24 / 50
第二十四話 夷門関再び
張石はようやく軍を発し、西に向かって進み始めた。魯の呉子明は動く気配がなく、南方の荊を攻略中の英非将軍も膠着状態のまま時間ばかりが過ぎている。反乱軍の中で積極的に戦っているのは、ただ張石軍のみであり、帝室打倒を掲げる天下の者たちは殆ど張石の下に集まっている。
兵を失った司馬偃は夷門関まで後退し、この地に兵を結集させた。つまり、梁の旧領は放棄したも同然であり、何の抵抗も受けぬまま張石は梁の旧領全てを占領下に置くことができた。
ここで、軍の者たちの中には、張石に対して「梁王を名乗ってはどうか」と進言する者も現れ始めた。梁の旧領を全て掌中に収めた今となっては、呉子明などより余程梁王の名が相応しい。
だが張石は、首を縦には振らなかった。あくまでも、今はまだその時ではないという姿勢を貫いたのである。
張石はありったけの攻城兵器を用意し、二十万の兵で決戦を挑んだ。そこからは、ひたすら力押しである。
「甬道を破壊せよ」
田管は、そう指示を出した。直ちに前線に衝車を繰り出し、砦同士を繋ぐ甬道にぶつけて破壊し、砦同士の連絡を断ち切り孤立させた。この時、衝車には火矢対策として、濡れた布が被せられていた。かつて呉子明軍の雲梯を火矢で焼いてしまった田管の智慧である。
野戦ではなく攻城戦ということで、田管の騎兵隊の出番はなかった。田管はかつて夷門関に立て籠もって呉子明軍と戦った経験を買われ、攻城戦の前線指揮を任されている。
甬道を破壊されて連絡を断たれたことで、砦の防御力は目に見えて弱体化した。まず手始めに、手前側左右に張り出した二つの砦が張石軍の手に落ちた。残るは奥側にある最後の砦のみである。
司馬偃軍の兵は少なく、激しい抵抗は最早行えなくなっている。張石軍は全力を以て攻撃を仕掛けた。連日の攻防の末、ようやく城門内に兵が殺到し、あっという間に占領してしまった。司馬偃は逃走しようとしたが、張石軍の騎兵に追いつかれ、最早逃げることも叶わぬと剣を引き抜き、自分の首を刎ねた。こうして、張石軍は夷門関を陥落させたのである。
張石軍は勝利に湧いた。この勢いで、武陽まで攻め上らんばかりである。
一方で、勝利を喜びながらも冷静さを失っていないのが、張舜である。彼は、田管を降伏させて夷門関を掌中に収めた呉子明が、結局は公孫業に攻め立てられて関を放棄し撤退させられたことを思った。まだ武陽までには距離があり、敵の抵抗があるであろうことも十分に予測できる。
夷門関を占領した張石軍であるが、流石に将兵の疲労は無視すべからざるものであった。本来であれば敵に迎撃の準備を整えさせたくはないが、下手に焦って疲れた兵を動かしたとて、まともには戦えぬであろう。当面の間、張石は兵を休養させ、英気を養わせることに努めた。
田管は、夷門関近くの練兵場で、一人、馬を走らせていた。
「はっ!」
疾駆しながら、矢を番えて引き絞り、ひょうと放つ。その矢は真っ直ぐに飛び、的の中心に吸い込まれるように命中した。それから立て続けに、馬を走らせ、その背の上で跳ねながら矢を放った。それらはいずれも、的の中心から外れることはなかった。
「ふう……」
額に溜まった汗を袖で拭う。張石軍に迎えられてからの田管は、武術に関しては一貫して教える立場であった。そのため、一人で騎射の鍛錬をするのは久しぶりである。
田管は、あの仮面の騎兵のことを思い出した。悔しいが、今の自分では、あの者には及ぶまい。降伏した敵兵の中に彼の姿はなかったことから、これから先、またあの仮面と相まみえる可能性は存分にある。いや、必ずまた戦場で出会うであろう。彼は馬術も弓術も傑出しているが、真に恐ろしいのはその冷静さと度胸である。自軍が総崩れになっている時でも、彼とその部下は全く取り乱すことなく即応してくる。
