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その六十一

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 柊さんの突然の告白を聞いて、一瞬ポカンとして固まってしまう俺。

「……それって」「うん。付き合って欲しいって言われてた、答え」

「い、いいの?」「うん」

 俺が確認するように聞くと、顔を赤らめながらコクンと頷く柊さん。

「どうして、急に?」

「……夢を見たのもそうだけど、昨晩、武智君の部屋で二人でいた時、武智君の傍が本当、穏やかで心地良くて、この場所を離れたくないって強く思った。こんな気持ち初めてだった。そして、それを知ったのが凄く嬉しくて、武智君といる事が幸せで。だから……」

「そ、そっか」「アハハ。私何だか、凄く恥ずかしい事言ってるね」

 そう言いながら柊さんは顔が赤いままニコッと恥ずかしそうに笑顔を俺に向ける。その、何と言うか初々しい表情がとてもとても可愛らしくて、俺もつい顔が熱くなる。そして俺はそこでようやく、柊さんから改めて、前に彼女になってほしいと伝えた事の答えを貰った事に、頭が追いついてくる。

「いや、うん。ありがとう。じゃあ、改めて、俺の彼女になってください」「はい。宜しくお願いします」

 そう、お互い改まって二人してペコリとお辞儀する。ハハ、何だこのやり取り。コントかよ。

 でも俺はすぐに、もう辛抱出来なくなって柊さんをギュッと抱きしめる。そしておもむろにヒョイと持ち上げた。突然の事だったからか、「キャ!」っと柊さんは小さく叫ぶ。

「びっくりした! 危ないよ!」「ハハハ。大丈夫大丈夫! 鍛えてるから」

 そしてまるで映画のワンシーンみたいに、柊さんを抱き上げたまま、その場でくるくる回ってみた。柊さんは何だか怯えた表情ながらも、きっと恥ずかしんだろう、顔を赤くしたまま、何だか嬉しそうに見える。

 つーかやばい。俺の方こそメッチャクチャ嬉しい。もう大声で叫びたいくらいテンションが上がってる。ようやく俺の想いが叶った。この超絶美少女柊美久さんは、俺の彼女になったんだ!

「グス、あ、あれ? 俺、グス、何で泣いてんだ?」

 びっくりした。全く無意識だった。突然目から涙が溢れてきた。勿論これは嬉し涙だろうけど。でも、まさか泣くなんて……。

「グス。ア、アハハ。俺カッコ悪い」「フフ。グス、そんな事ない、グス。あ、あれ? グス、アハハ、私もだ」

 柊さんも泣き出した。何だこのやり取り? それが何だかおかしくて、二人して泣きながら、夏の暑い日差しが照りつける中だけど、そんな些細な事を気にせず、まだ誰もいない事を一応確認してから、道の真ん中で笑顔で泣きながらキスをした。

 ※※※

「ここら辺で……、いいかな?」「……そっか」

 あの歩道橋までは俺の家から歩いて大体十五分くらい。で、既に今は、角を曲がってあの歩道橋が見える場所まで来てる。だから、俺達は一旦ここで立ち止まる。

 柊さんの告白の返事から、ずっと俺達は手を繋いでここまで歩いてきた。正直、離したくない。だってようやく、俺の長い間の想いが叶ったんだから。疋田美里さん、というか、柊美久さんを、彼女にできたんだから。

