11 / 50
第十一話 仮面の騎兵
それから、田管は普軍が行っていた様式をそのまま導入して、兵の訓練を行った。張石軍の兵は、士気自体は高いものがあるが、やはり練度の面では田管がかつて率いていた士卒と比べると見劣りする者がある。
軍の中には地方の武官であった者や、放牧を生業としていて馬に乗り慣れている者たちもそれなりに存在していた。そういった者たちに馬を与え、彼らを中心として騎馬部隊を編成し、徹底して騎兵戦術を叩き込んだ。成梁郊外の練兵場からは、いつも田管の大声がこだましており、指導の様子を直接見ずとも、彼が熱を入れて兵を鍛えている様が浮かぶようである。
厳しさの余り、当初は、
「あいつ、実は普の回し者で、俺たちを殺して兵力を削ぐつもりなんじゃないだろうな」
などという愚痴をこぼす者もいた。田管がまだ若く、加えて中性的な容貌であったのも、彼が侮られがちな要因であったかも知れない。けれども、ただ厳しいというだけでなく温情を持って部下に接する田管に、彼らは次第に心を開いていき、そういった話も立ちどころに消えていった。田管は贅沢をせず、いつも部下と同じものを食べ、また、部下の全員に食事が行き渡るまで決して自らの分に口をつけなかった。武具の手入れも人任せにせず自分で行い、範を示した。また彼の指導は厳格であったが、同時に懇切丁寧であり、部下への指示も具体的であった。そして田管の望み通りに事を成した部下には、惜しみなく賛辞を送ったのである。これらは普将であった頃からの心がけであったが、張石軍において大いに効果があったのである。
冬が明けると、王敖軍は東への進撃を再開した。王敖軍三十五万を、呉子明軍四十五万と、魯王宋商の部下許雍の率いる十万が迎え撃ったのである。
梁の北方の青皋という土地で、王敖軍の支隊と呉子明軍の支隊が衝突した。
「数では我らが勝っている! この地を死守するのだ!」
王敖軍のこの支隊は、歩騎合わせて二万程に見える。それを迎撃する呉子明軍の支隊は、三万である。数の上では、相手を呑んでいるという状況であった。
太鼓の音を合図に、呉子明軍から弩兵が繰り出され、王敖軍向けて斉射が加えられる。両軍は矢弾を浴びせ合うと、戟兵をぶつけ合わせた。数の差で、呉子明軍はすぐさま王敖軍を押し込み始め、じわじわと後退させてゆく。
その時、呉子明軍の正面左方から、黄塵を蹴立てながら物凄い勢いで突進してくる一隊が見えた。明らかに、敵の騎兵部隊である。
「前方左、騎兵来ます!」
「こちらも騎兵を出せ!」
この支隊の指揮官である丁角の指示で、呉子明軍の騎兵がそちらに当たった。呉子明軍も主力は歩兵であり、騎兵部隊の数は多くないが、それでも少しばかりは存在している。主戦力というよりは、敵の騎兵に対応するための部隊といった意味合いが強い。
呉子明軍の騎兵が、猛進してくる王敖軍の騎兵とぶつかった。両軍の騎兵は矢を番え、馬を走らせながら騎射の応酬を始めた。兵が一人、また一人と馬上から転げ落ち、そのまま動かなくなる。
その騎馬戦の中で、ただ一人、全く異質な動きをする者がいた。
「何だあいつ……」
それは、王敖軍の騎兵であった。見た所、背丈はそれ程高くない。まだ子どもなのではないかと思わせる。だが、その馬さばきは熟練のそれであり、まるで流れる水のように滑らかに動いては矢弾を躱し、そして返しに放った矢は射損じることなく呉子明軍の騎兵を倒していった。
もう一つ、異様であったのは、その少年と思しき騎兵の出で立ちである。三つ編みにされた銀色の髪が甲の後ろから垂れており、それが彼の動きに合わせて揺れている。そして何より、その目元は黒い仮面に覆われていて、その孔からは碧い瞳が覗いていた。その澄んだ碧眼に睨まれた者で、矢に貫かれない者はなかった。
そうして、呉子明軍側の騎兵隊は、瞬く間に全滅させられた。悲惨なまでに一方的な展開であった。王敖軍の騎兵は地に伏している兵から矢を失敬すると、馬首を丁角の本隊へ向けた。
この支隊は、程なくして壊滅させられた。騎兵の突撃によって大将の丁角が戦死させられ、残った兵たちは武器を捨てて我先にと逃げ出し、戦線は完全に崩壊を来したのである。当初は数を恃みに圧し潰さんとしていた側が、終わってみれば完膚なきまでに叩きのめされたのであった。
呉子明は自軍が大軍であるのに任せて、特に策もなくひたすら兵をぶつけて力押ししようとした。王敖軍は北方での戦いに揉まれた精強な兵が多く、初戦では優位に立ったが、次第に呉子明軍の人海戦術に押されて主導権を手放し始めた。連携を考えていた公孫業軍が、張石軍によって釘付けされてしまっているのも、この状況が出来上がるのに関係している。
その中で、銀髪を揺らしながら弓を射る仮面の騎兵の噂が、呉子明軍の兵の間で流れ出した。その噂は、まるで燎原の火の如くに軍内で広まった。そして、その噂を裏付けるように、戦場に仮面の騎兵と共に騎馬隊が現れては、呉子明軍に襲い掛かり打ち破るようになったのである。彼らに出会えば、生きては帰れない。そのことが、兵たちを大いに恐怖させた。前線の部隊が壊滅させられた旨の報告が本営に届く度に、呉子明本人も、その幕僚たちも顔を青くした。
一方の張石軍はといえば、その戦況は芳しいものではなかった。公孫業軍に押されて、少しずつ後退していたのである。勝ちに乗じた公孫業軍は、そのまま張石の背を追うように南下し、赤陽という土地に軍を進めた。
