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第九話 美少年軍師・張舜
「あら、その方はお客さん?」
中には、一人の女子がいた。艶のある黒髪と、豊かな胸周りを持つその女子は、やはり張舜に似て温柔かつ艶めかしい容姿をしている。張舜とは反対に、彼女は右の目元に黒子がある。
「田管さまだよ。騎兵を率いてる」
「へぇ、その方が噂の……想像以上に綺麗なお顔してらっしゃるのね」
その女子は田管を見るなり、如何にも好色そうな笑みを浮かべて舌なめずりをした。
「ああ、ごめん。この人は僕の姉の張香。薬師をやってるからこれから会うこともあるかもね」
張舜は、田管の方に向き直って言った。張舜の容貌が中性的である故に、彼と張香は姉弟というより姉妹に見える。
「さて、それじゃあ本題に入るんだけど、率直に言って今の状況をどう思う?」
「今の状況、ですか?」
「情報によれば、王敖の軍はもうすぐ公孫業と合流する。呉子明軍は……多分怯えてるんだろうなぁ、全然動く気配がない。僕らの軍は今の所順調に行っているけれども」
「ううむ……」
田管は思考を巡らせた。元は普軍にいた田管である。王敖将軍については直接対面したことこそないものの、北方で騎馬民を討伐して大いに功績を挙げており、優れた将であることはよく分かる。気になったのは、もう一方の公孫業という人物である。その人物に至っては、よく知らないというより聞いたことさえない。尤も田管は現地採用の地方官であった故に中央の事情にはそこまで明るくなく、詳しくないのは仕方のないことでもあるのだが。恐らく実戦経験のない若い武官か、もしくは文官であろうか……田管は公孫業なる人物をそのように想像した。
「魯王は呉子明の救援要請を拒否したようだけれど、もし夷門関の防衛に失敗して奪還されたら、流石に個人的な嫌悪を抜きにして援軍を送らざるを得ないよね。そこの所を魯王が堪えてくれるかだけど……」
田管が張舜の発言で気になったのは、宋商を「魯王」と呼んだことである。宋商に対しては魯王と言ったのに、呉子明を梁王と呼ばなかった。やはり、目の前の少年も、呉子明を梁王とは認めたくないのではないか。
「それにしても、まだ子どもであるのにお詳しい。私などは到底及びません」
「まぁ、この間の策を父上に授けたのは僕だしね」
言いながら、張舜は目笑した。反対に、田管は驚愕で目を丸くしている。
「えっ……」
「まぁ、軍師を志して兵法を学んでたし、謀り事できる人が他にあんまりいないからね。それよりも、この前は危険な役目を押しつけてしまってすまなかった」
張舜は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いやいや、私は武一辺倒な者で、このような役目でしか働けぬものですから」
「適材適所、って奴かぁ、まぁ、そりゃそうだけどさ……」
「お言葉ですが、張舜さま、そのようなこと罪悪感を感じておられるようでは、軍師など務まりません。貴方の策で兵は死ぬ。それはどうあっても不可避なのですから。策というのは一兵も失わないためではなく、自軍を勝たせるために練るものではございませんか」
その言葉は、田管の今までの経験から、自然と吐き出された言葉であった。田管は謀将ではなく、弓馬の術を買われた武勇の人であるが、それでも軍を率いる際には思考を巡らせて戦ってきた。
「もっと軍師というのは太々しくあるものです」
「なるほど……そうか」
田管の一言で、張舜の目に眼力がこもった。
「ありがとう。田管さまと話せてよかった」
「いえいえ、滅相もない」
「また、お話させてほしいな……だめかな」
張舜は両手の掌を合わせ、首を左に傾けて言う。何処か媚びるような仕草であったが、こういったものに耐性のない田管は少しく動揺した。
「こちらこそ、私でよければ。意見を求められたのにろくに答えられず申し訳ない」
これが、田管と張舜の出会いであった。
張石が成梁に入城した頃、梁王を自称する呉子明の軍は、公孫業軍に攻め込まれていた。呉子明は部下の宮不害に命じて夷門関を守らせたが、関は猛攻に晒されて敢えなく陥落し、宮不害は自刃した。生き残った彼の兵は捕虜となったが、その全員が生き埋めにされてしまった。
その後も、呉子明軍の状況は悪化の一途を辿っている。北方の王敖軍が、公孫業軍に押される呉子明軍を側面から襲う形で南下してきたのだ。二十万で北辺を発った王敖軍は途中で兵を徴発して三十万となり、公孫業軍と合わせれば四十五万の大軍となる。この時の呉子明軍も同様の数の兵を動員できるが、呉子明自身の指揮の拙さと兵の質で不利である。罪人主体の公孫業軍はともかく、王敖が北方から引き連れた二十万は、精強な騎馬民を相手に戦っていただけあって戦いに慣れており練度が高い。
呉子明は再度宋商に援軍を要請した。流石に黙って見過ごしていれば呉子明の支配地域が全て普に取られかねず、そうなれば次は魯が攻め込まれる番である。流石に手を拱いている訳にもいかなくなった宋商は、十万の兵を援軍に向かわせた。
さて、西進した反乱軍の三将の内で、南部地域の攻略に向かった将軍、英非についてである。
英非は総数二十三万の兵を引き連れて、かつて中原の南に存在した大国である荊の旧領を横断する形で進軍している。途中までは破竹の快進撃を続けていたのだが、その後、不慣れな南方の気候で兵の士気が下がり始め、加えて病気まで流行り始めた。英非は魯の人であって荊の地理に明るくなく、それに対して英非を迎え撃った普将の黄歓は地の利を活かしてよく守り、英非の大軍を食い止めている。南部戦線における反乱軍は、当初の勢いは何処へやら、どうも手詰まりの感が否めなくなってきていた。
