13 / 50
第十三話 蜜月
呉子明軍は、公孫業軍が取り除かれた報を聞いて歓喜に湧き立った。自分たちの快進撃を阻害し、夷門関から東に追い落とした憎き公孫業が破られたのである。これで、目下の敵は王敖軍のみとなった。
だが、残る王敖軍は公孫業軍以上に手強い。現に、呉子明軍は許雍率いる魯王の援軍が到着した後も敗戦を重ねている。
この頃、魯王を称する宋商は、援軍を送るでも、自ら兵を率いて出撃するでもなく、魯と梁の国境線に沿って大規模な防塁を築いていたのである。それを知った張舜は、
「魯王は腑抜けたか」
と侮蔑した。これでは、武陽へ進軍する意志をなくして守りに入ったと思われても仕方がない。
張石軍は公孫業軍を破ったことで、王敖軍の背後を突くことが可能になった。だが、そのことは王敖も把握しているだろう。張石軍が動員できる兵数では、王敖軍の三十五万と互角に渡り合うことはできない。いや、よしんば同じ数の兵を動員できたとて、兵の質で負けていてはどの道不利である。加えて、梁の領内は平地が多く、その地形は騎兵戦を得意とする彼らに有利に働く。
「では、やはり城壁に依って戦いますか」
田管は張舜に問うた。騎兵戦が得意な相手であれば、一番効果的なのは城壁を活かした籠城戦であろう。騎兵の機動力は野戦でこそ効果を発揮するもので、攻城戦においてはその強みは活用しようがない。敵は大軍である故に兵糧の消費も激しい。故に防御に徹して直接戦闘を避け、持久戦に持ち込むのは十分に効果的であろう。
「勿論、そのつもりだよ。でもそれだけじゃ決め手がない。少し仕込みが必要だね……」
またしても意味深な物言いである。こういう時、往々にしてこの美少年は悪巧みをしているものである。だが、彼の悪巧みは、ただの子どもの悪戯ではない。天下の趨勢に影響を与えるものなのだ。やはり、恐ろしい少年である……というのは、田管の偽らざる感想である。
「今日もすまないね。長々と話してしまって」
「いえいえ。見識が深まります。私でよければいつでもお相手仕りましょう」
「ふふ、そう言ってくれると嬉しいな」
張舜は上機嫌そうであった。企みのなさそうな、屈託のない笑みを浮かべている張舜を見ると、改めて彼の美少年ぶりが際立つように感じられる。
「しかし、何故私なのでしょうか。古参の幕僚の方々もいらっしゃるのに……」
「それ僕に言わせる? 田管さまのことが好きだからに決まってるじゃないか」
それがどういった意味の「好き」であるか、田管は測りかねた。だが、総大将の息子に好かれている状況自体は悪くない。それに田管自身、この聡明な少年には、何処か心惹かれるものがある。
屋敷を出ると、外は暗くなりかけていた。西の空では沈みゆく太陽が燃え上がり、田管の銀の髪を、その赤い光が照らして輝かせている。風はなく、鳥の声があちらこちらから聞こえてくる。その中を、田管は歩いて自らの屋敷へ戻っていった。
相も変わらず、田管は騎兵隊の訓練に精を出していた。この頃、呉子明軍の兵士を恐怖のどん底に陥れている、仮面を着けた銀髪碧眼の騎兵の噂が、張石軍にも流れ始めた。自然に伝わったのか、それとも王敖軍の情報戦の一環であるのかは把握しかねる。田管自身の耳にも、その情報は入っていた。
銀髪碧眼。田管の身体的な特徴と、奇妙な一致が見られる。田管の母親は遠く西方に存在する国の人であり、銀髪と碧眼はその土地に住む人々の特徴である。王敖軍は長い間夷狄の領域に近い場所に駐屯していたため、そのような異民族を傘下に加えることもあるだろう。
田管が鍛えている騎兵たちは、そのような恐ろしい敵兵の噂を聞いても、臆病風に吹かれることはなかった。寧ろ「なら俺たちがそいつを倒して武名を挙げてやる」と意気込む者すらあった。全く頼もしい限りである、と、田管は甚だ感心した。
取り敢えず、田管が教えられることは一通り教えてある。後は実戦でそれをどう活かすか、だ。戦場というのは流動的なもので、臨機応変に動くことが求められる。その場での判断の遅れは、自分や味方の命の問題に即直結してしまうのだ。であるから、田管の指導は抜かりのないように徹底したものであった。
この頃の田管は、練兵場と張石の屋敷を往来するような日々であった。次第に自分の使っている屋敷にも帰らなくなり、総大将の張石も、息子張舜のお気に入りである田管を自分の屋敷の一室で寝起きさせるようになっていた。
ある、雨の降る夜のことであった。外から聞こえる陰気な雨音に交じって、時折雷鳴が轟いている。田管はその日も張石の屋敷の寝室で寝転んでいた。いつもは泥のように眠ってしまう田管であったが、この日は何となく寝付けずにいた。
ふと、田管の頭に、張舜が浮かんできた。あの愛らしい少年が、謀略を巡らせて十万を越える兵を押し流したことを思うと、不思議な感じがするし、やはり恐ろしくもある。
その時、田管の耳が、足音を拾った。大人の鳴らす重い足音ではない。そして、子どもの軽い足音を出すのは、思いつく限り一人しかいない。
「ねぇ、一緒に寝させてよ」
声の主は、張舜その人である。その小さな体が、寝台に潜り込んできた。
「張舜さま……?」
「ここに置いてくれるだけでいいから、お願い」
何処か、媚びを売るような声色である。その甘い声は、聞く者の頭を蕩かすような、独特な声色を帯びている。
「どうぞ、お構いなく」
「それじゃあ失礼させてもらうね」
布団の中で、張舜は猫のように背を丸めた。一際大きな雷鳴が轟いたその時、張舜の体がびくりと震えた。田管は、何故この少年がこちらの寝台に潜り込んできたのか、その理由が分かったような気がした。
やがて、張舜は寝息を立て始めた。まだ眠れずにいた田管は、無意識の内に、同じ布団で眠っている張舜の髪に触れた。その触り心地は滑らかで、つい癖になって指で挟んで梳いてしまう。寝息を立てている張舜は、このような行いに気づいてはいないだろう。
そうして、暫くして後に、田管も眠りに落ちていった。
その後、たまに、張舜は田管の寝台に潜り込んできては甘えてくるようになった。普段は冷酷な策謀を練るこの少年も、寝床の中で見せる姿は、年相応の少年のものに見える。田管には弟というような存在がいなかったため、この張舜は、まるで自分の弟であるかのように思えた。
こうして、田管と張舜、この美貌の男子同士の距離は、徐々に縮まっていったのである。張石も、その微笑ましい様子を暖かく見守っていた。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。