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16話 森の中
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農道を過ぎたころには夕日が沈み、辺りが闇一色に染まりだす。
砂利の道を走り続けた馬車がようやく止まったのは、空に星が顔を出したころだった。暗闇の先に、小さな灯りが浮かんでいる。あそこに門があるらしい。
御者の老人は何も言わずにホーデリオにランタンを、そしてミミに小さなナイフを渡してきた。
「……これは」
ミミの問いかけに老人は何も答えない。今度は馬車から大きなリュックを抱えながら戻ってくると、ふたりの足元にそれを置いた。言葉はなく、被っていた帽子を取るとゆっくりと頭を下げて、老人はすぐに馬車に乗って帰っていった。
ランタンの灯りでリュックの中を確認すると、そこには水筒や食べ物、着火剤、魔獣除けの香などが詰まっている。
「なるほど、領民たちからのささやかな餞別ってところかな」
「餞別? みんなが……」
冷たい視線が怖かったが、こうして気にかけてくれる人たちもいるのだ。ミミの心がぽかぽかと温かくなった。
「たぶん、みんなこっそりと彼に渡したんだろうね」
ホーデリオは暢気な声で言い、リュックを担いでから門に向かって歩き出した。
「ミミ、行こう」
馬車の灯りが小さくなるのを見つめていたミミに、ホーデリオが声をかける。ミミはランタンの灯りを頼りに、急いであとを追いかけた。
思っていたよりも門まで遠く、砂利を踏みしめる音がずいぶんと大きく聞こえてくる。
近くで見た門は鉄でできていて重そうだった。石の壁は闇の中に隠れてしまっているが、高くて大きいとミミは知っている。ホーデリオが手を上げた先に目を向ければ、小さな灯りを持った門番が、左右に分かれて立っていた。
「ホーデリオ様、どうか、お気をつけて」
ふたりの門番が、恭しくホーデリオに頭を下げた。
「ああ、ふたりも達者でね。あとは任せたよ」
彼らのやり取りにミミは驚き、ホーデリオを見た。彼は気にすることなく、開いた門へ真っすぐに進んでいく。
「知り合い?」
「ああ」
慌てて近づき訊いたが、ふたりの会話は続かなかった。門の外に広がる闇の森にミミが圧倒されてしまったからだ。
怖い。
とても怖い。
ミミは自分がこんなに恐怖を感じるとは、夢にも思っていなかった。鳥肌が立ち、足が前に進まない。夜空を見上げれば月が見えなかった。今日は新月だろうか。
(月のない夜は、どうしてこんなにも不安になるかしら)
ミミは子どものころから月のない夜が少し怖くて不安になるのだ。
(月を愛したご先祖様たちの影響かしら)
兎獣人族の言い伝えに、月に行ったご先祖様がいると言われているのだ。ミミも月を見るのが好きだった。その月が今日は見えない。
月の光が届かない森は、ランタンの灯りだけが頼りだった。
父のジルドからは、門の近くにある木の上にのぼって、夜が明けるのを待つように言われている。門の周辺には、魔獣除けの魔道具が設置されているからだ。そのあとは、猟師たちの小屋が森の各所にあるので、そこで休むようにと道順も聞いてある。今の自分の状況を冷静に判断すると、とてもそのとおりには、できそうにないのだが……。
これからのことで悩み出したミミの横を、ホーデリオは気にせず歩き出してしまった。
「ホーデリオ、待って! お父さんは木の上で夜は過ごすようにって!」
「大丈夫だよ。ついてきて」
暗い中でも、ホーデリオが笑っているのがわかる。ミミは彼のあとを急いで追いかけた。ランタンの灯りに小さな魔虫が寄ってくるだけで、近くに魔獣の気配はない。身体の震えに気づかれまいと歯を食いしばり、ミミは貰ったナイフを握りしめてホーデリオのあとを進んだ。
暗闇に包まれた森の中で、魔虫の音だけが聴こえてくる。果たしてミミは、ひとりでこの森を進めたのだろうか。今なら限りなく無理だと自分に言うだろう。徒歩で森を抜けるには、数日はかかるのだ。恐怖心は薄れることも、慣れることもなくミミの後ろに張り付いている。自分の行動の浅はかさと愚かさを思い知らされていた。今はホーデリオがいてくれる。そのことがずいぶんと心強かった。
「ミミ、迎えが来ていたよ」
「えっ?」
ホーデリオの言葉に、ミミは自分の耳を疑った。
「ほら、あそこに」
ランタンの灯りに浮かんだ指を追いかけると、その先に小さな灯りの群れが見える。恐る恐る近づけば、ホーデリオの屋敷にいた従者や護衛たちが揃っていた。後ろには魔馬と馬車が数台止まっている。
「旦那様、お待ちしておりました」
従者たちがまたもや恭しく頭を下げてくる。
「ご苦労だったね。これからみんなで引っ越しだ。道中気をつけて行こう」
ホーデリオが明るく言うと、従者たちも準備万端だと明るく返事を返している。ミミの頭の中は混乱して、うまく考えがまとまらい。
「さあ、ミミも疲れただろう? 馬車の中で休むといいよ。宿もとってあるからそこで今後のことも話し合おう」
何もかも、ホーデリオの手のひらの上なのかもしれない。
――どこからどこまで?
