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三章【繋がり】
3-6 あなたと
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何日経っただろう。
五日目だっただろうか?
水も飲まず、食べ物も食べず‥‥
飲まず食わずで、頭痛と言うか吐き気と言うか‥‥
体が怠いーー言い表せない妙な気分だった。
リオは肩で息をしながらよろよろと歩き続ける。
その呼吸は乱れていて、荒い。
不死鳥が言うには、山頂までは一週間程だと言っていた。
一週間なんて短いと思っていたが、そんなことはなかった。
(早ければ、二日‥‥保つだろうか)
◆◆◆◆◆
「なんだい?お主ら、邪な臭いがプンプンする」
不死鳥の住む山の手前にある小さな小屋。
近年で不死鳥に認められた唯一の者、老婆エナンが言った。
「失礼だな、ばーさんよぉ。オレらはただ、不死鳥様を拝みに来ただけだぜ?」
夕日色の髪をした、背から黒い羽が生えた男ーーロナスが言う。
その後ろには、カシルとレイラがいた。
「不死鳥に、ねぇ」
老婆が鼻で笑うので、
「ああん?ババア、何がおかしっ‥‥」
「おっじゃまっしまーす!」
ロナスの声は、明るい声に掻き消される。
「こらっ、ハトネちゃん!ノックぐらいしないと!すっ、すみません‥‥ここから見える山が、不死鳥の住む山ですか?」
フィレアがハトネの頭を軽く叩きながら老婆に聞いた。
フィレアとハトネ、そしてラズ。
「なんなんじゃ、今日は」
客人が一斉に来て、エナンは大きく息を吐く。
「‥‥あ!えーっ!?王女様!?」
ハトネがレイラを指差して言い、
「カシル!!」
フィレアもその姿を見つけた。
ラズは静かに短剣を構える。
「あなた達は‥‥」
レイラが小さな声で言い、視線をちらつかせる。そして、
「あの子は?」
と、聞いた。
「‥‥リオさんは、今は行方不明だ」
レイラの問いにラズが答える。
「そう‥‥」
と、それだけ言い、レイラは目を伏せた。
以前までの無邪気な彼女は消え失せ、どこか冷たい表情をしている。
(む‥‥?リオ?)
エナンはその名前に反応した。
「お主ら‥‥この地から去れ。わしは今、待ち人を待っておるのだ」
急に、エナンが六人にそう言うので、
「待ち人だぁ?」
ロナスは少し怒ったように聞いた。
「そうじゃ。待ち人じゃ。四年前にこの山を登ったっきり戻って来ぬ者を、わしは待っておる。いつものようにな」
そう、四年。
四年、経ってしまったのだ。
「四年前!?」
ハトネはそれに反応する。リオがいなくなった年と一致するからだ。
「お婆さん!私達、友達を捜してるの!もしかしたら‥‥その人がこの山にいるのかと思って‥‥」
ハトネが興奮して聞けば、
「お主の友達かは知らぬが、四年間帰って来ぬのだ。もう、死んだ可能性もある‥‥この山に登った者は、いつもそうじゃからな」
エナンの言葉に、ハトネの顔が青ざめる。
「だが、今までの旅人とは確実に違う目をしていた。今までの者は興味本位だとか、物珍しさ、自身の欲で不死鳥を求め、命を散らした。じゃが、そやつは友達を助ける為の力が欲しいと、そう言っていてのう。自分の為の力を求めない者など初めてじゃった。じゃから、わしは信じて待っておるのだ」
エナンは懐かしそうに言った。
◆◆◆◆◆
確実に死ぬと思った。
けれど、リオは山を登り続けた。やるべきことがあるから。
(絶対に‥‥生きて、帰る)
山を登り続けて、何も口にしていないし、一睡もしていない。
足が重い。何日目だろう。
もしかしたら、一週間は過ぎてしまったかもしれない。
(シュイアさんなら、こんな山‥‥楽勝で登るんだろうな。ハトネなら、こんな時でも笑ってるんだろうな。フィレアさんなら、自分や仲間を励ましながら行動するんだろうな。カシルだってこんな山、楽勝だろうな‥‥と言うか、登ろうとしないかも)
そんなことを考えて、俯きながらリオは苦笑する。
「ふう‥‥」
ため息を吐き、顔を上げると‥‥
「来たか、小さき者よ」
景色が、辺り一面が‥‥血の色のように真っ赤に染まる。リオは炎に囲まれた。
「えっ‥‥!?あつっ!?」
その炎が軽くリオの腕に触れ、リオは慌てて炎から離れる。
「小さき者よ、これが熱いのか?」
ーーと、不死鳥の声。
「熱いに決まってる!」
リオが答えれば、
「そうーー今までの者達はこの炎に焼かれ、死んだ。そして今では死人となり、この山を守っている」
不死鳥の言葉に、リオは山の途中で出会った死人達を思い出した。
「お前もその一人となるか‥‥」
不死鳥は残念そうに言う。
(何を‥‥どういうことだ?不死鳥は、これが熱いのかと、そう聞いてきた。エナンさんはどうして生きてこの山を出れた?もしかして、本当は熱くないのか?この炎‥‥)
リオは思考を巡らせた。
疑問を感じつつ、リオは炎の中、不死鳥を見つめる。
不死鳥の、目を見た。
黒い黒い、真っ黒な目。
優しく、悲しい目に見えた‥‥
リオは疲れのせいか、熱気にやられてか、頭がぼんやりとしてきて‥‥
いつの間にか、周りから炎が消えていた。
(ここは確か…さっき通った山の途中?どうして!?)
