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他力本願 -2-
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選ばれた者のみが入ることを許される、神聖な龍神祠。
大黄山の山深く。隆浪川へと続く源の滝の裏の洞窟内あるそこは、長い年月を掛けてくり抜かれた岩場の影から光が差し込み、龍神を祀る石の祭壇を照らしていた。
その祭壇に坐すことが許されるのは、この世界でただ1人、龍神その人だけである。
澄み渡る空色の体躯を気だるげに横たえ、尻尾だけをパタパタと動かすと、祠の中へ差し込んだ光に水宝玉のような鱗が反射し、水中にいるかのような光が、洞窟内の壁を照らした。
濃紺の睫毛が物憂げに伏せられ、蒼玉の瞳がその奥で揺れている。
思い煩うように深く嘆息し、龍神は告げた。
「面倒だからやだぁ」
「……でしょうね」
水花が永悡に頼まれた内容を龍神に告げると、案の定駄々っ子のような返事が帰ってくる。
龍神様と崇め奉られているこの生き物は、帝国を災害から救ってからというもの、来る日も来る日もた1日中ゴロゴロして食っちゃ寝を繰り返し、たまに水遊びに興じているだけだった。
人々のために何かをしたり、そもそも人々に関心を示したところを水花は見たことがない。
「その即位の儀式って、俺が居なくても別にいいやつでしょ?別に行かなくて良くない?」
「で、でもほら、龍神様と皇族は仲良くしておくべきでしょう?国の安寧のためにも」
どうにか首を縦に振ってもらおうと、笑顔でへりくだりながらお願いを続ける。
「それこそ人間の一方的な都合でしかない。俺は人間のために存在してるんじゃなく、俺の為だけに存在しているんだ」
「だ、だからってそんな無責任な言い方しなくていいじゃん!」
「勝手に責任を押し付けたのは人間だ。大体、帝都に行っている間俺の飯はどうなるんだよ」
「そんなの、皇族の人がなんか豪華なご馳走準備してくれるでしょーよ!」
「嫌だ!俺は水花の飯がいい!」
水花がこれまでに聞いたことがないほどの大声で龍神が叫ぶ。
龍神様に料理の腕を認められたと喜ぶべきか、私はアンタの飯炊き女じゃないと腹を立てるべきか。何からこの青トカゲにぶちまけてやるべきか迷い、水花は思わずたじろいだ。
「アンタね……いい加減に」
「だが水花も同行するというのなら行こう」
「……は?」
先ほど大きい声を出した余韻なのか、いつもより幾分か元気のいい声で告げられた内容に思わず目を丸くする。
「考えてみれば、帝都には村ではなかなか手に入らない食材が集まる。きっと他国の食材もあるぞ。皇帝の即位の儀式とか本当に、心底、純粋にどうでもいいが、美食の旅のついでに立ち寄るくらいなら行ってやらないこともない」
常々食べることが好きなのだろうとは思っていたが、まさか彼がここまで食道楽だったとは。
儀式の事を話題にする度に表情を歪ませながらも、帝都での食事が既に楽しみでしかたないのか、龍神はニヤニヤと頬を緩ませている。
だが、水花が同行するということは、その道中の食事は彼女が材料と調理場を確保して作り、龍神に提供しなければならない。自分が食べたいもの以外は頑として食べようとしない、この横暴な龍神様の為に。
まさに専属の飯炊き女のような扱いだ。
加隆村から帝都までは歩いて片道8日ほど。馬車が使えれば片道4日で到着する。今から準備をして行っても、3週間後に迫った即位の儀式には十分間に合う期間だ。
龍神はまだ見ぬ未知の美食に思いを巡らせて居るようで、ヨダレを垂らしながらアレも食べたい、コレも食べたいと呟いている。
ひたすら龍神様のご飯を作ることで国に平和と繁栄が訪れるなら、歯を食いしばって耐える他、水花に道はない。
「上等上等……何でも食べさせてあげるから、大人しく帝都まで一緒に来てもらうよ!」
「水花ちゃん、忘れ物はないかい?」
張長老が用意してくれた馬車に水花たちが荷物を詰め込んでいると、長老の奥さんの玉宇に声をかけられる。
「ゆーばぁ!お陰様でもうバッチリ」
「食材や水は足りてるかい?日持ちするものを、たくさん持っていくんだよ」
