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第四十二話 梁皇帝
さて、天下の情勢についてである。
張石は現在、天下の五分の三程の領土を支配下に置いているが、彼の立場は、あくまで宋商麾下の将軍でしかない。尤も、その宋商はすでにこの世になく、彼が殺害された後にその地盤を引き継いだ呉子明は堕落し、張石を放置して何の干渉もしなかった。張石の軍権は肥大化しており、もう呉子明が如きの手に負える存在では、すでになくなっている。
張石は、論功行賞に当たって、自ら「梁皇帝」を名乗った。そして、成梁を国都と定め、その周辺を直轄地として普の制度と同じような郡県制を敷きつつ、それよりも遠い地方には功臣たちを王として封じた。新たな帝政が、ここに誕生したのであった。
取り決めまでには、張石にも懊悩があった。果たして自分が「皇帝」を名乗ってよいのであろうか。民にとっては、皇帝なる号は圧政の象徴として映りはしないか、などと、悩んでいた。だが、それに対して、趙恵という重臣が言った。
「これまで通り梁王を名乗り、封建制を敷いたとしても、また天下は分裂し乱世となりましょう。さりとて普の郡県制を遍く敷いても普の二の舞となります。ですから、両者の折衷として一つ、この私に案があります」
そして趙恵は、張石自身は梁の皇帝を名乗り、地方には古の時代の封建制度に倣って各所に諸侯を封じ、王を名乗らせる。普の制度では皇帝の下に王はなかったが、これからの新しい制度では、皇帝と王が同時に存在し、前者が後者の上に立つ。そうした制度を提案したのである。それによって生まれた地方制度が、郡国制と呼ばれるものであった。
これに怒ったのが、魯の呉子明である。この時、呉子明は魯を統治するために、それまで名乗っていた梁王に代わり魯王を名乗っていた。
「俺の部下の分際で、何を勝手な」
魯の国都、斉臨の宮中で、呉子明は怒色を露わにした。勝手に梁の皇帝などと名乗り、部下たちに対して封国を始めたのは明らかな越権行為であり、そのようなことを平気で行う張石に、自分に対する叛意があることは明確である。
呉子明は使者を送り、張石に対して「参朝せよ」と命じた。呉子明が主人で、張石は部下であるという上下の序列を、再びはっきりさせようとしたのである。
だが、張石は、自分の下に送られてきた使者をもてなしつつ、はっきりとそれを拒否する旨の答えを持ち帰らせた。
「調子づきおって」
張石の返答を受けた呉子明は、眦を吊り上げてむかっ腹を立てた。
だが、そもそも、張石が呉子明に臣下の礼など取るはずもないのは明らかなことであった。張石に実戦を委ねて彼の軍事行動を放置してきておきながら、今更になって参朝せよというのは、全くへそで茶を沸かすようなおかしみのある話である。手を打つのであれば、もっと早くに打つべきであった。全てが、遅きに失している。
「奸物張石を誅罰してくれる」
呉子明は、梁攻めの軍を発しようとした。だが、それを家臣の者たちは制止した。今の梁軍は強壮であり、対して魯軍は実戦から遠ざかり、将、卒共に緩み。軍紀は乱れきっている。まともに戦って勝ち目のないことは、家臣たちの皆が心得ていることであった。
それを聞いて、呉子明は思い留まった。だが、呉子明の胸の内の悔恨の念は、消えることはない。いつか、張石に目に物を見せてやろう。そう願い続けた。
その好機は、突然訪れた。西の方から、彼の元に使者が訪れた。使者の持ってきた話を聞いて、呉子明はほくそ笑んだ。
「それはいい。張石よ、今に見ておれ」
張石の戦いは、まだ終わりそうにない。
「田管、其方を蔡王に封ずる」
成梁の宮中で、冕冠を被った張石の前に、田管は平伏していた。宮中とは言うものの、宮殿は急拵えで建てられた仮のものに過ぎず、武陽の煌びやかなそれとは比べるべくもない。
皇帝の装いに身を包んだ張石は、軍の陣中で見られる姿とは、別人のように違って見えた。取り敢えず体裁を整えただけとはいえ、その威容は甚だしい。
「王……でしょうか」
「そうだ。これまでの戦いにおいて、其方の果たした功績は大きい。よって蔡王の地位を与えよう」
田管は、論功行賞において、その多大な功績を認められて蔡王に封ぜられようとしていた。蔡というのは、かつて梁の西に存在した国で、約三百年前に梁に滅ぼされ併合された。梁と魯の間に存在しており、魯を睨む位置にある。
「いえ、私が王などとは畏れ多いことでございます。願わくば、万戸侯《ばんここう》として封じられたく存じます」
「何と……それでよいのか?」
一瞬、張石はまるで信じられないものを見るような目つきで田管を見た。
因みに、万戸侯というのは世帯数一万戸を擁する領地の主という意味である。
「はい、申し上げた通りにございます」
「それなら、其方を馬鄧に封じよう」
張石は、あっさりとその要求を呑んだ。馬鄧は成梁の北にあり、かつて王敖と戦っていた折に駐屯したことのある土地である。
この馬鄧に所縁のある人物に、約三百年前の梁の武将である張章という者がいる。梁の武王に仕えて各地を転戦し、領土の拡大に大きく貢献したことで大将軍にまで登り詰めた稀代の名将として知られている。その張章が賜った封土が、この馬鄧であった。
張章は男色の甚だしいことで知られ、子を残すことなく死んだと伝わっている。だが、その次兄の家系はその後も続き、そうして張石が誕生した。この馬鄧は、張一族と関わりのある土地なのだ。