更によく見ると、目の前に自分と同じ歳ぐらいの見知らぬ少女がいるではないか。
「えっと‥‥誰?」
リオが聞くが、少女には自分の声は届いていないようだ。
「不死鳥様に‥‥不死鳥様にお願いしなきゃ‥‥お母さんが!!」
少女はそう泣きそうに言いながら、山を登り続けている。
ーー再び景色が変わった。
「あなたが、不死鳥様?」
先程のリオの状況と同じく、少女は炎に包まれている。
「お願いします‥‥お母さんが死んだんです!不死鳥様なら命を救えると聞きました‥‥お願いします!お母さんを生き返らせて下さい!」
少女は涙ながらに叫んだ。
「それは出来ぬ。命とは、そんなに軽いものではない。ただ、お前が我と契約すると言うのなら、お前の母を救おう」
「けいやく?」
「我の力をお前に授ける代わりに、お前の母の命を救おう」
「え?それだけ‥‥?」
少女は弱々しく聞く。
「我の力を手に入れるということは、魔術の力を手に入れるようなものだ」
「魔術?」
「そうだ。不老の命を手に入れ、そして宿命を受け入れねばならぬ」
「ふっ‥‥不老!?」
少女は大いに驚いた。
「そんな‥‥不老だなんて!?そんな命いりませんーー!」
「ならば母のことはどうにも出来ぬ」
少女はしばらく俯き、考えている。しばらくして顔を上げ、
「‥‥わかりました」
「ではーー」
と、その少女の言葉に不死鳥が反応する。
「私は‥‥諦めます」
ここまで登ってきたというのに、少女があまりにあっさりと言うので、不死鳥は「何故」と聞いた。
「不老になるのは辛いです‥‥」
少女は不死鳥の目を見つめ、
「どうか、してました。母を喪ったのが悲しすぎて‥‥受け入れることができなかった。それに、不死鳥様の目、私と同じで‥‥とても悲しそう」
「‥‥」
「不死鳥様も、何か大切なものを‥‥人を、なくしたんですか?」
少女の鋭い発言に、不死鳥は一瞬言葉をなくすが‥‥
「昔、この山は、人間の子供達の遊び場であった。今のように火は噴いていなく、快適な場所であった。我もよく、その子供達の前に姿を現していた」
不死鳥は一息置き、
「ある日、その内の一人が山の崖から落ちて死んだ。その子供の親が来て我はーーその子供を生き返らせた。それが間違いだった」
不死鳥が怒るように言う。
「それから人間共は我の力を求めた。金儲けのネタに使う者もいた。この山は汚された。それから我は、人を‥‥何もかもを信じず避けて生きてきた。この永久の命の中で」
「不死鳥様‥‥」
「だが、お前は今までの人間とは違う臭いがする。そう、まるで、かつての彼らのような‥‥」
「‥‥え?」
ーー少女の目の前には、人がいた。
同時に、少女を囲んでいた炎も消える。
「あなた‥‥は?」
「不死鳥だ」
不死鳥ーーいや、人の姿をした、虹色の髪を持つ美しい青年が、優しく微笑んだ。
「お前は生かして帰そうーーお前は、この山を汚さないだろう。名を、聞かせてくれるか?」
不死鳥が少女に歩み寄り、そう尋ねる。
「えっ‥‥エナン。エナンです‥‥」
少女ーーエナンが心臓を大きく高鳴らせながら言った。
視界が、揺れる。
「!?」
リオは目を見開かせた。
戻ってきた‥‥と言うのだろうか?
