梁国復興記——美貌の男子たちが亡き国を復興するまで

武州人也

文字の大きさ
15 / 50

第十五話 直阜の戦い その二

 張石軍の右軍は、本陣から走ってきた伝令兵が伝えた指示通りに、後退して山間の谷道に陣取った。そこで、敵を迎え撃とうというのである。
「ここは何としても守り通すのだ! でなければ中央の本隊がやられる!」
 右軍を率いる范章はんしょうという将は、冷えた汗を流していた。思っていたより、敵が強い。張石軍とて、何度かの戦いを経てきており、もう素人の寄せ集めなどではない。だが、敵の強さはそれを大幅に上回っているのである。特に、自軍の騎兵隊などは、ほぼ壊滅状態となってしまっていた。
「仮面の騎兵……」
 原因は、噂の騎兵である。自軍は仮面の騎兵が戦場に姿を現したことを把握して以来、全力を以てそれを討ち取ろうと兵を向けた。だが、矢はかわされ、戟兵は馬上からの騎射で一方的に射殺され、味方の騎兵も彼に攻撃を集中させたが、その全ては巧みな馬さばきによって回避され、それによってできた隙を敵につけ込まれ一気に崩壊に追い込まれた。
 だが、今陣取っている場所であれば、騎兵は縦横無尽に動き回れない。重装歩兵を並べて守りを固め、弩兵による斉射を加えれば討ち取れるはずだ。
 やがて、右軍の目の前に、敵左軍の戟兵が姿を現した。拒馬きょば柵がその行く手を阻み、その足を鈍らせている間に、弩兵が敵に斉射を加えた。右軍の矢の残弾には、あまり余裕はない。だが、使い惜しみをした結果この地が抜かれでもしたら、本末転倒である。
「さぁ来い。仮面の騎兵め。その首を貰ってやるぞ」
 今まで噂の騎兵を恐れていた范章であったが、狭い谷道によって左右を守られていることで、彼を討ち取る自身が湧いてきた。前に出てくれば、弩兵の斉射の餌食になるだけだ。その時を、今か今かと待ち望んでいた。
 やがて、馬蹄の音を鳴らしながら、敵騎兵が姿を現した。とうとう来たか、と范章は思った。
「弩兵構え! 敵を全て射抜くのだ!」
 向かってくる騎兵に向かって、弩兵が矢の斉射を行った。何人かの騎兵が矢に貫かれて落馬し、矢を警戒してか他の騎兵は馬首を返して後方に退き距離を取った。射撃の終わった弩兵が引っ込み、矢の装填を済ませた新たな弩兵が前方に出て、敵の突撃に備える。だが、そこに、一人の敵騎兵が、猛然と突撃を敢行してきた。
「馬鹿め……これでは弩兵の餌食だ」
 弩兵はそちらへ矢先を向け、引き金を引いた。突っ込んでくる騎兵に向かって、矢が一直線に飛んでいく。その時であった。
「何!?」
 その騎兵は、素早く馬首を右に向け、斜面を登ることで矢を回避した。その斜面の上で、騎兵は矢を引き絞った。
「な……」
 右軍の兵士は、その騎兵の顔を見て、恐怖に見舞われた。目元は黒い仮面に覆われている。そこにいたのは、噂になっている仮面の騎兵その人であった。
 右軍の兵士たちの注意がそちらを向いた隙に、弩兵を避けて後方に退いた騎兵が再び突撃を敢行した。それに呼応するように、仮面の騎兵も矢を放ちながら斜面を駆け下り、右軍の側面を攻撃した。二方向からの攻撃に慌てふためている間に、弩兵も、重装歩兵も、矢を射かけられて倒されてゆく。
「も、もう駄目だ! 退却!」
 もう、手勢は僅かしかいない。范章はそれらをまとめて戦場を離脱しようとした。だが、その判断がすでに遅かったことは、逃走を始めた范章の背後から馬蹄の音が聞こえてきたことで思い知った。
「無念……」
 范章は、自らの首に白刃を押し当て、地面に倒れ伏した。彼の部下たちも同様に自刃し、張石軍の右軍はこれによって完全敗北したのであった。
「このまま、張石の首を取る! 者共続け!」
 仮面の騎兵が叫ぶ。後ろに続く騎兵たちは、ときの声を上げながら、彼の後ろについて馬を走らせた。

 その頃、張石率いる中央軍は、徐々に敵を押し始めていた。その一番の要因が、田管率いる騎兵隊の活躍である。敵の疲労もあってか、田管隊は敵騎兵を圧倒し、その殆どを撃滅していた。精鋭揃いの王敖軍を相手によくぞここまで、と、指揮官用の馬車の中の張石も舌を巻いている。
 その張石の所へ、伝令の兵が走ってきた。
「伝令! 右軍破られました! 敵がこちらへ来ます!」
「何だと!」
 早い。早すぎる。張石も張舜も、二人して同じことを思った。あの狭い谷道に陣取れば、敵も容易には抜けなかったはずだ。敵が右軍を攻めあぐねているその間に自分たちは正面の敵を破り、右軍に救援の兵を振り向けるという算段は、ものの見事に崩されたのである。
「田管隊をそちらに回そう。彼ならきっと負けない」
「ううむ、そうだな」
 張舜の言う通り、張石は田管の元へ伝令を走らせた。
 
 その頃、すでに仮面の騎兵率いる騎兵隊は、張石の中央軍の間近に迫っていた。仮面の孔から覗く碧眼は、獲物を狙う虎の目のように敵軍を捉えている。
 風が吹き寄せ、甲の後ろから垂れる銀の三つ編みが揺れた。晴れていた空は、鉛色の雲に覆われ始めている。
「狙うは大将首! 突撃せよ!」
 仮面の騎兵、魏遼は、風を切って馬を走らせる。それに続いて、弓を携える騎兵たちが疾駆する。魏遼は馬の背の上で跳ねながら、矢筒から矢を取り出し、弓に番えた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。