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不知藪
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その時、秋山翔一少年はまだ十二の頃で、腕白小僧の盛りであった。彼の生まれ育った町は都会というほど華やかではない故に娯楽の類にはさして恵まれてはいなかったし、それでいて宅地化はそれなりに進んでいたということで山紫水明の大自然を庭にして遊んだという訳でもない。それでも遊び盛りの子どものことであるから、近くの河川敷などで子ども同士集まっては日毎駆け回って遊んでいた。当時はまだテレビゲームの類は子どもの娯楽として登場してはおらず、下校後は自宅の玄関にランドセルを放り出しては外に遊びに出かけるというのが常であった。
それは、ある秋の日の事であった。いつもの遊び場である河川敷も公園やサッカー場などの整備されている場所を除けば穂を垂れる芒や黄色い花を一面に咲かせる泡立草などの背の高い雑草――当時の彼はこれらを夏場の姫昔蓬や大荒地野菊などと一緒に「のっぽ草」などと呼んでいたが――が茫々と茂り、それらを足場にして葛や鉄葎、荒地瓜などの蔓植物が勢力を広げ一面を緑に塗りつぶしている。苛烈極まった残暑も既に過ぎ、昼間こそ暖かくても、日の没する所となると空気も冷え冷えとするような季節となった。
彼はいつものように友達と隠れんぼに興じていた。鬼役の子が鉄橋の柱に顔を向けて数を数えると、翔一含め隠れる側の子どもは蜘蛛の子を散らすように隠れる場所を求めて走り出した。
翔一はいつも隠れている場所とは違う場所に隠れてやろうと如何にも子どもじみた狡計を案じ、普段あまり近寄らない竹藪へと足を向けた。竹藪というのは通常蚊が多く飛び回っており、外遊びで目いっぱい汗をかいた子どもが近寄るには逡巡を強いられるものであるが、この頃は気温が下がり蚊の類も姿を見せなくなってきた時候もあり、彼の足はそこを向いた。
その竹藪は如何にも管理がなされず放置されているといった具合で、所々で枯死し黄緑色に変色した孟宗竹が横倒しになっており、まるで力強く直立した青竹と横倒しになった枯竹が合わさり、人の侵入を拒む閂のかかった門を形成しているかのように見える。しかし、そうであるからこそ、おいそれと容易に見つけることは叶わないであろう。
枯竹をくぐって竹藪へと足を踏み入れると、刹那、空気が変わったような感覚を覚えた。先ほどまでは快晴極まる天候もあって暖かな空気に包まれていたが、急に冷たく、肌を刺すようなものに豹変したのである。空は高らかに生長した孟宗竹の枝葉が蓋をして日光を遮っていた。晴れて暖かい日とは言え、季節は夏をとうに過ぎている。ひとたび日陰に入れば肌寒くなるのも至極当然の事であろう。翔一はそのように考えた。
いくら鬱蒼と茂った竹藪といえど、入口付近ではすぐ見つかってしまう。翔一はずんずん奥へと歩みを進めていった。時には倒竹に足を取られそうになりながら奥に入っていく。その内に、肌を包む空気は冷たさに加えて湿り気を含んだようなものへと変わっていき、しまいには濛々と霧が立ち込めて翔一の視界を遮り始めた。