リオはまた、炎に囲まれていた。
(エナンさん。そうか、エナンさんは不死鳥の悲しみを理解してあげたんだ)
リオはゆっくりと炎に近付き、炎に腕を伸ばす。リオの腕に火が移った。やはり、熱い。
「不死鳥、悲しいんだな。何も信じず、誰とも関わらず‥‥」
そう言うと、炎の熱さが引いたような気がした。
「私も、悲しい。すごく‥‥悲しい。何を、誰を信じたらいいか‥‥わからないんだ」
リオは悲しげに微笑む。炎はもう、熱くなかった。
「でも、不死鳥‥‥あなたを信じれそうだ。あなたのことを信じたい。だから、あなたの力を私に授けてみないか?」
リオは手を差し出す。
「不老は辛いけど‥‥それでもいい。私があなたと生きよう」
不死鳥からの返事はないが、リオは言葉を続けた。
すると、不死鳥は口を開き‥‥
目の前には不死鳥ではなく、先ほど見た青年がいた。
「契りを交わそう、君と契りを。救うための力を望むのならば。そして、約束をしよう‥‥最期の時まで決して、破ることないようにーー裏切りはしない、約束してくれ」
そう言って不死鳥が、青年が、リオを抱き締める。
青年の体は震えていた。
寂しかったのだろうか、孤独が、独りが。
「ありがとう、不死鳥。私の名前はリオだよ」
リオはなぜ不死鳥が人の姿になれるのか、そんなことは特に疑問に思わなかった。
「会いに行こう、不死鳥。エナンさんに会いに行こう」
「エナン‥‥」
八十年以上前に出会った少女。
不死鳥はきっと、エナンを愛したんじゃないかな?なんて、リオは思う。
さっき見た二人の過去ーーその後、何があったかは知らないが。
「彼女はずっと、この山の前で暮らしているんだって。きっと、あなたを守る為、かな?不死鳥、あなたはずっと愛されていたんだね」
次の瞬間、リオの体がぐらりと揺れ、長い長い疲労感が安心に変わったのだろう。リオは意識を失った。不死鳥が彼女の体を支える。
「ありがとう、小さき者ーーリオよ。そうか‥‥君は、彼らの‥‥忘れ形見か。かつての主は、我にまた、道を示してくれたのだな」
不死鳥は本来の姿に戻り、背中にリオを乗せ、空を飛んだ。
懐かしい、かつての主の面影を宿した少女。
遠い遠い、昔の話。
これは、運命なのだろうか?
『オレ、助けたいんだ、あの子を!!』
空の色と金の髪を持ち合わせた、小さな英雄。
◆◆◆◆◆
「そうじゃ。リオという名の娘が、四年前にこの山に登った」
エナンの言葉に、
「そんな‥‥リオちゃん」
フィレアは目を伏せる。
「ははっ!綺麗事抜かしてたお嬢ちゃんだ!生きてる確率は、ゼロだな」
ロナスは嘲笑った。
「リオさんは死んでない、悪魔め!リオさんは、必ず帰って来る!」
ラズが泣きそうになりながら叫ぶと、
「へえ?なんでオレが悪魔だなんてわかるんだ、坊主‥‥ん?お前、どっかで‥‥」
ロナスが怪訝そうな顔をしていると、
「そうだよ!そんなこと言うあなたはまるで悪魔だよ!!リオ君が私を置いて死ぬはずない!!」
ハトネが大きな声でラズに加勢して、
「うっ‥‥うるせぇな!?なんだってこうガキしかいねぇんだ!ってか‥‥そーゆー意味の悪魔かよ」
ロナスは耳を塞ぎながら悪態を吐く。
するとーーコンコン‥‥と、ドアがノックされる音が聞こえた。
「おや?また客かい?今日は一体‥‥」
エナンは面倒臭そうにため息を吐くと、ドアを開けてやる。
しかし、ドアを開けた後のエナンの様子が明らかにおかしかった。
そして、他の六人も目を疑う。
「ただいま、エナンさん」
幼い声だが、どこか以前と違う強い瞳。
少女はゆっくりと微笑んだ。
五日目だっただろうか?
