ミミは生涯の番と別れられるか?

みづきかやの

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36話 ホーデリオとの再会

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「で、きみがその子を預かることになったのかい?」

 春先に国都へ戻ってきたホーデリオは、カフェのテーブルに並んで座るミミとサージュを見てそう言った。

 テテが見たいと言っていたサクララの花があちらこちらで咲きほこり、花びらが散っている。カフェの近くにも咲いていて、ひらりと一枚、ミミのティーカップの中に落ちてきた。

 サクララの花を見るたびに、ミミはテテを思い出し切なくなってしまう。

 テテの亡骸は、赤い屋根の宗派を問わない神殿の共同墓地に埋葬した。嬉しいことに、そこにはサクララの木が植えられていた。

「もうずっと一緒に暮らしていたし、それに学校のことを考えると、私が保護者になっていたほうがいいと思ったの」

 国都の学校は十四歳から入学できるのだが、保護者がいるほうが自由に専門学科が選べるのだ。保護者とはいわば、学費等の保証人という意味で、本人との関係性に決まりはない。

 サージュは騎士科を希望したので、今からミミは張り切ってお金を貯めだしているのだが……。本人は特待生免除制度を利用したいと言い出している。これは一部の優秀な生徒だけが対象で、卒業後は決められた候補地での就労が義務付けられる代わりに、学費を全額前借りという形で免除できる制度だ。ただし、借りた学費を返し終わるまでは転職が許されない。

 ミミはもっと自由に未来を選んでほしいと思っているのだが、サージュはゆずれないようだった。

「きみは優しすぎると思っていたけど、ここまでとはね。すっかりお母さんのようだ……」
「お母さんじゃない!!」

 ホーデリオの言葉に、珍しくサージュが声を荒らげた。

 ミミも衝撃を受け、呆然とサージュを見る。

 心臓の鼓動を早く感じて、ミミは胸を押さえた。わかっていたことだと自分に言い聞かせる。自分はサージュの母親にはなれない。テテを埋葬したとき、サージュに訊いたのだ。お母さんとの記憶はあるのかと――。

 サージュは覚えていると言った。

 いつも仕事であまり一緒にはいられなかったけれど、悪い人ではなかったと教えてくれた。サージュには、母親との大切な思い出がある。そこに自分が入り込むことなどできないのだ。

 わかっていたのに胸が少し痛い。白い耳がたれ下がり、落ち込むミミを見たサージュは慌てて言葉をつなげた。

「お、お、お姉ちゃんみたいな……!」
「――お姉ちゃん!!」

 ミミの目は輝きに変わっていた。

 ひとりっ子だったミミは姉弟に憧れがあり、嬉しい響きだったのだ。ニコニコと笑顔に変わったミミを見て、今度はサージュが顔を強張らせて塞ぎこんでしまったのだが、それに気づいたのはふたりを前の席から見ていたホーデリオだけだった。

「……そういえば、あの熊男が警備隊に指名手配されたんだってね。彼らが動くなんて正直驚いたよ」

 複雑な表情を浮かべながらホーデリオは話を変えた。彼のところにも、一連の話が届いていたらしい。

「ええ、最初は大変だったのよ。話も聞いてくれなくて」

 ミミは最初、警備隊に訴えれば動いてくれると思っていたのだが、現実はそうはいかなかった。彼らは裏の出来事は裏の連中で解決しろと言ってきたのだ。ミミはテテを裏の住人だと思ったことがない。テテの生い立ちを聞いてもだ。

 だが警備隊は違った。国都に住人として登録しているか、税を払っているか、それがすべてだった。そんなに仇を討ちたいのなら、裏の重鎮にでも頼み込めと下卑げびた笑みを向けてきたのだ。

 裏の重鎮とは誰だろうか。探すべきか考えていると、サージュが絶対に関わらないでと必死に止めに入った。ミミはサージュに重鎮が誰か知っているのか尋ねると、彼は目を逸らし前髪を直しながら知らないと言った。

 最近ミミは気づいたのだが、サージュは嘘をつくとき視線を逸らして前髪に触れるのだ。無意識の癖なのだろう。ミミは国都に来てから、自分と大切なものを守るために嘘をつくことがあると学んだ。サージュの嘘は、きっとミミを守るためなのだと思っている。だから追及はしなかった。