「これはおかしい。」そう感じた時には、既に遅きに失していた。さっきまで荒れ果て雑然とした竹藪だった風景が知らずの間に、青竹が立ち並ぶ整然とした竹林に姿を変えていたのである。後ろを振り返って見ても、入口どころかさっき跨いだ筈の黄緑色の倒竹すら見つからない。「知らない場所に来てしまった。」焦燥に駆られる翔一の顔にぶわりと水分を含んだ冷気がまとわりつき、肌のみならず心までもいささかの容赦もなく冷やしていく。翔一は今にも泣き出しそうな顔をしながら、脱兎の如く駆け出した。竹藪は外から見れば大した広さのものではなかった。だから、一直線に走ればいつかは出ることが出来るはず。けれど、走れども走れども、少しく荒れたる所もなく几帳面に孟宗竹の立ち並んだ風景が続くばかり。次第に五体萎え疲労極まり、地面にへたり込んでしまった。翔一を包囲する孟宗竹の軍勢は、まるで自分を指差してけたけたと嘲笑っているかのように翔一には感じられた。もう帰れないのかも知れない、このままこの得体の知れない竹林に閉じ込められたままなのだろうか。そう思うと、両親、弟、祖父母、友達の姿が次々と頭に浮かんできて、翔一の目には大粒の涙が止め処なく溢れ出してくるのであった。自分の軽佻浮薄を省みて嘆いてみても、既に詮無き事である。
ふと、翔一の鼻孔を、青竹の臭いとは明らかに異なる、言いようもない香りがくすぐった。何かの花の香りのような、そんな香りであった。それに気づいて視線を上げるも、涙が目に溜まっていて視界はぼやけるばかり。涙を拭って前を見ると、はて、不思議なことに、黒塗りの門と漆喰の塀が目の前にある。今までそのようなものは影も形もありはしなかったというのに。
変わり映えのない竹林の風景に突然の変化を加えたそれは、溺れかけた翔一の目の前に投げ込まれた一本の丸太のように思えた。訝しむ心のない訳ではなかったが、このままへたり込んでいても何も変わりはしない。さりとて竹林を脱出しようにも、これまでずっと走って尚出ることの叶わなかったこの場所を如何にして脱せようか。翔一が黒塗りの門を手で押すと、鍵がかかっていないのか、ぎぃ、という音を立ててすぐにそれは開いた。門を開いた翔一の目に飛び込んできたのは、如何にも古めかしい、しかしそれでいて立派な和風建築の木造家屋であった。塀に囲まれた庭の中には一本の竹も見当たらない上に家屋自体にも荒れた所はなく、雑草なども綺麗に刈り取られていることからも管理する者の存在を匂わせている。
知らない家を訪ねる事に少しく逡巡を覚えるも、そうも言ってはいられない。玄関にインターホンの類は見当たらなかったので、扉をノックしながら誰かいませんかと尋ねたが、返答は無かった。誰もいないのであろうか。このまま外で家の主の帰りを待とうとした翔一であったが、何の気なしに引き戸に手を掛け引いてみると、がらがらとけたたましく音を立てて戸は開いてしまった。
瞬間、一層強い花の香りが家の奥から漂い、翔一の鼻を包んだ。先ほどから匂ってくるこの香りは、間違いなく、この家の中から来るものであった。
「誰かいませんか。」もう一度、声を上げて呼びかけてみたものの、はたして返事は梨の礫である。翔一は、良からぬことだと思いつつ、それでも香りの正体や、人がいるのか否かが気になる余り、つい家の中に入ってしまった。履物一つない玄関で靴を脱いで上がり廊下を歩くと、みし、みし、と、木の床を踏みしめる音のみが、がらんとした家の中に響いた。並んだ部屋障子は全て開け放たれていたが、はてさて不思議めいたことに、畳敷の部屋には物の一つだに見当たらない。人が住んでいるにしては、生活感の欠片も感じることが出来ないのである。然れども、人が住んでいないにしては敷地の管理が行き届いていないといった様子でもない。住居としては使われていないにせよ何等かの用途で人の出入りがあるのであろうが、こんな場所に一体誰が何の為に建てたのか、それを考える余裕は今の翔一の心にはなかった。
