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「あー、えーと、こんにちは。猫かぶりのキャシーだっけ。やあこんにちは、椅子リーンさん」
「あのさー、キャスリーンだよテセラさん?お久しぶり、といったところかな。酷いじゃんか。外面が良いのは、いいことじゃない?」
「…はあ、どうも。住宅ローンさん」
「それにしても、今の発言、私の聞き間違いかなあ?まーるで彼とあの王女の闘いを邪魔するみたいな、趣旨に聞こえたんだけど。………まさかのまさかのまっさかねー、アヤトの素晴らしさを後世に伝える、これほどまでにない最高の盤上だよ。それで、今まで散々愚かな愚者たちに押し込められて来た勇者の真の人物像を、覆せるまたとない機会じゃないの!」
「やたらと長い前置きどうも。だけど彼の試合を邪魔する以外に私がここにいる理由があると思う?」

 キャスリーンは呆れた色を隠しもせずに、目を細めた。

「はー…ひっどいなぁ、もう。本当、テセラってアヤトのことをわかっていないんだ。それでもメンバーの古株なんですかあ?行っておくけど、彼は強いんだからっ。この世の誰であろうと、決して彼には敵わないんだからね」
「ええ、でしょうね。彼が本気を出せば、余裕で優勝できるでしょうね。だけど最後まで行ったならダメなの。絶対ろくでもないことになる…あー!!また家計が火の車になる!!」

 今さら取りやめることも出来ない現実と、やがて訪れるであろう凄惨な未来を見届けることしかできない悔しさ。
 いつもいつもいつもいつもいーつーも、どうしてこうなるのだろう。分かりきった未来を防げぬ自分に歯噛みする。

 それも全て間違いなく、アヤトから始まることだとわかっているのに、理解しているのに防げない。

 あらかじめ策を打って置いても、必ず邪魔が入る。それはアヤト本人であったり、ユリであったりネロであったりこの女であったり、その他アヤト信者であったりもする。

「優勝者には五百万リリーが貰えるのよ。いつもいつも、彼を否定してばかりで、よくもおめおめとそんな妄言を吐けるわね。恥を晒しているのがわからないの?汚らわしい」
「ぜっっっっっっっったい貰えない。断言する。アヤトは余計なことを起こしてめちゃくちゃにして、余計なお荷物を背負い込むだけ!!そこの貴族のあんたも、なんで落ち込んでるかだいたいわかるけど、安心して結構よ。この試合にアヤトが参加した時点で、勝ち負けなんて概念は消失してしまったから。この試合は無効になるわ」

 キャスリーンの近くで疲れ切った顔をしていた男が、パッと顔を上げた。

「ほ、本当か!?つまり、賭けた金は返ってくるのか!?」
「ええ、もちろん。100%全額返ってくるでしょうね。命賭けちゃう」

 テセラがそう断言すると、キャスリーンは凍てついた眼で私を見た。テセラを見据える両眼に、あからさまな侮蔑の色が浮かぶ。空気が極限まで冷え込み、剣呑な色を帯びた。

「じゃ、賭けしよっか。私が勝ったら二度と、アヤトの前に姿を現さないでよねっ!アヤトにあなたという人間は、そりゃもう悪しき障害でしかないんだからっ!」
「…乗った。その代わり、私が勝ったら当分アヤトに近づかないでね」
「ふっふっふー、乗ったな!!今度こそテセラのその澄ました顔に吠え面をかかせてやるからね!」
「あ、そう」

 即答した私に、キャスリーンは長い髪を左手で弾いてはためかせた。
 絹のように弾けた髪の隙間から細い光が差し込み、彼女の姿を神々しく照らす。
 かつてあまりに高度すぎる頭脳と美貌に、傾国の象徴とさえ称され、見るものに脅威すら与えたというキャスリーン。
 人はその姿を、畏怖と敬愛を込めて白無垢の花嫁と呼んだ。そういや白無垢って他にもいたな。あの剣の女。

「今に彼の快進撃を見てなさいよね」

 キャスリーンは力強く笑んだ。

「ーーーーーーーーー彼は、世界を変える男よ」







 重苦しい剣戟が打ち交わされ、そこかしこで鈍い閃光が星屑のように瞬く。
 目ですら追えない剣線を交わし合いながら、二人の闘いは極致に達していた。

 そのような極限状態でありながら、鳴り止まない鋼の打ち合いに目を眇め、二人は幾度か言葉を交わす。
 テセラは魔法の力を行使して、轟音に紛れるアヤトの声をなんとか拾い集めて耳に入れた。

「さすが天下のクロレラ王女…その実力もダテじゃないってことか」

 ほぼ無意識に零れ落ちたのであろうアヤトの呟き。
 その言葉にクロレラは、馬鹿にするように鼻を鳴らす。

「なんだ、貴公も己が身を全部才能頼りの無力者だと蔑視するのか」
「いや、腹が立つほど技術を研ぎ澄ませているなってことさ…才能に加えて、きっと血の滲むような努力をしてきたんだな。嫌にかるほどの強さだ」
「なに…!?」

 出た!お決まりのパターン!!

(今まで己が身と戦って負けた奴は…皆自分の努力をバカにしてきた奴ばかりだったのに…それをこの男は…?)

 ガンガン戦いながらも、呑気にアヤトの言葉を間に受けて、回想に入る王女様!
 ピシリと少女の世界に亀裂が入る!突然少女の過去シーンに突入ッッ!!
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