっ‥‥ああっ、ああっ‥‥」

ヨミは涙を流し、

「ルベリア様‥‥リーシェル様‥‥」

その名を呼んだ。確かに以前、二人の変わり果てた姿を見た。しかし、遺体をこのように首だけ保管されていることは知らなかった。

「お兄さまに会わせてあげる為に、冷凍保存していました」

ソートゥは口元に弧を描き、そう言う。
エクスは膝から崩れ落ち、二人の首を体を震わせて見つめた。

「父上‥‥母上‥‥本当に‥‥本当に‥‥死んで‥‥」

左目から涙が溢れて止まらない。

『貴方の両親の亡骸‥‥恐らく、丁重に葬られてはいないでしょう』

以前、シーカーが言っていたことを思い出す。その通りだった。二人の体は冒涜され、未だ、安息を与えられてはいない。その証拠に、二人の顔は恐怖のまま、固まっているのだから。

「ああ、お兄さま、泣いているんですか?大丈夫です。これから先は何もない。悲しみも苦しみもありません。なぜならお兄さまは私だけを想い、望み、生きるのですから!」

妹がーーソートゥが何を言っているのかわからない。
違和感は、あった。
姿を現さない妹。女王と呼ばれる妹。戴冠式が行われることにより、生きていることが示唆された妹。パンプキンがソートゥの邪魔をするなと言っていたこと。
だが、それだけはないと信じたかった。家族が、妹が、こんな世界を作り上げるわけがないと‥‥

ーーどんな結末が待っていようと、その足でちゃんと、立つんですよ。

‥‥立てるわけが、ない。両親の姿を見て、妹の真実を知って、立てるわけが‥‥

「エクス殿ーー!」

エクスが絶望に落ちそうになった瞬間、背後からレンジロウの声がした。その声に、エクスはゆっくりと顔を上げる。

「エクス殿、大丈夫でありますか!」
「‥‥れっ、レンジロウ‥‥」

レンジロウは床に手をつくエクスの背に手を回し、体を支えた。ヨミはあの時の兵士かーーと、エクスの仲間であることに安心する。

「レンジロウ‥‥俺は、ダメかもしれない。もう、立てないかも、しれない」

それを聞き、レンジロウはソートゥと、王の首を持つパンプキンを見た。

「そうですな、エクス殿‥‥もう、頑張る必要はないのですぞ」
「え‥‥?」

いつものレンジロウなら、ここで熱い言葉を向けてくるはず。エクスが不思議に思い、顔を上げようとした時、

「ごふっ‥‥」

エクスは口から血を吐き出した。

「ーー王子!!!!!!!」

ヨミは鎌を握り、レンジロウへと振りかざす。しかし彼は空間転移で部屋の隅へと移動した。
エクスの胸が、レンジロウの槍で貫かれたのだ。

「おっ、お兄さま!?」

それにはソートゥも動揺し、

(空間転移?なんで人間が‥‥)

パンプキンはレンジロウを凝視する。
ヨミはエクスの体を支え、エクスは、

「なっ‥‥なぜ、なぜ、お前、が‥‥」

驚愕の表情でレンジロウを見た。

「ーーエクス!!!!!」

シーカーの声が響き、ようやく彼らはこの場に到着する。

「なっ、なんですかこれは!」

深手を負ったエクス。パンプキンが手にする王と王妃の首。叫ぶソートゥ。そして、真新しい血のついた槍を持つレンジロウ。
ーー状況が掴めない。
レンジロウはソートゥ側なのかと思ったが、どうやら違うようで‥‥

「エクス!」
「エクス様!」

ノルマルとウェザは彼のもとへと駆けた。

「これぐらいの傷、大丈夫!治せますわ!」

ウェザが治癒に取り掛かろうとしたが、

「そうはいきませぬ」

空間転移で現れたレンジロウが槍を振り、ウェザの邪魔をした。ヨミが鎌でそれを受け止める。

「おじ様!!!!どうして!あたくしはまだしも、どうしてエクス様まで!?」

ウェザは泣き叫び、しかしレンジロウは答えないーーだが、

「マータ殿、これでいいのでしょう?王子の血は手に入れましたぞ」

彼は鎖に繋がれたマータにそう言ったのだ。

「上出来だよ、レンジロウ!あはは!これでここに用はない!ほら、早く助けてよ!」
「なんとまあ‥‥まさか、この二人がつるんでいたとは‥‥」

それには気づかなかったとシーカーは言い、ここでマータを逃がすわけにはいかないと、彼を繋ぐ鎖を強く握る。しかしーーガシャン!!と、レンジロウの槍が軽々と鎖を打ち砕き、彼はマータの体を抱え上げた。