廊下の突き当りまで歩みを進めた翔一は、右手にある最奥の部屋を覗いてみた。すると、そこにあったのは、立派な漆塗りの御膳に料理がずらりと並べられている光景であった。汁物から湯気が立っているところを見るに料理が出来てからさして時間も経ってはいないと見える。それに加えて料理の中には刺身のような生物まであった。
「おやおや、御客人でしょうか。」
突然、翔一の背後から甲高く、それでいて澄み渡った――とは言え女性の声と言うよりは自分と同じくらいの少年のそれと言うべきもののような――声が聞こえてきた。不意を突かれた翔一は驚懼此処に極まり、思わず飛び上がってしまった。
「ご、ごめんなさい」
吃りながら翔一が振り向くと、そこにいたのは、如何にも雅な雰囲気を醸し出す何処か古風な和装をした、自分とさして変わらぬ年頃であろう男子であった。
綺麗な人。それが翔一の抱いた第一印象であった。よく通った鼻筋に、円らでありながら目尻の細長く切れ込んだ美しい切れ長の目。艶やかな黒髪は首元まで伸び、白磁の如き白みを帯びた肌との対比を際立たせている。袖口から伸びる手は、その指先に至るまで繊やかで、翔一自身の学友は勿論、テレビで持て囃される俳優やモデルに至っても、これほど綺麗な者は見たことがなかった。背丈は翔一よりも少し高いぐらいで、そう年が大きく離れているような印象は翔一に与えず、その事が翔一の緊張を少しばかり解きほぐした。
「知っておりますよ。貴方は迷子なのでしょう。」
翔一が言うより早く、和装の美少年は翔一の境遇を見抜いていた。顔の強張る翔一とは対照的に、如何にも怪しげな艶笑を浮かべていた。
「は、はい……。」
翔一は震える声で必死に応える。
「知っておりますとも、だって、貴方のような人は幾度も幾度も見てきましたから……」
須臾、目の前の美少年の双眸がぎらり、と妖光を帯びたのを翔一は見た。次の一瞬に、彼は翔一に怯懦の心を抱かせる隙だに与えず、その目の前に踏み込んでは顔を近づけて乱暴に唇を奪ってきた。
「んんっ……」
右頬を手で押さえられながら唇を塞がれた翔一は、唯々鼻から抜けるような情けない声を漏らすばかりであった。和装の美少年の舌が翔一の口内に分け入り、その中を舐っていく。翔一にとって、――彼が小さい頃に母親がよくしていたお巫山戯を除けば――それは初めての口づけであった。いきなりの事に翔一の脳は混線を来し、抵抗もままならず暫しそれを受け止めている。
「……ぷはっ……」
暫くして、翔一の口は解放される所となった。二人の口の間には唾液の橋が築かれるも、すぐさまそれは崩落してしまう。酸欠気味の翔一の脳は未だ朦朧とし、足元覚束なく蹌踉めきたる様は頭を潰された瀕死の昆虫にも似ていた。脚の力を失い、へなへなと座り込む翔一を見て、和装の美少年はそれに合わせるように屈んで言った。
「大丈夫ですよ。心配なさらないで。貴方のことは私が助けますから。」
「……本当に……?」
脳に酸素が行き渡ったこともあり、徐々に翔一の思考が戻って来る。目前に近づいた顔を見て、やはり美しい、と思った。最初こそ面食らいもしたが、こんな美しい人と口づけを交わしたという事実に、かあっと頬が紅潮していくのも感じた。それが愧赧故か、それとも性的恍惚故か、それはまだ、翔一自身には判断の付きかねることであったのだが。
「でも、その前に楽しみましょう?」
言うが早いか、美少年は翔一のズボンに手をかけ脱がし始めた。熟れた手つきであっという間に翔一の、如何にも子どものそれといった感じの小ぶりな一物が外気に晒される。自身の性器を露わにされ一気に羞恥に支配された翔一が身を捩ろうとしたが、それは強引に制される所となった。
「駄目ですよ暴れては。」