こうして、田管は馬鄧の土地と、車騎将軍という将軍位を賜ったのであった。
張石は現在、天下の五分の三程の領土を支配下に置いているが、彼の立場は、あくまで宋商麾下の将軍でしかない。尤も、その宋商はすでにこの世になく、彼が殺害された後にその地盤を引き継いだ呉子明は堕落し、張石を放置して何の干渉もしなかった。張石の軍権は肥大化しており、もう呉子明が如きの手に負える存在では、すでになくなっている。
張石は、論功行賞に当たって、自ら「梁皇帝」を名乗った。そして、成梁を国都と定め、その周辺を直轄地として普の制度と同じような郡県制を敷きつつ、それよりも遠い地方には功臣たちを王として封じた。新たな帝政が、ここに誕生したのであった。
取り決めまでには、張石にも懊悩があった。果たして自分が「皇帝」を名乗ってよいのであろうか。民にとっては、皇帝なる号は圧政の象徴として映りはしないか、などと、悩んでいた。だが、それに対して、趙恵という重臣が言った。
「これまで通り梁王を名乗り、封建制を敷いたとしても、また天下は分裂し乱世となりましょう。さりとて普の郡県制を遍く敷いても普の二の舞となります。ですから、両者の折衷として一つ、この私に案があります」
そして趙恵は、張石自身は梁の皇帝を名乗り、地方には古の時代の封建制度に倣って各所に諸侯を封じ、王を名乗らせる。普の制度では皇帝の下に王はなかったが、これからの新しい制度では、皇帝と王が同時に存在し、前者が後者の上に立つ。そうした制度を提案したのである。それによって生まれた地方制度が、郡国制と呼ばれるものであった。
これに怒ったのが、魯の呉子明である。この時、呉子明は魯を統治するために、それまで名乗っていた梁王に代わり魯王を名乗っていた。
「俺の部下の分際で、何を勝手な」
魯の国都、斉臨の宮中で、呉子明は怒色を露わにした。勝手に梁の皇帝などと名乗り、部下たちに対して封国を始めたのは明らかな越権行為であり、そのようなことを平気で行う張石に、自分に対する叛意があることは明確である。
呉子明は使者を送り、張石に対して「参朝せよ」と命じた。呉子明が主人で、張石は部下であるという上下の序列を、再びはっきりさせようとしたのである。
だが、張石は、自分の下に送られてきた使者をもてなしつつ、はっきりとそれを拒否する旨の答えを持ち帰らせた。
「調子づきおって」
張石の返答を受けた呉子明は、眦を吊り上げてむかっ腹を立てた。
だが、そもそも、張石が呉子明に臣下の礼など取るはずもないのは明らかなことであった。張石に実戦を委ねて彼の軍事行動を放置してきておきながら、今更になって参朝せよというのは、全くへそで茶を沸かすようなおかしみのある話である。手を打つのであれば、もっと早くに打つべきであった。全てが、遅きに失している。
「奸物張石を誅罰してくれる」
呉子明は、梁攻めの軍を発しようとした。だが、それを家臣の者たちは制止した。今の梁軍は強壮であり、対して魯軍は実戦から遠ざかり、将、卒共に緩み。軍紀は乱れきっている。まともに戦って勝ち目のないことは、家臣たちの皆が心得ていることであった。
それを聞いて、呉子明は思い留まった。だが、呉子明の胸の内の悔恨の念は、消えることはない。いつか、張石に目に物を見せてやろう。そう願い続けた。
その好機は、突然訪れた。西の方から、彼の元に使者が訪れた。使者の持ってきた話を聞いて、呉子明はほくそ笑んだ。
「それはいい。張石よ、今に見ておれ」
張石の戦いは、まだ終わりそうにない。
「田管、其方を蔡王に封ずる」
成梁の宮中で、冕冠を被った張石の前に、田管は平伏していた。宮中とは言うものの、宮殿は急拵えで建てられた仮のものに過ぎず、武陽の煌びやかなそれとは比べるべくもない。
皇帝の装いに身を包んだ張石は、軍の陣中で見られる姿とは、別人のように違って見えた。取り敢えず体裁を整えただけとはいえ、その威容は甚だしい。
「王……でしょうか」
「そうだ。これまでの戦いにおいて、其方の果たした功績は大きい。よって蔡王の地位を与えよう」
田管は、論功行賞において、その多大な功績を認められて蔡王に封ぜられようとしていた。蔡というのは、かつて梁の西に存在した国で、約三百年前に梁に滅ぼされ併合された。梁と魯の間に存在しており、魯を睨む位置にある。
「いえ、私が王などとは畏れ多いことでございます。願わくば、万戸侯《ばんここう》として封じられたく存じます」
「何と……それでよいのか?」
一瞬、張石はまるで信じられないものを見るような目つきで田管を見た。
因みに、万戸侯というのは世帯数一万戸を擁する領地の主という意味である。
「はい、申し上げた通りにございます」
「それなら、其方を馬鄧に封じよう」
張石は、あっさりとその要求を呑んだ。馬鄧は成梁の北にあり、かつて王敖と戦っていた折に駐屯したことのある土地である。
この馬鄧に所縁のある人物に、約三百年前の梁の武将である張章という者がいる。梁の武王に仕えて各地を転戦し、領土の拡大に大きく貢献したことで大将軍にまで登り詰めた稀代の名将として知られている。その張章が賜った封土が、この馬鄧であった。
張章は男色の甚だしいことで知られ、子を残すことなく死んだと伝わっている。だが、その次兄の家系はその後も続き、そうして張石が誕生した。この馬鄧は、張一族と関わりのある土地なのだ。
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