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その五十三

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 ※※※

「……柊さん?」「あ、うん……」

 そう、小さく返事してから、柊さんは俯いてしまう。俺はその辛そうな表情からふと気づく。

「あ、そっか。自分の仕事が気になるんだよね?」俺の言葉に黙って頷く柊さん。

「……そもそも、私を武智君から遠ざけようとしてたから」「……そうだったね」

 そう言いながら柊さんは、物凄く申し訳無さそうな顔をする。その顔はもしかして、彼女にはなれない、という意味? でも、俺はもう止まれないよ。俺はこの子を彼女にしたいって気持ちで一杯だから。ワガママ? 自己中? かまうもんか。

 でも、俺の自分勝手な気持ちをグッと飲み込んで、柊さんに質問する俺。

「ねえ、柊さんはどうしたい?」「……」

「どうするべきか、はとりあえず置いといてさ。柊さんの気持ちが聞きたいんだ」「……」

 言いにくいのか、俯いたまま黙ってしまう柊さん。……気持ちは通じたのに彼女に出来ないなんて、凄くじれったくて仕方がない。俺は我慢できず、つい柊さんの肩を抱いた。「え?」驚いて俺を見る柊さん。でもすぐに、俺に肩を抱かれたまま、顔を真っ赤にしてまた俯く。

「もう柊さんを、俺のものにしたくてたまらないんだ。もう我慢なんて出来ない。大好きだから」

「私も……、私も。武智君が彼氏だったら……嬉しい」「……ほんと?」

 小さくコクンと頷き、顔がトマトみたいみ真っ赤ながらも、俺の方を向いて微笑む柊さん。でもすぐに、悲しそうな苦しそうな顔に変わる

「でも、付き合うのは無理……」「なんでだよ?」

「だって、私……、学校、辞めるから」「……え?」

「辞めて、それから本格的に芸能活動を開始するの。……嫌われ演技が夏休みまでだったのは、私が学校からいなくなるから。それ以上は必要なくなるから」「……そういう事だったのか」

「だからね、私の生活が完全に変わってしまう。今まで通りじゃなくなる。しかも周りは私の恋に反対の人ばかり。そして武智君は高校生。だから、だから……」

 そう言いながら、またも感極まって泣きそうになる柊さん。俺は、柊さんの辛さを受け止めたい気持ちで一杯になって、遠慮なく抱きしめた。

「何で柊さんがこんな悲しい顔しなきゃならないんだ? 何で好き同士なのに苦しまなきゃならないんだ? おかしいよそんなの」「……グス、ごめんね。私が、自分勝手で、弱い子で」

 違う。そうじゃない。柊さんが弱いかどうかなんて関係ない。

「なあ、二人でどうにか出来ないか考えようよ。俺、柊さんのために頑張るからさ」「……グス。また、そんな、グス、私が喜ぶ事、ヒック、言うんだから」

「あーもう! また泣いちゃったあ」「グス、ごめんなさい、ヒック、でもこれは、グス、嬉しいから、だから」

「そっか。じゃあ俺もさっきみたいに泣こうかな?」「グス。アハハ。何でよ」

「そうそう。笑ってる柊さんが一番可愛いよ」「可愛いって……。もう。どんどん遠慮無くなってきてるね」

 二人で笑い合い、そして見つめ合う。今度は見つめ合ったまま、そのまま顔を近づけ……。

「あー、ウオッホン!」そこで突然、後ろからわざとらしい大きな咳払いが聞こえた。「うわ!」「キャ!」それを聞いた俺と柊さんは二人して、物凄くびっくりして思い切り体がビクンと飛び跳ねる。そして誰だ? と思って咳払いが聞こえた後ろを二人して振り返ると、見慣れたあいつがとてもとても気まずそうな顔で頭を掻いてた。

「あのさあ悠斗。まずはおめでとうと言いたいところだが、そろそろいちゃつくの終わってくんないかな?」

 そう。咳払いしたのは雄介だった。とりあえず俺と柊さんは、慌ててバッと座ったまま距離を取る。

「ア、アハハ。よ、よう。雄介。何やってんの?」「こ、こんにちは」

 取り繕いながら振り返り、無理やり笑顔を作って挨拶する俺と柊さん。

「いや実はさあ……、って、あれ? もしかして、柊さん?」「「あ」」

 そうだった。雄介は疋田さんと会ってるって思ってたんだ。……いやまあ、間違いじゃないんだけど。そもそも、雄介も疋田さんが柊さんだなんて知らないもんな。

 ※※※

「ゆうすけー!! 会いたかったー!!」

 大声で叫びながら、安川さんが雄介にダイビングする。そして雄介は何だか慣れた様子でそれをうまくキャッチする。

「悪かったな。まさかスマホ落とすとは思って無くてさ」「全くだよ! ものっ凄く心配したんだからー!」

「ああ、俺もな」そう言いながら、未だ抱きついてる安川さんの頭を優しく撫でる雄介。ん? 安川さんちょっと涙ぐんでる? なんでだろ? そんなに不安だったのかな?