 でも、離さなきゃ。

 俺が意を決して手を緩める。でも、手は離れない。柊さんが離さないから。

「……離したくない」「まあ、ホントは俺もだけどね」

 手を繋いだまま、柊さんは俺の正面に立ち位置を変える。そして切れ長の綺麗な目が、上目遣いでジッと俺を見つめる。

「……どうしたの?」「……昨日も言ったけど、私高校を辞めるの。そして、本格的に芸能活動を開始する事になる。そうなると、当然忙しくなる。家も出ちゃう。だから……」

「……会えなく、なる?」俺の言葉に、小さくコクンと頷く柊さん。……そっか。じゃあ、ここでさよならしたら、暫くは会えなくなるんだ。

「それは、凄く嫌だなあ」「うん。私も」

 そう言って柊さんは、未だ離さない手をぎゅっと強く握る。柊さんの言葉を聞いた俺は、このまま柊さんをどこかへ連れていきたいという、強い衝動に駆られてしまう。

 でも、柊さんは昨晩家に帰ってないし、そもそも喧嘩別れみたいになって飛び出しちゃってるから、さすがに家に帰さなきゃダメだ。

 本当はずっと一緒にいたい。本当はこのまま柊さんを連れ去りたい。もっとずっと、傍にいたい。

 だけど……。

 俺は自分勝手な衝動を無理やり押し込み、思い切って、柊さんの手を振り払った。

「……あ」半ば強引に手を離され、少し名残惜しそうな顔をする柊さん。その表情反則だよ。そんな切ない表情しないでくれよ。俺だって本当は離したくないんだよ。でも……、断ち切らなきゃ。

 俺は寂しそうな顔をする柊さんの肩を掴み、柊さんの顔を見ながら話しかける。

「きっと、また会える。そして俺も、柊さんに会えるよう、努力するから」

「……出来る、かな?」「出来る、じゃない。やる。俺はそう決めた」

「……でも、手強いよ?」「そうなの? でも関係ない。俺はそう決めた」

 そう。たった今俺はそう決めた。何度も自分に言い聞かせるように、俺は柊さんから目を離さず、強い口調で語りかける。俺は決めたんだ。

 この子がずっと笑顔で、そしてずっと一緒にいられるよう、精一杯努力するって。

 ……具体的に何をすればいいのか、今は分からないけど。

「……本当、武智君って強いね。……そうだね。私も、武智君に頼ってばかりいないで、頑張る」

 そう言いながら、淋しげながらもニコっと微笑む柊さんを、俺はまたも耐えられず抱きしめる。

「私も強くなる。うん。強くなるよ」

 俺に抱きしめられながら、柊さんは自分に言い聞かせるように、何度もそう言った。

 そして今度は柊さんからそっと離れ、そしてまたも、俺にキスをした。

「武智君、大好きだよ」

 顔を赤らめ、もう何度聞いたか分からない、その嬉しい言葉を俺に伝えながら、再度笑顔を見せた後踵を返し、あの歩道橋がある場所へ向かうため、角を曲がって歩いていった。

 ……行ってしまった。

「……柊、さん。またね」

 きっともう聞こえていないけど、つい呟いてしまう俺。だって既に、柊さんの姿は見えないんだから。

 だけど、

 ……なんだろう? この壮絶な喪失感。いきなり胸にぽっかり穴が空いたような。

 ……なあ、武智悠斗。お前はこのまま柊さんを行かせていいのか? もしかしたら、ずっと会えなくなるかも知れないんだぞ? 柊さんは高校を辞め、引っ越しして、知らない世界へ行ってしまうんだぞ? 

 まるで自分自身を試すかのように、そんな問いかけを己自身にしてしまう俺。

 そりゃ本当は引き止めたいに決まってる。行ってほしくないに決まってる。ずっと、俺のそばにいてほしいに決まってる。

 だけど、それは俺のワガママだ。柊さんには柊さんの世界があって、責任がある。だからグッと握り拳を作り、追いかけていきそうになる気持ちを、無理やり心の奥底にねじこんだ。

