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その八十三

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 ※※※

「……」「何むくれてんだよ?」

「だーって三浦先輩、彼女いるって」「まあそりゃあな。イケメンだしモテるしな」

 俺がそう言ったところで雄介が突然、ポカンと頭をゲンコツで軽く叩いた。痛ってぇなぁ! 何だよ!

「余計な事言うな」「なんだよ。事実じゃねーか」

 そうだ何が余計な事だよ? 実際、安川さんと付き合う前までは、三人? 彼女いたんじゃねーか。雄介は曖昧に答えてたけどさ。

「つーか武智先輩だって彼女いるんですもんね。二人揃ってリア充ですね。爆発しろ」「……何なんだよ急に」

 そう言って両おさげを揺らしながらむくれてる。ほんっと、こいつ変わり者だな。どうやらこの……山本玲奈っていう名前らしいが、来月からこの学校に転校してくるみたいで、今日はその手続きのために、夏休み中の学校に来たらしい。だから私服だったんだな。いくら部活がないからと言って、学校に私服で来る奴はいないし。

 俺が部室前に山本を連れてきて、偶然雄介が出てきたタイミングでいきなり言い寄っていったはいいが、すぐに安川さんと付き合ってる事伝えて撃沈した後、ついで顧問が出てきたんで、そこでようやく落ち着いて話出来たんだよな。先日の誤解もそれで一応解く事はできたし。

 で、学年は高校二年生らしい。ここK市から少し離れたS市からやってきたんだと。

 ま、学年違うし、これ以上この子と付き合う事無いだろうから、今後トラブルに巻き込まれる事もないだろうけど。

「とりあえず、勝手に勘違いしてたみたいですみませんでした」

 そして改めて頭を下げる山本。

「……まあいいよ。でも、これからは余り思い込んで行動しないようにしたほうがいいかもね」

 俺の言葉を聞いて、はぁーい、そうしまーす、と返事しながら、山本はしゅんとしながら話し始める。

「私あの時、ほら、武智先輩と会った時、久々に外出たんですよね。テンションあがってたのもあってかああなっちゃって。で、私って超可愛いでしょ? だからきっとナンパだ、と思っちゃって。しかもさっきまた会っちゃったから、つい、ね?」「……」

 テヘ、と舌をぺろっと可愛らしく出してごめんなさいポーズする山本。変わり身早ぇーなおい。しかも自分で可愛いって言っちゃうし。自意識過剰甚だしいな。まあ確かに、俺が柊さん以外で見惚れてしまう程の可愛さなのは認めるけどさ。

「しかし、三浦先輩も武智先輩も空手やってるんですねー」「まあな」

 雄介がそう返事した後、ふむ、と顎に手を当て何だか考え込む山本。……まさか入部を考えてるとか?

「あー先に言っとくけど、うち女子の空手部ないぞ」「え? 何でですか?」

「うちは元々進学校だからな。スポーツには余り力入れてないからなんだよ」その質問に雄介が返事した。

 そう。雄介の言う通り、うちの学校は元々偏差値の高い進学校。どちらかというと学業中心で、主に文化系の部活のほうに力を入れてる。一応うちの空手部やラグビー部といった体育系の部活もあるにはあるが、気合入れてやってるとこは少ない。まあうちも、県大会決勝まで行かなきゃ、本来は結構のんびりした部なんだけどね。

「おい、山本とか言ったな? 教員室案内してやるからついてこい」そこで、一旦部室から離れてた顧問の先生が戻ってきて声をかけてきた。山本は分かりましたー、と返事して、俺達にペコリと頭を下げ顧問と共に去っていった。

「しかし、急に嵐がやってきたな」「ホントだな。でもまあ、これ以上関わる事ないだろうけどな。学年違うし」

 そうだな、と俺と雄介はお互い苦笑しながら、部室に入っていった。

 ※※※

「あー、皆聞いてくれ。今日からマネージャーとして来てくれることになった……」「山本玲奈ですっ! 皆さん宜しくねっ!」

 キュピーン、って音と共にハートマークがキラリーンって出てきそうなくらいキャピキャピしながら自己紹介する山本。……ってちょっと待て。

「先生、空手部ってマネージャー募集してましたっけ?」「いや、やってなかったんだが、山本がどうしてもやりたいって言うんでな」

 まいったなあ、と顔を赤くして頭をかくゴリラ顔の顧問。いやあんた、何懐柔されちゃってんの? しかも今日この学校に初めてやってきて、転入手続きしてきたばっかの生徒だぞ? 急展開にも程があるだろ。うちの学生服だって持ってないはずなのに……って、既にちゃっかりうちの学校のジャージ着てるじゃねーか。どうやってそれゲットしたんだ?