 とにかく、俺と柊さんが廃寺の階段で二人、もうちょっとで三度目の……、となった時、雄介が現れたんだよな。雄介もまさか俺と柊さんがそこにいるとは思ってなかったみたいで、俺達と遭遇したのは偶然だったみたいだけど。雄介は闇雲にスマホを探し回ってて、たまたまあの廃寺に来てしまったみたいだけど。

 で、雄介からスマホを失くして更に安川さんともはぐれたと聞いて、じゃあ拾得物として管理事務所みたいなところに届けられてんじゃねーか? と雄介に伝えたら、雄介が、おお成る程、と感心しつつ、じゃあ行ってみようってなって、三人で拾得物を預かってる、神社境内の中のテントに、ついさっきやってきたところだ。

 そこにはたまたま安川さんがいて、で、さっきのダイビングになったんだけど。どうやら安川さん、雄介のスマホに電話したら、たまたま拾得物を預かってる人に繋がったらしく、じゃあここに雄介くるかも、と思って待ってたらしい。

「あ! 美……じゃなかった。疋田さーん!」「クスクス。また会えたね。安川さん?」

「あったりまえじゃーん!」と大声で言いながら、今度は柊さん、じゃなくて、今は疋田さんになってる柊さんに抱きつこうとするも、おっとっとー、と事前にキキーとブレーキして、何とか思い留まって、そしてブンブン握手する安川さん。

 柊さんはそれなりに目立つので、俺達といるところを見られると面倒だと思い、今はあの茶色のボブに黒縁メガネの疋田さんになってる。でも、安川さんは柊さんに会ってるテンションで話したくて仕方なさそう。頑張って我慢してるのが何だか面白い。

「あ、えーと。大丈夫だよ。武智君も三浦君も知ってるから」「お? という事は?」

「……エヘヘ」「その反応はもしかしてー?」

「……うん」「おおー! おめでとー! 美……じゃなくて疋田さーん!」

 もう辛抱たまらんって感じで疋田さんになってる柊さんに結局抱きついてしまう安川さん。柊さんも半ば諦めつつも、どこか嬉しそうに安川さんと抱き合ってる。まあ、疋田さんと安川さんとの関係、知ってる人殆どいないだろうし、そこまで気を配る必要もないと思うけどね。

 多分疋田さんと安川さんとは、元々他人行儀な関係で、柊さんと安川さんは親友だから戸惑ってるだけだろうけど。

 で、二人の会話はバッチリ聞こえてたんだけど、あえて知らんぷりしてる俺と雄介。でも次の瞬間、安川さんが俺の背中を不意打ちで思い切りバーンした。痛いなあもう! 

「な、何だよ!」「やーるじゃん、たけっちー!」

「な、何が?」「ほーお? この期に及んですっとぼけかますのか己は」

 とにかくめちゃくちゃテンション高い安川さんに、俺は若干ドン引きしてる。……言いたい事は分かったけどさ。で、そこで雄介がコホンと咳払い。

「ま、俺はずっと見てたからな。二人が……」「ぎゃああーー!! 雄介黙れ! それ以上言うと正拳突きすんぞ!」

「いやいや悠斗お前正拳突きって……。シャレにならんからやめろ」「……ちょっと待て。雄介、今ずっと見てたって言ったか?」

「……よし。明歩帰るか」「ちょ! 雄介待て! 誤魔化すな! どこから見てたんだ? 教えろ! おいこら!」

 俺の叫び声をニヤニヤしながら無視しつつ、安川さんがいつも通り雄介の腕に絡みつき、二人さっさと帰っていきやがる。傍らでは、俺を見てクスクス笑ってる疋田さんになった柊さん。

「あ! 今晩電話するからー! 詳しく教えてねー!」で、急に思い出したように振り返り、柊さんに手を振りながら声を掛ける安川さんと、それに答える柊さん。その顔はどこか満足げだ。なんでだろ? 

「ったく、雄介の野郎」「フフフ。でも三浦君から声かけられた時は、さすがにびっくりしたね」

 そうだね、とため息混じりに柊さんに返事する俺。とりあえず雄介への尋問は部活中にする事にして、俺達も帰る事にした。

「じゃあ帰ろっか」「うん」

 そこで柊さんは、俺の腕にそっと絡みつく。……え? えええええ!! いや、柊さん! 何してんの? 

「……明歩がちょっと羨ましくて。ね?」「お、おふぉう!」

「アハハ。何て言ったかわかんないよ」「い、いや、だって……」

 だってだってだって! いきなりそんな事されたら超絶緊張するじゃん! しかも今、あなた疋田さんなんだよ? 不意打ちで可愛くて嬉しい事するの卑怯過ぎる。……つか、柊さんも顔真っ赤じゃん。

 ま、まあ、さっき抱き合ったりキスしたりしてるから、それに比べりゃマシなのかも知れないけどさ、あれは告白して気持ち高揚してたから出来たわけで、今は素だからやっぱり恥ずかしい。めっちゃ嬉しいけど。

「そっちだって恥ずかしいくせに」「そ、そうよ。で、でも……、ずっと、こうしてみたかったから」

「あーあー、兄ちゃん達。いちゃつくのは帰ってからにしてくれ」そこで管理事務所のおじさんが、呆れた顔で俺達に声を掛ける。そして急に声をかけられビクッと驚きながらも、腕を離さない柊さんと、なすがままされてる俺。

 ペコペコ二人して頭を下げ、恥ずかしかったのもあって、サッサとその場から、俺達は腕を組んだまま帰路についた。

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