翔一の体を押さえる美少年の表情は、寧ろその抗う様子さえも愉悦に感じているようであった。脅し掛けるというよりは悦んでいるかのように思える声色も、何とも艶めいている。和装の美少年は翔一の一物を右手で握ると、それを上下に扱き始めた。滑らかな細指が柔らかい一物を弄び、その刺激に鋭敏に反応して一物が熱と硬度を帯びて膨張していき、それに合わせて心臓の鼓動が高鳴っていくのが翔一には感じられた。やがて美少年がその手を離すと、先走りと思しき液体がその麗しい繊手を汚していた。
手淫からの一時の解放を見た翔一の一物であったが、その猛りの鎮まるほどの休みは与えられることがなかった。手についた先走りの液をぺろり、と一舐めした美少年は、すぐさま次の一手に移った。さらりとした黒髪を艶っぽくかき上げ、一物に顔を近づけると未だその熱収まらぬ一物をその口に咥え込んだのである。口腔の温度、水気、柔らかさにねっとりと包まれた一物は、再び刺激に晒され、奥底では沸々と、得体の知れない何か——この時、翔一は自分の体の内で起ころうとしていることに気づいてはいなかった——が沸き立っている。和装の美少年はそれを察知すると、男性器の味わいを愉しむのをやめ、搾り取るようなものへ動きを変えた。疾風怒濤の攻めに翔一の一物はとうとう耐えきれなくなり、そして……
射精。それは翔一が人生で初めて経験したものであった。現象自体は保健の授業で知ってはいたものの、それを自分の身を以て体験したことはなかった。堰を切ったように尿とは違う何らかの液体——彼の一物は口に含まれていたため、吐き出している翔一自身がその液体を見ることは出来ないでいた——を勢いよく口腔内にぶちまけた。一物は脈打ちながら、次々と精を吐いては口内に送り込んでいく。翔一は今まで感じたことのない、天にも登らんばかりの快感に頭が呆けていくのを感じていた。
射精が終わると、性的快感と疲労で、翔一はぐったりと床に倒れ込んだ。大量の精を口の中に放たれた美少年は口の中の精液を舌で転がして味わうと、ごくり、と喉を鳴らして飲み込んだ。満足げな表情を浮かべながらその精の主である翔一の方を見ると、いつの間にか、すやすやと寝息を立てていた。
「寝顔も可愛いものですね。ですがまだ終わりではありませんよ。」
再び、和装の美少年の双眸に妖光が灯るのを見たのは、誰もいなかった。
それは、ある秋の日の事であった。いつもの遊び場である河川敷も公園やサッカー場などの整備されている場所を除けば穂を垂れる芒や黄色い花を一面に咲かせる泡立草などの背の高い雑草――当時の彼はこれらを夏場の姫昔蓬や大荒地野菊などと一緒に「のっぽ草」などと呼んでいたが――が茫々と茂り、それらを足場にして葛や鉄葎、荒地瓜などの蔓植物が勢力を広げ一面を緑に塗りつぶしている。苛烈極まった残暑も既に過ぎ、昼間こそ暖かくても、日の没する所となると空気も冷え冷えとするような季節となった。
彼はいつものように友達と隠れんぼに興じていた。鬼役の子が鉄橋の柱に顔を向けて数を数えると、翔一含め隠れる側の子どもは蜘蛛の子を散らすように隠れる場所を求めて走り出した。
翔一はいつも隠れている場所とは違う場所に隠れてやろうと如何にも子どもじみた狡計を案じ、普段あまり近寄らない竹藪へと足を向けた。竹藪というのは通常蚊が多く飛び回っており、外遊びで目いっぱい汗をかいた子どもが近寄るには逡巡を強いられるものであるが、この頃は気温が下がり蚊の類も姿を見せなくなってきた時候もあり、彼の足はそこを向いた。
その竹藪は如何にも管理がなされず放置されているといった具合で、所々で枯死し黄緑色に変色した孟宗竹が横倒しになっており、まるで力強く直立した青竹と横倒しになった枯竹が合わさり、人の侵入を拒む閂のかかった門を形成しているかのように見える。しかし、そうであるからこそ、おいそれと容易に見つけることは叶わないであろう。