軍の中には地方の武官であった者や、放牧を生業としていて馬に乗り慣れている者たちもそれなりに存在していた。そういった者たちに馬を与え、彼らを中心として騎馬部隊を編成し、徹底して騎兵戦術を叩き込んだ。成梁郊外の練兵場からは、いつも田管の大声がこだましており、指導の様子を直接見ずとも、彼が熱を入れて兵を鍛えている様が浮かぶようである。
厳しさの余り、当初は、
「あいつ、実は普の回し者で、俺たちを殺して兵力を削ぐつもりなんじゃないだろうな」
などという愚痴をこぼす者もいた。田管がまだ若く、加えて中性的な容貌であったのも、彼が侮られがちな要因であったかも知れない。けれども、ただ厳しいというだけでなく温情を持って部下に接する田管に、彼らは次第に心を開いていき、そういった話も立ちどころに消えていった。田管は贅沢をせず、いつも部下と同じものを食べ、また、部下の全員に食事が行き渡るまで決して自らの分に口をつけなかった。武具の手入れも人任せにせず自分で行い、範を示した。また彼の指導は厳格であったが、同時に懇切丁寧であり、部下への指示も具体的であった。そして田管の望み通りに事を成した部下には、惜しみなく賛辞を送ったのである。これらは普将であった頃からの心がけであったが、張石軍において大いに効果があったのである。
冬が明けると、王敖軍は東への進撃を再開した。王敖軍三十五万を、呉子明軍四十五万と、魯王宋商の部下許雍の率いる十万が迎え撃ったのである。
梁の北方の青皋という土地で、王敖軍の支隊と呉子明軍の支隊が衝突した。
「数では我らが勝っている! この地を死守するのだ!」
王敖軍のこの支隊は、歩騎合わせて二万程に見える。それを迎撃する呉子明軍の支隊は、三万である。数の上では、相手を呑んでいるという状況であった。
太鼓の音を合図に、呉子明軍から弩兵が繰り出され、王敖軍向けて斉射が加えられる。両軍は矢弾を浴びせ合うと、戟兵をぶつけ合わせた。数の差で、呉子明軍はすぐさま王敖軍を押し込み始め、じわじわと後退させてゆく。
その時、呉子明軍の正面左方から、黄塵を蹴立てながら物凄い勢いで突進してくる一隊が見えた。明らかに、敵の騎兵部隊である。
「前方左、騎兵来ます!」
「こちらも騎兵を出せ!」
この支隊の指揮官である丁角の指示で、呉子明軍の騎兵がそちらに当たった。呉子明軍も主力は歩兵であり、騎兵部隊の数は多くないが、それでも少しばかりは存在している。主戦力というよりは、敵の騎兵に対応するための部隊といった意味合いが強い。
呉子明軍の騎兵が、猛進してくる王敖軍の騎兵とぶつかった。両軍の騎兵は矢を番え、馬を走らせながら騎射の応酬を始めた。兵が一人、また一人と馬上から転げ落ち、そのまま動かなくなる。
その騎馬戦の中で、ただ一人、全く異質な動きをする者がいた。
「何だあいつ……」
それは、王敖軍の騎兵であった。見た所、背丈はそれ程高くない。まだ子どもなのではないかと思わせる。だが、その馬さばきは熟練のそれであり、まるで流れる水のように滑らかに動いては矢弾を躱し、そして返しに放った矢は射損じることなく呉子明軍の騎兵を倒していった。
もう一つ、異様であったのは、その少年と思しき騎兵の出で立ちである。三つ編みにされた銀色の髪が甲の後ろから垂れており、それが彼の動きに合わせて揺れている。そして何より、その目元は黒い仮面に覆われていて、その孔からは碧い瞳が覗いていた。その澄んだ碧眼に睨まれた者で、矢に貫かれない者はなかった。
そうして、呉子明軍側の騎兵隊は、瞬く間に全滅させられた。悲惨なまでに一方的な展開であった。王敖軍の騎兵は地に伏している兵から矢を失敬すると、馬首を丁角の本隊へ向けた。
この支隊は、程なくして壊滅させられた。騎兵の突撃によって大将の丁角が戦死させられ、残った兵たちは武器を捨てて我先にと逃げ出し、戦線は完全に崩壊を来したのである。当初は数を恃みに圧し潰さんとしていた側が、終わってみれば完膚なきまでに叩きのめされたのであった。
呉子明は自軍が大軍であるのに任せて、特に策もなくひたすら兵をぶつけて力押ししようとした。王敖軍は北方での戦いに揉まれた精強な兵が多く、初戦では優位に立ったが、次第に呉子明軍の人海戦術に押されて主導権を手放し始めた。連携を考えていた公孫業軍が、張石軍によって釘付けされてしまっているのも、この状況が出来上がるのに関係している。
その中で、銀髪を揺らしながら弓を射る仮面の騎兵の噂が、呉子明軍の兵の間で流れ出した。その噂は、まるで燎原の火の如くに軍内で広まった。そして、その噂を裏付けるように、戦場に仮面の騎兵と共に騎馬隊が現れては、呉子明軍に襲い掛かり打ち破るようになったのである。彼らに出会えば、生きては帰れない。そのことが、兵たちを大いに恐怖させた。前線の部隊が壊滅させられた旨の報告が本営に届く度に、呉子明本人も、その幕僚たちも顔を青くした。
一方の張石軍はといえば、その戦況は芳しいものではなかった。公孫業軍に押されて、少しずつ後退していたのである。勝ちに乗じた公孫業軍は、そのまま張石の背を追うように南下し、赤陽という土地に軍を進めた。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。