ミミは生涯の番と別れられるか?

みづきかやの

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44話 隠し事

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「ベナス!?」

 気づけばミミは、誰かの腕の中にいた。

 ミミの目に、長くて艶やかな黒髪が見える。朝にミミが櫛でとかしたサージュの黒髪だ。顔を上げれば、緋色の瞳をしたサージュが遠くを睨みつけていた。

「サージュ、彼は……」
「あいつ、ミミの膝を枕がわりにしたうえに泣かせていた。万死に値する」
「サージュ! そんな難しい言葉をどこで覚えたの!?」

 サージュの目は冗談に見えないくらい怒に燃えている。

「俺だってまだ、してもらったことがないのに……」

 小さなつぶやきは、ちゃんとミミの耳にも届いていた。

「あなたなら、いつだって膝に乗っていいのよ!」

 とっさに出た言葉は、サージュの心に届いたらいし。緋色の瞳が輝いている。

「本当?」
「ええ、本当よ」

 いきなり身体が大きくなってしまっても、まだまだ甘えたい年頃なのだとミミは微笑ましく思いながら、サージュの手にそっと触れた。

「彼は私の知り合い……えっ!?」

 ミミがベナスを確認しようと視線を向けると、まわりにいた住人たちまで全員が倒れていることに気づいたのだ。空を飛んでいた魔鳥たちも、地面にひっくり返っている。

「いったい何があったの!?」

 慌ててサージュの腕の中から飛び出したミミは、ベナスのもとへ走り寄った。

 ベナスは白目をむいて口を大きく開けたまま仰向けで倒れている。まわりの住人たちも同じく白目をむいて、中には泡を吹いている者たちまでいた。

「ベナス! しっかりして!!」

 ミミがベナスに触れようとした瞬間、サージュがミミを抱え上げた。

「サージュ!?」

 ミミの肌に、ざわりと何かが走ってゆく。ミミは身をすくめてサージュの首に抱きついた。

「サージュ、殺気を抑えなさい。ミミまで体調を崩してしまうよ」

 ひんやりと冷たい声が後ろから聞こえてきた。顔を見なくても誰だかわかる。だが、いつもの彼らしくない低い声音に、ミミは内心驚いていた。

「ホーデリオ!」
「ごめんよ、ミミ。間に合わなかったみたいだね……」

 申し訳なさそうに、使用人を数人つれたホーデリオがミミのそばまでやってきていた。

「グリフォロー商会の三男だね。ずいぶんと見た目が変わってしまっているけど……」

 うちの子たちはよく気づいたな、とホーデリオは後ろに控えている使用人たちを労った。

「彼の親族から内々で捜索の依頼がきていてね。今日、国都に入ってきたと報告があったから回収しに来たんだけど……」

 各地に散らばるホーリオの協力者たちからは、たびたびベナスの情報が入ってきていたのだという。さまようように転々と移動していたベナスをどこて回収するのがいいかと思案していたら、ある時点から国都へ一直線の道を進み出したらしい。

「やはり、きみをさがしていたんだね」

 ホーデリオは仰向けに倒れているベナスを苦笑いしながら見つめている。

「竜人の殺気をがっつりと受けてしまったようだね。私たち草食獣人からすれば、彼らの殺気は死そのものだよ。精神面が心配だけど……なんだか大丈夫そうに見えるね」

 修行者のような生活をしていると聞いていたけどそのせいかな、とホーデリオはつぶやいた。

 竜人族の殺気で精神的なダメージを受けていると、もっと絶望的で悲愴な見た目になるらしい。ミミは苦しくなって自分の胸を押さえると、サージュもきつくミミを抱きしめてきた。

「ミミ、大丈夫だ。あいつの心臓も魔力も元気に動いている」

 そうなの? とミミが見つめて心の声で問えば、そうだ、とサージュが心の声で答えた。

 魔力は精神面にも大きくかかわっていると言われていて、ダメージを受けると濁りや乱れが顕著になるらしい。

「すごいわ! サージュは相手の魔力が見えるのね!!」

 ミミは嬉しくなってサージュの頭を撫でると、サージュも頬を染め小さく微笑んだ。

「ゴホンッ。えっと、ふたりの会話中に悪いんだけど、彼は連れていくね」

 ホーデリオが後ろで控えていた使用人たちに手を上げて合図を送ると、彼らはベナスを抱えて馬車へ向かっていった。

「ベナス……」
「大丈夫だよミミ。私の使用人が近々領地に行くことになっているんだ。彼もそのとき一緒に連れていくよ」

 しばらくはホーデリオの屋敷で療養をかねて面倒を見てくれるという。ミミはベナスの乗った馬車を見えなくなるまで見送った。

「ところでホーデリオ、竜人って……?」

 ミミの聞き間違えだったかもしれないが、確認のために訊いてみた。

「サージュ、きみは竜人だろ。ミミに言っていなかったのかい?」
「えっ?」
「最初に会ったときから違和感があったんだよね。私に向けてくる殺気がずいぶんと重くて……その緋色の瞳で確信したよ。彼らは感情の変化で目の色が変わるんだ。しかも緋色は最強クラスだ」

 ホーデリオが忌々しそうに顔を歪めて言った。

「緋色の瞳……」

 竜人族は世界最強の種族だ。強さによって上下関係がはっきりと決まっていて、種族としての結束も固く、仕事以外ではめったに自分の国を離れないといわれている。ましてや子どもとなると大事に保護される対象なのだと。