気づけばミミは馬車の中にいて、遅い夕食をホーデリオととり、極度の緊張で疲れていたのだろうかいつの間にか眠ってしまっていた。馬車はずいぶん遠くまで走り、起きたときには鼠獣人族の領地に着いていたのだった。
砂利の道を走り続けた馬車がようやく止まったのは、空に星が顔を出したころだった。暗闇の先に、小さな灯りが浮かんでいる。あそこに門があるらしい。
御者の老人は何も言わずにホーデリオにランタンを、そしてミミに小さなナイフを渡してきた。
「……これは」
ミミの問いかけに老人は何も答えない。今度は馬車から大きなリュックを抱えながら戻ってくると、ふたりの足元にそれを置いた。言葉はなく、被っていた帽子を取るとゆっくりと頭を下げて、老人はすぐに馬車に乗って帰っていった。
ランタンの灯りでリュックの中を確認すると、そこには水筒や食べ物、着火剤、魔獣除けの香などが詰まっている。
「なるほど、領民たちからのささやかな餞別ってところかな」
「餞別? みんなが……」
冷たい視線が怖かったが、こうして気にかけてくれる人たちもいるのだ。ミミの心がぽかぽかと温かくなった。
「たぶん、みんなこっそりと彼に渡したんだろうね」
ホーデリオは暢気な声で言い、リュックを担いでから門に向かって歩き出した。
「ミミ、行こう」
馬車の灯りが小さくなるのを見つめていたミミに、ホーデリオが声をかける。ミミはランタンの灯りを頼りに、急いであとを追いかけた。
思っていたよりも門まで遠く、砂利を踏みしめる音がずいぶんと大きく聞こえてくる。
近くで見た門は鉄でできていて重そうだった。石の壁は闇の中に隠れてしまっているが、高くて大きいとミミは知っている。ホーデリオが手を上げた先に目を向ければ、小さな灯りを持った門番が、左右に分かれて立っていた。
「ホーデリオ様、どうか、お気をつけて」
ふたりの門番が、恭しくホーデリオに頭を下げた。
「ああ、ふたりも達者でね。あとは任せたよ」
彼らのやり取りにミミは驚き、ホーデリオを見た。彼は気にすることなく、開いた門へ真っすぐに進んでいく。
「知り合い?」
「ああ」
慌てて近づき訊いたが、ふたりの会話は続かなかった。門の外に広がる闇の森にミミが圧倒されてしまったからだ。
怖い。
とても怖い。
ミミは自分がこんなに恐怖を感じるとは、夢にも思っていなかった。鳥肌が立ち、足が前に進まない。夜空を見上げれば月が見えなかった。今日は新月だろうか。
(月のない夜は、どうしてこんなにも不安になるかしら)
ミミは子どものころから月のない夜が少し怖くて不安になるのだ。
(月を愛したご先祖様たちの影響かしら)
兎獣人族の言い伝えに、月に行ったご先祖様がいると言われているのだ。ミミも月を見るのが好きだった。その月が今日は見えない。
月の光が届かない森は、ランタンの灯りだけが頼りだった。
父のジルドからは、門の近くにある木の上にのぼって、夜が明けるのを待つように言われている。門の周辺には、魔獣除けの魔道具が設置されているからだ。そのあとは、猟師たちの小屋が森の各所にあるので、そこで休むようにと道順も聞いてある。今の自分の状況を冷静に判断すると、とてもそのとおりには、できそうにないのだが……。
これからのことで悩み出したミミの横を、ホーデリオは気にせず歩き出してしまった。
「ホーデリオ、待って! お父さんは木の上で夜は過ごすようにって!」
「大丈夫だよ。ついてきて」
暗い中でも、ホーデリオが笑っているのがわかる。ミミは彼のあとを急いで追いかけた。ランタンの灯りに小さな魔虫が寄ってくるだけで、近くに魔獣の気配はない。身体の震えに気づかれまいと歯を食いしばり、ミミは貰ったナイフを握りしめてホーデリオのあとを進んだ。
暗闇に包まれた森の中で、魔虫の音だけが聴こえてくる。果たしてミミは、ひとりでこの森を進めたのだろうか。今なら限りなく無理だと自分に言うだろう。徒歩で森を抜けるには、数日はかかるのだ。恐怖心は薄れることも、慣れることもなくミミの後ろに張り付いている。自分の行動の浅はかさと愚かさを思い知らされていた。今はホーデリオがいてくれる。そのことがずいぶんと心強かった。
「ミミ、迎えが来ていたよ」
「えっ?」
ホーデリオの言葉に、ミミは自分の耳を疑った。
「ほら、あそこに」
ランタンの灯りに浮かんだ指を追いかけると、その先に小さな灯りの群れが見える。恐る恐る近づけば、ホーデリオの屋敷にいた従者や護衛たちが揃っていた。後ろには魔馬と馬車が数台止まっている。
「旦那様、お待ちしておりました」
従者たちがまたもや恭しく頭を下げてくる。
「ご苦労だったね。これからみんなで引っ越しだ。道中気をつけて行こう」
ホーデリオが明るく言うと、従者たちも準備万端だと明るく返事を返している。ミミの頭の中は混乱して、うまく考えがまとまらい。
「さあ、ミミも疲れただろう? 馬車の中で休むといいよ。宿もとってあるからそこで今後のことも話し合おう」
何もかも、ホーデリオの手のひらの上なのかもしれない。
――どこからどこまで?
気づけばミミは馬車の中にいて、遅い夕食をホーデリオととり、極度の緊張で疲れていたのだろうかいつの間にか眠ってしまっていた。馬車はずいぶん遠くまで走り、起きたときには鼠獣人族の領地に着いていたのだった。
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