水も飲まず、食べ物も食べず‥‥
飲まず食わずで、頭痛と言うか吐き気と言うか‥‥
体が怠いーー言い表せない妙な気分だった。
リオは肩で息をしながらよろよろと歩き続ける。
その呼吸は乱れていて、荒い。
不死鳥が言うには、山頂までは一週間程だと言っていた。
一週間なんて短いと思っていたが、そんなことはなかった。
(早ければ、二日‥‥保つだろうか)
◆◆◆◆◆
「なんだい?お主ら、邪な臭いがプンプンする」
不死鳥の住む山の手前にある小さな小屋。
近年で不死鳥に認められた唯一の者、老婆エナンが言った。
「失礼だな、ばーさんよぉ。オレらはただ、不死鳥様を拝みに来ただけだぜ?」
夕日色の髪をした、背から黒い羽が生えた男ーーロナスが言う。
その後ろには、カシルとレイラがいた。
「不死鳥に、ねぇ」
老婆が鼻で笑うので、
「ああん?ババア、何がおかしっ‥‥」
「おっじゃまっしまーす!」
ロナスの声は、明るい声に掻き消される。
「こらっ、ハトネちゃん!ノックぐらいしないと!すっ、すみません‥‥ここから見える山が、不死鳥の住む山ですか?」
フィレアがハトネの頭を軽く叩きながら老婆に聞いた。
フィレアとハトネ、そしてラズ。
「なんなんじゃ、今日は」
客人が一斉に来て、エナンは大きく息を吐く。
「‥‥あ!えーっ!?王女様!?」
ハトネがレイラを指差して言い、
「カシル!!」
フィレアもその姿を見つけた。
ラズは静かに短剣を構える。
「あなた達は‥‥」
レイラが小さな声で言い、視線をちらつかせる。そして、
「あの子は?」
と、聞いた。
「‥‥リオさんは、今は行方不明だ」
レイラの問いにラズが答える。
「そう‥‥」
と、それだけ言い、レイラは目を伏せた。
以前までの無邪気な彼女は消え失せ、どこか冷たい表情をしている。
(む‥‥?リオ?)
エナンはその名前に反応した。
「お主ら‥‥この地から去れ。わしは今、待ち人を待っておるのだ」
急に、エナンが六人にそう言うので、
「待ち人だぁ?」
ロナスは少し怒ったように聞いた。
「そうじゃ。待ち人じゃ。四年前にこの山を登ったっきり戻って来ぬ者を、わしは待っておる。いつものようにな」
そう、四年。
四年、経ってしまったのだ。
「四年前!?」
ハトネはそれに反応する。リオがいなくなった年と一致するからだ。
「お婆さん!私達、友達を捜してるの!もしかしたら‥‥その人がこの山にいるのかと思って‥‥」
ハトネが興奮して聞けば、
「お主の友達かは知らぬが、四年間帰って来ぬのだ。もう、死んだ可能性もある‥‥この山に登った者は、いつもそうじゃからな」
エナンの言葉に、ハトネの顔が青ざめる。
「だが、今までの旅人とは確実に違う目をしていた。今までの者は興味本位だとか、物珍しさ、自身の欲で不死鳥を求め、命を散らした。じゃが、そやつは友達を助ける為の力が欲しいと、そう言っていてのう。自分の為の力を求めない者など初めてじゃった。じゃから、わしは信じて待っておるのだ」
エナンは懐かしそうに言った。
◆◆◆◆◆
確実に死ぬと思った。
けれど、リオは山を登り続けた。やるべきことがあるから。
(絶対に‥‥生きて、帰る)
山を登り続けて、何も口にしていないし、一睡もしていない。
足が重い。何日目だろう。
もしかしたら、一週間は過ぎてしまったかもしれない。
(シュイアさんなら、こんな山‥‥楽勝で登るんだろうな。ハトネなら、こんな時でも笑ってるんだろうな。フィレアさんなら、自分や仲間を励ましながら行動するんだろうな。カシルだってこんな山、楽勝だろうな‥‥と言うか、登ろうとしないかも)
そんなことを考えて、俯きながらリオは苦笑する。
「ふう‥‥」
ため息を吐き、顔を上げると‥‥
「来たか、小さき者よ」
景色が、辺り一面が‥‥血の色のように真っ赤に染まる。リオは炎に囲まれた。
「えっ‥‥!?あつっ!?」
その炎が軽くリオの腕に触れ、リオは慌てて炎から離れる。
「小さき者よ、これが熱いのか?」
ーーと、不死鳥の声。
「熱いに決まってる!」
リオが答えれば、
「そうーー今までの者達はこの炎に焼かれ、死んだ。そして今では死人となり、この山を守っている」
不死鳥の言葉に、リオは山の途中で出会った死人達を思い出した。
「お前もその一人となるか‥‥」
不死鳥は残念そうに言う。
(何を‥‥どういうことだ?不死鳥は、これが熱いのかと、そう聞いてきた。エナンさんはどうして生きてこの山を出れた?もしかして、本当は熱くないのか?この炎‥‥)
リオは思考を巡らせた。
疑問を感じつつ、リオは炎の中、不死鳥を見つめる。
不死鳥の、目を見た。
黒い黒い、真っ黒な目。
優しく、悲しい目に見えた‥‥
リオは疲れのせいか、熱気にやられてか、頭がぼんやりとしてきて‥‥
いつの間にか、周りから炎が消えていた。
(ここは確か…さっき通った山の途中?どうして!?)
