梁国復興記——美貌の男子たちが亡き国を復興するまで

武州人也

文字の大きさ
23 / 50

第二十三話 策謀少年の怯え

「よく来てくれたね。歓迎するよ」
「はい、中々こうして腰を落ち着けてお会いすることはできませんでしたから……」
 田管は、張石の屋敷を訪れて張舜と会っていた。以前はよく夜中に寝台に潜り込んできていた張舜だが、ここ最近は戦い続きであった故に、軍議でしか顔を合わせていない。
 張舜の顔には、流石に疲れが見て取れた。戦いの間、常に彼はその頭を働かせて策を練り、敵を出し抜こうとしていたのであるから当然と言えば当然である。帷幄《いあく》の中で謀略を巡らすことの気苦労というのは、前線で命を懸けながら戦うのとはまた違ったものがある。
 とはいえ、その憔悴しょうすいは、彼に陰性の美を与えているように見えた。今の彼は、以前にも増して、何とも言えぬ麗しさを湛えている。胸を患い苦しがっていた美姫の姿に男たちが夢中になったという故事があるが、そういったものに心惹かれる心境が、今ならよく分かろうものである。
「田管さまにも大分苦労をかけたね。暫くは兵と共に英気を養うといいよ」
「ありがたく存じます」
「と言いつつ、実は頼み事があるんだけど……」
「はい、何でございましょう」
 途端に、張舜は恥じらうような表情を見せた。もじもじしながら口ごもる張舜の姿を見ると、彼が子どもであるということを再確認させられる。
「あのね……その……今日からまた一緒に寝てほしいなあ、なんて……」
「ああ、そのようなことでしたら勿論協力させていただきます」
 そうして、その日、田管は張舜の部屋で寝ることとなった。勿論、以前と同じように、二人して同じ寝台で眠ることとなっている。やや手狭ではあるが、張舜が小柄であることと、田管もそこまで大男ではない故に、それほど窮屈さは感じなかった。
「うう……怖い……怖いよ……」
 寝床の中で、張舜は田管の寝巻の袖を固く握りながら震えていた。明らかに、何かに怯えている。
「どうなされましたか」
「あの時……敵の騎兵に弓で狙われた時、君が助けてくれなかったら僕は死んでいた……その時のことを今でも思い出すんだ……」
 張舜が話しているあの時、というのは、敵に本陣が襲われた直阜の戦いでのことだと、田管はすぐに察した。田管隊の到着が少しでも遅れていれば、敵の騎兵——それは例の、仮面を着けた者であった——は間違いなく張石と張舜の命を奪っていただろう。その時のことを思い出して、この少年は恐怖に震えているのだ。
「私がお守り致します。ですからご安心を」
「うん……」
 張舜は、袖を握る手の力を強めた。

 その日から、田管は張石の屋敷の、張舜の部屋で寝泊まりすることとなった。同じ寝台で眠っていることは言うに及ばない。
 張舜は、存外に寝つきの良い少年であった。初めの夜では怯えて震えながら袖を握ってきた張舜も、二日目からは、田管が眠りに就くよりも早く、可愛らしい寝息を立て始めた。
 昼間は次の戦の準備で忙しい。であるから、田管と張舜が顔を合わせるのは、早くとも夕方以降になる。そこから眠るまでが、張舜と田管の蜜月の時間であった。尤も、二人の会話と言えば、騎兵隊の訓練の成果であるとか、これからの張石軍の行く末であるとか、そういった真面目な話題ばかりであるのだが。

「孟桃殿」
 それから数日後、田管は孟桃の所を訪ねた。
約定やくじょうの通り、璧玉と黄金をお持ちしました」
 田管は携えてきた木箱を開け、布の包みを取り払った。そこには一対の璧玉が収められている。さらに二つ目の箱を開け、中に入っている金塊を見せた。
「でも、それを受け取ってしまったら、わたくしは貴方さまを手に入れられないのでしょう?」
「それは……」
 田管の視線は、無意識に足元へ向けられた。
「私は天下国家のために戦わねばならぬ身です。婚姻の話はその後でなければ」
 普を倒し、梁を建てる。それがいつになるかはまだ分からない。それまで待てというのは、乙女から若く麗しい時期を投げ捨てさせるのと同じである。それに気づいた田管は、言った後で心苦しい気分になった。
「ですから、どうにかこれをお受けいただきたいのです」
「……分かりました」
 孟桃は、全てを諦めたような表情で、田管の差し出した箱を受け取った。
 去っていく田管の背を眺めながら、孟桃は彼と一度別れてから再会するまでのことを想起した。
 呉同なる男は、血眼になって田管の逃走に手を貸した者を捜査し始めた。このままでは、自分の身が危ない。そう思ったが、結局捜査の手が孟桃に伸びることはなかった。呉子明軍は敗戦続きで、寿延を放棄してしまったからだ。これによって、田管逃走の件は有耶無耶になった。孟桃とその父母は軍隊による略奪から逃れるために、親類を頼って一旦寿延を離れた。そして最近、再び寿延に戻ってきたのである。
 まさか、自らの想い人と再び会えるとは思っていなかった。彼の姿を見た時、孟桃は心中に陽光が差したかのような気分であった。心の内側の恋情の猛火は、ここに再び燃え上がったのである。けれども、彼はどうやら妻を娶る気などないようであった。
「いくらでもお待ち致します……」
 彼と結ばれる可能性が、潰えたわけではない。彼が死にさえしなければ、嫁にもらってくれるかも知れない。そのためなら、若い時分を無為に過ごすことになっても、彼を待とう。孟桃はそう思ったのであった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。