異世界で演技スキルを駆使して運命を切り開く

第三章

お遣い

私がマックスを知ったのは、つい最近のことだった。
彼はベテランスタッフの紹介で劇団に入り、私より後に見習いとして大道具の担当となった。

朝、リオネルに呼ばれて団長室に行くと、マックスがロープでぐるぐる巻きにされ、口に布を噛まされて横たわっていた。

「マックス。あなただったのね。」

「んーんーんー！」

「サラ、すまないが、お遣いを頼みたい。」

リオネルから一枚の紙を手渡された。
そこにはアレクシスとの連絡方法が書かれていた。

「あ、あとこれも。最後に必要になると思うから。」

そう言って、紙と一緒に銀貨を5枚渡された。
紙には「マルクスの肉屋」と書かれており、私は市場へと向かった。


今日も市場は朝早くから活気に満ち、各店が新鮮な商品を並べて客を迎えていた。
私は人の波をすり抜け、早歩きで目的地に向かった。

肉屋の店先には、たくさんの肉が吊るされ、新鮮な香りが漂っていた。
店主のマルクスは肉を切り分けながら、大きな声で客を呼び込んでいた。

「新鮮な肉だよ！今朝仕入れたばかりの最高級の肉だ！」

店の外には朝日が差し込み、吊るされた肉の脂がキラキラと輝いていた。
マルクスは筋骨隆々の大柄な男性で、包丁を巧みに使い、肉を正確に切り分けていた。

「おはよう、サラ！今日はどんな肉をお探だい？」

マルクスの明るい声に、私は微笑みながら答えた。

「おはよう、マルクスさん。今日はお肉じゃないの。お遣いを頼まれて来たの。リックさんはいますか？」

「リックはまだ酒場から帰ってないんだ。これ、あの子に渡してくれるか？」

そう言って、マルクスさんが渡してくれたのは、錆びた鍵だった。よく見ると、鳥のような紋章が彫られていた。

「サラ、また何か必要なものがあったらいつでも言ってくれよ。」

マルクスの笑顔に、私は軽く手を振り、感謝の気持ちを伝えた。

「ありがとう。また来るわね。」

その言葉を残し、市場を後にした。

市場を後にし、私は酒場へと足を運んだ。
朝の酒場は、夜の賑わいとは対照的に静まり返っていた。

表の入口から覗くと、店内にはお客さんの姿はなく、椅子が整然と並べられていた。
薄暗い照明が、昨夜の喧騒を思わせる残り香を漂わせていた。

私は裏口に回り、重い木製の扉を軽くノックした。
少しして、眠そうな目をした女将さんが現れた。

「おはよう、サラじゃないか。こんな早い時間にどうしたんだい？」

女将さんはあくびを噛み殺しながら、手に持っていた包丁を置いた。

「おはようございます、女将さん。リックさんはいますか？」

女将さんが頷き、私を中に招き入れた。

「入って、リックは今いないよ。座って。仕込みの最中だから、作業しながらでいいかい？」

酒場の裏口から入ると、狭いキッチンが目の前に広がっていた。
女将さんは、作業台に野菜や肉を並べ、包丁で手際よく切り分けていた。

「夜のうちに片付けは済ませたけど、朝はやっぱり仕込みが大変なんだよ。」

女将さんは、眠そうな目を擦りながら、鍋に材料を投げ入れた。
香ばしい匂いがキッチンに広がり、朝の静けさを引き立てた。

「それで、リックに何か用かい？」

「あの、これを……。」

私は預かっていた鍵を見せた。
女将さんは人差し指で階段の方を指した。

「2階の一番奥の部屋で待ってな。」

酒場の女将さんに階段を指示された。
階段がギシギシと音を鳴らしながら登ると、突き当たりに一番奥の部屋があった。

コンコン

ドアをノックしたが、返事はなかった。
返事がないので、私はドアを開けて中に入った。
　
部屋には大きめのベッドがあった。
ああ、ここは酒場の上にある連れ込み宿なの？
一瞬不安になったが、気を取り直して椅子に座った。

どれくらい経っただろうか、30分くらいだろうか。
部屋に入ってきたのは、見知らぬ男性だった。

年齢は20代半ばくらいだろうか。
甘いマスクのイケメン男性。
無精髭を生やしていた。
銀髪で、瞳も銀色。
色素の薄い人という印象だった。
かっこいいのに、服をだらしなく着崩していて、遊び人のように見える。
この人がリックさんなのだろうか。

「俺に何の用だ？」

「これ、肉屋さんから預かってきました。」

手渡すと、鍵を確認してポケットにしまった。

「あぁ、すぐには連絡つかないけど、緊急なら銀貨5枚だ。」

リオネルから預かっていた銀貨5枚を渡した。

「で？どこに向かわせたらいい？」

「劇団までお願いしたいです。」

「劇団ね。あんたの名前は？」

「サラと言います。」

「昼前には行けると思うけど、保証はできないよ。今立て込んでるからね。」

「わかりました。よろしくお願いします。」

会話の後、彼は紐を口に咥え、器用に長い髪を束ね始めた。
ああ、別人みたいだ。
髪を束ねたらスイッチが入るのかな。

「じゃあ、支度して出るから、またね、サラ。今度一緒に飲もうよ。」

ウィンクしながら誘われたので、もともとこんな人なのかなと考えを改めた。
わざとチャラくしているのかはわからないけれど、この人もすごく魅力的なんだなぁと客観視している自分がいた。
そして私は、部屋を追い出されるように廊下に出た。

アレクシスと連絡を取るのも大変だ。
急いで劇団に戻った。

お遣いから戻ると、団長室のデスクで書き物をするリオネルと、横たわっているマックスがいた。

「おかえり、サラ。」

今日の劇団は静かだった。

「事情が事情だから、今日はリハを休みにした。サラも部屋に戻っていいぞ。」

「そうなんだ。でも、動ける人がいた方がいいでしょ。何でも手伝うわよ。」

部屋の隅にある木の椅子をデスクのそばに持って行き、リオネルの書類仕事を手伝うことにした。

スパイを捕まえてほっとしたのだろう。
リオネルは最近では見ない穏やかな表情をしていた。

そのままアレクシスが来るのを待った。