「俺の母親は、竜人の国での暮らしが合わなかったんだ。もっと自由でいたいって、いつも言っていた」

 物心ついたときから国都にいたのだと、ミミの心の疑問にサージュは答えてくれた。

「私はてっきり豹獣人なのかと……」
「豹女は母親と同じハンターだったんだ。仕事で何度も一緒に討伐に出たこともあって、豹女が引退したあともよく一緒に酒を呑んでいた」

 テテとサージュの母親は年齢差はあったが同時期に活躍していたハンターで、テテが体調不良を理由に引退してもふたりの交流は続いていた。

 サージュの母親は自由人の戦闘狂で、まわりが止めても危険な場所に行きたがり、どこか刹那的に生きているような人だったという。年齢を重ね、病気や体力の衰えが出てきても彼女の生き方は変わらなかった。そんな母親にサージュはずいぶん前から諦めていたのだと教えてくれた。あの日もまた、いつものように見送ったのだ。

「ごめん、ミミ。怖がられると思って、言えなかった……」

 気落ちするサージュの頭をミミは何度も優しく撫でた。

 誰にだって言いたくないことが一つや二つあるものだ。気にしないでと心に込めて、サージュの頭に口づけをした。

「ミミ……!」
「で! きみは今、本当は何歳なの? 知り合いに竜人族がいるから少しばかり彼らのことを知っているんだけど……たしか膨大な魔力と力を持って産まれてくる代わりに、子どものころの成長が極端に遅いんだよね。思春期ごろになると身長が伸びだして魔力も安定するらしいけど、それまでは見た目が幼く見えるらしいよ」

 ホーデリオは苛立ちげにサージュへ冷たい目を向けながら早口で話したが、サージュも底冷えするような目でホーデリオ見下ろし睨みつけている。

 こうしてふたりが並ぶと、サージュのほうがはるかに身長が高い。

 あの小さかったサージュが――。

「十五歳」
「ん?」
「ミミ。彼は今、十五歳らしいよ」

 ホーデリオが作り物のような笑顔を向けてくる。

 ついこないだのお休み中に、サージュの八歳の誕生日を祝ったのだ。今日は用意できなかったプレゼントを買いに来るのが目的の一つだった。

 彼は今年、八歳ではなく十五歳になったということになる。

 サージュは今、十五歳。ミミの頭の中で数字が響きわたった。

「大変! 学校の入学年齢が過ぎてしまっているわ!!」

 国都の学校の入学は、秋のはじめごろで十四歳からが対象なのだ。秋はすぐそこで、目の前に迫っている。今から準備して間に合うだろうか。

 ミミが青くなっているとホーデリオから呆れた声が聞こえてきた。

「大丈夫だよミミ。国都はその辺は融通がきくから、多少の年齢差は許容範囲だ」

 今年でも来年でも大丈夫だと、心強い言葉をくれる。

「きみも最低限の教養は受けているんだろ?」

 ホーデリオが横目で問えば、サージュは無言で頷いた。

 地面に倒れていた魔鳥が起き上がり、空へ飛び立ったころ、倒れていた住民たちも目を覚まし出した。

 ミミたちはみんなの無事を確認してから、ホーデリオと別れた。住民たちはサージュが竜人族だと知っていたのだろうか。文句も何も言わずに、わずかな怯えを見せながらもミミたちを見送ってくれていた。

 花束を持ったふたりが歩く先には、赤い屋根の小さな神殿がみえる。

 そのまわりには石の墓標が立ち並んでいて、テテの眠る共同墓地もその中にあった。

 ここでは火葬が基本で、テテも骨になり大地の中で眠っている。供養塔の前に花と酒の入った瓶を供え、ミミはテテに報告した。

「テテさん、熊男が捕まったよ」

 叩けば埃がでるがごとく余罪だらけだたという。刑の確定はまだ先だが、軽くなることはないと警備隊のひとりは言っていた。

「お酒、呑んでね。高いの買ってきたんだ」

 ミミの心の中にいるテテが、悪い顔をして手を振っていた。

 夕方が近づき、空を飛んでいた魔鳥たちが今日のねぐらを探しはじめている。ミミたちが帰ろうとすると神殿からひとりの神官が姿を現した。

「中で、祈られませんか?」

 その言葉で、ミミは久しぶりに荘厳な場所に足を踏み入れた。どこか懐かしいと感じるのは、故郷の神殿を思い出すからだろう。

 今日は何を祈ろうか――。

 ミミはテテを見送ったあの日から、空に向かって祈るようになっていた。それは太陽や月を通して、自分の心に眠る何かへの祈りなのかもしれない。祈りは誰もが使える唯一の魔法なのだから。

 だからミミは祈る。

 両親やランエル、まわりの人たちへの感謝と健康と幸せを――。

 この空は、大切な人たちのもとへ繋がっているのだから。

 朝に祈れば太陽の光をあびて、夜に祈れば月の光に照らされて、ひとり静かに祈るミミの姿を、サージュもまた静かに見守っていた。

 暗い神殿の中に、夕焼けの光が窓から差し込んでいる。

 ミミは膝を折りゆっくりと両手を合わせた。

――この祈りは、あなたに。

 会いに来てくれてありがとう

 野菜をいっぱい食べて休んでね

 あなたの毎日が健康でありますように
 
 あなたの毎日が笑顔でありますように

 あなたの毎日が穏やかでありますように

 ベナス、さようなら

 あなたがいつまでも、幸せでありますように



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