枯竹をくぐって竹藪へと足を踏み入れると、刹那、空気が変わったような感覚を覚えた。先ほどまでは快晴極まる天候もあって暖かな空気に包まれていたが、急に冷たく、肌を刺すようなものに豹変したのである。空は高らかに生長した孟宗竹の枝葉が蓋をして日光を遮っていた。晴れて暖かい日とは言え、季節は夏をとうに過ぎている。ひとたび日陰に入れば肌寒くなるのも至極当然の事であろう。翔一はそのように考えた。
いくら鬱蒼と茂った竹藪といえど、入口付近ではすぐ見つかってしまう。翔一はずんずん奥へと歩みを進めていった。時には倒竹に足を取られそうになりながら奥に入っていく。その内に、肌を包む空気は冷たさに加えて湿り気を含んだようなものへと変わっていき、しまいには濛々と霧が立ち込めて翔一の視界を遮り始めた。
「これはおかしい。」そう感じた時には、既に遅きに失していた。さっきまで荒れ果て雑然とした竹藪だった風景が知らずの間に、青竹が立ち並ぶ整然とした竹林に姿を変えていたのである。後ろを振り返って見ても、入口どころかさっき跨いだ筈の黄緑色の倒竹すら見つからない。「知らない場所に来てしまった。」焦燥に駆られる翔一の顔にぶわりと水分を含んだ冷気がまとわりつき、肌のみならず心までもいささかの容赦もなく冷やしていく。翔一は今にも泣き出しそうな顔をしながら、脱兎の如く駆け出した。竹藪は外から見れば大した広さのものではなかった。だから、一直線に走ればいつかは出ることが出来るはず。けれど、走れども走れども、少しく荒れたる所もなく几帳面に孟宗竹の立ち並んだ風景が続くばかり。次第に五体萎え疲労極まり、地面にへたり込んでしまった。翔一を包囲する孟宗竹の軍勢は、まるで自分を指差してけたけたと嘲笑っているかのように翔一には感じられた。もう帰れないのかも知れない、このままこの得体の知れない竹林に閉じ込められたままなのだろうか。そう思うと、両親、弟、祖父母、友達の姿が次々と頭に浮かんできて、翔一の目には大粒の涙が止め処なく溢れ出してくるのであった。自分の軽佻浮薄を省みて嘆いてみても、既に詮無き事である。
ふと、翔一の鼻孔を、青竹の臭いとは明らかに異なる、言いようもない香りがくすぐった。何かの花の香りのような、そんな香りであった。それに気づいて視線を上げるも、涙が目に溜まっていて視界はぼやけるばかり。涙を拭って前を見ると、はて、不思議なことに、黒塗りの門と漆喰の塀が目の前にある。今までそのようなものは影も形もありはしなかったというのに。
変わり映えのない竹林の風景に突然の変化を加えたそれは、溺れかけた翔一の目の前に投げ込まれた一本の丸太のように思えた。訝しむ心のない訳ではなかったが、このままへたり込んでいても何も変わりはしない。さりとて竹林を脱出しようにも、これまでずっと走って尚出ることの叶わなかったこの場所を如何にして脱せようか。翔一が黒塗りの門を手で押すと、鍵がかかっていないのか、ぎぃ、という音を立ててすぐにそれは開いた。門を開いた翔一の目に飛び込んできたのは、如何にも古めかしい、しかしそれでいて立派な和風建築の木造家屋であった。塀に囲まれた庭の中には一本の竹も見当たらない上に家屋自体にも荒れた所はなく、雑草なども綺麗に刈り取られていることからも管理する者の存在を匂わせている。