「では、皆さん。今までありがとうございました。我々はもうあなた方に興味はありませぬ。どうぞ、存分に殺し合って下さい」

にっこり笑ってそう言い、マータ共々この場から完全に姿を消した。

「うっ、ううーっ!!!!」
「なんでよ、レンジロウ‥‥!」

ウェザとノルマルは悔しさに涙を流す。しかし、今はエクスの治癒が優先だ。ウェザが再びエクスに触れようとした時、

「汚い手でお兄さまに触るなぁァァァァ!!」

ソートゥがウェザに飛び掛かり、それを見たパンプキンは二人の首を放り投げ、ウェザの眼前まで移動し、彼女の体を蹴飛ばした。

「いろいろ予想外だけど、まあ、いい」

パンプキンはやれやれと肩を竦める。ソートゥは負傷したエクスの体を大切に抱きしめ、それを守るようパンプキンが立ち塞がる。彼はリダに視線を移し、

「ヨミとマータに続き、あんたも裏切り者か?」
「裏切るも何も、俺たちゃ仲間じゃねーだろぉ」
「ごもっともだ」

パンプキンは笑い、

「参ったなぁ。王子様の精神、崩壊しちゃったんじゃない?予想外だったよ。そっちの仲間の中に裏切り者がいたとかさ」

と、傷口を押さえ、俯くエクスを見ながら言う。

「エクスーー!しっかりしなさい!」

そんな彼を、シーカーは叱咤するように呼ぶ。気づいたのだ。彼を抱きしめるソートゥが、何か呪文を口にしていることに。

「無理だ‥‥無理だよ、シーカー。なんで、なんで俺は、こんな目に‥‥」
「エクスーー!あなたに与えたその金の目は、救いです!瞳に、少女が映るはずです、光へと導く少女の姿が!そして、あなたの手にする剣‥‥!誇り高き英雄の一人であるネヴェルの意志が宿っているはず!前を向くんです、エクス!」
「‥‥」