今の所、全ての戦いで決め手になっているのは張舜の策である。普軍は仮面の騎兵を擁していつつも、大局的に見れば敗戦を重ねており、武陽までに王手をかけられている状態だ。だが、いつか、あの仮面が策を真正面から打ち破ってくることもあるかも知れない。そうなれば、張舜の身が危ない。
「私が、守ってみせる」
あの者から張舜を守れるのは自分だけだ。そういう自負が、田管にはある。だから、負けるわけにはいかない。次こそは討ち取る。そう胸に誓ったのであった。
夷門関陥落の報を受け取った李建は、流石に身の危険を感じていた。呉子明軍を東の果てへと追いやった時には、反乱の鎮圧も時間の問題だと思っていたけれども、代わりに台頭してきた張石なる男の軍が、公孫業を捕らえ、孟錯を打ち負かし、その勢いで西へ攻め上って夷門関を陥落せしめるという破竹の快進撃を続けている。
李建は国都近辺で労役に当たっている罪人十万人を、すぐさま召集させた。士族たちからなる軍は首都防衛のために残しておかなければならない故に、こういった方法で兵を集めるより他はない。
「敵の首を挙げれば、其方らの罪は許されよう! さらに手柄に応じて爵位を授ける!」
そう言われれば、罪人たちも懸命に戦おうものである。罪が許される可能性がある以上、労役などに送られるよりはずっといい。
「かくなる上は私が指揮を取ろう」
濃い髭に覆われた大男が、その役目を負うべく名乗り出た。その男こそ、李建の長男の李沈である。彼が若く血の気の多い武人気質な男であることは、父親である李建自身がよく知っている。今まで彼を反乱軍の鎮討に当たらせなかったのは、勇猛さが仇となって戦死してしまわないかが心配だったからであった。二世皇帝は李建の口添えで、この李沈に対して張石軍を撃破し夷門関以東に追い落とした暁には侯に封じて領土を与える約束をした。
兵を失った司馬偃は夷門関まで後退し、この地に兵を結集させた。つまり、梁の旧領は放棄したも同然であり、何の抵抗も受けぬまま張石は梁の旧領全てを占領下に置くことができた。
ここで、軍の者たちの中には、張石に対して「梁王を名乗ってはどうか」と進言する者も現れ始めた。梁の旧領を全て掌中に収めた今となっては、呉子明などより余程梁王の名が相応しい。
だが張石は、首を縦には振らなかった。あくまでも、今はまだその時ではないという姿勢を貫いたのである。
張石はありったけの攻城兵器を用意し、二十万の兵で決戦を挑んだ。そこからは、ひたすら力押しである。
「甬道を破壊せよ」
田管は、そう指示を出した。直ちに前線に衝車を繰り出し、砦同士を繋ぐ甬道にぶつけて破壊し、砦同士の連絡を断ち切り孤立させた。この時、衝車には火矢対策として、濡れた布が被せられていた。かつて呉子明軍の雲梯を火矢で焼いてしまった田管の智慧である。
野戦ではなく攻城戦ということで、田管の騎兵隊の出番はなかった。田管はかつて夷門関に立て籠もって呉子明軍と戦った経験を買われ、攻城戦の前線指揮を任されている。
甬道を破壊されて連絡を断たれたことで、砦の防御力は目に見えて弱体化した。まず手始めに、手前側左右に張り出した二つの砦が張石軍の手に落ちた。残るは奥側にある最後の砦のみである。
司馬偃軍の兵は少なく、激しい抵抗は最早行えなくなっている。張石軍は全力を以て攻撃を仕掛けた。連日の攻防の末、ようやく城門内に兵が殺到し、あっという間に占領してしまった。司馬偃は逃走しようとしたが、張石軍の騎兵に追いつかれ、最早逃げることも叶わぬと剣を引き抜き、自分の首を刎ねた。こうして、張石軍は夷門関を陥落させたのである。