 そしてこの突如やってきた超絶美少女マネージャーに、俺と雄介以外の部員達はもうメロメロになってやがる。皆して目がハートマークになってるし。……お前らめちゃくちゃ気持ち悪い。

 今日から空手部は県大会のための練習に入る。俺は三年生なんで今年で最後。柊さんとの事もあって、俺はかなり気合入れてたんだけど。……この山本って後輩の出現で何だか興をそがれた気持ちだ。

 で、さっき顧問にも確認した通り、空手部ではこれまでマネージャーを募集してた事は一度もない。雑用は基本後輩達がやるのがうちの伝統みたいなもんだからね。それなのに急遽こうなっちゃって、雄介も何だか困惑してるっぽいな。他の部員達は違うみたいだけど。

 桃色の混じった茶髪のツインテールで、やや大きめの赤いリボンが二つ動くたびに揺れてる。ジャージ姿でもその抜群のスタイルは分かるくらい凹凸がはっきりしてるが、背丈はは150cmくらい? 柊さんより背は低いみたいだ。そしてぱっちり二重の大きな目。……ま、確かに超のつく美少女ではあるな。部員の連中がメロメロになるのも分からなくはないけど。

「つーか、武智と三浦。お前ら何で無反応なの?」「「は?」」何やら不満げに部員の一人が俺達に声を掛ける。てゆーか、何怒ってんの?

「このむさ苦しい男しかいない空手部に、あんな超絶可愛い子がやってきてくれたんだぞ! もっと喜べよ」「そうだそうだ!」

「そう言われても、なあ?」「うーん」

 俺と雄介は二人して困った顔。正直お互い興味ないもんな。

「何でそんなテンションなんだよ!」

「あ! そうだ三浦先輩、めっちゃ美人の彼女いますよね! 前の団体戦の時応援に来てたの見ましたよ!」

「そうだ! あれ確か、俺らの学年で有名な美女、特進科の安川だったぞ! しかも確か、あの時帽子かぶっててはっきり見えなかったけど、もう一人女の子来てたよな? それってもしかして……」

 そして俺と雄介を、後輩含めた部員達が何やら殺気めいた、というより、嫉妬めいた視線で一斉にギロリと睨む。……いやお前ら怖いぞ?

「くっそ、リア充しね」「なあ、武智先輩強いけど、俺ら全員でかかったらイケんじゃね?」「そうだな、やってみようぜ」

 いやお前ら本気かよ? つーか、やってみるかって言ったやつ誰か分かったからな? 乱取りの時覚えてろよ。

「お前ら下らない事言ってないでそろそろ始めるぞ。じゃあ山本、改めて今日から宜しくな」「はーい!」

 そう言って元気一杯顧問に答えながら、高く手を挙げる山本。その際それなりに実ったたわわなソレがぷるんと震える。それを見た部員達は一斉にニヘラってなってた。ちょっと内股になって。……こいつら県大会大丈夫か?

 しかしもう関わる事ないと思ってたのに、まさかマネージャーになるとはなあ。何だか波乱の予感がする。俺ははぁ~、と大きなため息をついて、雄介とペアを組んでストレッチを開始した。

 ※※※

「おい山本! それを運んでくれ」「はーい!」

「山本! 部員達のタオルは……」「これですよね? 了解です!」

 顧問の先生の指示に、まだ慣れない様子ながらも、それでもテキパキ雑用をこなしている山本。

「……」「何だ? 気になるのか?」

 俺の視線を察した雄介が突っ込む。いや、気になってんじゃなくて、結構真面目に頑張ってんじゃん? と感心してただけなんだけどな。まあ、雄介も質問しつつも俺が何考えてるか分かってる様子だけど。しかし、今日登校してきたばっかで結構こき使われてんのに、頑張ってんなあ。チャラいと思ったけど案外真面目なんだな。

「ま、あの子のおかげで後輩達も雑務する必要なくなって練習量増やせるし、可愛いからやる気満ちてるし、良かったんじゃね?」「……まあ、そうかもな」

 雄介の言う通り、こいつら、山本にいいとこ見せようといつも以上に張り切ってやがるしな。

「武智先輩! 次俺お願いしまっす!」「おう、宜しくな」

 俺を名指した後、チラチラ山本の方を見る後輩君。ほう。俺を利用して山本にアピールしようってか?

「余裕あんじゃん」「え? あ、い、いや、そういうわけでは……」

 魂胆がバレて一気に血の気が引いていく後輩君。全く、可愛い子にアピールしたくなる気持ち分からんでもないけど、真面目にやれよな。で、俺は後輩君をコテンパンにやっつけた。

「イテテ……。武智先輩容赦ないっす大人気ないっす」「なーにが大人気ないだよ。おーい山本! こいつ診てやってくれ」

 俺がそう言って山本を呼ぶと、遠くからはーい、と返事する声。そして途端にパアァと顔を明るくする後輩君。そしてさっきまで俺にのされて座り込んでたくせに、急にビシィと立ち上がって俺の手を力強く握ってきた。キモい。すっげぇキモい。

「いいから早く行ってこい」「武智先輩! 最高っす! 大好きです!」

 そして嬉々としてスキップしながら山本のところに駆けていく後輩君。いやお前、のされてたんじゃねーの? めっちゃ元気だなおい。でも数分後、しょぼーんとしてトボトボ帰ってくる後輩君を見て、何があったか察した俺だった。


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