 ミミの苦悩は、掃除の依頼主たちにも届いていて、後日彼らが連名で警備隊に嘆願書を提出してくれたのだ。中でも大店おおだなの家具屋と薬屋がいたことが大きかったようで、警備隊の上層部はすぐに動いてくれた。

「なるほど……彼らの頼みなら、無下にはできないか。熊男も今ごろはもう国都から逃げ出しているかもしれないね」

 ホーデリオいわく、熊獣人は猛獣類の中でも戦闘能力が高く、警備隊の中でも互角に戦えるのはほんの一握りらしい。警備隊は騎士になれなかった者たちが就くことが多いので、魔力も少なく志気が低いのも原因の一つだという。騎士団に頼ることもできなくはないのだが、彼らのプライドがそれを許さないとも。

 熊男の指名手配を警備隊が大々的にアピールしているのも、できれば国都から出て行ってほしいとの表れなのだ。捕まるまでは気をつけないといけないね、と言ってホーデリオはお茶を一口飲んだ。

「それで、ミミ。私に会いたいと言ってくれた理由を教えてくれるかな?」
「そうだった!」

 ミミが勢いよく両手を合わせると、ホーデリオに連絡を取った理由を話した。

「貴族の家に掃除に行くのかい? 凄いじゃないか!」
「ええ、新聞のコラム記事を読んでくださった方が、ぜひ我が家もお願いしたいって」
「きみのコラム記事は、私の使用人たちも愛読しているよ。とてもためになるってね」

 笑顔を向けるホーデリオに、でも……とミミは言い淀んだ。

「私、貴族のマナーを知らないの。できれば最低限必要な知識を知っておきたくて」

 新聞への掲載は絶大な力を発揮していて、何件も掃除の依頼が入ってきているのだ。

 だが、貴族の家へ行くのは今回がはじめてのことだった。恐れ多いと断ることも考えたのだが、報酬に目がくらんでしまったのだ。訪問日はまだ先なので、できれば教えを乞いたかった。

「お安い御用さ。きみに頼られることがとても嬉しいよ」

 そう言ってミミの手に触れようとしたホーデリオの動きが止まった。顔は強張り、暑くもないのに額には汗が浮かんでいる。

「ホーデリオ?」

 どうしたのだろうか、彼の視線の先を追うとサージュがいた。サージュはミミにはけっして見せない冷たい表情で、ホーデリオを見据えている。

「ミ、ミミ、もしかしてこの子って……」

 そう言いかけたホーデリオに、後ろから慌てた声か被さってきた。

「旦那様! お話し中に申し訳ございません! 領主様がお会いしたいと今、店のほうに……」

 ホーデリオの使用人からの言葉に、場の空気が変わった。小さく息を吐きホーデリオは立ち上がる。

「ミミ、あとでお土産を持っていくから、そのときにいてる日を知らせるね」
「ありがとう! あの、領主様って私たちの……」

 訊いていいことだろうかと不安に思ったが、懐かしくてつい尋ねてしまっていた。

「ああ、そうだよ。ミミ、私たちはやれることはすべてやった。あとは彼の覚悟を待つだけなんだ」

 悪戯っ子のように笑って、ホーデリオは帰っていった。

 家に帰ると部屋の中がひっそりとしていて、その静けさにまだ慣れない。

 テテがまだいるように感じてしまうのだ。同時に時間が経つにつれて後悔が押し寄せてくる。もっと何かできたのではないかと――。

 テテが座っていた定位置のテーブルには、グラスが一つ置いてある。お酒を注いで、彼女を偲ぶことしかミミにはできない。不甲斐なくて悲しくて、今だに涙が溢れてきてしまうのだ。

 ミミは力なく床にしゃがんで、悲しみが去っていくのを待った。

「ミミ……」

 サージュが優しくミミの頭に触れてくる。

 大人としてしっかりしなければいけないのに、それすら上手く繕えない。

 サージュの小さな手がミミの髪をき、頬に触れた。額やこめかみ、鼻や頬に口づけの雨を降らしてゆく。

「ふふふ、くすぐったいわサージュ」
「ミミ、俺がずっとそばにいるよ」
「うん」
「ずっと、ずっとだ」
「うん」

 優しい言葉が、ミミの涙腺をまた刺激する。

 こぼれる涙をサージュは何度も拭ってくれた。

 サージュ、どうかそばにいてね。あなたが巣立つそのときまで――。


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