更によく見ると、目の前に自分と同じ歳ぐらいの見知らぬ少女がいるではないか。
「えっと‥‥誰?」
リオが聞くが、少女には自分の声は届いていないようだ。
「不死鳥様に‥‥不死鳥様にお願いしなきゃ‥‥お母さんが!!」
少女はそう泣きそうに言いながら、山を登り続けている。
ーー再び景色が変わった。
「あなたが、不死鳥様?」
先程のリオの状況と同じく、少女は炎に包まれている。
「お願いします‥‥お母さんが死んだんです!不死鳥様なら命を救えると聞きました‥‥お願いします!お母さんを生き返らせて下さい!」
少女は涙ながらに叫んだ。
「それは出来ぬ。命とは、そんなに軽いものではない。ただ、お前が我と契約すると言うのなら、お前の母を救おう」
「けいやく?」
「我の力をお前に授ける代わりに、お前の母の命を救おう」
「え?それだけ‥‥?」
少女は弱々しく聞く。
「我の力を手に入れるということは、魔術の力を手に入れるようなものだ」
「魔術?」
「そうだ。不老の命を手に入れ、そして宿命を受け入れねばならぬ」
「ふっ‥‥不老!?」
少女は大いに驚いた。
「そんな‥‥不老だなんて!?そんな命いりませんーー!」
「ならば母のことはどうにも出来ぬ」
少女はしばらく俯き、考えている。しばらくして顔を上げ、
「‥‥わかりました」
「ではーー」
と、その少女の言葉に不死鳥が反応する。
「私は‥‥諦めます」
ここまで登ってきたというのに、少女があまりにあっさりと言うので、不死鳥は「何故」と聞いた。
「不老になるのは辛いです‥‥」
少女は不死鳥の目を見つめ、
「どうか、してました。母を喪ったのが悲しすぎて‥‥受け入れることができなかった。それに、不死鳥様の目、私と同じで‥‥とても悲しそう」
「‥‥」
「不死鳥様も、何か大切なものを‥‥人を、なくしたんですか?」
少女の鋭い発言に、不死鳥は一瞬言葉をなくすが‥‥
「昔、この山は、人間の子供達の遊び場であった。今のように火は噴いていなく、快適な場所であった。我もよく、その子供達の前に姿を現していた」
不死鳥は一息置き、
「ある日、その内の一人が山の崖から落ちて死んだ。その子供の親が来て我はーーその子供を生き返らせた。それが間違いだった」
不死鳥が怒るように言う。
「それから人間共は我の力を求めた。金儲けのネタに使う者もいた。この山は汚された。それから我は、人を‥‥何もかもを信じず避けて生きてきた。この永久の命の中で」
「不死鳥様‥‥」
「だが、お前は今までの人間とは違う臭いがする。そう、まるで、かつての彼らのような‥‥」
「‥‥え?」
ーー少女の目の前には、人がいた。
同時に、少女を囲んでいた炎も消える。
「あなた‥‥は?」
「不死鳥だ」
不死鳥ーーいや、人の姿をした、虹色の髪を持つ美しい青年が、優しく微笑んだ。
「お前は生かして帰そうーーお前は、この山を汚さないだろう。名を、聞かせてくれるか?」
不死鳥が少女に歩み寄り、そう尋ねる。
「えっ‥‥エナン。エナンです‥‥」
少女ーーエナンが心臓を大きく高鳴らせながら言った。
視界が、揺れる。
「!?」
リオは目を見開かせた。
戻ってきた‥‥と言うのだろうか?