張石軍は勝利に湧いた。この勢いで、武陽まで攻め上らんばかりである。
一方で、勝利を喜びながらも冷静さを失っていないのが、張舜である。彼は、田管を降伏させて夷門関を掌中に収めた呉子明が、結局は公孫業に攻め立てられて関を放棄し撤退させられたことを思った。まだ武陽までには距離があり、敵の抵抗があるであろうことも十分に予測できる。
夷門関を占領した張石軍であるが、流石に将兵の疲労は無視すべからざるものであった。本来であれば敵に迎撃の準備を整えさせたくはないが、下手に焦って疲れた兵を動かしたとて、まともには戦えぬであろう。当面の間、張石は兵を休養させ、英気を養わせることに努めた。
田管は、夷門関近くの練兵場で、一人、馬を走らせていた。
「はっ!」
疾駆しながら、矢を番えて引き絞り、ひょうと放つ。その矢は真っ直ぐに飛び、的の中心に吸い込まれるように命中した。それから立て続けに、馬を走らせ、その背の上で跳ねながら矢を放った。それらはいずれも、的の中心から外れることはなかった。
「ふう……」
額に溜まった汗を袖で拭う。張石軍に迎えられてからの田管は、武術に関しては一貫して教える立場であった。そのため、一人で騎射の鍛錬をするのは久しぶりである。
田管は、あの仮面の騎兵のことを思い出した。悔しいが、今の自分では、あの者には及ぶまい。降伏した敵兵の中に彼の姿はなかったことから、これから先、またあの仮面と相まみえる可能性は存分にある。いや、必ずまた戦場で出会うであろう。彼は馬術も弓術も傑出しているが、真に恐ろしいのはその冷静さと度胸である。自軍が総崩れになっている時でも、彼とその部下は全く取り乱すことなく即応してくる。
今の所、全ての戦いで決め手になっているのは張舜の策である。普軍は仮面の騎兵を擁していつつも、大局的に見れば敗戦を重ねており、武陽までに王手をかけられている状態だ。だが、いつか、あの仮面が策を真正面から打ち破ってくることもあるかも知れない。そうなれば、張舜の身が危ない。
「私が、守ってみせる」
あの者から張舜を守れるのは自分だけだ。そういう自負が、田管にはある。だから、負けるわけにはいかない。次こそは討ち取る。そう胸に誓ったのであった。
夷門関陥落の報を受け取った李建は、流石に身の危険を感じていた。呉子明軍を東の果てへと追いやった時には、反乱の鎮圧も時間の問題だと思っていたけれども、代わりに台頭してきた張石なる男の軍が、公孫業を捕らえ、孟錯を打ち負かし、その勢いで西へ攻め上って夷門関を陥落せしめるという破竹の快進撃を続けている。
李建は国都近辺で労役に当たっている罪人十万人を、すぐさま召集させた。士族たちからなる軍は首都防衛のために残しておかなければならない故に、こういった方法で兵を集めるより他はない。
「敵の首を挙げれば、其方らの罪は許されよう! さらに手柄に応じて爵位を授ける!」
そう言われれば、罪人たちも懸命に戦おうものである。罪が許される可能性がある以上、労役などに送られるよりはずっといい。
「かくなる上は私が指揮を取ろう」
濃い髭に覆われた大男が、その役目を負うべく名乗り出た。その男こそ、李建の長男の李沈である。彼が若く血の気の多い武人気質な男であることは、父親である李建自身がよく知っている。今まで彼を反乱軍の鎮討に当たらせなかったのは、勇猛さが仇となって戦死してしまわないかが心配だったからであった。二世皇帝は李建の口添えで、この李沈に対して張石軍を撃破し夷門関以東に追い落とした暁には侯に封じて領土を与える約束をした。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。