必死に呼び掛けるシーカーの声を聞き、エクスは仲間達の姿を見た。そして、耳元に聞こえてくるソートゥの声が、なんだか心地好い。

「なんです?ソートゥ様は何をしてるんです?」

アリアも気づき、気づいた時にはエクスの周りに黒い煙が巻き起こった。

「あれは‥‥捕縛魔法!?まずいわ!止めないと!」

ノルマルはナイフを構え、エクスの方に走る。しかし、パンプキンが立ちはだかり、

「やあ、姐さんーーと言っても、あんたは僕のこと、わからないか」
「‥‥!?」

パンプキンにそう呼ばれるが、ノルマルは彼と初対面だ。しかし、

「あんた‥‥その顔‥‥ロスに、似てる?」

かつての知り合いの面影を見せる彼を訝しげに見た。

「はあっーー!」

アリアが間に入り、パンプキンに斬りかかる。ヨミは翼を広げ、エクスの元へと向かった。しかし、ソートゥは彼を離さない。

「お許し下さい、ソートゥ様!」

そう言って、鎌の持ち手でソートゥの体を弾き飛ばした。

「ソートゥ!」

それを見たパンプキンが転移しようとしたが、

「転移だかなんだか知りませんが、行かせませんよ!」

アリアは剣を振る手を止めず、彼に転移する隙を与えない。パンプキンはアリアを睨み付け、舌打ちをする。しかし、アリアの剣は避けられっぱなしであり、一撃も当たらず、

「リダ!手を貸して下さい!」

と、彼に協力を要請した。

「はぁ。まあ、いいか。カボチャ小僧とは一回戦ってみたかったし‥‥ん?」

リダは動こうとしたが、ーードンッ!と、足元に爆発が起きる。

「リダァ!お前なにしてやがる!!!!」

宙を見れば、そこには魔術を放ったマジャがいて、

「よう、ババア。ああ、そうだなぁ。お前はそっち側から動けねーもんなぁ?」

と、リダは彼女を嘲笑う。

「ウルサイッ!!!!!お前はいつもいつも勝手してんじゃねーぞ!!!!!!」

すでに怒りが頂点に達しているマジャはリダに飛び掛かった。
リダからの協力は無理だとアリアは理解し、

「ああもうっ!ノルマルさん、シーカーさん、手伝って下さいー!!!」

と、二人に助けを求める。


「王子‥‥王子!」

ヨミは闇に包まれたエクスの体を抱き寄せた。
捕縛魔法ーーそれは、使役や洗脳に近い術だ。
意思を強く持たなければ、簡単に心を奪われ、廃人に成り果ててしまう。

「‥‥ううっ‥‥はぁ、はぁ、父上、母上‥‥」

エクスは子供のようにそう言い、ヨミは彼の体を抱きしめた。

「ーーお二人は、死の間際まであなたに逃げろと言ったそうではありませんか‥‥!きっと、あなたに生きてほしいと‥‥願って!」
「うう‥‥」
「‥‥」

自分の声は届いていないーーそのことにヨミはギュッと目を瞑り、

「エクス!!!!あなたのことだけは、守らせて下さい‥‥!ルベリア様を、リーシェル様を守れなかったこの私に、お二人が生きてほしいと望んだあなたを、私に守らせて下さい‥‥」
「‥‥」

エクスはゆっくりと顔を上げ、涙に濡れたヨミの顔を見る。エクスの金の目に光が宿っていることを確認し、ヨミは微笑んだ。

「‥‥ヨミ。俺は‥‥どうすればいい。ソートゥを、どうすれば‥‥」

エクスも涙を流し続け、

「今は、ソートゥ様よりも、あなたのお仲間を優先して下さい。この現状に抗う彼らを」
「‥‥」

ヨミはエクスの右手を取り、

「初めてあなたに会った日、あなたは見知らぬシスターを救おうとした。あなたの手は何かを守れる手なのです」
「‥‥」
「行きましょう、エクス。あなたに生きてほしいと願う人達の為に」