「ありがとう。でももうこれ以上は積めないから、道中で上手いことやるよ」
「5年前の災害から復興してきたとはいえ、まだ物盗りがウロウロしてるんだ。気をつけるんだよ」
玉宇宙 が心配するのも当然だ。
龍華帝国全土に被害をもたらした大災害から5年の月日が流れて居るものの、爪痕はまだ深く残ったまま。
家族や恋人、友人を失ったもの。家や働き口を失ったもの。体の一部を失ったもの。
そんな悲しみの最中にいる人は、時として明日を生きるために盗みを働き、人の命や尊厳すらも奪うようになる。
5年間でいくらか数は減ったと聞いているが、流浪者や孤児が集まった集団が人や村を襲い、金品や食料を強奪していくという話には枚挙に暇がない。
中には、そのまま奴隷商や娼館へ売り飛ばされてしまう者も居ると言う話だ。
「大丈夫だよゆーばぁ。永悡だってついてるんだから」
「そうだよゆーばぁ。そもそも俺が居なくても、誰もこのガサツ女に手を出したりなんかしないっ……てぁ!?」
水花は、横から話に割り込むなり失礼な発言をする永悡の足の甲を思い切り踏み込む。
「ちょっ、これからお前を帝都まで送り届けてやろうっていう武官に対して何すんだよ!」
「人に無礼な態度をとったら報いが来るって、浪おじさんに教わらなかったの?」
いつからか水花が見上げるほどの背丈になった永悡も、彼女からすればまだまだ小生意気な弟分でしかない。
「永悡ちゃん、水花ちゃんのこと頼むわね」
「……おう」
どこか不服そうにしながらも、永悡は玉宇を真っ直ぐに見つめて応えた。
頼もしく成長した姿に、姉代わりだった水花は嬉しくも切ないような気持ちになる。
「おーい悡坊ー!こっちは終わったぞー!」
馬車の整備を行っていた張長老が永悡を呼んでいる。
出発の準備が整ったようだ。
「じゃあゆーばぁ。行ってくるね」
「ああ。龍神様の事は私たちに任せておいておくれ」
「あはは……よろしくね」
龍神は今大きなトカゲくらいの大きさになってあの馬車の中にいる、とは永悡以外には伝えていない。
村の皆には、巫女としての用事で帝都に行かなければならないため、しばらく留守にする。龍神様への供物は3日おきに森の中の祭壇へ、素材のままで置いておいてくれと伝えているのみだ。
素材そのままであれば、きっと野生動物が適当に食べてくれるだろう。
人前に姿を見せない龍神が祠から居なくなっても、恐らく誰にも気づかれる事は無い。
何より、理由は定かでは無いが次期皇帝に龍神が招聘されている事は誰にも漏れてはならないのだ。
水花は玉宇に別れを告げ、馬車に乗り込む。が、服の裾を踏んでしまい、体制が崩れてしまった。
「うわっ!」
「っと、危ねーなあ」
地面に後頭部をぶつけそうになっていたところを、永悡に助けられる。
片手を背に添えて軽々と支えられるとなんだか自分が貧弱であると言われているようで、水花は素直に喜べなかった。、
とはいえ、危ないところを助けられたのは事実だ。踏んでしまった裾を整えてありがとう、と告げるとからかうような小生意気な声が頭上から降ってくる。
「気をつけろよな。昔から変なところでそそっかしいんだからよ」
「なっ、余計なお世話!せっかくお礼言ったのに!」
「いいよそんなの。怪我がないなら十分」
そう言って頭を軽くポンと叩いて離れる姿に、水花は益々膨れる。
昔は泣き虫で、事ある毎に「花ねぇちゃん~」と泣きついてきていたと言うのに。可愛げもなにもあったものじゃない。
「ちょっと水花。浮気はダメよ」
「は!?って、明玲!見送りに来てくれたの?」
水花を呼ぶ声に振り返ると、馬車の影から覗き込むように明玲がこちらを見ている。水花が駆け寄ると、クスクスと笑いながら明玲も歩み寄ってきた。
「今日出発でしょ?はい、これお守り」
そう言って水花が握らされたのは、翡翠で出来た玉佩だった。
「これどうしたの?素敵な玉佩……」
「高価な宝石とかじゃないしちょっと歪だけど、私の宝物。お兄ちゃんが昔くれた翡翠の勾玉で作ったの」
「明玲のお兄さんがくれた翡翠って……そんな大事なもの貰えないよ!」
明玲の兄は、7年前の紛争で戦死している。形見とも呼べる大切なものを受け取るなんて、水花に出来るわけがなかった。