中には、一人の女子がいた。艶のある黒髪と、豊かな胸周りを持つその女子は、やはり張舜に似て温柔かつ艶めかしい容姿をしている。張舜とは反対に、彼女は右の目元に黒子がある。
「田管さまだよ。騎兵を率いてる」
「へぇ、その方が噂の……想像以上に綺麗なお顔してらっしゃるのね」
その女子は田管を見るなり、如何にも好色そうな笑みを浮かべて舌なめずりをした。
「ああ、ごめん。この人は僕の姉の張香。薬師をやってるからこれから会うこともあるかもね」
張舜は、田管の方に向き直って言った。張舜の容貌が中性的である故に、彼と張香は姉弟というより姉妹に見える。
「さて、それじゃあ本題に入るんだけど、率直に言って今の状況をどう思う?」
「今の状況、ですか?」
「情報によれば、王敖の軍はもうすぐ公孫業と合流する。呉子明軍は……多分怯えてるんだろうなぁ、全然動く気配がない。僕らの軍は今の所順調に行っているけれども」
「ううむ……」
田管は思考を巡らせた。元は普軍にいた田管である。王敖将軍については直接対面したことこそないものの、北方で騎馬民を討伐して大いに功績を挙げており、優れた将であることはよく分かる。気になったのは、もう一方の公孫業という人物である。その人物に至っては、よく知らないというより聞いたことさえない。尤も田管は現地採用の地方官であった故に中央の事情にはそこまで明るくなく、詳しくないのは仕方のないことでもあるのだが。恐らく実戦経験のない若い武官か、もしくは文官であろうか……田管は公孫業なる人物をそのように想像した。
「魯王は呉子明の救援要請を拒否したようだけれど、もし夷門関の防衛に失敗して奪還されたら、流石に個人的な嫌悪を抜きにして援軍を送らざるを得ないよね。そこの所を魯王が堪えてくれるかだけど……」
田管が張舜の発言で気になったのは、宋商を「魯王」と呼んだことである。宋商に対しては魯王と言ったのに、呉子明を梁王と呼ばなかった。やはり、目の前の少年も、呉子明を梁王とは認めたくないのではないか。
「それにしても、まだ子どもであるのにお詳しい。私などは到底及びません」
「まぁ、この間の策を父上に授けたのは僕だしね」
言いながら、張舜は目笑した。反対に、田管は驚愕で目を丸くしている。
「えっ……」
「まぁ、軍師を志して兵法を学んでたし、謀り事できる人が他にあんまりいないからね。それよりも、この前は危険な役目を押しつけてしまってすまなかった」
張舜は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いやいや、私は武一辺倒な者で、このような役目でしか働けぬものですから」
「適材適所、って奴かぁ、まぁ、そりゃそうだけどさ……」
「お言葉ですが、張舜さま、そのようなこと罪悪感を感じておられるようでは、軍師など務まりません。貴方の策で兵は死ぬ。それはどうあっても不可避なのですから。策というのは一兵も失わないためではなく、自軍を勝たせるために練るものではございませんか」
その言葉は、田管の今までの経験から、自然と吐き出された言葉であった。田管は謀将ではなく、弓馬の術を買われた武勇の人であるが、それでも軍を率いる際には思考を巡らせて戦ってきた。
「もっと軍師というのは太々しくあるものです」
「なるほど……そうか」
田管の一言で、張舜の目に眼力がこもった。
「ありがとう。田管さまと話せてよかった」
「いえいえ、滅相もない」
「また、お話させてほしいな……だめかな」
張舜は両手の掌を合わせ、首を左に傾けて言う。何処か媚びるような仕草であったが、こういったものに耐性のない田管は少しく動揺した。
「こちらこそ、私でよければ。意見を求められたのにろくに答えられず申し訳ない」
これが、田管と張舜の出会いであった。
張石が成梁に入城した頃、梁王を自称する呉子明の軍は、公孫業軍に攻め込まれていた。呉子明は部下の宮不害に命じて夷門関を守らせたが、関は猛攻に晒されて敢えなく陥落し、宮不害は自刃した。生き残った彼の兵は捕虜となったが、その全員が生き埋めにされてしまった。
その後も、呉子明軍の状況は悪化の一途を辿っている。北方の王敖軍が、公孫業軍に押される呉子明軍を側面から襲う形で南下してきたのだ。二十万で北辺を発った王敖軍は途中で兵を徴発して三十万となり、公孫業軍と合わせれば四十五万の大軍となる。この時の呉子明軍も同様の数の兵を動員できるが、呉子明自身の指揮の拙さと兵の質で不利である。罪人主体の公孫業軍はともかく、王敖が北方から引き連れた二十万は、精強な騎馬民を相手に戦っていただけあって戦いに慣れており練度が高い。
呉子明は再度宋商に援軍を要請した。流石に黙って見過ごしていれば呉子明の支配地域が全て普に取られかねず、そうなれば次は魯が攻め込まれる番である。流石に手を拱いている訳にもいかなくなった宋商は、十万の兵を援軍に向かわせた。
さて、西進した反乱軍の三将の内で、南部地域の攻略に向かった将軍、英非についてである。
英非は総数二十三万の兵を引き連れて、かつて中原の南に存在した大国である荊の旧領を横断する形で進軍している。途中までは破竹の快進撃を続けていたのだが、その後、不慣れな南方の気候で兵の士気が下がり始め、加えて病気まで流行り始めた。英非は魯の人であって荊の地理に明るくなく、それに対して英非を迎え撃った普将の黄歓は地の利を活かしてよく守り、英非の大軍を食い止めている。南部戦線における反乱軍は、当初の勢いは何処へやら、どうも手詰まりの感が否めなくなってきていた。
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