エクスは自分の右手を握る彼女の手を握り返し、微笑んで頷いた。
彼女の笑顔はまるで、夢に見るあの魔族の少女に似ている。優しく、美しい、帰るべき場所である笑顔に。

父と母の死を受け入れ、ソートゥの真実を受け止め、レンジロウの裏切りを消化できはしないが、エクスは静かに目を閉じ、

「ヨミ‥‥あなたを選ばなかった父に、少し嫉妬するよ」
「‥‥」

そう言われ、ヨミはおかしそうに笑った。

ーービチャビチャビチャ‥‥
エクスの顔に、生温い何かが降り注ぐ。
それぞれがそれぞれの戦いを繰り広げ、誰も気づかなかった。

アリア、ノルマル、シーカーはパンプキンの足止めをし、ウェザも支援魔術を唱え続けていた。
リダはマジャと対峙し‥‥

「あは、あははは、ああああああああああああ」

しかし、その機械みたいな笑い声に、全員の視線が釘付けになる。

エクスを守るように抱き寄せるヨミの背を、王殺しの剣でソートゥが何度も何度もめった刺しにしているのだ。

「そうよ!そう!お父さまとお母さまもこんな風に殺したの!何度も何度も、息絶えるまで、息絶えても刺し続けたんですよ、お兄さまぁ!」

ビチャ、ビチャビチャーー!!!突き刺される度に、血が吹き出す。しかし、ヨミはエクスを守る為、逃げようとしない。

「ヨミ!!!!離れ‥‥離れろ!」

エクスは必死にそう叫ぶ。

「‥‥あっ、あぁ‥‥」

ノルマルは頭を抱えた。異常に狂った世界で、こんな光景を、かつて見たことがあった。思わず彼女は手を伸ばし、駆け出してしまう。

「ノルマルさーーくっ!?」

アリアが目を離した隙に、パンプキンの転移魔法を許してしまった。彼は走るノルマルの背後に立ち、彼女の背中を蹴り飛ばす。バランスを崩したノルマルはその場に転んだ。

「やめなさい、やめなさいよーー!!!!」

ノルマルは手を伸ばし、ソートゥにそう叫ぶ。ふと、エクスを守るヨミと目が合った。

「‥‥王子、の、仲間。どうか、王子を、王子を‥‥」

息も絶え絶えに、彼女はノルマルに頼むようにそう言うので、

「あたしに頼まないでよ!大事なら、生きて、エクスを守りなさいよ!誰か、誰か、止めて!!!」
「ーーっ!」

泣き叫ぶノルマルの声を聞き、アリアは剣を構え走ろうとしたが、リダに腕を掴まれる。

「やめとけ、無駄だ」
「なんだよそれ‥‥!じゃあ、お前が行ってくれよ!助けてあげてよ!お前なら、強いだろ!?こんなの、酷すぎる!」

エクスを守り続けるヨミの健気な姿が堪らなくなって、アリアは涙を流した。しかし、

「ありゃもう、死んでる」

リダの言葉を聞き、アリアは目を見開かせた。ふらつく彼女の肩を、リダは抱き寄せる。

ーーこの場にいる全員、ヨミのことはよく知らない。エクスだってそうだ。彼女に対する情もない。だが‥‥雰囲気に飲まれた。
誇り高い白き翼を自らの血で染め、死してなお、大切な者を守り続ける天使の姿に。

「あっ‥‥ああぁ‥‥ああああ」

捕縛魔法の闇が、エクスの体を蝕んでいく。彼はゆっくりと身を起こし、絶命したヨミの体を抱きしめた。

もう、見えない。
魔族の少女の笑顔が、黒く塗り潰されていく。何も見えない。世界は、真っ暗だ。エクスはヨミの体を抱き上げながら立ち上がった。黒い煙に全身を埋め尽くされ、エクスの姿は見えなくなる。
ソートゥは王殺しの剣を床に落とし、

「ああ、お兄さま!やっと、来てくれたのですね」

そう言いながら、黒い煙の中にいるエクスに寄り添った。

「どう‥‥なったんです?どういうことですか!?」

状況が理解できず、アリアはシーカーを見る。彼は俯き、

「捕縛魔法が‥‥エクスを蝕んだようです。彼の意識は、もうここにはない」
「どういうことですの!」

意味がわからないとウェザも叫ぶ。
エクスを包んでいた煙が晴れ、現れた姿にシーカー達は目を見開かせた。 

そこに立つのは、確かにエクス。しかし、抱き抱えていたヨミの姿は消え、エクスの右側の背中には人間にはあるはずのない黒い翼ーー片翼が生えていた。
右目の眼帯は外れ、抉り取られた空洞が露になっている。右目の回りには血管が浮き出ていた。
そしてヨミを思わせるように、短かくなったエクスの髪は白銀に伸び、一つに結われていて‥‥

銀の刀身を持つ魔剣の欠片で打たれた剣は、先程のヨミの血の色のように赤く染まっている。

「えっ‥‥エクス?」

床に倒れたままのノルマルは体を起こし、彼を見つめた。しかし、金の目に光はなく、ボーッと一点を見つめていて‥‥

「エクス‥‥エクス!聞こえないの!?」
「ふふふ、無駄ですよ。お兄さまはもう、私のもの。私のものです。でも、ヨミの体と融合するなんて‥‥死んでもお兄さまの中に存在するなんて、憎たらしい」

ソートゥは深く息を吐いた。

ーーまるで、絶望だ。救いがない。

「ソートゥ。これで君の目的は達したろう?ここにいる奴等は皆殺しにする?」

パンプキンにそう言われ、彼女は笑顔で頷き、

「ええ!そうしましょう。パンプキン、マジャ!戴冠式は終わりです。今日から私がこの国の女王。これからもあなた達は私の臣下ですよ」

そう言われたマジャは、舌打ちをしながらもパンプキンの隣へと並ぶ。

「じゃあ、死んでもらおうかーー‥‥」
「死ねぇ!ソートゥーー!!!!!!」

玉座の間の入り口から、赤い翼を羽ばたかせ、槍を構えたルヴィリが一直線に飛んで来た。

「おっと、やれやれ」

しかし、パンプキンが周囲にバリアを張り、ルヴィリの体は弾き飛ばされる。

「なっ、なんであなたが!?」

次々と起きる予想外な出来事に、ウェザは疑問の声を上げた。
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