「いいから。水花に持ってて欲しいの。きっと水花のこと守ってくれるはずだから」
「でも……」
水花がなおも受け取りあぐねていると、明玲にふわりと抱き締められた。
「無事にお勤めを果たして、帰ってきて、ちゃんと返してね。ずっと待ってるから」
祈るような抱擁に、思わず目頭が熱くなる。
自らの身を誰より案じてくれている明玲のためにも、今回の帝都行きを無事に完遂させなくては。
「うん。お土産、楽しみにしててね」
抱き締め返しながらそう言うと、もう出発するぞ、と永悡に声をかけられた。
仕事の合間に荷造りを手伝ってくれた張夫妻や明玲、村の面々に別れを告げて馬車が出発する。
村の端が見えなくなったあたりで、馬車の座席に積んでいた絹の袋がモゾモゾと動き出した。
龍神様のお目覚めだ。
「ん、なんだ、もう出発したのか」
「アンタ、あれだけ騒がしかったのによく眠り続けてられたね」
「俺が目覚めない喧騒は喧騒のうちに入らない。ところで、ここは馬車か籠の中か?」
辺りをきょろきょろと見渡しながら、龍神が絹袋から出てくる。
「そう。武官の永悡が御者をしてくれてる」
「ふぅん」
興味無さげな龍神の返事にももはや慣れてしまった。
どうせ二言目にはおやつは無いのか、などと言い出すのだろう。
お茶を入れながら、車内に持ち込んだ箱の中にどんなお菓子があったかを思い出す。
「なぁ水花、ライチが食べたい」
「無いよそんな新鮮な果物なんか……ゴマ団子で我慢して」
「うーん、ゴマ団子……ゴマ団子か……まぁアリ、だな」
一体何様のつもりなのだ。いや、龍神様なのだけれども。
水花は溜息をつきつつ2人分のお茶とゴマ団子を準備して、今は大人しく馬車に揺られる事にした。
宮殿内に誂られた大きな池のほとりに慎ましやかに咲く鈴蘭を撫でると、白い花がいじらしく揺れる。
「そうか、龍神様はいらっしゃるか」
「遅くとも、5日後には到着されるとのことです」
「それは楽しみだ。盛大にもてなさなくてはならないな」
うっとりと愛でるように花を撫で、根元をそっと手折る。
「龍神様……ようやくお会い出来る……」
慈しむように抱えられた鈴蘭は、豪奢な着物に埋もれて見えなくなった。
大黄山の山深く。隆浪川へと続く源の滝の裏の洞窟内あるそこは、長い年月を掛けてくり抜かれた岩場の影から光が差し込み、龍神を祀る石の祭壇を照らしていた。
その祭壇に坐すことが許されるのは、この世界でただ1人、龍神その人だけである。
澄み渡る空色の体躯を気だるげに横たえ、尻尾だけをパタパタと動かすと、祠の中へ差し込んだ光に水宝玉のような鱗が反射し、水中にいるかのような光が、洞窟内の壁を照らした。
濃紺の睫毛が物憂げに伏せられ、蒼玉の瞳がその奥で揺れている。
思い煩うように深く嘆息し、龍神は告げた。
「面倒だからやだぁ」
「……でしょうね」
水花が永悡に頼まれた内容を龍神に告げると、案の定駄々っ子のような返事が帰ってくる。
龍神様と崇め奉られているこの生き物は、帝国を災害から救ってからというもの、来る日も来る日もた1日中ゴロゴロして食っちゃ寝を繰り返し、たまに水遊びに興じているだけだった。
人々のために何かをしたり、そもそも人々に関心を示したところを水花は見たことがない。
「その即位の儀式って、俺が居なくても別にいいやつでしょ?別に行かなくて良くない?」
「で、でもほら、龍神様と皇族は仲良くしておくべきでしょう?国の安寧のためにも」
どうにか首を縦に振ってもらおうと、笑顔でへりくだりながらお願いを続ける。
「それこそ人間の一方的な都合でしかない。俺は人間のために存在してるんじゃなく、俺の為だけに存在しているんだ」
「だ、だからってそんな無責任な言い方しなくていいじゃん!」
「勝手に責任を押し付けたのは人間だ。大体、帝都に行っている間俺の飯はどうなるんだよ」
「そんなの、皇族の人がなんか豪華なご馳走準備してくれるでしょーよ!」
「嫌だ!俺は水花の飯がいい!」
水花がこれまでに聞いたことがないほどの大声で龍神が叫ぶ。
龍神様に料理の腕を認められたと喜ぶべきか、私はアンタの飯炊き女じゃないと腹を立てるべきか。何からこの青トカゲにぶちまけてやるべきか迷い、水花は思わずたじろいだ。
