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 爺さんからの依頼を受けたあと。
 アヤトにまた色々動かれるくらいなら。
 もういっそのこと、村民皆殺しにして村を焼き尽くすという案を思いついたのだが、そこは私の中に残ったミジンコサイズの良心が痛んだので、留まっておいた。

 その後アヤトは、何故かこの村にある書庫に行きたいと言い出した。
 依頼はどうした?約束は?と思ったけれど、ここで私が何かを言っても無駄なので、黙って書庫について行く。

 それでも内心の怒りが抑え込めなくて、書庫の扉を目の前で開くアヤトを睨みつける。ユリは嬉しそうにアヤトの後に続いた。そのあとを私とアルバートもついて行く。

 書庫内はろくに手入れが届いていないらしく、本は厚い埃をかぶり、日当たりも悪く陰鬱な空気を醸し出していた。

「わ……本がいーっぱい……!」

 嬉しそうなユリに、アヤトも辺りを見回す。

「ここは司書とか誰も居ないが、勝手に読んでいいのか?けど扉を開けてるっていうことは、まあ結構自由にしてもいいってことなんだろうな」
「なるほど、いろいろな種類の魔法の書も取り扱っているのね。最近は人間爆散魔法に興味があるから、そう言った類の魔道書があれば良いのだけれど」
「ニンゲンバクサンマホウッテナーニ」
「ちょっと大人になることよ」

 聞いてきたアヤトを適当に流しながら、私は近くにあった年季の本に手を伸ばした。が、しかし身長が全く届かずぴょんぴょんと跳ねただけに終わった。

 …実のところをいうと、私の身長は146cm弱のユリより少し加味した程度しかない。別にチビではない。

 すると、この中で最も高身長のアルバートが、何も言わずにそっと本を取ってくれた
 クッ、これが大人の余裕というやつか…!
「……ありがとう」
 アヤトはしばらく私の隣でそわそわしていたが、やがてユリの所へと歩いていった。

「ほうほうなるほど…テセラもかのような本を読むのだな……えっ」

 本を取ってくれたアルバートが、私の読みたかった本の表紙を覗き込む。瞬間、アルバートの顔がカッチコチに凍りついた。
 ちなみに私が手にしているのは、勇者敗北という今小説界で色んな意味で一番ホットな小説だ。作者はシュタリーヌ・マッドレイさんって魔神らしい。

 ちなみに内容は、かつてチートハーレム完璧超人でモテモテで百万年に1人の、天才と称えられて崇められた勇者が、魔王に舐めプしたせいで敗北し、全ての力を失って魔族に集団リンチされるという物語だ。

 すごく心地の良い話である。その文章力も申し分ない上に、読んでいるだけで情景が浮かび上がってくる。
 ボコボコにされる勇者を見ているだけで、なぜかすごく気分が良くなるのだ。ちなみに漫画も最高です。

 それこそ、疲れた時にこれを読むだけで、それまで感じていたストレスが吹き飛ぶほどに爽快な気分になるのだ。まさに良薬。

 テセラ、これを読んでいると、なんだか元気が出てくるんだ!

 表紙も勇者が魔族によってたかってボコボコにされているという、素晴らしい装丁だ。さらにその人気ぶりから、なんとアニメ化の話題も持ち上がっているらしい。

映像化にも向いている内容なので楽しみだ。好きな作品なので期待はどうしても高まってしまうけれど、私も聞いたことのある有名アニメ制作会社が作るとのことなので、心配は杞憂だろう。

 私がそれを鼻歌交じりに見ていると、なぜか私の隣に居たアルバートがガタガタと震え出した。

「なに、どうしてそんなに震えてるの。寒いの?」
「いや、ななななな何でもないぞ?」

 だがそこで、ふっとアルバートは顔色を変え、アヤト達がいる方を見据えた。

「ああ…嫌なものが本の中に潜んでいるな…忌々しい限りだ。すまんが我輩、少し急用を思い出した」

 そう言って、そのまま、図書館の奥へと引っ込んでしまう。よくわからない人だ。

 まあ良いや、と両断すると、私は本を両手に抱えながらアヤトのところへ行った。例により、勇者を監視するためである。

 流石に図書館ではクソカスゴミカス現象を起こさないだろうと目星をつけていたが、やはり大丈夫だったらしい。アヤトは無駄に高い本棚の前で、ユリと一緒に何かを駄弁っていた。

「へえ!三日後に山の向こうの都市で、強い者のみが集うコロシアムが開かれるのか…」
「わ……やめときなって、アヤト…テセラにバレたら…」
「あ、おう!コロシアム…もちろんだよユリ!コロシ…アム…ゼッタイ…行く…コロシアムなんて行くわけがないだロシアム!」
「あ、うん……そだね……ユリなにも知らなーい……」

 私からは二人の会話は聞こえないけれど、どうせまたつまらないことを言っているんだろう。
 しかし。

「おっ、あの本なんだろう」

 不意に、アヤトが何かに気付いた。

「えーっ、どの本どの本ー?」

 隣に立っていたユリがアホ毛を揺らしながら覗き込むと、アヤトは天井ほどもある本棚の、一番上の段を指差した。

「ほら、あそこの黒い本。なんか変な感じしないか?」
「あれれ?本当だ、真っ黒だ……でもさっき見たとき、あんな本なんてあったっけ…」
「そう言われるとますます気になるな、あの本。よっし、ちょっくら取ってみてみるか!」

 あっ。なんだろう。ものすごく嫌な予感がする。当たり障りのない二人の会話に、しかし私の背筋を冷たいものが走った。
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