リオはまた、炎に囲まれていた。
(エナンさん。そうか、エナンさんは不死鳥の悲しみを理解してあげたんだ)
リオはゆっくりと炎に近付き、炎に腕を伸ばす。リオの腕に火が移った。やはり、熱い。
「不死鳥、悲しいんだな。何も信じず、誰とも関わらず‥‥」
そう言うと、炎の熱さが引いたような気がした。
「私も、悲しい。すごく‥‥悲しい。何を、誰を信じたらいいか‥‥わからないんだ」
リオは悲しげに微笑む。炎はもう、熱くなかった。
「でも、不死鳥‥‥あなたを信じれそうだ。あなたのことを信じたい。だから、あなたの力を私に授けてみないか?」
リオは手を差し出す。
「不老は辛いけど‥‥それでもいい。私があなたと生きよう」
不死鳥からの返事はないが、リオは言葉を続けた。
すると、不死鳥は口を開き‥‥
目の前には不死鳥ではなく、先ほど見た青年がいた。
「契りを交わそう、君と契りを。救うための力を望むのならば。そして、約束をしよう‥‥最期の時まで決して、破ることないようにーー裏切りはしない、約束してくれ」
そう言って不死鳥が、青年が、リオを抱き締める。
青年の体は震えていた。
寂しかったのだろうか、孤独が、独りが。
「ありがとう、不死鳥。私の名前はリオだよ」
リオはなぜ不死鳥が人の姿になれるのか、そんなことは特に疑問に思わなかった。
「会いに行こう、不死鳥。エナンさんに会いに行こう」
「エナン‥‥」
八十年以上前に出会った少女。
不死鳥はきっと、エナンを愛したんじゃないかな?なんて、リオは思う。
さっき見た二人の過去ーーその後、何があったかは知らないが。
「彼女はずっと、この山の前で暮らしているんだって。きっと、あなたを守る為、かな?不死鳥、あなたはずっと愛されていたんだね」
次の瞬間、リオの体がぐらりと揺れ、長い長い疲労感が安心に変わったのだろう。リオは意識を失った。不死鳥が彼女の体を支える。
「ありがとう、小さき者ーーリオよ。そうか‥‥君は、彼らの‥‥忘れ形見か。かつての主は、我にまた、道を示してくれたのだな」
不死鳥は本来の姿に戻り、背中にリオを乗せ、空を飛んだ。
懐かしい、かつての主の面影を宿した少女。
遠い遠い、昔の話。
これは、運命なのだろうか?
『オレ、助けたいんだ、あの子を!!』
空の色と金の髪を持ち合わせた、小さな英雄。
◆◆◆◆◆
「そうじゃ。リオという名の娘が、四年前にこの山に登った」
エナンの言葉に、
「そんな‥‥リオちゃん」
フィレアは目を伏せる。
「ははっ!綺麗事抜かしてたお嬢ちゃんだ!生きてる確率は、ゼロだな」
ロナスは嘲笑った。
「リオさんは死んでない、悪魔め!リオさんは、必ず帰って来る!」
ラズが泣きそうになりながら叫ぶと、
「へえ?なんでオレが悪魔だなんてわかるんだ、坊主‥‥ん?お前、どっかで‥‥」
ロナスが怪訝そうな顔をしていると、
「そうだよ!そんなこと言うあなたはまるで悪魔だよ!!リオ君が私を置いて死ぬはずない!!」
ハトネが大きな声でラズに加勢して、
「うっ‥‥うるせぇな!?なんだってこうガキしかいねぇんだ!ってか‥‥そーゆー意味の悪魔かよ」
ロナスは耳を塞ぎながら悪態を吐く。
するとーーコンコン‥‥と、ドアがノックされる音が聞こえた。
「おや?また客かい?今日は一体‥‥」
エナンは面倒臭そうにため息を吐くと、ドアを開けてやる。
しかし、ドアを開けた後のエナンの様子が明らかにおかしかった。
そして、他の六人も目を疑う。
「ただいま、エナンさん」
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