「アンタね……いい加減に」
「だが水花も同行するというのなら行こう」
「……は?」
先ほど大きい声を出した余韻なのか、いつもより幾分か元気のいい声で告げられた内容に思わず目を丸くする。
「考えてみれば、帝都には村ではなかなか手に入らない食材が集まる。きっと他国の食材もあるぞ。皇帝の即位の儀式とか本当に、心底、純粋にどうでもいいが、美食の旅のついでに立ち寄るくらいなら行ってやらないこともない」
常々食べることが好きなのだろうとは思っていたが、まさか彼がここまで食道楽だったとは。
儀式の事を話題にする度に表情を歪ませながらも、帝都での食事が既に楽しみでしかたないのか、龍神はニヤニヤと頬を緩ませている。
だが、水花が同行するということは、その道中の食事は彼女が材料と調理場を確保して作り、龍神に提供しなければならない。自分が食べたいもの以外は頑として食べようとしない、この横暴な龍神様の為に。
まさに専属の飯炊き女のような扱いだ。
加隆村から帝都までは歩いて片道8日ほど。馬車が使えれば片道4日で到着する。今から準備をして行っても、3週間後に迫った即位の儀式には十分間に合う期間だ。
龍神はまだ見ぬ未知の美食に思いを巡らせて居るようで、ヨダレを垂らしながらアレも食べたい、コレも食べたいと呟いている。
ひたすら龍神様のご飯を作ることで国に平和と繁栄が訪れるなら、歯を食いしばって耐える他、水花に道はない。
「上等上等……何でも食べさせてあげるから、大人しく帝都まで一緒に来てもらうよ!」
「水花ちゃん、忘れ物はないかい?」
張長老が用意してくれた馬車に水花たちが荷物を詰め込んでいると、長老の奥さんの玉宇に声をかけられる。
「ゆーばぁ!お陰様でもうバッチリ」
「食材や水は足りてるかい?日持ちするものを、たくさん持っていくんだよ」
「ありがとう。でももうこれ以上は積めないから、道中で上手いことやるよ」
「5年前の災害から復興してきたとはいえ、まだ物盗りがウロウロしてるんだ。気をつけるんだよ」
玉宇宙 が心配するのも当然だ。
龍華帝国全土に被害をもたらした大災害から5年の月日が流れて居るものの、爪痕はまだ深く残ったまま。
家族や恋人、友人を失ったもの。家や働き口を失ったもの。体の一部を失ったもの。
そんな悲しみの最中にいる人は、時として明日を生きるために盗みを働き、人の命や尊厳すらも奪うようになる。
5年間でいくらか数は減ったと聞いているが、流浪者や孤児が集まった集団が人や村を襲い、金品や食料を強奪していくという話には枚挙に暇がない。
中には、そのまま奴隷商や娼館へ売り飛ばされてしまう者も居ると言う話だ。
「大丈夫だよゆーばぁ。永悡だってついてるんだから」
「そうだよゆーばぁ。そもそも俺が居なくても、誰もこのガサツ女に手を出したりなんかしないっ……てぁ!?」
水花は、横から話に割り込むなり失礼な発言をする永悡の足の甲を思い切り踏み込む。
「ちょっ、これからお前を帝都まで送り届けてやろうっていう武官に対して何すんだよ!」
「人に無礼な態度をとったら報いが来るって、浪おじさんに教わらなかったの?」
いつからか水花が見上げるほどの背丈になった永悡も、彼女からすればまだまだ小生意気な弟分でしかない。
「永悡ちゃん、水花ちゃんのこと頼むわね」
「……おう」
どこか不服そうにしながらも、永悡は玉宇を真っ直ぐに見つめて応えた。
頼もしく成長した姿に、姉代わりだった水花は嬉しくも切ないような気持ちになる。
「おーい悡坊ー!こっちは終わったぞー!」
馬車の整備を行っていた張長老が永悡を呼んでいる。
出発の準備が整ったようだ。
「じゃあゆーばぁ。行ってくるね」
「ああ。龍神様の事は私たちに任せておいておくれ」
「あはは……よろしくね」
龍神は今大きなトカゲくらいの大きさになってあの馬車の中にいる、とは永悡以外には伝えていない。
村の皆には、巫女としての用事で帝都に行かなければならないため、しばらく留守にする。龍神様への供物は3日おきに森の中の祭壇へ、素材のままで置いておいてくれと伝えているのみだ。