 ……きっと、きっと。きっとまた、俺は会ってみせる。そしてまた、柊さんを抱きしめるんだ。

 そうやって頑張って決意するものの、俺は暫く、その場から中々動けずにいた。

 ※※※

 ブブブ、とふと俺のポケットに入ってるスマホがバイブした。画面を見ると雄介だ。

「グス、よ、よお、雄介」『おーっす、元気かあ、……って悠斗、お前泣いてんの?」

「あ、い、いや……グス」『なあもしかして、柊さんとは……』

「い、いや、それは……。つか、どうした? 何か用か?」『え? ああ。いや、明歩用事あるって言って、今日空いちゃったから、悠斗暇かなあと思ってさ』

「そ、そっか。じゃあ今からどっか行くか。もうすぐ昼飯時だし、何か食いに行くか?」『おー、いいねー。で、そん時、色々聞かせろよ?』

 ……雄介が聞かせろって言ってるのは、間違いなく柊さんとの事だ。まあ、雄介は俺の事応援してくれてたし、俺の気も多少は晴れるかも知れないから、いいかな?

 それに俺も、何だか誰かに話したい気分だし。

「ま、とりあえず向かうわ」『了解ー』

 そう言いながら通話を切ってポケットにスマホを入れる。でも俺は、未だ歩道橋がある角のところから、動けないでいた。

「情けねぇなぁ俺。しかも泣いちゃったし。どんだけ未練がましいんだよ。……柊さんは、ちゃんと自分の家に向かって行ったじゃないか。俺も割り切って動かなきゃ」

 そう自分に言い聞かせ、グイと涙を拭い、ようやく踵を返して雄介の家に歩いて向かった。

 ※※※

「ヒックヒック。武智君、武智君……」

 実はあの後、角を曲がったところで立ち止まってた私。何故なら涙が全然止まらなかったから。そして実は、武智君が、さっき私と別れた場所で泣いている声、聞こえてた。

 だから、まるで津波のような、とてつもなく強くて戻りたい衝動に駆られてしまった。だって、別れを惜しんで泣いてくれてる、大好きな人が、すぐ近くにいるんだもん。だけど、武智君だって決意して私の手を離したんだから、その気持ちを裏切るわけには行かない。

 ……私も、強くならなくちゃ。

 これから家に帰ったら、きっと相当怒られる。でも私は屈しない。そう決めた。

 強くて優しくて頑張り屋さんで、心地良い武智君の元に、戻るために。

 ……あ、武智君、誰かと電話してるみたい。三浦君かな? それからザッザッと徐々に離れていく足音。ああ、武智君、離れていったんだ。

 ……淋しい。これで本当に、武智君と会えなくなる。急にお腹の真ん中にぽっかり穴が空いたような虚しさを感じる。

 あ、ダメだ。また涙が溢れてきた。ハハ、私どんだけ、武智君に依存してるの? そしてつい、さっきまで武智君がいたであろう、角を曲がったところを覗いてしまう弱い私。……やっぱりもう、武智君はいない。でも、いなくて良かった。いたらきっと、私二度と、武智君の元から離れられなくなる。

 でも、見なきゃ良かった。いない現実を突きつけられて喪失感のせいで、またも涙が溢れて止まらない。

「グス、ヒック、ヒック。グス、武智、君……離れたく、ないよぉ」

 昨日の夏祭り、武智君に疋田美里が私だと知られ、武智君と想いが通じて、更に、お泊りするという凄い経験した事も関係あるのだろう。ずっと蓄積されてきた想いが、一気に溢れ出ちゃったみたいに、とめどなく溢れる涙。

 そしてその想いは、私が思っていた以上にとても沢山で、とても強かったみたい。

「ヒックヒック、グス、グス。武智君、武智、君……」

 結局私は、その場で小一時間程立ったまま泣いてしまい、家に帰れなかった。

 そしてひとしきり泣いて、ようやく気持ちが落ち着いて泣き止む事ができ、気持ちを新たにして帰ろうとした時、

「あれー? やっぱ美久じゃん。そんなとこで何してんの?」「!」

 突然声をかけられ驚きながら振り返る。

「……ヒロ、君?」「よお。久しぶりだな」

 その声の主は、幼馴染のヒロ君だった。

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