知らない家を訪ねる事に少しく逡巡を覚えるも、そうも言ってはいられない。玄関にインターホンの類は見当たらなかったので、扉をノックしながら誰かいませんかと尋ねたが、返答は無かった。誰もいないのであろうか。このまま外で家の主の帰りを待とうとした翔一であったが、何の気なしに引き戸に手を掛け引いてみると、がらがらとけたたましく音を立てて戸は開いてしまった。
瞬間、一層強い花の香りが家の奥から漂い、翔一の鼻を包んだ。先ほどから匂ってくるこの香りは、間違いなく、この家の中から来るものであった。
「誰かいませんか。」もう一度、声を上げて呼びかけてみたものの、はたして返事は梨の礫である。翔一は、良からぬことだと思いつつ、それでも香りの正体や、人がいるのか否かが気になる余り、つい家の中に入ってしまった。履物一つない玄関で靴を脱いで上がり廊下を歩くと、みし、みし、と、木の床を踏みしめる音のみが、がらんとした家の中に響いた。並んだ部屋障子は全て開け放たれていたが、はてさて不思議めいたことに、畳敷の部屋には物の一つだに見当たらない。人が住んでいるにしては、生活感の欠片も感じることが出来ないのである。然れども、人が住んでいないにしては敷地の管理が行き届いていないといった様子でもない。住居としては使われていないにせよ何等かの用途で人の出入りがあるのであろうが、こんな場所に一体誰が何の為に建てたのか、それを考える余裕は今の翔一の心にはなかった。
廊下の突き当りまで歩みを進めた翔一は、右手にある最奥の部屋を覗いてみた。すると、そこにあったのは、立派な漆塗りの御膳に料理がずらりと並べられている光景であった。汁物から湯気が立っているところを見るに料理が出来てからさして時間も経ってはいないと見える。それに加えて料理の中には刺身のような生物まであった。
「おやおや、御客人でしょうか。」
突然、翔一の背後から甲高く、それでいて澄み渡った――とは言え女性の声と言うよりは自分と同じくらいの少年のそれと言うべきもののような――声が聞こえてきた。不意を突かれた翔一は驚懼此処に極まり、思わず飛び上がってしまった。
「ご、ごめんなさい」
吃りながら翔一が振り向くと、そこにいたのは、如何にも雅な雰囲気を醸し出す何処か古風な和装をした、自分とさして変わらぬ年頃であろう男子であった。
綺麗な人。それが翔一の抱いた第一印象であった。よく通った鼻筋に、円らでありながら目尻の細長く切れ込んだ美しい切れ長の目。艶やかな黒髪は首元まで伸び、白磁の如き白みを帯びた肌との対比を際立たせている。袖口から伸びる手は、その指先に至るまで繊やかで、翔一自身の学友は勿論、テレビで持て囃される俳優やモデルに至っても、これほど綺麗な者は見たことがなかった。背丈は翔一よりも少し高いぐらいで、そう年が大きく離れているような印象は翔一に与えず、その事が翔一の緊張を少しばかり解きほぐした。
「知っておりますよ。貴方は迷子なのでしょう。」
翔一が言うより早く、和装の美少年は翔一の境遇を見抜いていた。顔の強張る翔一とは対照的に、如何にも怪しげな艶笑を浮かべていた。
「は、はい……。」
翔一は震える声で必死に応える。
「知っておりますとも、だって、貴方のような人は幾度も幾度も見てきましたから……」
須臾、目の前の美少年の双眸がぎらり、と妖光を帯びたのを翔一は見た。次の一瞬に、彼は翔一に怯懦の心を抱かせる隙だに与えず、その目の前に踏み込んでは顔を近づけて乱暴に唇を奪ってきた。
「んんっ……」
右頬を手で押さえられながら唇を塞がれた翔一は、唯々鼻から抜けるような情けない声を漏らすばかりであった。和装の美少年の舌が翔一の口内に分け入り、その中を舐っていく。翔一にとって、――彼が小さい頃に母親がよくしていたお巫山戯を除けば――それは初めての口づけであった。いきなりの事に翔一の脳は混線を来し、抵抗もままならず暫しそれを受け止めている。
