異世界で演技スキルを駆使して運命を切り開く

井上いるは

文字の大きさ
3 / 57
第一章

2日目の朝

しおりを挟む
私は朝の光を浴びながらゆっくりと目を覚ました。
昨夜は疲れ果てて眠ってしまったので気がつかなかったが、ベッドは固く、体のあちこちが痛い。

「こんなに体が痛いんじゃ、夢だったなんて奇跡は起きそうにないわね。」

独り言を言いながら、私の異世界での二日目が始まった。

まずは身支度をしようと部屋を見渡したが、現代の便利な生活に慣れた私には、勝手がわからない。
風呂がないことには気づいたので、まずは顔だけでも洗おうと、バッグを持って一階に降りることにした。
鍵がかかるとはいえ、貴重品を置いたまま部屋を出る気にはなれない。

私が異世界に持ち込んでしまったバッグは、台本が丁度良く入る、合皮のショルダーバッグだった。
仕事用として愛用していて、持ち歩くときには斜めがけにしている、お気に入りのバッグだった。
決して高いバッグではないものの、素材で悪目立ちするのなら、代わりのものを探さなければならない。
まずは情報を仕入れるべきだろうか。

そう思案しながら廊下に出ると、木造の床がギシギシと音を鳴らす。
床が抜けそうで怖いなと思いながら、慎重に階段を降りた。

一階からは、元気な女将さんの笑い声が聞こえる。

「旅のお嬢さんおはよう!」

私の姿が見えたのか、食堂の小窓から顔を出して声をかけてくれた。

「おはようございます。」

女将さんと話すだけで、元気になれそうな、そんな明るい声に、朝からほっこりする。
「みんなのお母さん」、まさにそんな感じだと思った。

「食事は用意できているよ。裏に井戸があるから、顔を洗っておいで。」

女将さんの案内どおりに、宿の裏手に小さな井戸を見つけた。
冷たい井戸水で顔を洗う。
井戸を使うのは初めてだった。
ポンプ式の井戸なので、比較的楽な仕様なのかもしれない。
ハンドルを持って、手で漕ぐようにして押すと、勢いよく水が桶に流れてきた。

手ですくって顔を洗う。
ひんやりとした水が肌に染み渡り、目を覚ますのにちょうど良かった。

「髪や体も洗いたいけど、どうしたらいいのかしら。」

少し悩んだけれど、どう考えても屋外のこの場所では無理なので諦めた。

慣れない環境での身支度は不自由だが、少しずつ適応していくしかない。

顔を洗い終えると、私は持っていたバッグからタオルハンカチを取り出した。
中には財布、スマホ、メイク道具、ドラマの台本、昨日の小銭が入った帽子などが入っているが、エコバッグの件もあったから、あまり人に見られないようにしなければならない。

「あとで荷物の整理もしなくちゃね。」

私は自分に言い聞かせるように呟き、裏庭を後にした。

宿の食堂では、すでに数人の宿泊客が朝食をとっていた。

女将さんがにっこりと微笑みながら簡素な朝食を運んできた。パンとスープ、そして少しの果物が並んでいる。

「昨日はよく眠れたかい?」

カウンター席に誘導され、厨房の女将さんと向かい合わせに座る。
バタバタと忙しそうなのに、気にかけてくれることがありがたかった。

「おかげさまで、ぐっすり眠れました。」

体は痛いけれど、ぐっすり眠れたのは確かだ。

「あの、この辺りで体を洗う場所はありますか?昨日は疲れていてすぐに寝てしまったので。」

女将さんが目の前にいるうちに、質問しておこうという作戦だ。

「そうね、ここには公共の浴場があって、市場の向こう側にあるから、行ってみるといいわ。」

「ありがとうございます。市場の帰りに寄ってみます。」

少しずつだが、この世界での生活の仕方がわかってきた。
本音を言えば早く帰りたいが、帰り方もわからない今は、「郷に入っては郷に従え」というわけだ。

朝食を終えた後、部屋に戻って帰り支度を整える。
と言っても行く宛などないので、落ち着くまではこの宿に泊まっている方がいいのかもしれない。

あとでまた、女将さんに相談してみよう。

今日はまず、市場を目指して羽織物を買う。
他にもバッグとか、小銭入れとか欲しいけれど、お金は足りるのか、見当もつかない。

部屋の片隅にあった木の机の上に、帽子に入れていた小銭を出して並べた。

「1、2、3、4、5、、、、。」

銅貨が40枚か。
昨日のパンが銅貨2枚、宿代は銅貨15枚だった。
宿代、安くないか?
そうすると、昨日のパフォーマンスで稼いだのは銅貨57枚だったということになる。

とりあえず羽織物がいくらか、あとは入浴代も払わないといけないし、このショルダーバッグの代わりになる物や、財布も買いたいところだ。
この宿に延泊していくのにも、お金は必要だし、今日もまた広場で稼ごうと考えていた。

私は早速、宿をチェックアウトすることにした。
この世界の時間の概念はまだわからないけれど、まだ朝食を食べてから一時間程度しか経っていない。

「女将さん、今日も泊まることは可能ですか?」

「もちろんだよ。今日は特に忙しくないから、夕方までに教えてくれれば大丈夫よ。」

女将さんの笑顔にほっとする。

「ありがとうございます。今日一日、様子を見ながら考えてみますね。」

女将さんにお礼を言って、市場へ歩き始めた。
まずは羽織物を探すのだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

処理中です...