素材そのままであれば、きっと野生動物が適当に食べてくれるだろう。
人前に姿を見せない龍神が祠から居なくなっても、恐らく誰にも気づかれる事は無い。
何より、理由は定かでは無いが次期皇帝に龍神が招聘されている事は誰にも漏れてはならないのだ。
水花は玉宇に別れを告げ、馬車に乗り込む。が、服の裾を踏んでしまい、体制が崩れてしまった。
「うわっ!」
「っと、危ねーなあ」
地面に後頭部をぶつけそうになっていたところを、永悡に助けられる。
片手を背に添えて軽々と支えられるとなんだか自分が貧弱であると言われているようで、水花は素直に喜べなかった。、
とはいえ、危ないところを助けられたのは事実だ。踏んでしまった裾を整えてありがとう、と告げるとからかうような小生意気な声が頭上から降ってくる。
「気をつけろよな。昔から変なところでそそっかしいんだからよ」
「なっ、余計なお世話!せっかくお礼言ったのに!」
「いいよそんなの。怪我がないなら十分」
そう言って頭を軽くポンと叩いて離れる姿に、水花は益々膨れる。
昔は泣き虫で、事ある毎に「花ねぇちゃん~」と泣きついてきていたと言うのに。可愛げもなにもあったものじゃない。
「ちょっと水花。浮気はダメよ」
「は!?って、明玲!見送りに来てくれたの?」
水花を呼ぶ声に振り返ると、馬車の影から覗き込むように明玲がこちらを見ている。水花が駆け寄ると、クスクスと笑いながら明玲も歩み寄ってきた。
「今日出発でしょ?はい、これお守り」
そう言って水花が握らされたのは、翡翠で出来た玉佩だった。
「これどうしたの?素敵な玉佩……」
「高価な宝石とかじゃないしちょっと歪だけど、私の宝物。お兄ちゃんが昔くれた翡翠の勾玉で作ったの」
「明玲のお兄さんがくれた翡翠って……そんな大事なもの貰えないよ!」
明玲の兄は、7年前の紛争で戦死している。形見とも呼べる大切なものを受け取るなんて、水花に出来るわけがなかった。
「いいから。水花に持ってて欲しいの。きっと水花のこと守ってくれるはずだから」
「でも……」
水花がなおも受け取りあぐねていると、明玲にふわりと抱き締められた。
「無事にお勤めを果たして、帰ってきて、ちゃんと返してね。ずっと待ってるから」
祈るような抱擁に、思わず目頭が熱くなる。
自らの身を誰より案じてくれている明玲のためにも、今回の帝都行きを無事に完遂させなくては。
「うん。お土産、楽しみにしててね」
抱き締め返しながらそう言うと、もう出発するぞ、と永悡に声をかけられた。
仕事の合間に荷造りを手伝ってくれた張夫妻や明玲、村の面々に別れを告げて馬車が出発する。
村の端が見えなくなったあたりで、馬車の座席に積んでいた絹の袋がモゾモゾと動き出した。
龍神様のお目覚めだ。
「ん、なんだ、もう出発したのか」
「アンタ、あれだけ騒がしかったのによく眠り続けてられたね」
「俺が目覚めない喧騒は喧騒のうちに入らない。ところで、ここは馬車か籠の中か?」
辺りをきょろきょろと見渡しながら、龍神が絹袋から出てくる。
「そう。武官の永悡が御者をしてくれてる」
「ふぅん」
興味無さげな龍神の返事にももはや慣れてしまった。
どうせ二言目にはおやつは無いのか、などと言い出すのだろう。
お茶を入れながら、車内に持ち込んだ箱の中にどんなお菓子があったかを思い出す。
「なぁ水花、ライチが食べたい」
「無いよそんな新鮮な果物なんか……ゴマ団子で我慢して」
「うーん、ゴマ団子……ゴマ団子か……まぁアリ、だな」
一体何様のつもりなのだ。いや、龍神様なのだけれども。
水花は溜息をつきつつ2人分のお茶とゴマ団子を準備して、今は大人しく馬車に揺られる事にした。
宮殿内に誂られた大きな池のほとりに慎ましやかに咲く鈴蘭を撫でると、白い花がいじらしく揺れる。
「そうか、龍神様はいらっしゃるか」
「遅くとも、5日後には到着されるとのことです」
「それは楽しみだ。盛大にもてなさなくてはならないな」
うっとりと愛でるように花を撫で、根元をそっと手折る。
「龍神様……ようやくお会い出来る……」
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