「……ぷはっ……」
暫くして、翔一の口は解放される所となった。二人の口の間には唾液の橋が築かれるも、すぐさまそれは崩落してしまう。酸欠気味の翔一の脳は未だ朦朧とし、足元覚束なく蹌踉めきたる様は頭を潰された瀕死の昆虫にも似ていた。脚の力を失い、へなへなと座り込む翔一を見て、和装の美少年はそれに合わせるように屈んで言った。
「大丈夫ですよ。心配なさらないで。貴方のことは私が助けますから。」
「……本当に……?」
脳に酸素が行き渡ったこともあり、徐々に翔一の思考が戻って来る。目前に近づいた顔を見て、やはり美しい、と思った。最初こそ面食らいもしたが、こんな美しい人と口づけを交わしたという事実に、かあっと頬が紅潮していくのも感じた。それが愧赧故か、それとも性的恍惚故か、それはまだ、翔一自身には判断の付きかねることであったのだが。
「でも、その前に楽しみましょう?」
言うが早いか、美少年は翔一のズボンに手をかけ脱がし始めた。熟れた手つきであっという間に翔一の、如何にも子どものそれといった感じの小ぶりな一物が外気に晒される。自身の性器を露わにされ一気に羞恥に支配された翔一が身を捩ろうとしたが、それは強引に制される所となった。
「駄目ですよ暴れては。」
翔一の体を押さえる美少年の表情は、寧ろその抗う様子さえも愉悦に感じているようであった。脅し掛けるというよりは悦んでいるかのように思える声色も、何とも艶めいている。和装の美少年は翔一の一物を右手で握ると、それを上下に扱き始めた。滑らかな細指が柔らかい一物を弄び、その刺激に鋭敏に反応して一物が熱と硬度を帯びて膨張していき、それに合わせて心臓の鼓動が高鳴っていくのが翔一には感じられた。やがて美少年がその手を離すと、先走りと思しき液体がその麗しい繊手を汚していた。
手淫からの一時の解放を見た翔一の一物であったが、その猛りの鎮まるほどの休みは与えられることがなかった。手についた先走りの液をぺろり、と一舐めした美少年は、すぐさま次の一手に移った。さらりとした黒髪を艶っぽくかき上げ、一物に顔を近づけると未だその熱収まらぬ一物をその口に咥え込んだのである。口腔の温度、水気、柔らかさにねっとりと包まれた一物は、再び刺激に晒され、奥底では沸々と、得体の知れない何か——この時、翔一は自分の体の内で起ころうとしていることに気づいてはいなかった——が沸き立っている。和装の美少年はそれを察知すると、男性器の味わいを愉しむのをやめ、搾り取るようなものへ動きを変えた。疾風怒濤の攻めに翔一の一物はとうとう耐えきれなくなり、そして……
射精。それは翔一が人生で初めて経験したものであった。現象自体は保健の授業で知ってはいたものの、それを自分の身を以て体験したことはなかった。堰を切ったように尿とは違う何らかの液体——彼の一物は口に含まれていたため、吐き出している翔一自身がその液体を見ることは出来ないでいた——を勢いよく口腔内にぶちまけた。一物は脈打ちながら、次々と精を吐いては口内に送り込んでいく。翔一は今まで感じたことのない、天にも登らんばかりの快感に頭が呆けていくのを感じていた。
射精が終わると、性的快感と疲労で、翔一はぐったりと床に倒れ込んだ。大量の精を口の中に放たれた美少年は口の中の精液を舌で転がして味わうと、ごくり、と喉を鳴らして飲み込んだ。満足げな表情を浮かべながらその精の主である翔一の方を見ると、いつの間にか、すやすやと寝息を立てていた。
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